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第13話 来てくれて、良かった
第13話・4 レイラが燃やすもの
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ワイバーンは地を滑り、傷付いた体を引きずりながらも再び飛翔しようとしていた。
「まだ飛ぶ気か……しぶてえな……!」
(……クソッ……体がいてえ……!!)
痛みにたまらず片膝をついたリル。飛竜を鋭く睨みつける。
「……ッ!!」
レイラも歯を食いしばり、肩の傷を気にする素振りも見せず剣を構え直した。
風が巻き上がる。
空気が一段と冷たく──。
そのときだった。
(……あいつ……)
アシュラの視線が、ふと横へ向く。
その視線の先はリルの両腕。
肘下──そこまで完全に龍へと変異していた。
(……あいつ、あんな龍化……今までしてたっけ……?)
一瞬。
ほんの、一瞬。
アシュラの思考がリルに“囚われた”。
「ッ!! アシュ、危ない!!」
レイラの叫びが響いた直後──。
「……ッ、え」
ワイバーンが羽を折られた片翼を無理矢理バネにして、体重ごとアシュラにのしかかった。
「ッぐっ、あ゙……ッ!!!」
鈍く、重い音。
アシュラの体が跳ね飛ばされ、岩肌に激突する。
「兄様ッッ!!!」
ラショウの悲痛な叫びが、山間に響いた。
崩れる岩の中から、アシュラは血を流しながら起き上がろうとするが──。
「っ、はっ……は、ァ……! はあッ……!」
過呼吸。
体が震え、呼吸が乱れる。
「はあッ……はッ、はあッ……ア゙……、ふふ、ぁははッ…………!!」
「兄様っ、ダメ、動かないで! 止まって、今、今手当てするから!」
ラショウは迷い無く兄のもとへ駆け寄り、即座に薬包を開き、止血パッドと鎮静剤を取り出す。
「はあ……ッ……、痛え……、あッはは……っ……」
あの狂気の笑みを見せるアシュラの背中に走った裂傷。
抉られたその傷口から、赤黒い血が噴き出している。
「っ、止まれ……! 止まって……!! 兄様……お願い……!」
ラショウの手が震えている。
それでも、応急処置を止めない。
「…………う──」
やがて、アシュラはふっと意識を手放す──。
「……ッ!! 兄様! 兄様ッ!?」
「!! ラショウ、アシュは頼んだ!」
叫び声を上げたレイラ。
「っ……了解!」
西城兄妹は、そのまま斜面の影へと退避。
前線は、リルとレイラのふたりだけになった。
リルは静かに、しかしどこか鈍い音を立てるようにして、立ち上がる。
「……ッざけんなよ……!」
血塗れの口元から、低く絞り出すような声。
「アシュラまでやられるとか……、……テメェ、どんだけやれば満足すんだよ」
リルの両腕が、更に黒く、更に鋭く変異していく。
「……グル゙ル゙ル゙ル゙ッ…………!!」
龍のような唸り声。
裂ける皮膚。
砕ける骨の音。
(アシュ……! くそっ、こいつ……!!)
その横で、レイラも肩から血を流しながら、剣を両手で握った。
「……絶対に、倒す。私たちの仲間を……これ以上、傷付けさせない……!!」
ふたりの視線が、ワイバーンの双眸と交差する。
戦場の空気が、今、明らかに色を変えた。
──斜面の奥。
ラショウの手は、まだアシュラの止血に集中していた。
しかし──。
「……ッ、あれは……!」
その視線が、ふと前線を向く。
レイラの姿が、風の中で揺れている。
その負傷した左肩から、ふわりと揺らめく蒼白い“霊体のようなオーラ”が立ち昇っていた。
「っ……レイラちゃん……?」
息を呑むラショウ。
レイラ自身も、その異変に気づいていた。
「……!!」
(……この感覚……! 体の内側から湧き上がる……得体の知れない力……!)
「……なら……っ」
レイラは、そっと左手を上げる。
そして、左目を覆う眼帯を──外した。
──ドッ……!!
空気が爆ぜる。
レイラの左目から、まるで炎のように、蒼いオーラが噴き出す──!
