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コヨタ

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第11話 ただいま、おかえり

第11話・6 ただいま!優しい日常

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 旅行から帰った、翌日。

 西城家の洋室リビングではアシュラがラフな格好でソファに座り、何やら書類をめくっていた。

「……ふむ。この間の件の報告書、もう提出されてるんだな」

「兄様~。お休みなのに、またそうやってお仕事して……」

「いや……これは、趣味みたいなもんだ。情報を整理してるだけだし」

「それ、普通は仕事って言うの……」

 ラショウはため息をつきながらも、温かいお茶を兄の横にそっと置いていく。

「ありがと」

「ふふ……どういたしまして」

 ──平穏な日常の空気。
 嵐のような激戦のあと訪れたこの静けさは、きっと、誰にとっても大切な時間だった。

 そして、少しして日が眩しくなる頃。

 ゆっくりと食卓に着くアシュラ。
 その姿はいつもの完璧な当主ではなく、ほんの少し気の抜けた、穏やかな兄。

「兄様、トースト……今日はバターでいいんだよね?」

「うん、ありがとう。……お前の焼くパンが一番美味い」

 ラショウはふふっと笑いながら、トーストをアシュラの前に置く。

「それ、ちょっと照れる……恥ずかしいかも」

「事実だよ。ラショウの淹れるお茶も、完璧で落ち着くし」

「……完璧なのは、兄様の方だけど……」

「いや……それは、う、うーん……」

 アシュラはトーストを齧りながら、目を伏せた。

 数秒の沈黙。

 そして──。

「……俺、そんな完璧でもないと思うんだ」

「……え?」

「この間……ほら、旅館で……ちょっと、いろいろあったろ?」

「ちょっとではなかったけど……」

「……う」

 顔を手で覆うアシュラ。

「……覚えてないんだけど、皆の反応でなんとなく察してる。俺……たぶん、ひどく甘えて、泣いたりしたんだろうなって……」

「うん。可愛かった」

「可愛いはやめてくれぇ……」

「ふふ……でも、それでいいんだと思うよ」

 アシュラは少し困ったような表情で顔を上げた。

「兄様が、疲れたって言っても、泣いても、誰も責めないよ。みんな、兄様の味方。……私も、ずっと」

「……ラショウ」

「少しくらい、肩の力を抜いて? 完璧じゃなくても、お兄ちゃんはお兄ちゃんだから」

 兄様、ではなく、お兄ちゃん。

「…………」

 アシュラの瞳が、少しだけ潤んだ。

「……ありがとう。……ホントに、お前がいてくれてよかった」

「……私こそ。お兄ちゃんが兄様でいてくれて……本当にありがとう」

 ──静かな朝。
 お茶の湯気がふわりと上がる、柔らかな時間の中。

 小さな家族の絆が、また少し深くなった。


 ◇


 ──一方、龍調査機関の一室。

 レイラとリルのふたりは机が綺麗に整頓されたこのスペースで、並んで座っていた。

「……なあ、レイラ」

「ん?」

「まだ休みあるけど、何して過ごすかもう決めてんの?」

 ぼそっと問いかけるリル。

「え? まだ……かな。家事も機関もお休みだし、ぼーっとしてようかなって思ってたけど……」

 レイラは机に肘をついて、少し目を細めた。

「……オレさ、昨日帰ってからずっと寝てた」

「えっ」

「目覚めたら夜だった。連休、こえぇな」

「寝すぎ……」

 リルは俯きながら、でも悪くなかったと静かに話す。
 その声に、レイラもふっと微笑んだ。

「ねえ、じゃあさ──」

「ん?」

「今日は一緒に、出かけてみる?」

「……へ?」

「ほら、せっかくだし。散歩でも、どこでも。近所のカフェとかさ」

 リルはほんの一瞬だけ目を丸くして、それからぽりぽりと頬を掻く。

「……いいけど。オレ……誰かと一緒に出かけんのとか、向いてないぞ」

「うん。知ってる。大丈夫」

 その返事に、リルは小さく吹き出した。

「……そっか。じゃあ、よろしく」


 ◇


 正午。
 龍調査機関・入口前。

 待ち合わせ場所に立っていたのは、私服姿のリルだった。

 白シャツに黒の薄手ジャケット、黒のスキニーパンツ。目元の隈は相変わらずだが些か少し薄れて、どこかスッキリした顔つきだ。

「ほんとに出かけんのか」

「うん。行こうって言ったの、リルでしょ」

「……そうだったっけ?」

 レイラは少し微笑む。
 普段の黒い服ではなく、薄いブルーのシャツワンピース。

 それは以前、アシュラたち皆とでショッピングモールに出かけた際に買った服。

 眼帯はそのままだが、柔らかい日差しを受けて、服装も相まってとてもらしく見えた。

「……服、あのとき買ったやつ? いいじゃん、似合ってる」

「えっ」

「べつに、変な意味じゃなくて。気ィ障ったら……ごめん」

「……あっ、あぇ…!? 全然……、ありがと。そう言ってもらえると思わなくて。リルも、今日は……ちょっと雰囲気違うね」

「? 普通に着てるだけだが」

 ふたりは並んで、街の方へと歩き出す。


 ◇


「どこ行きたいとかあるの?」

「……いや、特に。強いて言うなら、人の少ないとこ」

「え、出かける意味……」

「だから言ったろ。向いてないって」

