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第11話 ただいま、おかえり
第11話・4 大変!兄様が豹変した
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食事が進むにつれて、それぞれの手元には少しずつ空になった皿が増えていく。
「……っはぁ~~食った……食ったぁ~~~」
セセラはため息まじりにご満悦な様子。
「まだデザートありますよ~~」
と旅館の仲居さんの声。
「え、食う」
即答するセセラ。
リルは「胃袋どうなってんだ……」と呟きながら甘いゼリーに手を伸ばしていた。人のこと言えない。
レイラとラショウも、ほっぺたを綻ばせながら食後の時間を過ごす。
しかし──。
「なぁ、りるゥ~~~~」
「……うわ……」
隣で酒を飲み干したアシュラが、唐突にリルの肩に体重をかけてきた。
「……あ゙ーーー……、お前酔ったな?」
「酔ってないッ!!!」
「うっせ……それ酔ってるヤツの言い方なんだよ……」
アシュラは眉を下げたまま、リルの肩に顔を押しつける。リルはまさにうざったいという表情。
「なぁぁあ~俺ってさぁ、ちゃんとぉ、やれてたぁ~~……?」
「……ああ…………」
明らかに様子のおかしいアシュラを見て「……ん?」とセセラはフリーズしていた。
「なんかさァ~~……リルもレイラもがんばっててェ~~、俺ぇ、完璧ぶってるけどォ、ほ ん と は ぜ ん ぜ ん ッ !!」
「はあ……第一形態きた……」
「第一形態?」
「第一形態……?」
「……第一形態?」
リルのその一言に、レイラとセセラとシエリが同時に身を引きながら同じ言葉を小声で呟く。
「兄様……」
どこかラショウは冷静だった。
「な゙あ゙あ゙あ゙あ゙!! なんでさァ~~、皆俺のこと完璧って言うんだよなァ……!! 俺も人間なんですけどォ?!」
「知ってる。皆知ってるから落ち着け」
慣れた様子のリルが肩をぐいぐい押して引き剥がそうとするが、アシュラの執着力が異常。
「……おい……どけよ」
「俺だってなぁ!? 時々逃げたくなるしぃ、布団から出たくない朝もあるしぃ!! 俺ぇ~~……リルにも~、レイラにもぉ……ほんとにぃ……いつもっ……感謝しててぇ~~……」
それは、見事なまでにグズグズだった。
「……えっ……」
レイラが絶句する。
目の前のアシュラらしきものを見て、信じられないという顔。
「いや……これ、誰……? ……っ、あ……あの……、アシュラさん?」
セセラでさえ、言葉を失っていた。
「こんなに泣き上戸な奴だったのかよ……!?」
湯上がりの清潔感も、完璧な礼儀も、西城家当主の凛々しさも、内側から煙のように消えていた。
「うぅ……うっ……俺ぇ……あのときぃ、マジで怖かったんだよぉ……ッ、なあ、リルう……」
ぽろぽろと大粒の涙を流しながら、アシュラは自分の手のひらを見つめている。
「リルが動けなくなってぇ、レイラも目を覚まさなくてぇぇ……みんなっ、もうダメなんじゃないかってぇ……!! うううう……っ……」
セセラ、ずっとアシュラから目を離せない。