「…………!!!」
風が渦を巻く。
両腕、両脚へとオーラが伝播し、その蒼き残光が、身体能力を一気に底上げした。
「はあ……ッ、は……うぅああ゙ああ゙ああア゙ア゙ア゙ア゙ッ!!!」
──咆哮。
声帯が裂けるような咆哮が、空に響く。
「…………レイラ……?」
リルは思わず目を見開いた。
「……マジかよ…………」
レイラは既に、ワイバーンへ向かって獣のように跳びかかっていた。
「お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙ッッ!!!」
剣を大きく振り抜く。
空を裂くような速度──!
ワイバーンの鱗が、レイラの力でついに裂けた。
「ギャア゙ッア゙ア゙アア!!」
飛竜の咆哮。
だが、レイラは止まらない。
“蒼白の爪痕”を何本も描きながら、ワイバーンに肉薄する。
その様子に──。
「おい……レイラ、おい……!!」
リルが声を張る。
「バカが!! 呑まれんじゃねえ!!!」
レイラの暴走に、微かにリルの叫びが届いたのか。
「……ッ……!!」
一瞬だけ揺れるレイラの目。
しかし──蒼い炎は、なお燃え続けていた。
──バリィンッ……!!!
空気を砕くような音が、山頂に響き渡る。
ワイバーンの鱗が更に砕け、レイラの蒼白い剣が何度も何度も深く突き刺さる。
「はあッ、は、ッア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッ!!!」
絶叫に近い咆哮。
その姿は、もはや“少女”ではなかった。
風が渦巻き、血と瘴気と破壊の気配だけが残る中──。
「…………っ……」
その異様な音が、崩れかけていたアシュラの意識をかき集めた。
岩肌の上。倒れていたアシュラの瞼が、ゆっくりと開く。
「……うっ……、ぐ……ッ、何の、音だ………」
呻くような声。
だが、確かな生気を含んだそれに、ラショウが振り向いた。
「兄様!? 動いちゃだめっ、まだ傷が──!」
「……っ、大丈夫だ、……ラショウ……」
立ち上がるアシュラ。
血に染まった衣のまま、何かに取り憑かれたような顔で。
「……痛くないし……怖くない」
その笑みは、優しさとは違う。
理性と狂気が紙一重に並ぶ戦を愉しむ者の顔だった。
「……兄様……」
ラショウが目を見開く。
だが次の瞬間、短剣を構え直し、大荷物を乱雑に掴むと──。
「……もう、皆っ、ケガばっかりしないでよおーっ!!」
泣き笑いの顔で叫んだ。
風を切るようにして、西城兄妹は再び戦場へと戻る──。
◇
一方その頃、前線。
「お゙お゙お゙お゙ッ!!!」
レイラの斬撃がまたひとつ、ワイバーンの頭部を切り裂く。
「ギャッ……!!!」
火花、風圧、焦げる肉の匂い。
(おい、やばいだろ、これは……)
リルは、焦燥の表情で唇を噛み締める。
レイラのその顔。
その目の奥──理性が引き裂かれそうな光。
肩で呼吸をするたび、犬歯が剥き出しになり、口角は吊り上がり、標的を殺すためだけの顔になっていた。
(これ……完全に呑まれて──?)
蒼白の瘴気が皮膚を焼き、周囲の岩も風圧で割れ始めている。
リルの中で、“嫌な記憶”が蘇る。
(違ぇ……これは力を使ってるんじゃねえ……)
(力に、使われてる……!)
「レイラ……!」
呼びかけようとしたとき──。
「ギャアア゙アッ!!」
ワイバーンが息を吹き返し、レイラに反撃の爪を向けてきた。
「やらせるかよッ!!」
リルが跳ぶ。
爪を伸ばし、レイラの目の前でワイバーンの爪を受け止めた。
──ギィンッ!!
火花と肉のぶつかり合う音。
「──ッ! レイラ!! いい加減にしろ!!」
リルの声が、咆哮と風とオーラの渦を、真正面から貫いた。
「……っ!」
レイラの動きが、ぴたりと止まる。
その視線が、リルを見た。
「レイラ! 落ち着け!!」
リルの叫びに、ほんの一瞬だけ揺れたレイラの瞳。
その隙をつくように、再びワイバーンが飛翔の構えをとった──が。
──ズザアァッ!!
