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第14話 ふたりの少女が駆ける
第14話・2 女の子だけの任務
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ゴウン、ゴウン……と車体が揺れる音だけが響く。
窓の外には森と山。
その奥へ向かって、車は静かに進んでいた。
車内には、レイラとラショウ、ふたりきり。
「…………」
話しかけようと思えばできた。
だが、レイラはそれをしなかった。
(……緊張してる。私も。ラショウも)
空気に染み込むような、戦闘前の静けさ。
レイラは、解析用ブレードの柄を何度も確かめていた。
(初めてだな……)
(私と、ラショウのふたりだけで任務に出るの……)
何気なく、隣を見る。
──そこで、レイラは思わず目を見開いた。
「…………フゥゥ…………」
ラショウが、ゆっくりと深く息を吐いている。
しかし、いつもの柔らかな雰囲気はそこに無かった。
閉じた瞳、僅かに寄せられた眉間。
精神を整えるような、静かな集中。
腰のホルダーには、短剣が2本。
片手ずつで抜けるよう、入念に調整されている。
(……あれ……?)
レイラの中に、妙な錯覚が生まれた。
(……アシュと一緒に任務に来てたっけ?)
静寂の中、ラショウが目を開いた。
その瞳。
それは、どこかで見たことのある、まっすぐで隙の無い光。
「……頑張ろうね、レイラちゃん」
口調は、あくまでいつものラショウ。
だが、その顔つき、目の据わり方、全身から漂う覚悟の空気は──。
「…………!」
レイラの胸に強く響いた。
(やっぱり……この子も……『西城家』だ……!)
少しだけ、胸が熱くなる。
誇らしさにも似た、不思議な気持ちだった。
「……う、うん。頑張ろう、ラショウ」
ふたりの視線が重なると、まもなく輸送車は目的地へと到着する。
いよいよ、“女の子だけ”の任務が始まる。
◇
山間部の廃村跡が今回の任務地。
ガシャン、と輸送車の後部が開く。
冷たい風が吹き抜ける、廃村跡地。
朽ちた民家の骨組み、ひび割れた石畳、そして焦げた匂い。
『──龍の痕跡、確認』
通信越しに伝えられる調査班の報告。
『今回の個体は“成龍未満”、規模は小さめ。ですが、警戒は怠るなとのことです』
レイラは一度頷き、剣をゆっくりと抜いた。
隣で、ラショウも同時に構える。
右手と左手──それぞれに握られた短剣。
カチャ、とその小さな刃が鞘から解き放たれる音。
(……ラショウ……かっこいいな…………)
「……行こう、レイラちゃん」
「あ……、うん」
ふたり、地を蹴った。
廃村の中心に踏み込んだその瞬間──。
「ッ、いた!」
レイラが気配を察知する。
前方、崩れた家屋の影から飛び出したのは、ヤモリのような爬虫類型の龍──灰褐色の細身の個体。
鋭い爪、長い尻尾。
咆哮と共に突進してくる。
「ラショウ! 私が前に出る!」
「大丈夫! 一緒にいこう!」
ラショウの声が飛ぶ。
レイラが横から斬撃を叩きつけるのと同時に、ラショウが低く滑り込むように回り込み──。
「せいッ!」
鋭い突きが、龍の脇腹へ届いた。
2本の短剣は、ラショウの手の中でまるで舞うように回転する。
流れるような足さばき。
足音ひとつ立てず、翻る銀の残光。
(すごい……!)
レイラが見惚れるほどだった。
そして、気づく。
(この顔……!)
ラショウの目が、完全に据わっている。
まっすぐに獲物を捉える、獣のような視線。
「はあッ!」
一度の跳躍で、龍の肩を駆け上がり、短剣を交差させて斬り裂く。
シュッと舞ったその姿は、美しく、そして──強い。
(……ラショウ、すごいよ……!)