「誰か止めろよ……。いやマジで……お前すげえな……。普段あんな完璧装ってんのに……!」
「違っ……装ってないしぃ……ほんとにぃ……がんばってるだけなのにさあ……」
造形のいいはずのアシュラの顔が歪む。
シエリは目をまん丸くしていた。
「な、何……これは……アシュラ……? えっ……?」
そして──またひとり、何の動揺も見せていなかった者がいた。
「……はあ……」
ラショウである。
酔っぱらいの妹はため息をつきながら、そっとおしぼりを差し出した。
「……兄様。おしぼり。涙拭いて……」
「ううっ……ラショぅぅ~~~ッ……お前はほんっとに俺の味方ぁぁぁ~~~~ッ……」
赤くなった目元をぐしぐしと擦りながら、アシュラはリルの隣に再びずずいと身を寄せていく。
「なあリル……俺なぁ……ほんとに……お前のこと、すげぇなって思っててさぁ……! えへへへ、ふふふふふ……」
「…………」
(何回言うんだよ……)
リルは、露骨に死んだ顔をしていた。
(……これはもうダメなやつだ……)
「すげぇよぉ、俺にはさぁ……あんなふうに戦えねぇよ……、いや、戦ったけどぉ……でも怖かったもん……」
「…………」
(返事したら余計こじれるやつだな……)
「だってさあ!! 薊野さんも見たでしょう!? あの時のアイツ、マジでやべぇやつだったじゃん!?」
「お、おう……(どいつだ?)」
「レイラも怖かったろ!? な!?」
「え、あ、うん……(誰のことだろ?)」
と、レイラも巻き込まれる。
「みんな無事でよかったぁあ……!!」
アシュラは再びテーブルに突っ伏し、すすり泣きモード再開。
──それを見たセセラは、ようやくアシュラからリルとラショウへ視線を移す。
「……ちょっと待って……マジで、これがアシュラさま……?」
リルもラショウもコクリと頷く。
シエリの表情は完全に固まっている。
「し、知らなかった……こんなになるんだ……。お、お酒は……何をどれくらい飲んだの……?」
とレイラ。
ラショウは顔を伏せたまま、その問いに箸でおかずをつつきながら呟いた。
「……兄様、梅酒のグラス……2杯くらい……」
「少な……」
「そんだけで!? 第一形態でこれかよ! あっはははははは!!」
セセラはテーブルをバンと叩いて笑う。
「第二形態になったらどうなるんだよ!? あーおもしれ……!」
「ふ……ふふっ……」
レイラも思わず笑い出した。
「なんか……なんかすごいけど……なんか、可愛い……かも……」
「う、うう……レイラぁ……」
既にレイラにしがみつきそうなアシュラをセセラが慌てて止める。
「コラやめとけ! 酔っぱらいが女の子に甘えるんじゃねぇ」
「やだ!! レイラぁぁぁ~~~……」
「……はは……アシュ、すごいね……」
ラショウは目を伏せたまま、(……これが、初見の反応だよね……)と、遠い目をしていた。
「……これでも、兄様は……皆さんご存知の通り……普段、完璧なんです……」
そう呟くラショウの声に、皆は一瞬だけしんみりする。
しかしそのしんみりを打ち砕いたのは、当の本人だった。
「えへ……みんなのこと、大好きだ……」
そこで不意に見せられた、酒が入り瞳が潤んだ超・美形の愛の告白に──。
((うわあああああああああ!!!))
