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コヨタ

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第28話 開戦

第28話・2 積み重なるダメージ

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 まるで圧縮され、潰されるような空気の重さ。
 その中で、ただひとり──リルだけが辛うじて耐えて目を見開き、牙を剥いていた。

「……ッ、クソが……ッ!!」

 呼吸が一度、止まる。

 次の瞬間。

 ──バンッ……!!

 全身から膨大なエネルギーを纏った龍気が爆発する。
 黒と赤の瘴気がリルの体から吹き出し、頭部からは角が出現し、床を抉るように空間を揺らした。

「……ゔッ……あ゙ァあ゙ア゙ア゙ッ!!!」

 その咆哮は龍そのもの。フロア中の壁がビリビリと震える。

「はあ……ッ、はあ……っ、テメェ……ざけんなよ……ッ……!!」

 龍気の圧で存在圧を跳ね除け、リルの足が床を砕きながら走り出す。

 そして、激突。

 人間を模した龍と、龍に近付きすぎた人間。

 鋭い爪と虚ろな目がぶつかる。
 空気が鳴り、フロア全体が一瞬、音を失う。

 ──ズドンッ!!

「!!」

 周囲が揺れた。天井が軋み、壁に無数の亀裂が走る。

 リルの拳と、人を模した龍の掌が再び真正面から激突した。
 空気が弾け、床が陥没する程の衝撃が巻き起こる。

「っ、はあっ……クソッ、重い……!」

 肩まで龍化したリルの右腕が、相手の頬を微かに裂いた。
 巨大な赤い爪には血が滲む。

 だが──。

 相手は、無表情のまま。

 まるで感情という概念を知らないかのように、一歩、静かに踏み込んできた。

「……ッ、な──」

 ──ガッ……!!

 次の瞬間、目にも止まらぬ速さで放たれた膝蹴りがリルの腹に炸裂する。

「うぁ゙……ッ……!!」

 体が宙に浮き、内臓が軋む程の痛みと共に、視界が滲んだ。

 だが、リルは諦めない。

「……ッの、野郎がッ!!」

 吹き飛ばされながらも咄嗟に床を蹴り、壁に叩きつけられる前に反転。
 空中で体勢を整え、ギリギリで着地した。

「リル!!」

 レイラの叫びが響く。まだ体は重力に縛られ、動ききれない。

「……はあ、はあ……おい、クソが……ノーリアクションでそれかよ……!」

 荒い息の中で、リルは唇の端を僅かに吊り上げた。

 ──だが、再び来る。

 圧。

 床が軋み、空間が沈み込む。重力がまた全身を押し潰そうとする。

「──ッ!!! ……また、かよ……ッ!!」

 その時。

「リル!! 下がって!!」

 レイラの声と共に──。

 ──ヒュッ……!!

 蒼白の斬撃が走る。

 圧に耐え切ったレイラ。その手が持つ龍気を纏ったブレードが、龍の足元に突き立った。

 一瞬、足元が揺らぐ。

 龍の動きが止まり、その隙に、重圧が緩む──!

