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コヨタ

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第13話 来てくれて、良かった

第13話・3 龍であり竜

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 戦闘司令室、夕刻。

 普段よく使う部屋より一回り広い作戦ルーム。
 壁には立体化された地形マップが投影され、複数の端末が交錯するように情報を流し続けている。

 そこに集められたのは──4人。

 レイラ、リル、アシュラ、ラショウ。
 並び立つその姿は、まるで選ばれし部隊のようだった。

 前方に立つシエリの姿は小さい。
 だがその声は、はっきりと全員に届く。

「──今回、キミたちに正式な任務通達がある」

「先程、未登録の龍が発見された。現段階でのコードネームは《ワイバーン》。」

 スクリーンに映し出された映像。
 そこには、角を持つ爬虫類のような頭部、空を滑空する赤茶色の翼。
 2本の脚で地を蹴り、爪を突き立てながら旋回する姿──。

「……ワイバーン……」

 呟くレイラ。
 それはまさしく、“空を支配する存在”。

「この龍の特徴は、従来の龍種とは異なる点にある」

 シエリが画面を指し示す。

「まず、前肢が存在せず、代わりに発達した飛膜構造によって空中戦を主軸にした動きが確認されている」

「飛行能力に加えて、急降下からの突撃、風圧による衝撃波、さらに極めて“高密度な鱗装”を持っており、通常の斬撃では貫通が困難」

「……つまり、硬くて、速くて、厄介ってことか」

 リルが腕を組んで呟く。

「その上、高熱を帯びた息吹ブレスのような攻撃も複数回観測されている。完全な飛竜型、所謂“ワイバーン”と見て間違いない」

「…………!」

 僅かに震えたレイラの手。
 だが、その震えを自分で握りしめて止める。

 アシュラは静かに確認するように尋ねた。

「出撃はいつですか?」

「……明日朝一、施設専用の高速輸送機にて現地へ向かってもらう」

「対象の根拠地となる範囲は、風による視界不良が懸念されている。現場に入った後は、おそらく通信も不安定になる」

「つまり……キミたちの連携が、全てを左右することになる」

 シエリは4人を見渡すように目を細める。

「……キミたち4人でなければ、この龍に挑むことは許されなかっただろう」

 その言葉は、告げるようで、祈るようで。

 そして──誰よりもという眼差しだった。

「覚悟は、できているな?」

 シエリの言葉に。

「──当然だよ」

「……あんたらがやれってんなら、やるしかねえだろ」

「勿論です」

「……行ってきます」

 4つの声が、重なった。

 戦いの地へ。
 誰もが未知を知るために、そして、誰かを守るために。

 ──龍と空で戦う、最初の戦いが始まる。

 ◇


 出撃前夜──。
 時刻は深夜3時。

 輸送車のエンジンの音が、一定のリズムで足元から響いている。
 車体はゆるやかに揺れ、暗い車窓の外には街灯も無い森の影が流れていた。

 車内の照明は最低限。
 ぼんやりとした橙色が、座席に沈む4人の顔を照らしている。

 レイラは、窓の外をじっと見つめていた。

「…………」

 その指先は、微かに震えている。
 手の甲に置かれたもう一方の手が、その震えを押さえ込もうとしていた。

 隣にはアシュラ。背を預け、静かに目を閉じている。
 だが、その腕にはうっすらと力が籠っていた。

 眠っているわけではない。
 心の中で、何度も戦況をシミュレートしているのだとわかる。

 リルはというと、車内の天井を見上げて小さなあくびをひとつ。

「……ねみぃな。オレだけか、こんな時にあくび出んの」

 誰に向けるでもないその言葉に、レイラが小さく笑った。

「……リル、余裕そうだね」

「そりゃまあ。初陣じゃねえしな。けどま、油断はしてねえよ……空飛ぶヤツとか、反則だし」

「……うん、だよね」

 そんな中──。

 ラショウはひとり、リルの隣の席で黙々と準備をしていた。

 手には、緊急用のアンプル。
 ポーチには止血用のパック、包帯、消毒薬、そして個別の鎮痛剤。

(……兄様の分、リルくんの分、レイラちゃんの分……)