と全員、あまりのその眩しさに心の中で撃ち抜かれた。
◇
第一形態でぐずぐずになっていたアシュラだったが、突如として泣き止んだ。
「……ん?」
セセラが今度は何だと眉をひそめる。
レイラとリルも顔を上げ、ラショウだけが「あ……」と何かを察したような表情に。
「…………」
アシュラはしばらく俯いていたが、ゆっくりと顔を上げる。
涙で赤くなった目のまま、ふわっとした笑みを浮かべ──。
「レイラ……」
ギュッ。
「えっ」
「リル……」
ギュッ。
「来んなって……」
「ラショウ……」
ギュッ。
「……兄様、それ以上はやめて……」
アシュラ、第二形態──発動。
また焦るセセラ。
「……やばいやばい、なんか甘え出してきたぞ」
シエリも続く。
「酔い方が変わったな……」
アシュラは立ち上がって、ゆらゆらとテーブルの周りを歩き回る。
次に向かったのは、レイラの隣。
「……え? な、なに?」
「……レイラ……いつもぉ……俺に……っ……優しくしてくれてぇ……ありがとぉ……」
「わ、わっ、え!? ちょっ、アシュ!?」
──がばっ
肩に頭を預けられた。
アシュラはすっかりとろけたような表情で、レイラの肩に頬をすり寄せる。
「ふわぁぁぁ……あったけぇ~……」
「!?!?!?」
「おい、コラ!」
リルが立ち上がってアシュラを引き剥がそうとした。
だが──。
「リル~~~!!!」
「えぇ……」
──がばっ
今度はリルにも抱きつく。
正面から抱きつかれ、顔を胸元に埋められる。
「…………」
リル、フリーズ。
そしてラショウ。
「第二形態です」
即答。
「これが第二か、ひっついて回る系だな」
とセセラは冷静に分析。
その顔付きは仕事の顔だ。
「リルぅ……俺……ほんとは……お前に甘えたかったんだ……」
「……知らねえよ……」
もはや誰も止められない。
「んう~~~……」
アシュラは、一瞬リルから離れてレイラの頭を撫でたと思えば、次の瞬間にはまたリルにがっしり抱きつき、リルが「マジで止まんねえこいつ……」と動けなくなっていた。
──そして。
「ぁ……シエリせんせい……」
「っ!?」
ついに、シエリに視線を向けた。
「え、あ、ちょ、ちょっと待て、アシュラ……あのね、私は所長で……偉くて……小さくて可愛くて……」
──がばっ
「いつも優しく見守ってくれてぇ……ありがとござぁます……」
「……うわぁお……!」
軽々とシエリを持ち上げるように抱き上げ、全身を預けるアシュラ。
まるで、忠犬がご主人に甘えているかのような勢い。
「……重いわけじゃないがデカい……!」
「はぁ~……シエリ先生……優しいな……」
レイラは「あらら……」と流石に少し引いていた。
呆れてため息をつくリル。
「はあ……、ダメだこれ完全にスイッチ入ってる……」
──そんな中。
「まさか、来るのか……?」
セセラは自らに向かう気配を感じ、警戒を強める。
「薊野さぁん……」
「うわやっぱ来た……」
「俺、ほんとに……薊野さんのこと、信頼してるんすよぉ……」
「……う、そうか、それはどうもな……」
「いつも冷静でぇ~、頼れてぇ、それでいてぇ……ノリが良くてツッコミもしてくれてぇ~……優しさがさあ……滲み出てんすよ……ほんっとに」
「……そうか、ありがと、ありがとな……はは……」
──がばっ
セセラも、抱きしめられた。
「…………」
(くっそ……完璧人間がこんな……! お前……反則だぞ……!)
(これがこいつの『弱点』……、なんか、可愛いとこあるじゃねえかよ……ッ!! くそ……!!)
セセラは謎の敗北感に打ちひしがれていた。
シエリは呆然としながらも、再びアシュラに抱きつかれ、そのままポツリと呟く。
「……これ……普段の反動か……?」
ラショウがそっと、頷いた。
「……はい……。兄様、きっと……完璧を守ることに疲れてるんです……」
その目には少しだけ、兄への切なさと理解が滲んでいる。
「うぅぅ……みんなぁ……すげえよ、みんな、立派だよ……うっ、うっうう……」
アシュラはまるで子供のようにセセラの胸に頭を押しつけたまま、涙をポロポロと流していた。