斬撃音と共に、風を裂いて舞い降りた白銀の影。
「……遅れてすまない。今度は、退かない」
完全に意識を取り戻したアシュラ。
裂けた背を引き裂くように動かしながらも、痛みを感じる様子も無く刀を構えている。
「兄様!!」
続いてラショウも駆ける。
舞うようにして崩れた瓦礫を跳び越え、短剣を一閃。
ワイバーンの足元を正確に斬りつける。
「ラショウ……!」
「リルくん! 龍の傷口が開いてるはずっ……! 今!!」
「……了解……!!」
リルが唸るように低く息を吐き、「ガァ゙ア゙アア……ッ!!」と、龍のような咆哮を上げながら跳びかかる。
爪が大地を裂き、ワイバーンの背を削いだ──!
続けざまに、レイラの蒼いオーラが剣を包み、その斬撃が放たれる。
「アアアアアアッッ!!」
蒼の軌跡。
焼けるような衝撃。
──深く、深く、刃が突き刺さった。
(楽しい!)
(楽しい!!)
(楽しいッ!!!)
(皆がいる……一緒にいる……だから、だから私はこんなにも……!!)
(この龍をッ! 強敵をッ!)
(今、倒せる!!)
血と瘴気にまみれるレイラの本気の形相。
「ガアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」
ワイバーンの咆哮と。
「とどめだぁあああ゙ッ!!!」
4人の叫びと猛攻が、一斉にぶつかる。
音が、風が、光が、戦場を貫いた。
「うお゙お゙お゙お゙あああああッ!!!」
そして──。
「……!!」
「……ガアア……ッ……!!」
「グオォオオオオォオオオッ…………!」
という断末魔と共に。
──ドォォオン…………ッ……!!
巨大な体が、崩れ落ちた。
コードネーム・ワイバーン──活動停止。
「…………!!」
埃と霧が、静かに晴れていく。
「はあ……っ、はあ……っ……」
「……ッ…………」
崩れた瓦礫と、4人の荒い呼吸音だけが残る。
しかし──。
その静寂を。
レイラの刃が、再び破った。
──ガッ……
──ガガッ……
「……レイラ……?」
リルの目が、細くなる。
レイラは、もう動かなくなったワイバーンの胴体に、なおも剣を突き立てていた。
「まだ……!」
──ガッ!
「まだだよ……!」
──ドスッ! べキッ……!!
「起きてッッ!!」
──グサッ!! ドスッ……!!!
「まだ私、お前を殺せるッ!!」
血に濡れた刀身。
噴き出す蒼白の瘴気。
剥き出しになった犬歯。
吊り上がった口角。
殺意──。
それだけが、そこにあった。
「…………ッ!!!」
リル、アシュラ、ラショウ──誰ひとり、言葉が出せなかった。
戦いは終わったはずなのに、レイラだけが、まだ戦っている。
──ザクッ……!!
剣が、既に動かなくなったワイバーンの体に突き立つ。
「ハァッ、ハァッ……! 起きろ……! おい、立てよ……!!」
レイラの呼吸は荒く、目は血走っていた。
「まだだよ……私、まだッ! ハァッ……はあ……! 殺せるんだよッ!!」
「立て! 起きろ!! 戦わせろ!!!」
その狂った叫びに、アシュラが後ろから強引に羽交い締めしてレイラを止めようと試みる。
「レイラ!! もう終わった! 龍は死んだ!! 落ち着け!!」
しかし。
「……ぐゔうゔううッ……!!」
獣の唸りのような声と共に、レイラの力が爆発した。
──ドンッ!!
