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コヨタ

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第25話 本日、検査日和

第25話・4 リル、伝えられる想い

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 夕方の光が射し込む、静かな休憩ラウンジ。
 カップに注がれた白湯と、ソファに横たわる細身の人物──それが今のリルだった。

「……マジで……胃カメラだけは……無理……」

 検査着から私服に着替え終えていたリル。ソファに身を預け、ぐったりと力無く呟く。
 戦場で斬られても這い上がる男が、今や魂の抜け殻だった。

 テーブルでは、セセラが片手で頭を支えながら白湯を啜っている。

「……俺も……疲れた……」

 リルの心中に(……どの口が……)とツッコみが浮かぶも、口には出さない。
 流石に今日は、自分のために全力で動いてくれたことがわかっていた。

「だってよ……薊野さん、胃カメラ入れた瞬間のあの、喉のとこ、あれ何……? 地獄かよ……」

「逆にお前さ、あれで暴れもせず素直にやってくれたの、俺ちょっと意外だったわ。やっぱ成長してんだなぁ~、もう……可愛い反抗期って歳じゃねえもんな」

「うるせえ……」

 リルは顔を覆って呻く。

「マジで……胃の中グリグリされるより、腹にナイフ刺された方がマシだな……」
(※実際にナイフで刺された経験がある人間の感想)