「ねえマジで……どうすんのこれ……」
セセラは完全に押し負けたように、その頭をポンポンと撫でてやるしかない。
「……ハァ……、なあ……ほんとはこいつ、皆にこうやって甘えたかったのかもな」
その声はどこか、優しさに溶けていた。
「……薊野さん……」
レイラもそっとその様子を見守る。
「オレもアシュラのこういうとこ見る度に、いつも誰よりも冷静で怒ったりもしねえ奴だけど……ほんとに人なんだな、って……思う」
リルも隣で、口の端を少しだけ上げて呟く。
「……ま、たまにはこれくらいガス抜きさせてやんねーとな。オレたちに気づかれないようにしながら色々背負ってんだよ、アシュラも」
シエリは苦笑しながらも、どこか遠くを見るような目つきで答えた。
「……彼は、きっと理想を演じすぎているんだろうな。誰もが安心して頼れるように、笑って、黙って、でも絶対に倒れないように」
「…………」
ラショウの瞳が、少しだけ潤む。
「兄様……そうですよね……ずっと……西城家の当主として、完璧であらねばならないって……いつもそう自分に言い聞かせて……」
その時だった。
「…………」
アシュラが突然、静かになった。
セセラがその様子に驚き、体を起こそうとしたが──アシュラはそのまま「すぅ……」と深い呼吸を始めている。
「……寝たな」
リルがぽつり。
「……寝たね」
ラショウがため息。
「……完全に力尽きた……」
セセラがアシュラの頭をそっと抱きなおす。
──第三形態とは。
「“ただの熟睡”だったか……」
その場の全員が、どこか安心して脱力する。
レイラは突然の静寂に、「……あれ……なんかちょっと寂しい……」と寂しがった。
「……うふふ……そっちの第三形態でよかった……。ふふ……兄様、おやすみなさい……」
優しく微笑むラショウ。
レイラはすかさず、「そっちの……って? 他に第三形態があるの?」と尋ねた。
「……暴れるか寝るかのどっちか。今日は後者」
その問いにはリルが心底うんざりしたように答えたが、暴れなくてよかったとも思っていた。
そして「ベッドまで運ぶか……」とアシュラを抱えて歩いていくセセラの背中を皆が見送りながら、夜の宴はようやく終わりを迎えていく。
「……っはぁ~~食った……食ったぁ~~~」
セセラはため息まじりにご満悦な様子。
「まだデザートありますよ~~」
と旅館の仲居さんの声。
「え、食う」
即答するセセラ。
リルは「胃袋どうなってんだ……」と呟きながら甘いゼリーに手を伸ばしていた。人のこと言えない。
レイラとラショウも、ほっぺたを綻ばせながら食後の時間を過ごす。
しかし──。
「なぁ、りるゥ~~~~」
「……うわ……」
隣で酒を飲み干したアシュラが、唐突にリルの肩に体重をかけてきた。
「……あ゙ーーー……、お前酔ったな?」
「酔ってないッ!!!」
「うっせ……それ酔ってるヤツの言い方なんだよ……」
アシュラは眉を下げたまま、リルの肩に顔を押しつける。リルはまさにうざったいという表情。
「なぁぁあ~俺ってさぁ、ちゃんとぉ、やれてたぁ~~……?」
「……ああ…………」
明らかに様子のおかしいアシュラを見て「……ん?」とセセラはフリーズしていた。
「なんかさァ~~……リルもレイラもがんばっててェ~~、俺ぇ、完璧ぶってるけどォ、ほ ん と は ぜ ん ぜ ん ッ !!」
「はあ……第一形態きた……」
「第一形態?」
「第一形態……?」
「……第一形態?」
リルのその一言に、レイラとセセラとシエリが同時に身を引きながら同じ言葉を小声で呟く。
「兄様……」
どこかラショウは冷静だった。
「な゙あ゙あ゙あ゙あ゙!! なんでさァ~~、皆俺のこと完璧って言うんだよなァ……!! 俺も人間なんですけどォ?!」
「知ってる。皆知ってるから落ち着け」
慣れた様子のリルが肩をぐいぐい押して引き剥がそうとするが、アシュラの執着力が異常。
「……おい……どけよ」
「俺だってなぁ!? 時々逃げたくなるしぃ、布団から出たくない朝もあるしぃ!! 俺ぇ~~……リルにも~、レイラにもぉ……ほんとにぃ……いつもっ……感謝しててぇ~~……」