 ひとつずつ丁寧にポーチに詰めながら、確認していく。

「大丈夫、大丈夫……落ち着いて、私……」

 呟く声に、自分自身を落ち着かせる想いが滲む。

「……ラショウ、無理はするなよ」

 アシュラの声に、ラショウは「うん」とだけ答えた。

「サポート役ってのも、命張る仕事だしな」

 呟くように声をかけるリル。

「……でも私は、そっちの方が好き。誰かの方が、私はやりやすいから」

「……相変わらずだな、お前。優しい」

「ふふ、そうかな」

 リルとラショウの間に、柔らかい空気が流れる。

 セセラの姿はこの場には無い。このあと通信も不安定になる見込み。

 けれど、誰もが思っていた。

 きっと、モニター室の奥で、あの人は今日も見てくれていると。

 ──そして。

『目的地、もうすぐです』

 運転席からの通信が入る。

「…………!」

 レイラが大きく深呼吸をした。
 アシュラも表情を引き締め、ラショウはポーチのチャックを閉めて肩に背負う。

 そしてリルは、レイラにぼそっと。

「行くぞ、隊長」

「……ちょ、まだその呼び方続けるの?」

「気に入ってんだよ、オレは」

 そうして、車内にはふっと笑いが零れる。

 それは嵐の前の静けさ。


 ◇


 時刻は午前7時。
 長時間の移動の末、任務区域に到着。

 ここは霧混じりの風が吹き荒れる標高900メートルの断崖。
 地形は岩と崩れかけた遺構に覆われ、足元も不安定な斜面が続いている。

 どこか神聖さすら感じさせる光景──だが。

「……視界、悪いね。風も強い……」

 レイラは目を細めて周囲を見渡していた。

「距離を空けすぎると逆に危険かもな……」

 アシュラが腰の刀に軽く手を添えたとき。

「ッ……っ、来る!」

 レイラが咄嗟に叫んだ。

 次の瞬間、轟音。

「グゥア゙アアアアアアア!!」

 天から落ちるようにして、赤褐色の飛竜──ワイバーンが姿を現した。

 巨大な翼が空気を裂き、その影が地面にのしかかる。

「うっわ、デカ……」

 リルが目を細めて呟く。
 その直後だった。

「……っ、あ!?」

 ワイバーンの腹部が脈打つように光り、突如、赤熱を帯びた咆哮が放たれる。

「ッ、避けろ!!」

 アシュラの声と同時に、4人が一斉に飛び退いた。

 ──ボゴォオッ……!!!

 岩肌が溶けるほどの熱線が地を焼き、蒸気が一気に吹き上がる。

 初手から、殺意全開だった。

「……戦闘開始だ」

 アシュラの手が柄を握り、静かに抜刀する。

「……よし、じゃあ──」

 リルは、スッ……と両手を軽く挙げると。

本気マジで殺っていいよな」

 不敵に笑った。

 ──バキッ、バキッ、メキッ……!!
 ──ゴギッ……

 リルの両腕が異様な音を立てて変異する。

 指は引き裂かれるように割れ、鋭く伸びる深紅の爪へと。
 骨格が軋む音と共に、皮膚の下から“龍の甲殻”がずらりと浮かび上がる。

「ッ……!!!」

 普段よりも、痛みのある──そして禍々しさを感じさせる龍化だった。

「……ッ、く、ぅう、っは、ッ……あ゙あ……!!」

 の相手だと本能が告げているのだ。

 牙も伸び、口角から僅かに蒸気が漏れる。

 リルの瞳からは赤い残光が走り、瞳孔が更に縦に細く収束していた。

「ッ……、……さぁ……かかってこいよ、デカブツがよ……」

 その横で、レイラは解析用ブレードの柄を強く握り、深く息を吸う。

「私が……先頭、いく!」

 その小柄な体が、風を切る。

 疾走。

 跳ねるように飛び上がり、ワイバーンの足元を正面から狙って斬りかかった。

 ──ガギッ……!!

 鋼と鋼がぶつかるような音──しかし、硬い。

「くっ……っっ、鱗、分厚すぎる……ッ!」

 そして、そこにアシュラの一閃が追い打つ。

「なら……斬り伏せるまで!」

 風を斬る、鋭い流線の一太刀。
 ワイバーンの脚の関節を掠め、鈍い悲鳴が上がった。

 ──バサッ……!!

 だが、ワイバーンは飛び上がり、空中へと逃れる。

「逃がすかよ!」

 リルが岩壁を強く蹴ると、爪を伸ばして宙へ跳ぶ。
 常人であれば到底敵わないその跳躍力。脚部にも龍因子が浸透しているリルだからこその、身体能力だ。

「リルくんッ!!」

 ラショウは駆けながら、短剣を構え周囲に注意を配る。

「これでもし怪我をしても、負傷は少しでも抑えられるはず……っ!」

 万が一に備えてポーチの中で指を走らせ、手探りで小瓶や止血パッドの位置を確認した。

「お願い、ラショウ……!」

 レイラは振り返りながら、再び剣を握り直す。
 上空で、リルがワイバーンにしがみつくことに成功すると、鋭い咆哮が響いた。

「ガア゙ア゙アアァァァア!!!」

 山肌に巻き上がる風。空気が割れる。

「うッ……! うるせえ……!!」

 高温の息吹を放出しながら激しく身を捩る巨体。
 その背から落ちぬよう、必死に耐えるリル。

 そして──。

「喰らえっ……ッ!!」

 ──ズバッ!!

 ワイバーンの一瞬の隙を狙ったリルの爪が、翼膜を裂いた。
 鱗に守られた体は硬いが、翼の付け根、ほんの僅かな軟部を正確に狙った一撃。

「ギャアア゙アァッ……!!」

 咆哮とともに、バランスを崩したワイバーンが空中でふらふらとよろめく。

「……よし、効いてるな……!?」

「リル、すご……!」

 レイラが感嘆の声を上げたその刹那──。

 ──ズルッ!