「今だッ!」

 アシュラが体を翻し、ラショウも息を荒くしながら立ち上がった。

 リルはレイラの方を見て、微かに笑みを向ける。

「……サンキュ、レイラ」

 血で滲んだ唇のその奥に、確かな闘志があった。

「もう少しだけ付き合ってくれよ……あいつと向き合うには、オレが行くしかねえんだ」


 ◇


 ──その頃、第三研究区画・別観測室。

 ジキルは薄暗く真っ白な室内で、戦闘映像を眺めていた。

 モニターに映るリルの姿を、瞬きもせずに見つめている。
 その背後に、感情の起伏を見せぬスカルが静かに立っていた。

「スカル。あの龍……データ、残ってるっけ?」

「……はい。人間時代の記録も、断片ながら確認可能です」

 ジキルは差し出されたデータパッドを受け取り、映像を見た途端、ふっと懐かしげに笑う。

「ああ~思い出した思い出した。……この子、死ぬ前に自分を捨てたんだったよ」

 パッドの画面を閉じながら、静かに呟くジキル。

「名前も、家族も、全部いらないって言った。もう何も覚えていたくないって……そう言って、笑ったんだ」

 その声は、どこか物憂げだった。

「だから、オレが新しい名前欲しい? って聞いたら、なんて名前だっけな……。『アイ』……確か、そう名乗ったかな。……これで『最初で最後の名前だね』って」

 目を細めながら、ジキルはモニターに視線を戻す。

「……お前にはわからないかもしれないけど、あの子のあの時の笑顔は本物だったよ」

「……お言葉ですが、俺は感情の機微を理解する機構を持ちません」

「フフフ……うん、知ってる。でも……」

 ジキルは映像の中で奮闘するリルを見つめながら、ゆっくりと息を吐いた。

「もしリルが……アイを倒せたら。お前も少しは、何かを感じてくれたらいいと思ってる」

「…………」

 スカルは何も答えない。

 それでもジキルは、独り言のように呟いた。

「……試作品でも、もう兵器なんかじゃないかもしれない。リルたちがそれを、証明してくれるかもね」


 ◇


「ぐっ、……はあっ、ガあ゙ッ……ァ……!」

 龍の呻きと共に血の混じった息を吐き、リルは膝をつきそうになりながらも立っていた。

 視界が揺れ、赤く滲む。
 右腕だけでなく左腕までもが禍々しく変質し、肌が裂け、瘴気が滲む。

 連続での龍化の体力消耗、連闘による疲労。

 ──限界は近い。

 それでも、リルの視線は相手から逸れない。

 目の前の“龍”、アイ。

 感情の無いはずのその顔に、ほんの一瞬、揺らぎが走った。

「……お前も……」

 突如響く、低く、震える声。

「……え?」

「……お前も……人生を、捨てたのか?」

「……っ……!?」

 アイのその一言が、リルの足を止めた。

「……ッ」

「…………」

「……ああ…………オレも、捨てさせられたよ。体を弄られて、心を壊されて……生きてる意味なんか、わかんなかった」

 リルの声が、静かに揺れる。

「でもな……それでも……」

 レイラ。

 アシュラ。

 ラショウ。

 そして──周りの大人たち。

「……それでも、オレは生きてるって言える。あいつらに出会って、仲間ができて……ッ、今、オレは今を選んで生きてんだよ!!」

「……!」

 アイの拳が、そこで止まった。

 リルの瞳に揺れるのは、怒りでも、悲しみでもなく。

 ただ、まっすぐな命の鼓動。

「だから……逝けよ、お前の人生を」

 そして。

 リルの右手が、静止するアイに向けて一気に突き出される。

 ──ズガァンッ……!!