「まあ、俺は俺で昨日お前の様子見て夜遅くまで各部門と調整して書類仕上げて、朝から検査準備で、今に至るからな……あー、疲れた。つーか、腰いてェ……」

 まるで兄弟のようなやり取り。
 どちらも本音で、気を張っていない分だけ言葉が自然だった。

「……結果、異常なきゃ……もうしばらく機関ここいても大丈夫なんだろ」

「ま、そうなるな。向こう帰ってもいいけど、それはそれでお前が気になって俺が寝れねえ」

「じゃあ、……もう少し、いるよ」

 リルは深く息をつき、目を伏せた。

「……いつもわりぃな、薊野さん」

 その一言に、セセラは目を見張り、そしてほんの少しだけ照れたように目を逸らした。

「……おう」

 検査結果はまだ出ていない。
 だが今この瞬間だけは、リルの心に小さな安堵が灯っていた。

「まあお前のいろんな姿見られて楽しかったよ、俺は」

「気持ち悪……オレじゃなかったら変態って呼ばれるぞ」

「え? ふふっ……まあ、ある意味そうかもな。こんな変なとこに20年もいて、ある種の変態だわ」

 そう言いながらリルに「いつも俺らのためにありがと♡」とあざといウインクと投げキッスを飛ばすセセラ。深い意味は、無い。たぶん。

「うわうわうわ……いらねえ……あんたマジでいやらしい男だな」

「はっ……そんなんベッドの上でしか言われたことねえよ」

「出た……。はいはい、モテ男のジョークってやつね。……つうかあんた、まさかまだ女に手ェ出しまくったりしてるわけじゃねえよな?」

「おい……どんだけ昔のこと掘り起こすんだよ……、してるわけねえだろバカが」

 セセラは大きく伸びをしながら口角を上げた。

「どっかの誰かのせいで忙しくて、そんなヒマありませんよ~~~」


 ◇


 ──解析室。

 白い光が無機質に並ぶ天井の下、数名の職員がモニターを前に真剣な表情を浮かべていた。

「……筋肉繊維の破断反応、回復傾向に異常無し」

「脳波の揺らぎ、準完全龍化時にのみ活性化しているようですね。ただし暴走レベルには至っていない」

「内臓機能の負荷レベルは高かったですが、既に安定化に向かってますね……」

「再生因子に関しても……うん、自己修復圏内。破綻無し」

 冷静なやり取りが続く中、小さな足音が廊下の奥から響く。

 やがて、そこに現れたのは──シエリ。

 黒のワンピースに身を包んだ幼女の姿。
 だが、そのピンク色の瞳は、全てを見透かす大人のそれだった。

「……問題は無いようだね?」

 ひとりの職員が緊張した面持ちで、立ち上がり頭を下げる。

「……はい。現段階では、身体・精神共に危険兆候は見られません。落ち着いたと言えます。……ですが、過負荷による次回以降の反動リスクはゼロとは言い切れません」

 シエリは目を細め、静かにモニターに映るリルの検査記録を見つめる。

 リルの心の傷は完全に癒えているわけではない。だが、シエリのその目は確かに、以前よりも前を見ていた。

「……あの子は、いずれ限界を超える時が来る。その時、私たちがどう動くかは……今から考えておかないとね」

 そう呟くと、シエリはくるりと背を向けて歩き出す。

「このまま引き続き、長期モニタリングを。セセラには、本人への精神ケアも怠らないように私から伝えておく」

「はっ……!」

 職員たちの敬礼を背に、シエリは去っていった。

 リルの戦いは、まだ続いている。
 だがそれを支える者たちも、また確かにリルの隣にいるのだった。


 ◇


「薊野さん……リルに、会いに行ってもいい?」

 リハビリ後のレイラがタオルを首にかけたまま息を整えながら、一旦休憩ラウンジから退室していたセセラに通信端末越しに小さく尋ねる。
 その隣では、アシュラも静かに頷いていた。

「昨日、任務に出たって聞いて……無事だってわかってても……どうしても私、リルの顔が見たい」

「俺も、同じ気持ちです。会って、声を聞きたい……」

 通信越しのその言葉に、セセラは肩をすくめる。

『……あいつ、今休憩ラウンジにいるよ』

「本当に!?」

『……メッッッッチャ細かい検診の後でくたばってるけどな?』

 レイラは小さく笑い、アシュラも「それは……お疲れさまだな」と少し申し訳なさそうに。

 セセラは小さく息を吐きながら続ける。

『……ウザがられたら引き返せよ』

 それでも言葉の裏には、柔らかな気遣いが滲んでいた。

(リルの精神面……戻ってきてるとは思うが、こいつらの顔見て、どうなるか)