「ぁぐっ……!!」
アシュラはレイラに振りほどかれ、弾かれた。
大地に倒れるその体から、背中の傷口が再び開き、血が噴き出す。
「兄様っ!!」
ラショウは悲鳴のように叫ぶと、すぐさまその体を抱き起こした。
「ダメ……! 兄様、動いちゃダメ……!」
だが、レイラの刃は止まらない。
蒼白に燃えるオーラを纏い、ただ、次を求めて刃を振り上げる。
「お前が……お前が立たなきゃ……私……どこに行けば……ッ!!」
──そして、振り下ろされた刃。
その軌道に、赤い影が飛び込んだ。
「え」
レイラの瞳が、微かに震える。
──ザシュ……ッ!!!
斜めに。
刃が──。
「……ッ!!!」
リルの胸から腹にかけて、斬り裂いた。
「っ、あ……ッ……」
レイラの両手が震える。
リルは、そのままゆっくりと膝をついた。
「……ゔッ……!!!」
口元から鮮血が溢れ、地面へとボダボダと音を立てて垂れていく。
レイラの解析用ブレードは、龍因子に深く反応する力がある。
──いくら自己再生能力が秀でているリルであっても、相当のダメージが入る。
「…………!!」
しかし、その目は──変わらずレイラを見ていた。
「……は……っ…………」
ゆっくりと、口元に笑みすら浮かべながら。
「……呑まれんじゃねえっつったろ、クソガキ……」
レイラの喉が詰まる。
「帰ったら……説教だな……ぜってー泣くなよ……」
「──ッ……」
刃を握る手が、ガタガタと震え、剣がカランと地面に落ちた。
燃えていたオーラが、フッ……と、風に溶けるように消えていく。
「……ぁ……!!」
レイラは、声にならない悲鳴のような息を吐きながら、しゃがみ込むようにリルの胸元にしがみついた。
「ごめん……ッ、ごめんなさい……リル……!!」
「……まったく……オレがいねえと、ッ、だめなのかよ……? ……ガキだなァ……」
視界が揺れる中でも、リルの言葉はどこか優しい。
リルの血が顔に付くのも厭わないとしがみつくレイラの肩がひくひくと震えている。
「…………ぅ……、う…………ッ……」
静かに、静かにレイラは涙を零していた。
──戦場に、ようやく静寂が戻ってくる。
誰もが、呼吸を取り戻す。
だが……心臓の震えは、しばらく止まりそうにない。
第13話 完
「まだ飛ぶ気か……しぶてえな……!」
(……クソッ……体がいてえ……!!)
痛みにたまらず片膝をついたリル。飛竜を鋭く睨みつける。
「……ッ!!」
レイラも歯を食いしばり、肩の傷を気にする素振りも見せず剣を構え直した。
風が巻き上がる。
空気が一段と冷たく──。
そのときだった。
(……あいつ……)
アシュラの視線が、ふと横へ向く。
その視線の先はリルの両腕。
肘下──そこまで完全に龍へと変異していた。
(……あいつ、あんな龍化……今までしてたっけ……?)
一瞬。
ほんの、一瞬。
アシュラの思考がリルに“囚われた”。
「ッ!! アシュ、危ない!!」
レイラの叫びが響いた直後──。
「……ッ、え」
ワイバーンが羽を折られた片翼を無理矢理バネにして、体重ごとアシュラにのしかかった。
「ッぐっ、あ゙……ッ!!!」
鈍く、重い音。
アシュラの体が跳ね飛ばされ、岩肌に激突する。
「兄様ッッ!!!」
ラショウの悲痛な叫びが、山間に響いた。
崩れる岩の中から、アシュラは血を流しながら起き上がろうとするが──。
「っ、はっ……は、ァ……! はあッ……!」
過呼吸。
体が震え、呼吸が乱れる。
「はあッ……はッ、はあッ……ア゙……、ふふ、ぁははッ…………!!」
「兄様っ、ダメ、動かないで! 止まって、今、今手当てするから!」
ラショウは迷い無く兄のもとへ駆け寄り、即座に薬包を開き、止血パッドと鎮静剤を取り出す。
「はあ……ッ……、痛え……、あッはは……っ……」
あの狂気の笑みを見せるアシュラの背中に走った裂傷。
抉られたその傷口から、赤黒い血が噴き出している。
「っ、止まれ……! 止まって……!! 兄様……お願い……!」
ラショウの手が震えている。
それでも、応急処置を止めない。
「…………う──」
やがて、アシュラはふっと意識を手放す──。
「……ッ!! 兄様! 兄様ッ!?」
「!! ラショウ、アシュは頼んだ!」
叫び声を上げたレイラ。
「っ……了解!」
西城兄妹は、そのまま斜面の影へと退避。
前線は、リルとレイラのふたりだけになった。
リルは静かに、しかしどこか鈍い音を立てるようにして、立ち上がる。
「……ッざけんなよ……!」
血塗れの口元から、低く絞り出すような声。
「アシュラまでやられるとか……、……テメェ、どんだけやれば満足すんだよ」
リルの両腕が、更に黒く、更に鋭く変異していく。
「……グル゙ル゙ル゙ル゙ッ…………!!」
龍のような唸り声。
裂ける皮膚。
砕ける骨の音。
(アシュ……! くそっ、こいつ……!!)