「……!!」

 龍化した爪が、アイの胸元を貫いた。
 核を撃ち抜くように、力が一気に抜けていく。

 だが、その時。

 アイの瞳が──静かに揺れた。

「……俺も、欲しかったな……」

 たった一言だけを残し、アイはリルの腕の中で崩れ落ちる。

 その表情は、穏やかだった。

「…………」

 ──沈黙。

 やがて、機関の無線が割り込む。

『──レイラたち、聞こえるか。よくやったな……だがもう帰還しろ。連戦が続いている。体力の消耗が激しいだろ、これ以上は危険だ』

 重く響いたセセラの言葉に、レイラたちはようやく緊張を解いた。

 倒れそうなリルの背に、そっとレイラの手が添えられる。
 リルの腕からはボロボロと、鱗や甲殻が血と共に剥がれ落ちていた。

「リル……大丈夫……!?」

「……疲れ、た……」

「うん……疲れたね。でも、勝ったよ。……リル、ありがとう」

「…………」

「……私たちは、失敗作でも、下位互換でもない。……私たちは、今を選んで確かに生きてるんだ」

「……ふっ……ガキのくせに……」

「ふふ……」

 ふたりのその様子を見るアシュラが、ラショウが、静かに頷いた。


 ◇


 別観測室。
 淡く揺れるモニターの前に、ジキルが座っている。

 映像の中で、リルがレイラに支えられる姿が映っていた。

「…………」

 だが、その顔に──感情は無い。

「あーあ、倒されちゃったね」

 まるで、風船が割れたのでも見たかのような、軽い声。
 その後ろで静かに立っているスカル。

「……観測終了。試作龍・アイの反応、完全に途絶。バックアップも無し。再起不能です」

「そう……か。まあ、あの子がそうしたかったなら、それも正解だ」

 ジキルは椅子をくるりと回して立ち上がり、腕を上げて大きく背伸びをした。

「……ん゙ん~~~! ……ふぅ……、じゃ、スカル」

「……はい」

「お見送りしてあげて」

「……は?」

「あの子たち、帰りそうだよ。だから、顔だけでも見せてきてよ」

 ジキルは笑った。無邪気な子供のように。

「それと、伝えてほしいことがあるの」

 スカルの金色の目がジキルの方へと視線を向ける。ジキルは笑ったまま、目を細めた。

「『次は、もっと綺麗な龍を見せてあげるよ』って」

「…………」

 小さく頷くスカル。

「……承知しました。……伝えます」

 そして、ジキルの笑顔が僅かにかげる。

「……あの子たちが、何を感じてくれるか。楽しみだなぁ」


 ◇


 瓦礫の残る通路を、レイラたちは黙々と歩いていた。

 アシュラが先頭で周囲を警戒し、レイラがその背を追う。
 最後尾では、ラショウがリルの肩を支えながら歩いている。

 リルの龍化は既に解けていたが、呼吸は浅く、時折苦しげに呻くような声を漏らしていた。

「リルくん……しんどいよね、もう少しだけ……。あとちょっとで、輸送車だからね……」

 ラショウの声は、限界寸前のリルを少しでも励まそうとする、優しい囁きだった。

 その時──。

「──とんだ無茶をしてくれたな」

 通路の先に、突如として影が立ちはだかる。

 冷えた、抑揚の無い声。

「!!」

 現れたのは、銀髪の無機質な男──スカル。

 あの時、アシュラを一瞬で叩き伏せ、レイラの腕を容赦無く砕いた存在。

 空気が、変わる。

「……貴様……ッ!!」

 アシュラは目を見開いて立ち止まり、刀の柄に手をかけた。

 レイラもすぐさま前に出ようとするが、アシュラがそっと腕を伸ばして制止する。

「ス、カル……なんで、ここに……!」

 微かに震えるレイラの声。
 ラショウもリルもその名前を聞いた瞬間、緊張した面持ちで目の前の男を見据える。
  
 ──こいつが、話に聞いていた『銀髪の男』……。

 スカルの顔は、一切の感情を浮かべていない。

「……安心しろ。今日は、何もしない。俺は伝えに来ただけだ」

 そう言って両手を軽く挙げた。
 武器を持っていないことを証明するように。

「……伝えに……?」

 冷静なようだが、レイラの警戒心はピークを迎えている。

「ジキル様より命を受けている。が動き出す前に、警告を届けろと」

「彼ら……?」

 アシュラが低く問う。

Z.EUSゼウスの幹部たち……龍の力を得た者たちだ」

 その返答に、空気が張り詰める。

「……幹部……?」

 息を呑むラショウ。
 そしてスカルの視線が、リルへと向いた。

「……本来、まだ準備は整っていなかった。だが、お前たちがここに赴き、成れの果て共や人を模した龍……アイを倒した」

「…………!」

「それが彼ら……いやにとって、十分な理由となった」

 スカルの声は淡々としているが、その内に潜む殺気は凍てつくように鋭い。