『……俺もついてこ』


 ◇


 休憩ラウンジ。

 夕陽が照らす窓辺。ソファに座っていたリルはラフな姿勢で静かに中庭を眺めていた。

 その瞳は、どこか遠くを見つめるようにぼんやりと──。

「リル~~~~!!!」←レイラ

「リル~~~!!」←アシュラ

 突如、扉が開き、元気な二重唱がラウンジに響き渡る。

「……うわ! ビックリした……なんだよお前ら」

 顔を顰めつつも、どこかしら柔らかな響きのあるリルの声。

 レイラが駆け寄り、少し息を弾ませながら声をかけた。

「リル……よかった、本当に、無事で……帰ってきてくれて……」

 アシュラも歩み寄り、落ち着いた声で続ける。

「俺がついていければ、って何度も思ったよ。お疲れ、本当に……」

 リルは少し驚いたようにふたりを見て、それからふっと目を伏せて笑った。

「……昨日の任務より、さっきの検診の方がキツかったぜ」

 そう言いながら、レイラたちの少し後ろに立っていたセセラをジト……と見やる。

「マジで内視鏡までいくとは思わなかった……」

「ペロッ」

 セセラは無言で舌だけをペロリ。

「……あんたさぁ……」

 思わず笑いが零れた。

 休憩ラウンジに射し込む夕陽は温かく、久々に感じる平和な空気が4人の間を優しく包んでいく。

 ──しばらく言葉のいらない時間が流れていた。

 レイラはリルの隣に腰を下ろし、アシュラはソファの肘掛けに片膝を乗せていた。セセラは壁にもたれて腕を組んでいる。

 すると──。

「……なんか……オレのファンってやつ、けっこう多いらしいな」

 リルが不意に独り言のように呟いた。
 思わずレイラが「え?」と顔を上げる。

「昨日……モニター室、賑わってたらしい。薊野さんから聞いた。……『リルくんカッコイイ!』とか、『つえー!』とか、すげぇ盛り上がってたって」

 その言葉に「マジ?」とアシュラが少し笑い、リルは鼻を鳴らす。

「……なんか、照れるな。あんまり実感ねえけどよ」

「でも、それってすごいことだよ」

 優しい声のレイラ。

「リルが……リルでいることを、ちゃんと見てくれてる人がいるってことだから」

「…………」

 リルは息をつく代わりに目を伏せて、少しだけ沈黙──。

「……ああ……そうだな」

 その返事には、少しだけ重みがあった。
 だが、それは昨日までのような沈んだものではなかった。

「……ま、まだ全部は信じきれてねえけどな。オレが……オレ自身を」

「信じなくていい。まだ途中だもん」

「……!」

 レイラの言葉が、あまりにも自然で。

「でも……私たちは信じてるよ。リルのこと。今までも、これからも」

 アシュラも頷いた。

「そうだな。……お前がどんな姿でも、どんな想いでも、俺はずっとお前の親友だよ」

「…………っ……」

 息を呑み、ゆっくりと目を閉じるリル。

「……あー、なんか……泣きそうだわ」

 そこにセセラが口を挟んだ。 

「お? 泣けよ。昨日も今日もお前は頑張ったから泣くくらい構わねーよ」

「…………」

「泣いたって検診の項目には入れねえしな。……たぶん」

 それを聞いたリルは──。

「……ぁははッ……」

 笑った。

「…………!」

 それはどこまでも素直で、痛々しい程まっすぐな笑顔。

 誰も言わなかったけれど、心にひとつ、確かな灯がともったような気がした。

 ──静かに沈みゆく夕焼けの光が、廊下を橙色に染めていく。

 その明かりの中、ひとりの男性職員がラウンジのガラス窓越しに中を覗いていた。
 リル、レイラ、アシュラ、そしてセセラの姿が楽しげに映っているその空間を。

「……ん?」

 その視線に気がついたのはセセラ。

「……っ」

 男性職員の手には、丁寧に包装された菓子折り。
 目を伏せながら小さく息を呑んだその瞬間、すぐ横から静かに現れた影。

「……さっきから何やってんだよ、お前」

「ひっ……! あ、薊野さん! あ、あの、え……えっと……」

「……異変か? 何かあったなら報告──」

「ち、違います! あの……っ、リルくんのことです!」

 その言葉にセセラの目が細くなる。

「……何かあったのか?」

「い、いえ、そうじゃなくて……あの、昨日の任務、ずっとモニター室で見ていて……すごく、感動したんです……」

「…………」

「それで、これ……差し入れで……」

 職員はおずおずと菓子折りを差し出した。

「昨日だけじゃなくて、毎日リルくん……きっと、大変な思いをしてるはずで……」

 この職員、リルに感銘を受けていたようだが、引っ込み思案でなかなか前に踏み出せないようで。

「……ほぉ~」

 セセラは彼を見つめ、フッと笑った。

「……お前、いい奴だな」

「え……?」

「だったら、今直接言ってやれよ。ほら、こっち来いって……ほら」

「あっ、えっ!? ま、まだ心の準備が──」

「もうおせぇよ」

 ぐいっと腕を回して職員の肩を抱えるセセラ。そのまま彼を引きずるようにして、ラウンジの扉を開けて中に入る。

「緊張すんなって」

「えっ、あ! あの、ええっと……!!」

 その声にリルたちが一斉にセセラと職員を見た。

「……あ……!」

 その視線に職員は顔を真っ赤にしながら、それでも意を決してリルの前に──。

「……あ、あの、リルくん、毎日お疲れ様です!」

 急に目の前に現れた菓子折りと慌てる職員。リルは思わず「え?」と目を見開く。

「昨日の任務、僕はモニター室で見ていただけなんですが……その、すごく、すごくカッコよかったです!」

「…………」

「傷付きながらも立ち上がって……僕……その姿に、勇気をもらって……。もちろん昨日だけじゃなくて……!」

 職員は菓子折りを手を震わせながら差し出した。

「よかったら、皆さんでどうぞ! ……そのっ、突然すみませんでした!!」

 ペコペコと何度も頭を下げながら、慌ててラウンジを後にする職員。

「…………」

 ラウンジに一瞬の静けさが訪れた。

 リルはポカンとしたまま手にした菓子折りを見下ろし──ゆっくりと、去っていく職員の背を見送る。

「……な?」

 セセラが肩をすくめて言う。

「リルのファン、ちゃんといたろ?」

「……!」

 アシュラも、レイラも、どこか誇らしげな表情を浮かべている。

「…………」

 見開かれた目で呆然とした表情のままのリル。
 その瞳には──涙が浮かんでいた。

 それを見て誰も、何も言わなかった。
 ただ、レイラがそっとリルの隣に寄り添う。

 そして──。

「……嬉しい……」

 リルの口からぽつりと零れたその言葉。
 目を丸くしながら発した声は、これまで誰にも見せなかったような、素直で、あどけない響きを持っていた。

「ふふっ、素直でよろしい」

 セセラは茶化しながら笑ったが、彼もどこか誇らしげ。

 ──あたたかな時間が、ゆっくりと流れていた。



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