その横で、レイラも肩から血を流しながら、剣を両手で握った。
「……絶対に、倒す。私たちの仲間を……これ以上、傷付けさせない……!!」
ふたりの視線が、ワイバーンの双眸と交差する。
戦場の空気が、今、明らかに色を変えた。
──斜面の奥。
ラショウの手は、まだアシュラの止血に集中していた。
しかし──。
「……ッ、あれは……!」
その視線が、ふと前線を向く。
レイラの姿が、風の中で揺れている。
その負傷した左肩から、ふわりと揺らめく蒼白い“霊体のようなオーラ”が立ち昇っていた。
「っ……レイラちゃん……?」
息を呑むラショウ。
レイラ自身も、その異変に気づいていた。
「……!!」
(……この感覚……! 体の内側から湧き上がる……得体の知れない力……!)
「……なら……っ」
レイラは、そっと左手を上げる。
そして、左目を覆う眼帯を──外した。
──ドッ……!!
空気が爆ぜる。
レイラの左目から、まるで炎のように、蒼いオーラが噴き出す──!
「…………!!!」
風が渦を巻く。
両腕、両脚へとオーラが伝播し、その蒼き残光が、身体能力を一気に底上げした。
「はあ……ッ、は……うぅああ゙ああ゙ああア゙ア゙ア゙ア゙ッ!!!」
──咆哮。
声帯が裂けるような咆哮が、空に響く。
「…………レイラ……?」
リルは思わず目を見開いた。
「……マジかよ…………」
レイラは既に、ワイバーンへ向かって獣のように跳びかかっていた。
「お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙ッッ!!!」
剣を大きく振り抜く。
空を裂くような速度──!
ワイバーンの鱗が、レイラの力でついに裂けた。
「ギャア゙ッア゙ア゙アア!!」
飛竜の咆哮。
だが、レイラは止まらない。
“蒼白の爪痕”を何本も描きながら、ワイバーンに肉薄する。
その様子に──。
「おい……レイラ、おい……!!」
リルが声を張る。
「バカが!! 呑まれんじゃねえ!!!」
レイラの暴走に、微かにリルの叫びが届いたのか。
「……ッ……!!」
一瞬だけ揺れるレイラの目。
しかし──蒼い炎は、なお燃え続けていた。
──バリィンッ……!!!