レイラも再び剣を構えた。
「じゃあ私も、全力で行かなきゃ!!」
この戦場に、“女の子だけ”という言葉は、既に意味を成していなかった。
それぞれが、最前線で“戦士”として刃を振るっている。
「だぁああっ!!」
レイラとラショウは、息を合わせるように斬撃を重ねていた。
「レイラちゃん! 左からいくよ!」
「わかった、私が右!」
ふたりの斬撃が交差する。
「──ギギッ……!!」
龍は一度は怯むが、即座に姿勢を戻した。
その俊敏さに、レイラは眉をひそめる。
(……あれ? なんか、変だ……)
ラショウも次の瞬間、異変を感じ取っていた。
「レイラちゃん……今の、見た?」
「うん……。あれ、避けたよね……?」
ただ反射的に逃げるのではない。
一度目の斬撃を受け、二度目を読んで避けた。
まるで、動きを見て学んだかのように。
「龍って……こんな戦い方、してたっけ?」
その疑問は、すぐに確信へと変わった。
──龍の動きが、変わったのだ。
突進ではなく、カーブを描くようにレイラたちの間を駆け抜け、片方に背を向けながら、もう片方へ爪を振り抜いてくる。
「ぐっ……!」
レイラの腕に爪がかすめる。
一瞬で血が滲んだ。
「レイラちゃん!!」
ラショウが割り込むように間に入り、龍を押し返す。
レイラは歯を食いしばった。
(完全に“狙ってる”……!)
ただの本能的な攻撃ではない。
動きを見て、間合いを取り、追撃を防ぎ、ふたりの連携を断つように動いている。
(……まるで、人間みたいに戦ってる……)
ラショウも息を呑んでいた。
「レイラちゃん、これ……ただの龍じゃないかも……!」
鋭くなるレイラの瞳。
これは、明らかに──知能を持った龍だった。
「…………!」
レイラは改めて刃を構える。
「ラショウ……手を抜かないよ」
「もちろん……!」
互いの背を預けるように、呼吸を合わせる。
戦いは、まだ始まったばかり。
もうこの任務は、ただの調査ではない。
“何か”が、蠢いている。
「レイラちゃん、左!」
「……っ、わかってる!」
龍の尻尾が地面を叩きつけ、砕けた瓦礫が飛び散った。
レイラとラショウは互いに動きを読み合い、絶妙な間合いでそれをすり抜けていく。
だが──レイラは感じていた。
(この動き……やっぱり“本能”じゃない)
避けるんじゃない。
計るように動いている。
自分たちを試しているようにすら感じる。
──バキィッ!
再び爪がレイラの剣をかすめ、火花が散った。
その瞬間──。
「……!」
レイラの視界の隅に、“何か”が映った。
龍の顔。
鋭い爬虫類の目の奥に、ほんの、ほんの一瞬──。
瞳孔が揺れていた。
そこに、恐怖のような、迷いのような──人間の目に似た“情緒”があった。
(……今、私を見て……)
(怯んだ……?)
レイラの心臓がドクンと高鳴る。
「ラショウ!! この龍……!」
「な、なにっ?」
レイラの声に、ラショウも思わず動きを止めかけた。
その一瞬をついて、龍が吠える。
「ギャあああああッ!!」
声。
その声が、変だった。
ただの咆哮じゃない。
人の喉から漏れる叫びに似た──苦しみを詰め込んだような、悲鳴のような音だった。
レイラが立ち止まりかけたその時。
(──だれか)
「!?」
風の中に、誰かの声が混ざった気がした。
(──助けて……)
瞬間、目の奥がズキリと痛む。
「──ッ、ぅあ……!」
レイラが左目を押さえて蹲った。
「レイラちゃん!? どうしたの!?」
「……今、……誰かの声が……っ!」
龍の動きが止まる。
風の中に、焦げた匂い。
その中心で、龍がじっとこちらを見つめている。
まるで、“人間”のように。
「レイラちゃんッ、大丈夫っ!?」
ラショウがレイラの肩を支える。
左目を押さえたまま、レイラは息を荒げていた。
「……今……声が……聞こえた……」
「声……!? 誰の……?」
「わからない……でも、男の人の声だった……」
レイラの震える指先が、ゆっくりと眼帯の隙間を探る。
その奥で、龍因子の瘴気が蠢いている気がした。
(『助けて』って……)
「レイラちゃんっ、こっち来て!!」
ラショウが急いでレイラを引き戻す。
その瞬間──。
龍の瞳が、レイラとぴたりと重なった。
ズンと心臓を握られたような衝撃。
「……っあ、ぐ……!」
視界が歪む。
廃村の背景が崩れていくような錯覚に襲われた。
そしてまた、聞こえる。
(──……誰か……誰か……)
(──助けてくれ……!)
(──僕は人間だ……! こんな姿にされるはずじゃなかった……!)
