RAID CORE

コヨタ

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第11話 ただいま、おかえり

第11話・3 いただきます!豪華な夕食

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 ──大浴場(男湯)。

 脱衣所に入った瞬間、ほんのりとした木の香りと、湯気の予兆がふわりと漂ってくる。

 しかし──。

「………………」

 リルは、その場で少しだけ動けなくなっていた。

 ゆっくりとTシャツを脱ぎ、薄い肩が露わになると、妙な沈黙が彼を包んでいく。

(……オレ……ほっせえ……)

 思わず、鏡に映る自分の体を見た。

「…………」

 ちらりと後ろにいるアシュラとセセラを見やる。

 アシュラは、筋骨隆々とまでは言わないが確かに筋肉質。均整のとれたしなやかで整った体をしている。
 スッと立っているだけで、訓練された肉体美が際立っていた。

 セセラもまた、白衣のイメージからは意外なほど引き締まっていて、バランスの取れた抜群のスタイルだった。
 そして普段は見えない左腕の上腕にはぐるりと巻くようなトライバルな柄のタトゥー。
 それすらもお洒落さを演出し、肉体はどこか機能美すら感じさせる。

(……それに比べて、オレは……)

 そう思いながらまた鏡へ視線を移すと──。

 細い。薄い。不健康そう。

 絞ったのではなく削れたような体。
 最近、ますます痩せた気がする。

 腹筋は確かに薄く割れて見えているが、それは鍛えたというより脂肪が無いだけという印象が強い。

 試しに腹をつまんでみたが──。

(……プニ、とはつまめねえ……)

 脂肪が無さすぎて、つまめなかった。

 そのとき。

「……何やってんのお前?」

「ひゃッ!?」

 リルの口から、普段の彼からは想像もつかないような、とびきり可愛らしい悲鳴が漏れた。

 ──レイラと全く同じ反応。

 声をかけてきたのはアシュラ。
 すでにきっちりと畳んだ服を棚にしまっていた。

「お、おどかすなよ……!」

「いや、お前が鏡の前で自分の腹つまんでるの見たら、何やってんのかなってなるだろ……」

 リルはそっぽを向きながら、「なんでもねぇよ……」と呟く。

 風呂用眼鏡を装着したセセラは、そのふたりのやり取りを見ながら少しだけふっと微笑むと、先に浴場の扉を開けた。


 ◇


 程よく広い浴室は、木の壁に反響する湯音と、僅かに響く男たちの笑い声が聞こえていた。

 そんな中で。

「…………」

 洗い場では、セセラが何やら手をゆらゆらさせながら奮闘している。

(どれがボディーソープで……どれがシャンプーで……リンス……?)

 判別がつかない。
 お洒落なボトルには、どれにもギザギザがついていない。

(やっべぇ……わかんねえ……)

 風呂用眼鏡をかけ直そうにも、手探りでボトルを確かめるうちに誤って近くに置いていた眼鏡を手で吹っ飛ばしてしまったようで──。
 それすらもどこに行ってしまったのかわからない。

(眼鏡もどこだよ……え、マジで見えねえぞ……)

「……!」

 左隣にいたアシュラがその様子に気がついた。
 眼鏡を拾いに行き、そしてスッとセセラの手を持って誘導する。

「薊野さん。こっちがリンスです。あと、眼鏡、落ちてました。ボトルが並んでいる右隣に置いときますね」

 セセラの目を気遣い、ちゃんと眼鏡をどこに置いたかまでを丁寧に伝える優しいアシュラ。

「……わりぃ。サンキュー、助かる」

 目を閉じたまま照れ隠し気味に笑うセセラ。

「とんでもないです。このくらい」

 そのセセラの右隣で、ちょこんと湯を被っていたリルが、ふと口を開いた。

「ボディーソープで頭洗い出すと思ったんだけどな」

 言い終わるや否や──。

 ビシャッ!!!