 そんなやり取りをしながらも、レイラは通信端末で調べていた静かめなカフェへと案内する。

 ──そして辿り着いたのは、小さな書店の奥にある、落ち着いた喫茶スペース。

 木製の家具に、柔らかな灯り。

「……いいじゃん、ここ。空気うまい」

「空気うまい……?」

「静かなとこって、それだけで贅沢なんだよ。人混みも音も、龍もいない」

 ふたりは向かい合って座り、それぞれ飲み物を注文した。

 レイラは紅茶、リルはカフェモカ。
 運ばれた飲み物を前に、ふぅっと息を吐いて──。

「……あのさ、レイラ」

「うん?」

「……なんでお前、オレのこと誘ったんだ?」

「……え? もしかして嫌だった?」

「いや……そういうことじゃねえけど。気でも使わせちまったかなって」

 レイラは一瞬、言葉を探すように視線を泳がせ、それから小さく笑って答えた。

「わ、私が倒れたときとか……色々なときに……」

「あなたが、ずっと近くにいてくれてたのが、私、嬉しかったから……」

「え」

 リルはドキッとしたように、一瞬黙り込む。

「…………オレが今、『あっこれ照れてる』って思われてそうでムカつく」

「思ってないよ。ふふっ」

「ぜってえ思ってる」

 ──ほんの少しだけ、いつもよりやわらかい。

 何気ない街の一角で。
 機関の危機を救ったヒーローとヒロインが、ただ“普通の時間”を楽しんでいた。


 ◇


 ──カフェを出たあと。

「さて、どうする?」

「ん~……街、少しだけ歩く?」

「ん。あんま混んでなけりゃな」

 リルはポケットに手を突っ込みつつ、歩調をレイラに合わせる。

 レイラは、そんなリルをふと横目で見て思う。

(……リル、こうして見ると……やっぱり、雰囲気違うな)

 私服の効果もあるけれど、普段よりずっと穏やかで、大人なのに、少年っぽくも見えた。

(ラショウがリルを『カッコイイ』って言ったの……わかる気が……い、いやッ、惚れちゃったとかじゃなくて……!)

「ん? 何見てんだよ」

「っ、な、なんでもない」

「……ふーん……まあいいけど」

 歩くうちに、アーケードの一角に出る。
 そこには、ハンドメイドの雑貨屋が並んでいた。

「……なあ、これ……」

 ふと足を止めるリル。
 目を留めたのは、木彫りのキーホルダー。
 小さな動物たちの形をしたもので、手彫りで少しずつ表情が違っている。

「……この猫、ちょっとラショウに似てね?」

「えっ……? ……あ、わかるかも……!」

「このキツネ、お前に似てる」

「えっ!?」

「目つきがちょっとキリッとしてて、でも耳が丸くて可愛い」

(……リルの口から、『可愛い』……!?)

「そ、それって褒めてるの?」

「褒めてるけど、照れるとこか?」

「うう……」

(ラショウにも『可愛い』って言ってあげてほしい……!)

 ふたりは何個かのキーホルダーを手に取ってレジへ。

「お前の分も買っとく。……そんで、次なんかあったとき、また持って行こうぜ」

「うん。……ありがとう、リル」

 ──その後もふたりは、ゆっくりと通りを歩いた。

 アイスを買ったり、射的屋に立ち寄ってレイラが意外と強かったり、リルが猫カフェの窓に釘付けになったり(入るのは断固拒否)──。

 いつもの任務では得られない、静かで豊かな時間。

 気がつけば、もう夕方に差しかかっていた。

「そろそろ、帰るか」

「……うん」

 帰り道、並んで歩くふたりの影は、少しだけ近づいていた。


 ◇


 ──夕刻、龍調査機関の入口。

「……ただいまあ」

「……帰ったぞ」

 レイラとリルは、ほんのりと夕焼け色に染まったロビーを歩いていた。
 先に休暇を終えたすれ違う職員たちが、それぞれ挨拶をくれる。

「あ、レイラちゃん、リルくん! おかえり!」

「いい顔してるな~~~休暇満喫した?」

「……ふふ、ただの散歩だよ」

「まぁ、まあな……」

 レイラはふと、鞄の中の小さな紙袋を確かめた。

 木彫りのキーホルダー。

 これを見て、リルが『また持って行こう』と言ってくれたことが、何より嬉しかった。

「……レイラ」

「ん?」

「……ありがとな。今日はオレ……なんか、普通に楽しかった」

 レイラは一瞬驚いて、それから小さく微笑む。

「私も、すごく楽しかったよ。……ありがとう、リル」

 ──そして。
 同じ頃、西城家。

「ふぅ……今日も、いい一日だったね」

「……ああ。何も無かった。それが一番ありがたい」

 ふたりは暖かい湯呑みを手に、窓の外の空を見上げていた。

 何も無い。けれど、こんな“無い”が、一番尊い。

「……また、みんなで温泉行きたいね」

「うん。……次は、酔わないようにしないと」

「ふふふっ」


 ◇


 龍調査機関の一室では、ラフな格好でデータの整理をしていたセセラの姿があった。

 まだ休みなのに、資料に目を通さないと落ち着かない。もはや職業病だ。

「…………」

 ふと、手を止めて呟く。

「……よかったな。みんな……ちゃんと、息してる」

 それだけで、今日はもう十分だった。

 ──こうして、特別な連休は終わりを迎える。

 激闘のあとに訪れた束の間の静寂。

 その中で育まれた絆と、心の回復。

 次に何があっても、きっともう大丈夫。
 そんな確かさが、胸にある。




 第11話 完









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