それは、見事なまでにグズグズだった。
「……えっ……」
レイラが絶句する。
目の前のアシュラらしきものを見て、信じられないという顔。
「いや……これ、誰……? ……っ、あ……あの……、アシュラさん?」
セセラでさえ、言葉を失っていた。
「こんなに泣き上戸な奴だったのかよ……!?」
湯上がりの清潔感も、完璧な礼儀も、西城家当主の凛々しさも、内側から煙のように消えていた。
「うぅ……うっ……俺ぇ……あのときぃ、マジで怖かったんだよぉ……ッ、なあ、リルう……」
ぽろぽろと大粒の涙を流しながら、アシュラは自分の手のひらを見つめている。
「リルが動けなくなってぇ、レイラも目を覚まさなくてぇぇ……みんなっ、もうダメなんじゃないかってぇ……!! うううう……っ……」
セセラ、ずっとアシュラから目を離せない。
「誰か止めろよ……。いやマジで……お前すげえな……。普段あんな完璧装ってんのに……!」
「違っ……装ってないしぃ……ほんとにぃ……がんばってるだけなのにさあ……」
造形のいいはずのアシュラの顔が歪む。
シエリは目をまん丸くしていた。
「な、何……これは……アシュラ……? えっ……?」
そして──またひとり、何の動揺も見せていなかった者がいた。
「……はあ……」
ラショウである。
酔っぱらいの妹はため息をつきながら、そっとおしぼりを差し出した。
「……兄様。おしぼり。涙拭いて……」
「ううっ……ラショぅぅ~~~ッ……お前はほんっとに俺の味方ぁぁぁ~~~~ッ……」
赤くなった目元をぐしぐしと擦りながら、アシュラはリルの隣に再びずずいと身を寄せていく。
「なあリル……俺なぁ……ほんとに……お前のこと、すげぇなって思っててさぁ……! えへへへ、ふふふふふ……」
「…………」
(何回言うんだよ……)
リルは、露骨に死んだ顔をしていた。
(……これはもうダメなやつだ……)
「すげぇよぉ、俺にはさぁ……あんなふうに戦えねぇよ……、いや、戦ったけどぉ……でも怖かったもん……」
「…………」
(返事したら余計こじれるやつだな……)
「だってさあ!! 薊野さんも見たでしょう!? あの時のアイツ、マジでやべぇやつだったじゃん!?」
「お、おう……(どいつだ?)」
「レイラも怖かったろ!? な!?」
「え、あ、うん……(誰のことだろ?)」
と、レイラも巻き込まれる。
「みんな無事でよかったぁあ……!!」
アシュラは再びテーブルに突っ伏し、すすり泣きモード再開。
──それを見たセセラは、ようやくアシュラからリルとラショウへ視線を移す。
「……ちょっと待って……マジで、これがアシュラさま……?」
リルもラショウもコクリと頷く。
シエリの表情は完全に固まっている。
「し、知らなかった……こんなになるんだ……。お、お酒は……何をどれくらい飲んだの……?」
とレイラ。
ラショウは顔を伏せたまま、その問いに箸でおかずをつつきながら呟いた。
「……兄様、梅酒のグラス……2杯くらい……」
「少な……」
「そんだけで!? 第一形態でこれかよ! あっはははははは!!」
セセラはテーブルをバンと叩いて笑う。
「第二形態になったらどうなるんだよ!? あーおもしれ……!」
「ふ……ふふっ……」
レイラも思わず笑い出した。
「なんか……なんかすごいけど……なんか、可愛い……かも……」
「う、うう……レイラぁ……」
既にレイラにしがみつきそうなアシュラをセセラが慌てて止める。
「コラやめとけ! 酔っぱらいが女の子に甘えるんじゃねぇ」
「やだ!! レイラぁぁぁ~~~……」
「……はは……アシュ、すごいね……」
ラショウは目を伏せたまま、(……これが、初見の反応だよね……)と、遠い目をしていた。
「……これでも、兄様は……皆さんご存知の通り……普段、完璧なんです……」
そう呟くラショウの声に、皆は一瞬だけしんみりする。
しかしそのしんみりを打ち砕いたのは、当の本人だった。
「えへ……みんなのこと、大好きだ……」
そこで不意に見せられた、酒が入り瞳が潤んだ超・美形の愛の告白に──。
((うわあああああああああ!!!))
