処刑された悪役令嬢に転生したら、ドMの変態令嬢たちに困らされています。

もちもちのごはん

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第三話 意気投合

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 美術館のような静寂が、空気に満ちていた。
 ここは学園の一角──芸術科専用アトリエ棟。
 絵画、彫刻、音楽、香水。貴族の娘たちは己の感性を磨くため、この場所で日々「芸術」を生み出している。

 だが今、この場所にはひとつだけ、異様な存在感を放つ「何か」があった。

「……これは……?」

 私は言葉を失った。

 それは、私だった。
 ──石像の中に、私がいた。
 美しいドレスをまとい、顎を軽く上げて人を見下ろすような姿勢。
 唇の端には軽蔑の笑み、瞳には冷たくも燃える光。

 ──そう、「今の私」を完全に再現した彫刻だった。
 誰が、こんなものを……?

「お気に召しましたか、オルフェリア様」

 背後から、澄んだ声がした。

 振り返ると、赤毛をポニーテールに結い、白い作業着に絵の具を飛び散らせた少女が立っていた。
 深くお辞儀をしながら、その瞳はどこか陶酔していた。

「ロゼット・ミューザン。芸術科主席。わたくし、あなた様の造形に……恋をいたしました」

(またか……またこのパターンか……!!)

 だがこの子は今までの令嬢たちとは、どこか違っていた。

「わたくしは、『美』にしか興味がございません。ですが、貴女を見た瞬間、確信しました。美は『罵倒』の中にこそ宿るのだと」

「……いや、そんな概念聞いたことないけど!?」

「この像は、昨日の昼休み。オルフェリア様がミレット様を軽蔑した『あの瞬間』を再現しております。スケッチを十枚描き起こし、そのうち最高の一枚を元に彫刻いたしましたの」

 それはもう、すがすがしいまでの変態。

「ちなみに、こちらが『罵倒直後の目元アップ』をテーマにした連作ですわ」

 彼女は、次々と布を取っていく。
 ──そこには、私の睨み顔をテーマにした絵画が十数点。
 油絵、水彩、鉛筆画、果ては金属細工まで。

(引く前に感心しちゃうレベルなんだけど!?)

 ロゼットは、そっと私の前に進み出ると──跪いた。

「どうか……一言で構いません。『美しく罵倒』してくださいませんか?」

 その目は真剣だった。崇拝ではない。純粋な創作欲。その源泉が、私の中にあると信じて疑っていない。

「わたくし、オルフェリア様の『罵倒』を、アリアとして作曲しようと思っておりますの」

「音楽にするの!?」

「はい。ピアノ伴奏と、あなた様の声だけの──完璧なアンサンブル。世界初の『罵倒歌曲』。きっと新しい芸術の扉が開かれますわ」

 もうだめだ。この学園、普通の百合がいない。

(ここにいるのは、狂ったドMたちだ──)
 


 昼休み。中庭のベンチ。
 私は全力で困っていた。

「……セシリアさん、あまりオルフェリア様につきまとうのはどうかと思いますわ」
「ロゼットさんこそ、『芸術』とか言ってオルフェリア様の作品を作りまくってるじゃありませんの」

 ──今、私の目の前で、ストーカー系ドM令嬢と芸術系ドM令嬢が牽制し合っている。

「私はオルフェリア様の生活を記録し、見守ることに誇りを感じておりますの」
「わたくしはオルフェリア様の罵倒を芸術に昇華することで、世に残す使命があるのですわ」

「……なるほど、では『観察者』と『創作者』の対立構造、というわけですわね?」
「その視点、嫌いではありませんわ」

 火花バチバチのはずなのに、なぜか会話は丁寧で、妙に盛り上がっている。

「観察から得られる『数値と傾向』、とても魅力的です。芸術に説得力が出ますわ」
「創作から感じ取れる『表情の余韻』、とても参考になります。観察の深度が変わりますわ」

 褒め合ってる!?

「セシリアさん、もしかして……色んなアングルの記録は得意ですの?」
「得意ですわ。横顔・俯瞰・ローアングル、全部記録済みです」
「それ、わたくしの作品に活かせますわ!」

(なにこの会話、プロのカメラマンと画家のノリ!?)

 そして──唐突に、二人が同時に私を見つめた。

「「──オルフェリア様、おひとつお願いが」」

「え……?」

「『背中越しに、軽く振り返って、睨む』ポーズを……」
「『右手を腰に当てて、左足を前に出して』……それだけでいいんですの!!」

(ポーズ指定きた!?)

 あまりに必死な目をされると、断れないじゃない……!
 しぶしぶ言われた通りにしてみると──。

「……最高ですわ……っ!!」
「もう一回……あっ、記録できました……っ!!」
「わたくしはこの表情を、ブロンズ像に仕上げますわ!!」
「資料はお任せくださいませ!!」

 ──そして、奇跡は起きた。

「……ロゼットさん」
「……セシリアさん」

 二人は見つめ合い、そっと微笑んだ。

「わたくし、あなたの変態ぶり、嫌いではありませんの」
「あなたもまた、『素質』がありますわ。仲良くなれそうですわね」

 まさかの意気投合。
 私が止める前に、二人はすでに「共同変態百合制作チーム」を結成していた。

 その日の放課後。美術棟の奥。

「セシリア、これは新作のスケッチです」
「ロゼット、こちらは新しい観察記録。断罪モチーフの台詞収録もありますわ」
「素敵……この罵倒、『第二楽章』に使いますわ!!」

 もう止まらない。変態たちは、友情という名の性癖の沼で手を取り合って沈んでいった。

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