空気を砕くような音が、山頂に響き渡る。
ワイバーンの鱗が更に砕け、レイラの蒼白い剣が何度も何度も深く突き刺さる。
「はあッ、は、ッア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッ!!!」
絶叫に近い咆哮。
その姿は、もはや“少女”ではなかった。
風が渦巻き、血と瘴気と破壊の気配だけが残る中──。
「…………っ……」
その異様な音が、崩れかけていたアシュラの意識をかき集めた。
岩肌の上。倒れていたアシュラの瞼が、ゆっくりと開く。
「……うっ……、ぐ……ッ、何の、音だ………」
呻くような声。
だが、確かな生気を含んだそれに、ラショウが振り向いた。
「兄様!? 動いちゃだめっ、まだ傷が──!」
「……っ、大丈夫だ、……ラショウ……」
立ち上がるアシュラ。
血に染まった衣のまま、何かに取り憑かれたような顔で。
「……痛くないし……怖くない」
その笑みは、優しさとは違う。
理性と狂気が紙一重に並ぶ戦を愉しむ者の顔だった。
「……兄様……」
ラショウが目を見開く。
だが次の瞬間、短剣を構え直し、大荷物を乱雑に掴むと──。
「……もう、皆っ、ケガばっかりしないでよおーっ!!」
泣き笑いの顔で叫んだ。
風を切るようにして、西城兄妹は再び戦場へと戻る──。
◇
一方その頃、前線。
「お゙お゙お゙お゙ッ!!!」
レイラの斬撃がまたひとつ、ワイバーンの頭部を切り裂く。
「ギャッ……!!!」
火花、風圧、焦げる肉の匂い。
(おい、やばいだろ、これは……)
リルは、焦燥の表情で唇を噛み締める。
レイラのその顔。
その目の奥──理性が引き裂かれそうな光。
肩で呼吸をするたび、犬歯が剥き出しになり、口角は吊り上がり、標的を殺すためだけの顔になっていた。
(これ……完全に呑まれて──?)
蒼白の瘴気が皮膚を焼き、周囲の岩も風圧で割れ始めている。
リルの中で、“嫌な記憶”が蘇る。
(違ぇ……これは力を使ってるんじゃねえ……)
(力に、使われてる……!)
「レイラ……!」
呼びかけようとしたとき──。
「ギャアア゙アッ!!」
ワイバーンが息を吹き返し、レイラに反撃の爪を向けてきた。
「やらせるかよッ!!」
リルが跳ぶ。
爪を伸ばし、レイラの目の前でワイバーンの爪を受け止めた。
──ギィンッ!!
火花と肉のぶつかり合う音。
「──ッ! レイラ!! いい加減にしろ!!」
リルの声が、咆哮と風とオーラの渦を、真正面から貫いた。
「……っ!」
レイラの動きが、ぴたりと止まる。
その視線が、リルを見た。
「レイラ! 落ち着け!!」
リルの叫びに、ほんの一瞬だけ揺れたレイラの瞳。
その隙をつくように、再びワイバーンが飛翔の構えをとった──が。
──ズザアァッ!!
斬撃音と共に、風を裂いて舞い降りた白銀の影。
「……遅れてすまない。今度は、退かない」
完全に意識を取り戻したアシュラ。
裂けた背を引き裂くように動かしながらも、痛みを感じる様子も無く刀を構えている。
「兄様!!」
続いてラショウも駆ける。
舞うようにして崩れた瓦礫を跳び越え、短剣を一閃。
ワイバーンの足元を正確に斬りつける。
「ラショウ……!」
「リルくん! 龍の傷口が開いてるはずっ……! 今!!」
「……了解……!!」
リルが唸るように低く息を吐き、「ガァ゙ア゙アア……ッ!!」と、龍のような咆哮を上げながら跳びかかる。
爪が大地を裂き、ワイバーンの背を削いだ──!
続けざまに、レイラの蒼いオーラが剣を包み、その斬撃が放たれる。
「アアアアアアッッ!!」
蒼の軌跡。
焼けるような衝撃。
──深く、深く、刃が突き刺さった。
(楽しい!)
(楽しい!!)
(楽しいッ!!!)
(皆がいる……一緒にいる……だから、だから私はこんなにも……!!)
(この龍をッ! 強敵をッ!)
(今、倒せる!!)
血と瘴気にまみれるレイラの本気の形相。
「ガアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」
ワイバーンの咆哮と。
「とどめだぁあああ゙ッ!!!」
4人の叫びと猛攻が、一斉にぶつかる。
音が、風が、光が、戦場を貫いた。
「うお゙お゙お゙お゙あああああッ!!!」
そして──。
「……!!」
「……ガアア……ッ……!!」
「グオォオオオオォオオオッ…………!」
という断末魔と共に。
──ドォォオン…………ッ……!!