と全員、あまりのその眩しさに心の中で撃ち抜かれた。
◇
第一形態でぐずぐずになっていたアシュラだったが、突如として泣き止んだ。
「……ん?」
セセラが今度は何だと眉をひそめる。
レイラとリルも顔を上げ、ラショウだけが「あ……」と何かを察したような表情に。
「…………」
アシュラはしばらく俯いていたが、ゆっくりと顔を上げる。
涙で赤くなった目のまま、ふわっとした笑みを浮かべ──。
「レイラ……」
ギュッ。
「えっ」
「リル……」
ギュッ。
「来んなって……」
「ラショウ……」
ギュッ。
「……兄様、それ以上はやめて……」
アシュラ、第二形態──発動。
また焦るセセラ。
「……やばいやばい、なんか甘え出してきたぞ」
シエリも続く。
「酔い方が変わったな……」
アシュラは立ち上がって、ゆらゆらとテーブルの周りを歩き回る。
次に向かったのは、レイラの隣。
「……え? な、なに?」
「……レイラ……いつもぉ……俺に……っ……優しくしてくれてぇ……ありがとぉ……」
「わ、わっ、え!? ちょっ、アシュ!?」
──がばっ
肩に頭を預けられた。
アシュラはすっかりとろけたような表情で、レイラの肩に頬をすり寄せる。
「ふわぁぁぁ……あったけぇ~……」
「!?!?!?」
「おい、コラ!」
リルが立ち上がってアシュラを引き剥がそうとした。
だが──。
「リル~~~!!!」
「えぇ……」
──がばっ
今度はリルにも抱きつく。
正面から抱きつかれ、顔を胸元に埋められる。
「…………」
リル、フリーズ。
そしてラショウ。
「第二形態です」
即答。
「これが第二か、ひっついて回る系だな」
とセセラは冷静に分析。
その顔付きは仕事の顔だ。
「リルぅ……俺……ほんとは……お前に甘えたかったんだ……」
「……知らねえよ……」
もはや誰も止められない。
「んう~~~……」
アシュラは、一瞬リルから離れてレイラの頭を撫でたと思えば、次の瞬間にはまたリルにがっしり抱きつき、リルが「マジで止まんねえこいつ……」と動けなくなっていた。
──そして。
「ぁ……シエリせんせい……」
「っ!?」
ついに、シエリに視線を向けた。
「え、あ、ちょ、ちょっと待て、アシュラ……あのね、私は所長で……偉くて……小さくて可愛くて……」
──がばっ
「いつも優しく見守ってくれてぇ……ありがとござぁます……」
「……うわぁお……!」
軽々とシエリを持ち上げるように抱き上げ、全身を預けるアシュラ。
まるで、忠犬がご主人に甘えているかのような勢い。
「……重いわけじゃないがデカい……!」
「はぁ~……シエリ先生……優しいな……」
レイラは「あらら……」と流石に少し引いていた。
呆れてため息をつくリル。
「はあ……、ダメだこれ完全にスイッチ入ってる……」
──そんな中。
「まさか、来るのか……?」
セセラは自らに向かう気配を感じ、警戒を強める。
「薊野さぁん……」
「うわやっぱ来た……」
「俺、ほんとに……薊野さんのこと、信頼してるんすよぉ……」
「……う、そうか、それはどうもな……」
「いつも冷静でぇ~、頼れてぇ、それでいてぇ……ノリが良くてツッコミもしてくれてぇ~……優しさがさあ……滲み出てんすよ……ほんっとに」
「……そうか、ありがと、ありがとな……はは……」
──がばっ
セセラも、抱きしめられた。
「…………」
(くっそ……完璧人間がこんな……! お前……反則だぞ……!)