「……ッ!!」

 リルの脚が暴れるワイバーンの背から滑り落ちる。

「……くそ……ッ……!」

 それを逃さない龍の尾が、リルの体を弾くように襲いかかった。

「──ッぐっ……!!!」

 リルの体が空中で弾き飛ばされる。
 そのまま岩肌へ──衝突。

「……ゔ…………あ…………ッ……」

 衝撃で脳が揺れる。
 鼻血が噴出し、胴が、背中が、腹が、痛い。

「リルくんっ!!」

 ラショウが駆け寄る。
 胸の前でサッとアンプルを開け、抗ショック剤用の注射器を取り出す。

「リルくん、大丈夫……生きてる……! でも、肋骨……折れてるかも……」

「……っが、は……っ、ゲホッ……いっ……てぇ…………」

 苦笑しながら吐血するリル。

「……クソが、あの尻尾、鈍器かよ……!」

 ラショウは慌てず傷口を確認し、止血パッドを手際よく貼りつけていく。

「これで、再生も進んだら……最低限は動けるようになるはず……!」

「サンキュ……ラショウ……」

 包帯でパッドを固定されると、膝をついていたリルがギリ……と歯を食いしばって立ち上がった。

「まだ……やれるから」

「……リルくん……」

 その間──。

「レイラ、上空から来るぞ!」

 アシュラの声が飛ぶ。

 ワイバーンが再び滑空しながら、レイラに狙いを定めて突進してくる。

「くっ……!」

 レイラは地を蹴った。
 翼を傷つけられバランスを保てないでいるワイバーンの突撃を、ギリギリで回避。

 しかし──。

「──ッあっ……!!」

 左の肩口を、ワイバーンの爪が掠めていた。

 鋭い痛みと共に、血が飛ぶ。

「……ぐうう……!!」

「レイラっ!!」

 アシュラが駆け寄るように斬り込む。

 ──シュバッ……!!

 鋭い斬撃がワイバーンの後脚を切り裂く。
 だが、浅い。鱗が厚い。

「チッ……やはり一撃では……!」

 舌打ちをするアシュラ。その額には汗が滲む。

 するとワイバーンが再び飛び上がり、風を起こした。
 土砂が巻き上がり、4人の視界が一瞬、白く閉ざされる──。

 ──ザァアアッ……!

 砂混じりの風が視界を塞ぐ中、レイラは左肩を押さえながら、地を滑るように移動する。

「くっ……! アシュ……! 視界が……っ!」

「大丈夫だ、動きを読め……!」

 アシュラは一歩前に出て、刀を水平に構える。
 砂の音に混ざって、空気の圧が動く気配──。

「真上!!」

 アシュラが手に力をこめた直後、ワイバーンが砂を裂きながらアシュラ目掛けて急降下した。

 ──バァアアンッ……!!

 地が割れるほどの衝撃。
 アシュラの刀と飛竜の爪が、火花を散らしてぶつかり合う──!

「ぐっ……重……い……ッ!!」

 鍔迫り合いからの斬撃。だが浅い。
 それでも、ワイバーンはバランスを崩し、着地に失敗した。

「今……今しかないよ……!!」

 叫ぶように声を上げるラショウ。

「リルくん、もう一度……いける……?!」

「わかってる……!!」

 血の滲む口元を拭い、リルが駆けた。

 ──バキッ、バキバキ……!!

 龍化した爪が更に拡張し、手だけでなく肘下全体が鋭利な黒鉄のような龍の腕へと変化。

「裂けろ……ッ!!」

 左右同時の斬撃──。

 ワイバーンの翼の内側、皮膜、そして腹部下部が爪で引き裂かれる。

「──グギィアア゙アア゙ァ゙アアア!!!」

 空気を揺らす咆哮。
 たまらず、ワイバーンは大きく体勢を崩した。

「今!!」

 レイラが声と共に飛び込む。
 傷だらけの肩を構わず、剣をまっすぐに突き出した。

「これが……私たちの連携……!!」

 レイラの剣が、リルが裂いた腹部の裂け目に突き刺さる。

 ──ズッ……ッ!!

 鈍い感触のあと、ワイバーンが悲鳴にも似た声で呻く。

 だが──まだ終わらない。

 ワイバーンは最後の咆哮と共に全身を震わせ、空へ飛ぼうとする。

「っ、逃がすかよッ!!」

 アシュラが放つ、渾身の一太刀──!

 ──ザシュウッ……!!

 翼を支える骨のひとつを叩き折った。

「ッ!!」

 空中でバランスを崩し、地面に叩きつけられる飛竜の姿。

 地鳴り。
 砕ける岩。

 沈黙は、まだ無い。

 だが、戦況は──確かに、こちら側に傾きつつあった。



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