巨大な体が、崩れ落ちた。
コードネーム・ワイバーン──活動停止。
「…………!!」
埃と霧が、静かに晴れていく。
「はあ……っ、はあ……っ……」
「……ッ…………」
崩れた瓦礫と、4人の荒い呼吸音だけが残る。
しかし──。
その静寂を。
レイラの刃が、再び破った。
──ガッ……
──ガガッ……
「……レイラ……?」
リルの目が、細くなる。
レイラは、もう動かなくなったワイバーンの胴体に、なおも剣を突き立てていた。
「まだ……!」
──ガッ!
「まだだよ……!」
──ドスッ! べキッ……!!
「起きてッッ!!」
──グサッ!! ドスッ……!!!
「まだ私、お前を殺せるッ!!」
血に濡れた刀身。
噴き出す蒼白の瘴気。
剥き出しになった犬歯。
吊り上がった口角。
殺意──。
それだけが、そこにあった。
「…………ッ!!!」
リル、アシュラ、ラショウ──誰ひとり、言葉が出せなかった。
戦いは終わったはずなのに、レイラだけが、まだ戦っている。
──ザクッ……!!
剣が、既に動かなくなったワイバーンの体に突き立つ。
「ハァッ、ハァッ……! 起きろ……! おい、立てよ……!!」
レイラの呼吸は荒く、目は血走っていた。
「まだだよ……私、まだッ! ハァッ……はあ……! 殺せるんだよッ!!」
「立て! 起きろ!! 戦わせろ!!!」
その狂った叫びに、アシュラが後ろから強引に羽交い締めしてレイラを止めようと試みる。
「レイラ!! もう終わった! 龍は死んだ!! 落ち着け!!」
しかし。
「……ぐゔうゔううッ……!!」
獣の唸りのような声と共に、レイラの力が爆発した。
──ドンッ!!
「ぁぐっ……!!」
アシュラはレイラに振りほどかれ、弾かれた。
大地に倒れるその体から、背中の傷口が再び開き、血が噴き出す。
「兄様っ!!」
ラショウは悲鳴のように叫ぶと、すぐさまその体を抱き起こした。
「ダメ……! 兄様、動いちゃダメ……!」
だが、レイラの刃は止まらない。
蒼白に燃えるオーラを纏い、ただ、次を求めて刃を振り上げる。
「お前が……お前が立たなきゃ……私……どこに行けば……ッ!!」
──そして、振り下ろされた刃。
その軌道に、赤い影が飛び込んだ。
「え」
レイラの瞳が、微かに震える。
──ザシュ……ッ!!!
斜めに。
刃が──。
「……ッ!!!」
リルの胸から腹にかけて、斬り裂いた。
「っ、あ……ッ……」
レイラの両手が震える。
リルは、そのままゆっくりと膝をついた。
「……ゔッ……!!!」
口元から鮮血が溢れ、地面へとボダボダと音を立てて垂れていく。
レイラの解析用ブレードは、龍因子に深く反応する力がある。
──いくら自己再生能力が秀でているリルであっても、相当のダメージが入る。
「…………!!」
しかし、その目は──変わらずレイラを見ていた。
「……は……っ…………」
ゆっくりと、口元に笑みすら浮かべながら。
「……呑まれんじゃねえっつったろ、クソガキ……」
レイラの喉が詰まる。
「帰ったら……説教だな……ぜってー泣くなよ……」
「──ッ……」
刃を握る手が、ガタガタと震え、剣がカランと地面に落ちた。
燃えていたオーラが、フッ……と、風に溶けるように消えていく。
「……ぁ……!!」
レイラは、声にならない悲鳴のような息を吐きながら、しゃがみ込むようにリルの胸元にしがみついた。
「ごめん……ッ、ごめんなさい……リル……!!」
「……まったく……オレがいねえと、ッ、だめなのかよ……? ……ガキだなァ……」
視界が揺れる中でも、リルの言葉はどこか優しい。
リルの血が顔に付くのも厭わないとしがみつくレイラの肩がひくひくと震えている。
「…………ぅ……、う…………ッ……」
静かに、静かにレイラは涙を零していた。
──戦場に、ようやく静寂が戻ってくる。
誰もが、呼吸を取り戻す。
だが……心臓の震えは、しばらく止まりそうにない。
第13話 完
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