「……ジキル様は、本気で遊ぶ準備を始めている」

 ぴくりとレイラの眉が僅かに動いた。

「……遊び、だって……? あんな、地獄みたいなものを……」

「遊びだよ。あの人にとって、命も、恐怖も、素材でしかない」

 スカルの目が細まる。
 ほんの一瞬だけ、口元が僅かに歪んだ。

「……だから、伝えておく」

 言葉が、まるで刃のように重く響く。

「……このまま俺たちを止めようと、逆らい続けるなら……いずれZ.EUSは全戦力を以てお前たちを潰しに行く」

「……っ」

「忘れるな。あの人はまだ、手加減している」

 最後の一言が、静かに落とされた。

「まあ……どうか、早々にはくたばってくれるなよ……」

 それだけを告げると、スカルは踵を返した。
 そして、音も無く、去っていく。

 誰ひとり、声を出せなかった。

 通路に残るのは、冷たく、無機質な静寂だけだった。


 ◇


 それから暫し歩き、暗がりの通路を抜け地上へと戻る。
 早朝に到着し、帰還する今、空はもう夕日に照らされていた。

 4人は無言のまま、停車していた輸送車へと乗り込む。

 車内に響くのは、低いエンジン音と、リルの荒い呼吸だけ。

 リルはラショウの膝に頭を預けるようにして横たわっていた。
 顔色は青白く、額には汗。呼吸も浅く、意識は途切れがちだった。

「……リルくん、大丈夫……?」

「……ん、だいじょーぶ……寝てるだけだ……」

 掠れる声で冗談めかして返すが、その声はか細い。

「…………っ」

 ラショウはそっと、その赤い髪を撫でた。

 運転席の通信機がパチ、と音を立てる。

『──応答せよ。こちら、機関本部。迎えの医療班と薊野氏が待機中。急いで搬送口へ向かってください』

 アシュラが応答スイッチを押した。

「了解。……これより、帰還します」


 ◇


 搬送口前。
 輸送車が滑り込むように到着したその瞬間、待機していた医療班が駆け寄る。

 ストレッチャーが素早く用意され、リルはその上へ慎重に移された。

 その様子を見守るレイラの肩に、ポンと誰かの手が置かれる。

「……おかえり」

 レイラが顔を向けると、そこにはセセラの姿。

 深い隈のある目。白衣の袖は少し汚れていた。
 徹夜だったことは明らかだった。

「……ただいま……。あの、リル……すぐに運ばれたけど……」

「生きてる。ただし、龍化が長かった影響が出てる。……休ませないと、持たない」

 セセラの声に、レイラは静かに頷いた。

「……レイラちゃん、大丈夫……?」

 すぐ傍に立っていたラショウが、今度は逆にレイラを心配そうに覗き込む。

「……うん。平気……だよ」

 少し微笑んでみせたが、レイラの右腕は酷く震えていた。

 それに気づくセセラ。

「右腕……痺れてるだろ。あとで俺のとこに来い。診るから」

「……うん、ありがと……」

 レイラはそれ以上、何も言えなかった。


 ◇


 ──その後、医療棟・検査室。

 白い無機質な部屋。

 各々がベッドや椅子に座らされ、検査機器が次々にレイラと西城兄妹のデータを読み取っていく。

 セセラはカルテを片手に、表情を変えずに機械と向き合っていた。

「アシュラ、異常無し。筋肉への軽度の損傷、酸素飽和濃度問題無し。……次、ラショウ」

「は、はいっ……!」

 ラショウがびくりと背筋を伸ばす。

「低血糖気味。あと、精神的ショック反応があるな。寝ろ。……絶対に」

「わ、わかりました……っ……!」

「レイラ──」

「私は平気!」

 即答。しかしセセラはジト……と目を細める。

「平気なわけねーだろバカ! ……右腕、振動系のダメージだな。じきに熱持って動かなくなる。今はアドレナリンで誤魔化してるだけ」

「……っ」

「まだ完治したばかりだってのに張り切りすぎ。あとでまた固定しろ。休め」

 静かに目を伏せるレイラ。
 セセラは次の端末に視線を落とす。

「……問題は、こっちだな」

 リルのデータ。

 脳波、心拍、龍因子濃度、どれも正常値を遥かに逸脱している。

「……限界だったな、完全に」

 その独り言に、レイラが顔を上げた。

「……リルは、大丈夫……?」

「今は、な。……でも、こんなの、続けられる状態じゃねえ」

 セセラの声は淡々としていたが、その瞳は深く、怒りにも似た色を宿していた。

「……このままじゃ、またみたいになる」

「…………」

 黙り込むレイラ。
 ラショウも、アシュラも、静かに目を伏せた。

 その沈黙が、何よりも恐ろしい未来を示しているようだった。



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