「やっぱり……!!」
レイラが叫んだ。
「この龍……元……人間だ……ッ!!」
「……え?」
震え出すラショウの声。
その言葉を聞いた瞬間、龍の体が小さく、しかし確かに反応した。
怒ったのでも、攻撃態勢でもない。
それは──恐怖。
「……まさか……記憶が、残ってる……?」
ラショウも、その目の奥に動揺の色を滲ませた。
「だったら……」
レイラはゆっくりと、剣を下ろす。
「ねえ……あなたは、誰……?」
呼びかけたその声に──。
龍の口が、僅かに開いた。
「……ヒ……ト……」
──グシャッ……
その“言葉”を呟きかけた直後、龍の体が痙攣する。
「レイラちゃん!!」
「ダメ、離れて……何か来る!!」
まるで喉を潰されたような苦鳴を上げながら、龍の全身が膨れ上がる。
筋肉が裂け、背中から異様な棘が飛び出し、皮膚の一部が剥がれ変質していく──。
『──第二形態、変異開始!!』
モニター室の解析班からの通信が飛び込んだ。
「なっ……第二形態ッ!?」
「ただの個体じゃない……っ、レイラちゃん、構えて!!」
「……うん!!」
レイラはブレードを、ラショウは双剣を握りしめる。
元・人間だったかもしれない龍。
その本性が、今、暴かれようとしていた。
変異の音が響く。
骨が砕け、肉が引き裂かれるような、耳障りな咆哮。
「……ギ、ぃいい……ィイアアアアアアアアアッ!!」
背には棘のような突起、爪よりも鋭い翼の骨。
そして、口元から滴るのは──赤黒い液体。
「……これ、もう龍っていうか……」
「壊された人間の成れの果て……かも」
口元を震わせながら呟くレイラ。
目の奥が疼く。
(あの時みたいに、また私──)
「レイラちゃん、来るよ!」
「──っ!」
龍が跳び上がる。
巨大な翼を広げ、空から急降下。
ラショウが横に跳び、レイラが受けに入った。
「はあああッ!!」
剣を振るう。
だが、重い。
爪が刃に喰い込み、腕に痺れが走る。
「くッ……!」
バッと跳び下がるレイラ。
(力が足りない……!)
目の奥が熱い。
(……頼るしか……ない)
レイラは左目に手をかけると、ギュッと眼帯を握る。
そして──。
「……もう……躊躇っていられない……!」
眼帯を外した。
「ッ!!」
その瞬間、空気が震える。
レイラの左目から放たれる蒼い瘴気。
吹き出す霧のような蒼白が、腕へ、脚へ、全身へと広がっていく。
「ッ、ア゙ア゙アアアアッ!!」
体が軽くなる。
筋力が跳ね上がる。
神経が研ぎ澄まされる。
(これが……私の……!!)
──龍の力。
「レイラちゃん!? だ、大丈夫なの!?」
ラショウの声が聞こえる。
しかしレイラの瞳は、獲物を見据えていた。
「いける……今なら、この力で!!」
──バッ!!
レイラが跳んだ。
風すら裂く速さで、龍の腹に斬撃を叩き込む。
「らあぁあッッ!!」
それを返す爪。
ラショウがすかさず回り込み、双剣で受け止める。
「ッ! ……重……っ……!!」
「ラショウ! 離れて!」
叫ぶレイラ。
「私、こいつを止める──!!」
──今のところ、暴走の兆候は無い。
しかし。
セセラの言葉が、脳裏によぎる。
──『機関としては見逃せない』。
「……ッ」
レイラの目が一瞬揺れるが、そのまま龍へと突っ込んでいく。
「アアアアアアアッッ!!」
咆哮が、空を割る。
龍は、肢を広げ、瘴気のような黒い息を吐きながら突進してきた。
その瞬間、レイラは跳躍する。
「ッ──うお゙お゙おおおッッ!!」
蒼白のオーラが、体を包んだ。
剣を持つ腕が、一瞬で膨張するように筋肉を張らせ、足元に雷光のような風圧を巻き起こす。
レイラの速度が別次元になった。
──見えない。
ラショウは思わず目を見開く。
「っ……すご……」
一閃。
レイラの剣が、龍の胸部を深く斬った。
すかさず返される爪──だが、読めている。
「そこッ!!」
刀身の背で弾く。
反動を利用して空中で一回転し、龍の背後に回った。
「まだだッ!!」
渾身の斬撃。
──ゴッ!!