 セセラの手元のシャワーが、リルの顔面めがけて水柱をぶちまけた。

「ッ、冷てェッ!!」

「目ぇ見えなくても、声の方向はわかるぞ」

 容赦無い一蹴に、リルはタオルで顔を拭いながら文句を垂れる。

「マジかよ……心の目かよ……」

 そんなリルに、アシュラが優しく声をかけた。

「リル、頭洗ってやるよ。こっち来な」

「はあ? 髪くらい自分で洗える──」

 言い終わる前に、世話焼きなアシュラの手がリルの細い腕をとる。

 その力に抗うほどでもないが、妙に丁寧に誘導され、椅子に座らされてしまった。

(なんでオレが……)

 不満げに目を細めるリルだったが──。

 その手が、思っていた以上に、優しかった。

「どう? リル、痒いとこあったら言ってくれ」

 頭皮を指の腹で、ゆっくりと洗ってくれる。
 湯の温度もちょうど良くて、泡が耳の裏を通るときも、不快感は全くない。

「…………」

(……あー……なんだこれ……)

(めっちゃきもちい…………)

(落ち着く…………)

 視界の端で、セセラが眼鏡をかけ直しながら苦笑していた。

「……お前ら、ほんと兄弟みてえだな」

 その言葉にリルは返事をせず、ただ黙って、泡の音と湯気の中に身を預けていた。


 ◇


 ──露天風呂。月夜の下。

「「あったけえ~~~~……」」

 ぴったりとシンクロしたリルとアシュラの声が、湯けむりとともにゆっくりと夜空に溶けていった。

「まじでさいこう……」

 セセラも隣で夢心地な表情。

 3人が肩までしっかり浸かり、風の音と湯の音だけが穏やかに流れている。

「機関にもでけえ風呂あるけどさ……温泉ってなると別格だわ……」

 リルが目を半分閉じたまま呟いた。

「つうか……機関おっさんばっかだから、なんか、銭湯って感じすんだよな……雰囲気が……」

 その言葉にセセラが、ニヤリと応じる。

「フッ……何だ混浴が良かったか?」

「誰がだよ」

「つうかお前、おっさんばっかっつっても、わけぇのもいるだろーが……」

「いや、でもなんか……生活感、出てんだよ……」

「フフッ……それは否定できねえ……」

「俺は好きですけどね……機関の大浴場も……」

「おお、フォローありがと……」

 3人が、湯に揺られながらぽつぽつ言葉を交わす。
 その空気は、ほんのり熱くて、優しかった。

 するとアシュラがふと、セセラへ視線を向けて──。

「そういえば……失礼ながら、薊野さん……」

「ん?」

「お答えいただければで差し支えないのですが……おいくつなんですか?」

 唐突な質問。
 セセラは湯に顎を乗せたまま、ぼんやり答える。

「ん~? にじゅうはちぃ~……お前らより全然お兄さんですよ~ん」

 その返答に、リルがすかさずアシュラに向き直って──。

「意外だろ。もっといってると思うよな」

 リルの余計な一言に「お前失礼だぞ」と即反応するセセラ。

「いえいえ……」

 アシュラは微笑しながら手を振った。

「普段からとても達観されているので……尊敬です」

「……はあ~~? 嫌味じゃねえよなあ?」

 セセラが半目で言うと、アシュラは少し焦ったようにまた手を振る。

「とんでもない……! 心からです」

「お前の方がおっかねえけどな……まだわけぇのに……」

 セセラがぽつりと呟くと、アシュラは小さく肩をすくめた。

「いえ、そんな……俺はただ、自分にできることを……」

「その『自分にできること』が高すぎんだよ……」

 そんな会話を聞きながら、リルはそっと目を閉じる。

 湯に肩まで沈み──ほんの少し、声を漏らした。

「……オレ、お前にはもうちょっと……気抜いてほしいときあるよ……」

 少し驚いたように、リルを見るアシュラ。

「おっ、何だリルいきなり……俺はべつに無理してないぞ?」

 その声にリルは「ふーん……」とだけ返して、再び目を閉じた。

 セセラが、ニヤッとしながら口を挟む。

「湯心地よすぎて素直になっちまってんだよな」

 アシュラは照れくさそうに笑う。