(これがこいつの『弱点』……、なんか、可愛いとこあるじゃねえかよ……ッ!! くそ……!!)
セセラは謎の敗北感に打ちひしがれていた。
シエリは呆然としながらも、再びアシュラに抱きつかれ、そのままポツリと呟く。
「……これ……普段の反動か……?」
ラショウがそっと、頷いた。
「……はい……。兄様、きっと……完璧を守ることに疲れてるんです……」
その目には少しだけ、兄への切なさと理解が滲んでいる。
「うぅぅ……みんなぁ……すげえよ、みんな、立派だよ……うっ、うっうう……」
アシュラはまるで子供のようにセセラの胸に頭を押しつけたまま、涙をポロポロと流していた。
「ねえマジで……どうすんのこれ……」
セセラは完全に押し負けたように、その頭をポンポンと撫でてやるしかない。
「……ハァ……、なあ……ほんとはこいつ、皆にこうやって甘えたかったのかもな」
その声はどこか、優しさに溶けていた。
「……薊野さん……」
レイラもそっとその様子を見守る。
「オレもアシュラのこういうとこ見る度に、いつも誰よりも冷静で怒ったりもしねえ奴だけど……ほんとに人なんだな、って……思う」
リルも隣で、口の端を少しだけ上げて呟く。
「……ま、たまにはこれくらいガス抜きさせてやんねーとな。オレたちに気づかれないようにしながら色々背負ってんだよ、アシュラも」
シエリは苦笑しながらも、どこか遠くを見るような目つきで答えた。
「……彼は、きっと理想を演じすぎているんだろうな。誰もが安心して頼れるように、笑って、黙って、でも絶対に倒れないように」
「…………」
ラショウの瞳が、少しだけ潤む。
「兄様……そうですよね……ずっと……西城家の当主として、完璧であらねばならないって……いつもそう自分に言い聞かせて……」
その時だった。
「…………」
アシュラが突然、静かになった。
セセラがその様子に驚き、体を起こそうとしたが──アシュラはそのまま「すぅ……」と深い呼吸を始めている。
「……寝たな」
リルがぽつり。
「……寝たね」
ラショウがため息。
「……完全に力尽きた……」
セセラがアシュラの頭をそっと抱きなおす。
──第三形態とは。
「“ただの熟睡”だったか……」
その場の全員が、どこか安心して脱力する。
レイラは突然の静寂に、「……あれ……なんかちょっと寂しい……」と寂しがった。
「……うふふ……そっちの第三形態でよかった……。ふふ……兄様、おやすみなさい……」
優しく微笑むラショウ。
レイラはすかさず、「そっちの……って? 他に第三形態があるの?」と尋ねた。
「……暴れるか寝るかのどっちか。今日は後者」
その問いにはリルが心底うんざりしたように答えたが、暴れなくてよかったとも思っていた。
そして「ベッドまで運ぶか……」とアシュラを抱えて歩いていくセセラの背中を皆が見送りながら、夜の宴はようやく終わりを迎えていく。
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ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』
月神世一
SF
【あらすじ】
「補給がなければ、戦場に立つ資格すらない」
坂上真一(さかがみ しんいち)、50歳。
かつてイージス艦長として鉄壁の防空網を指揮し、現在は海上自衛隊で次世代艦の兵站システムを設計する男。
背中には若き日の過ちである「仁王」の刺青を隠し持ち、北辰一刀流の達人でもある彼は、ある日、勤務中に仮眠をとる。
目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。
鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。
しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。
部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。
(……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?)
現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。
すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。
精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。
これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。
花鳥見聞録
木野もくば
ファンタジー
花の妖精のルイは、メジロのモクの背中に乗って旅をしています。ルイは記憶喪失でした。自分が花の妖精だったことしか思い出せません。失くした記憶を探すため、さまざまな世界を冒険します。
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