「ギアアアアアアアアアッ!!!」
龍が大きくよろめいた。
一撃、二撃。
だが、止まらない。
まだ生きている。
それどころか、怒りに満ちた目でレイラを睨んだ。
「はあッ、はあッ……!」
荒くなっていくレイラの呼吸。
そして──龍の視線が逸れた。
狙いは……ラショウ。
窓の外には森と山。
その奥へ向かって、車は静かに進んでいた。
車内には、レイラとラショウ、ふたりきり。
「…………」
話しかけようと思えばできた。
だが、レイラはそれをしなかった。
(……緊張してる。私も。ラショウも)
空気に染み込むような、戦闘前の静けさ。
レイラは、解析用ブレードの柄を何度も確かめていた。
(初めてだな……)
(私と、ラショウのふたりだけで任務に出るの……)
何気なく、隣を見る。
──そこで、レイラは思わず目を見開いた。
「…………フゥゥ…………」
ラショウが、ゆっくりと深く息を吐いている。
しかし、いつもの柔らかな雰囲気はそこに無かった。
閉じた瞳、僅かに寄せられた眉間。
精神を整えるような、静かな集中。
腰のホルダーには、短剣が2本。
片手ずつで抜けるよう、入念に調整されている。
(……あれ……?)
レイラの中に、妙な錯覚が生まれた。
(……アシュと一緒に任務に来てたっけ?)
静寂の中、ラショウが目を開いた。
その瞳。
それは、どこかで見たことのある、まっすぐで隙の無い光。
「……頑張ろうね、レイラちゃん」
口調は、あくまでいつものラショウ。
だが、その顔つき、目の据わり方、全身から漂う覚悟の空気は──。
「…………!」
レイラの胸に強く響いた。
(やっぱり……この子も……『西城家』だ……!)
少しだけ、胸が熱くなる。
誇らしさにも似た、不思議な気持ちだった。
「……う、うん。頑張ろう、ラショウ」
ふたりの視線が重なると、まもなく輸送車は目的地へと到着する。
いよいよ、“女の子だけ”の任務が始まる。
◇
山間部の廃村跡が今回の任務地。
ガシャン、と輸送車の後部が開く。
冷たい風が吹き抜ける、廃村跡地。
朽ちた民家の骨組み、ひび割れた石畳、そして焦げた匂い。
『──龍の痕跡、確認』
通信越しに伝えられる調査班の報告。
『今回の個体は“成龍未満”、規模は小さめ。ですが、警戒は怠るなとのことです』
レイラは一度頷き、剣をゆっくりと抜いた。
隣で、ラショウも同時に構える。
右手と左手──それぞれに握られた短剣。
カチャ、とその小さな刃が鞘から解き放たれる音。
(……ラショウ……かっこいいな…………)
「……行こう、レイラちゃん」
「あ……、うん」
ふたり、地を蹴った。
廃村の中心に踏み込んだその瞬間──。
「ッ、いた!」
レイラが気配を察知する。
前方、崩れた家屋の影から飛び出したのは、ヤモリのような爬虫類型の龍──灰褐色の細身の個体。
鋭い爪、長い尻尾。
咆哮と共に突進してくる。
「ラショウ! 私が前に出る!」
「大丈夫! 一緒にいこう!」
ラショウの声が飛ぶ。
レイラが横から斬撃を叩きつけるのと同時に、ラショウが低く滑り込むように回り込み──。
「せいッ!」
鋭い突きが、龍の脇腹へ届いた。
2本の短剣は、ラショウの手の中でまるで舞うように回転する。
流れるような足さばき。
足音ひとつ立てず、翻る銀の残光。
(すごい……!)
レイラが見惚れるほどだった。
そして、気づく。
(この顔……!)
ラショウの目が、完全に据わっている。
まっすぐに獲物を捉える、獣のような視線。
「はあッ!」
一度の跳躍で、龍の肩を駆け上がり、短剣を交差させて斬り裂く。
シュッと舞ったその姿は、美しく、そして──強い。
(……ラショウ、すごいよ……!)