「ありがたく受け取っておきますかね」

「そうしとけ。……つかマジでさ、いい風呂だろ……? 露天の雰囲気も最高だし」

 アシュラは静かに頷き、改まった声で。

「……はい。本当に……ありがとうございます、薊野さん」

 その礼に、セセラは揺れる水面と湯気を眺めながら続けた。

「だろ? 俺、前にここ来たことあってさ。マジでめちゃくちゃ良かったからまた来たいって思ってたんだよ……」

 それを聞いた瞬間、ウトウトしてたリルの目がパッと開く。

「……誰と?」

 やけに響いたリルの言葉に、セセラの口が開きかけて──止まった。

「あ」

 顔が、ゆっくりと赤くなる。
 温泉の湯気のせいだけじゃない。

 リルは肩を揺らしながら、口元に手を当てた。

「フフッ……あんた、墓穴掘ったな」

「……っ」

 アシュラは状況が読めていないのか、「?」と首を傾げている。

 リルはそのまま意地悪そうに、湯にぷかりと浮かぶ泡を指で押しながら続けた。

「元・嫁さんと来たんだろ?」

 アシュラは「え!?」と目を丸くする。

 次の瞬間、セセラは何かをかき消すように、湯をザバァッと揺らして立ち上がった。

「っしゃあ! そろそろ出るぞ!! お前らものぼせる前に出とけよ!!」

 勢いそのままに、湯から上がっていくセセラ。

 リルはクククッと笑いながら、タオルを取りに立ち上がった。

 アシュラは「え、元……、嫁さ、……え!?」とまだ混乱中。

 夜の露天風呂には、湯気と、笑いと、少しだけ甘酸っぱい空気が残っていた──。


 ◇


 夕食前、喫煙所。

「……てンめぇ、マジで余計なこと言いやがって……」

 セセラが湯上がりの髪をまだ少し湿らせたまま、煙草を口に咥えながらぼやくように唸った。

 喫煙所は、旅館の一角に設けられた小さな共用スペース。

 薄いガラス越しに、夜空の色が滲んでいた。

 その横で、リルもいつものようにラフに腰かけ、煙草を咥えつつ悪びれた様子はあまり無い。

「……わりぃ」

「ぜってー思ってねえだろ」

「いや……ちょっとは思ってる」

「マジでちょっとだな……」

 セセラは細く煙を吐き出しながら、じっと煙の流れを目で追っていた。

「……あんま俺がバツイチだってこと、言わないでくれよ」

「…………」

「別に喧嘩別れとかじゃねえし。わだかまりがあるとか、そういうのでもない。でも……なんつーか、今さら蒸し返すほどの話でもねえんだ」

 リルは黙って、その言葉を聞いている。

「俺の人生にとっちゃ、いい時間だったとは思ってるよ。……でも、それで今の俺があるんだよ。……だから……いちいち注目されるの、ダルい」

「……ん……ごめん、……了解。変な風に茶化して悪かったな」

「……ま、いいけどな」

 セセラはちょっとだけ笑って煙草をトントンと灰皿で弾いた。

 静かな時間が、しばらく続く。

「…………」

「……あ、でもな……薊野さん」

「ん?」

「オレ、けっこうあんたのそういうとこ……良い……と思ってる」

 煙草を吸い終わったリルはそう言って目線を逸らすと、すぐに立ち上がり「先戻ってる」と喫煙所をあとにした。

「…………」

 セセラは一瞬目を丸くして──そして、ふっと笑った。

「……ったく。不器用すぎんだろ、お前……」

 ぽつりと呟いて、煙草を灰皿に押しつけると、そのままセセラも食事処へと向かうのだった。


 ◇


 食事処は広いお座敷。
 掘りごたつ式のテーブルに並べられた豪華な夕食。

 湯気の立つ釜炊きご飯、お造りの盛り合わせ、季節の天ぷら、地元の煮物、湯豆腐、そしてお味噌汁──などなど。

 旅館の女将が腕を振るった料理がずらりと並んでいた。

「「「うわあ……!」」」

 レイラとラショウ、アシュラの3人が感嘆の声を上げる。

 喫煙所から戻ってきたリルは少し眠たそうな目をしながらも、テーブルに並ぶ豪勢な料理を眺めて着席せずに立ち尽くしていた。

「これ……すごい……」

「ね! まるで宴会だね……!」

「薊野さんとシエリ先生に感謝だな」

「フフ、どんどん食べなさい。休みが明けたらまた、動き出すんだからな?」

 そう言ってにこにこしながら、レイラにお猪口を手渡すシエリ。

「えっ、先生、これ……?」

「もちろん未成年にはジュースだぞ~♪ 温泉旅館に来たら、ちょっとだけ嗜むのも醍醐味だろう」

「ふふ……」

 隣でラショウが笑っていた。

 セセラが一番最後に入ってくると、「あ~風呂上がりと酒ってのは、やっぱセットだよな~」とお銚子を手にして席に着いた。

 リルはアシュラの隣の席に腰を下ろす。

「で、どうするアシュラ。……飯いくか、刺身からいくか」

「俺はまずお味噌汁をいただこうかと……」

「マジか。お前おっさんくさくなったな」

「さっき『おっさんばっか』とか言ってたお前が言うなよ」

 アシュラがそうツッコんで、場が和やかな笑いに包まれる。

 それぞれが箸をつけ始めると、食事の時間はまるでお祭りのように賑やかに。

「ん……! リル、この天ぷらめちゃくちゃうまいぞ」

「レイラちゃん、これも美味しいよ!」

「わ……うん、ありがとう、ラショウ」

「天ぷらもらうわ。……おいアシュラ、オレの刺身に手伸ばすな」

「ちょっとだってば。……あ、薊野さん、こちらのお酒お好きかと思って……」

「お、ありがと。やっぱ気が利くな西城の当主様は……」

 あたたかくて、笑い声の絶えない夜がゆっくりと過ぎていく。
 湯気の立ち上る鍋を囲み、煌びやかな料理を前に笑顔と箸が飛び交っていた。

「……やば……この煮物、うますぎる……」

 リルは小さく呟きながら、口に運んだひとくちを噛み締めている。

「ね、味がしっかり染みてて……」

 笑顔で頷くラショウ。

「温泉旅館の煮物って、なんでこんなに沁みるんだろうな~……」

 セセラはぐいっと盃を傾けながら、柚子胡椒が乗った湯豆腐を口へ運ぶ。

「ほらアシュラ、これもうまいぞ」

「……ありがとうリル。……お前の気遣い、沁みるわ……」

「……どうしたんだ急に。……酒しんどいのか?」

 アシュラはゆっくりと味噌汁を啜りながら、なぜか感慨深そうに──。

「この味噌汁に、俺の心まで溶けてく気がする……」

「……え、お前もう酔ってんの?」

 リルがそう言うと、セセラは目を細めてアシュラの盃を見やる。

「いや……まだ1杯目だけど……?」

「フラグだな」

「フラグだね」

 リルとラショウが同時に言うものだから、レイラは「え……?」ときょとんとした。

 それでも、雰囲気はずっと穏やかだった。

 誰かが笑えば、誰かがつられて笑って、料理の減りは止まらない。

「レイラちゃん、これ食べた? 甘くて美味しいよ!」

「わ、ありがと……! あ、これ甘く煮てあって……」

「これ、甘いけどデザートじゃなくておかず枠なんだよな」

「リルくん、詳しいね?」

「味覚と嗅覚だけは鋭いんだよ、龍のせいでな……」

「へぇ……ちょっと、尊敬する……!」

 いつもよりだいぶ口数が多いリルに、レイラもラショウも自然と笑顔になる。

 その様子を眺めながら、セセラはもう1杯注ごうとして──。

「あの、注ぎますよ」

 アシュラが、ぴしりとお銚子を持って立ち上がった。

「薊野さん、今日のお心遣い……本当に感謝しています。俺たちは、あなたのような大人たちに救われてばかりで──」

「あ~はいはいはいはい。ストップストップ」

 手をひらひらと振って制するセセラ。

「もう一発でわかったわ。お前、酔うと長くなるやつだろ?」

「っ、違います! 俺は今、真剣に──」

「こんな所で『真剣』って言葉、酔ってる奴しか使わねえんだよ」

 セセラがそうぼそっと挟んで、テーブルが笑いに包まれた。

 ──ほんの少しずつ、笑い声が増えて、普段張り詰めていた気持ちが解けていく。

 温泉旅行という“非日常”の魔法が、皆を確かに癒していた。



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