レイラも再び剣を構えた。
「じゃあ私も、全力で行かなきゃ!!」
この戦場に、“女の子だけ”という言葉は、既に意味を成していなかった。
それぞれが、最前線で“戦士”として刃を振るっている。
「だぁああっ!!」
レイラとラショウは、息を合わせるように斬撃を重ねていた。
「レイラちゃん! 左からいくよ!」
「わかった、私が右!」
ふたりの斬撃が交差する。
「──ギギッ……!!」
龍は一度は怯むが、即座に姿勢を戻した。
その俊敏さに、レイラは眉をひそめる。
(……あれ? なんか、変だ……)
ラショウも次の瞬間、異変を感じ取っていた。
「レイラちゃん……今の、見た?」
「うん……。あれ、避けたよね……?」
ただ反射的に逃げるのではない。
一度目の斬撃を受け、二度目を読んで避けた。
まるで、動きを見て学んだかのように。
「龍って……こんな戦い方、してたっけ?」
その疑問は、すぐに確信へと変わった。
──龍の動きが、変わったのだ。
突進ではなく、カーブを描くようにレイラたちの間を駆け抜け、片方に背を向けながら、もう片方へ爪を振り抜いてくる。
「ぐっ……!」
レイラの腕に爪がかすめる。
一瞬で血が滲んだ。
「レイラちゃん!!」
ラショウが割り込むように間に入り、龍を押し返す。
レイラは歯を食いしばった。
(完全に“狙ってる”……!)
ただの本能的な攻撃ではない。
動きを見て、間合いを取り、追撃を防ぎ、ふたりの連携を断つように動いている。
(……まるで、人間みたいに戦ってる……)
ラショウも息を呑んでいた。
「レイラちゃん、これ……ただの龍じゃないかも……!」
鋭くなるレイラの瞳。
これは、明らかに──知能を持った龍だった。
「…………!」
レイラは改めて刃を構える。
「ラショウ……手を抜かないよ」
「もちろん……!」
互いの背を預けるように、呼吸を合わせる。
戦いは、まだ始まったばかり。
もうこの任務は、ただの調査ではない。
“何か”が、蠢いている。
「レイラちゃん、左!」
「……っ、わかってる!」
龍の尻尾が地面を叩きつけ、砕けた瓦礫が飛び散った。
レイラとラショウは互いに動きを読み合い、絶妙な間合いでそれをすり抜けていく。
だが──レイラは感じていた。
(この動き……やっぱり“本能”じゃない)
避けるんじゃない。
計るように動いている。
自分たちを試しているようにすら感じる。
──バキィッ!
再び爪がレイラの剣をかすめ、火花が散った。
その瞬間──。
「……!」
レイラの視界の隅に、“何か”が映った。
龍の顔。
鋭い爬虫類の目の奥に、ほんの、ほんの一瞬──。
瞳孔が揺れていた。
そこに、恐怖のような、迷いのような──人間の目に似た“情緒”があった。
(……今、私を見て……)
(怯んだ……?)
レイラの心臓がドクンと高鳴る。
「ラショウ!! この龍……!」
「な、なにっ?」
レイラの声に、ラショウも思わず動きを止めかけた。
その一瞬をついて、龍が吠える。
「ギャあああああッ!!」
声。
その声が、変だった。
ただの咆哮じゃない。
人の喉から漏れる叫びに似た──苦しみを詰め込んだような、悲鳴のような音だった。
レイラが立ち止まりかけたその時。
(──だれか)
「!?」
風の中に、誰かの声が混ざった気がした。
(──助けて……)
瞬間、目の奥がズキリと痛む。
「──ッ、ぅあ……!」
レイラが左目を押さえて蹲った。
「レイラちゃん!? どうしたの!?」
「……今、……誰かの声が……っ!」
龍の動きが止まる。
風の中に、焦げた匂い。
その中心で、龍がじっとこちらを見つめている。
まるで、“人間”のように。
「レイラちゃんッ、大丈夫っ!?」
ラショウがレイラの肩を支える。
左目を押さえたまま、レイラは息を荒げていた。
「……今……声が……聞こえた……」
「声……!? 誰の……?」
「わからない……でも、男の人の声だった……」
レイラの震える指先が、ゆっくりと眼帯の隙間を探る。
その奥で、龍因子の瘴気が蠢いている気がした。
(『助けて』って……)
「レイラちゃんっ、こっち来て!!」
ラショウが急いでレイラを引き戻す。
その瞬間──。
龍の瞳が、レイラとぴたりと重なった。
ズンと心臓を握られたような衝撃。
「……っあ、ぐ……!」
視界が歪む。
廃村の背景が崩れていくような錯覚に襲われた。
そしてまた、聞こえる。
(──……誰か……誰か……)
(──助けてくれ……!)
(──僕は人間だ……! こんな姿にされるはずじゃなかった……!)
「やっぱり……!!」
レイラが叫んだ。
「この龍……元……人間だ……ッ!!」
「……え?」
震え出すラショウの声。
その言葉を聞いた瞬間、龍の体が小さく、しかし確かに反応した。
怒ったのでも、攻撃態勢でもない。
それは──恐怖。
「……まさか……記憶が、残ってる……?」
ラショウも、その目の奥に動揺の色を滲ませた。
「だったら……」
レイラはゆっくりと、剣を下ろす。
「ねえ……あなたは、誰……?」
呼びかけたその声に──。
龍の口が、僅かに開いた。
「……ヒ……ト……」
──グシャッ……
その“言葉”を呟きかけた直後、龍の体が痙攣する。
「レイラちゃん!!」
「ダメ、離れて……何か来る!!」
まるで喉を潰されたような苦鳴を上げながら、龍の全身が膨れ上がる。
筋肉が裂け、背中から異様な棘が飛び出し、皮膚の一部が剥がれ変質していく──。
『──第二形態、変異開始!!』
モニター室の解析班からの通信が飛び込んだ。
「なっ……第二形態ッ!?」
「ただの個体じゃない……っ、レイラちゃん、構えて!!」
「……うん!!」
レイラはブレードを、ラショウは双剣を握りしめる。
元・人間だったかもしれない龍。
その本性が、今、暴かれようとしていた。
変異の音が響く。
骨が砕け、肉が引き裂かれるような、耳障りな咆哮。
「……ギ、ぃいい……ィイアアアアアアアアアッ!!」
背には棘のような突起、爪よりも鋭い翼の骨。
そして、口元から滴るのは──赤黒い液体。
「……これ、もう龍っていうか……」
「壊された人間の成れの果て……かも」
口元を震わせながら呟くレイラ。
目の奥が疼く。
(あの時みたいに、また私──)
「レイラちゃん、来るよ!」
「──っ!」
龍が跳び上がる。
巨大な翼を広げ、空から急降下。
ラショウが横に跳び、レイラが受けに入った。
「はあああッ!!」
剣を振るう。
だが、重い。
爪が刃に喰い込み、腕に痺れが走る。
「くッ……!」
バッと跳び下がるレイラ。
(力が足りない……!)
目の奥が熱い。
(……頼るしか……ない)
レイラは左目に手をかけると、ギュッと眼帯を握る。
そして──。
「……もう……躊躇っていられない……!」
眼帯を外した。
「ッ!!」
その瞬間、空気が震える。
レイラの左目から放たれる蒼い瘴気。
吹き出す霧のような蒼白が、腕へ、脚へ、全身へと広がっていく。
「ッ、ア゙ア゙アアアアッ!!」
体が軽くなる。
筋力が跳ね上がる。
神経が研ぎ澄まされる。
(これが……私の……!!)
──龍の力。
「レイラちゃん!? だ、大丈夫なの!?」
ラショウの声が聞こえる。
しかしレイラの瞳は、獲物を見据えていた。
「いける……今なら、この力で!!」
──バッ!!
レイラが跳んだ。
風すら裂く速さで、龍の腹に斬撃を叩き込む。
「らあぁあッッ!!」
それを返す爪。
ラショウがすかさず回り込み、双剣で受け止める。
「ッ! ……重……っ……!!」
「ラショウ! 離れて!」
叫ぶレイラ。
「私、こいつを止める──!!」
──今のところ、暴走の兆候は無い。
しかし。
セセラの言葉が、脳裏によぎる。
──『機関としては見逃せない』。
「……ッ」
レイラの目が一瞬揺れるが、そのまま龍へと突っ込んでいく。
「アアアアアアアッッ!!」
咆哮が、空を割る。
龍は、肢を広げ、瘴気のような黒い息を吐きながら突進してきた。
その瞬間、レイラは跳躍する。
「ッ──うお゙お゙おおおッッ!!」
蒼白のオーラが、体を包んだ。
剣を持つ腕が、一瞬で膨張するように筋肉を張らせ、足元に雷光のような風圧を巻き起こす。
レイラの速度が別次元になった。
──見えない。
ラショウは思わず目を見開く。
「っ……すご……」
一閃。
レイラの剣が、龍の胸部を深く斬った。
すかさず返される爪──だが、読めている。
「そこッ!!」
刀身の背で弾く。
反動を利用して空中で一回転し、龍の背後に回った。
「まだだッ!!」
渾身の斬撃。
──ゴッ!!
「ギアアアアアアアアアッ!!!」
龍が大きくよろめいた。
一撃、二撃。
だが、止まらない。
まだ生きている。
それどころか、怒りに満ちた目でレイラを睨んだ。
「はあッ、はあッ……!」
荒くなっていくレイラの呼吸。
そして──龍の視線が逸れた。
狙いは……ラショウ。
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