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コヨタ

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第14話 ふたりの少女が駆ける

第14話・2 女の子だけの任務

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 ゴウン、ゴウン……と車体が揺れる音だけが響く。

 窓の外には森と山。
 その奥へ向かって、車は静かに進んでいた。

 車内には、レイラとラショウ、ふたりきり。

「…………」

 話しかけようと思えばできた。
 だが、レイラはそれをしなかった。

(……緊張してる。私も。ラショウも)

 空気に染み込むような、戦闘前の静けさ。
 レイラは、解析用ブレードの柄を何度も確かめていた。

(初めてだな……)

(私と、ラショウのふたりだけで任務に出るの……)

 何気なく、隣を見る。

 ──そこで、レイラは思わず目を見開いた。

「…………フゥゥ…………」

 ラショウが、ゆっくりと深く息を吐いている。

 しかし、いつもの柔らかな雰囲気はそこに無かった。

 閉じた瞳、僅かに寄せられた眉間。
 精神を整えるような、静かな集中。

 腰のホルダーには、短剣が2
 片手ずつで抜けるよう、入念に調整されている。

(……あれ……?)

 レイラの中に、妙な錯覚が生まれた。

(……アシュと一緒に任務に来てたっけ?)

 静寂の中、ラショウが目を開いた。

 その瞳。

 それは、どこかで見たことのある、まっすぐで隙の無い光。

「……頑張ろうね、レイラちゃん」

 口調は、あくまでいつものラショウ。

 だが、その顔つき、目の据わり方、全身から漂う覚悟の空気は──。

「…………!」

 レイラの胸に強く響いた。

(やっぱり……この子も……『西城家』だ……!)

 少しだけ、胸が熱くなる。
 誇らしさにも似た、不思議な気持ちだった。

「……う、うん。頑張ろう、ラショウ」

 ふたりの視線が重なると、まもなく輸送車は目的地へと到着する。

 いよいよ、“女の子だけ”の任務が始まる。


 ◇


 山間部の廃村跡が今回の任務地。

 ガシャン、と輸送車の後部が開く。

 冷たい風が吹き抜ける、廃村跡地。
 朽ちた民家の骨組み、ひび割れた石畳、そして焦げた匂い。

『──龍の痕跡、確認』

 通信越しに伝えられる調査班の報告。

『今回の個体は“成龍未満”、規模は小さめ。ですが、警戒は怠るなとのことです』

 レイラは一度頷き、ブレードをゆっくりと抜いた。

 隣で、ラショウも同時に構える。
 右手と左手──それぞれに握られた短剣。

 カチャ、とその小さな刃が鞘から解き放たれる音。

(……ラショウ……かっこいいな…………)

「……行こう、レイラちゃん」

「あ……、うん」

 ふたり、地を蹴った。

 廃村の中心に踏み込んだその瞬間──。

「ッ、いた!」

 レイラが気配を察知する。

 前方、崩れた家屋の影から飛び出したのは、ヤモリのような爬虫類型の龍──灰褐色の細身の個体。

 鋭い爪、長い尻尾。
 咆哮と共に突進してくる。

「ラショウ! 私が前に出る!」

「大丈夫! 一緒にいこう!」

 ラショウの声が飛ぶ。

 レイラが横から斬撃を叩きつけるのと同時に、ラショウが低く滑り込むように回り込み──。

「せいッ!」

 鋭い突きが、龍の脇腹へ届いた。

 2本の短剣は、ラショウの手の中でまるで舞うように回転する。

 流れるような足さばき。
 足音ひとつ立てず、翻る銀の残光。

(すごい……!)

 レイラが見惚れるほどだった。

 そして、気づく。

(この……!)

 ラショウの目が、完全に据わっている。

 まっすぐに獲物を捉える、獣のような視線。

「はあッ!」

 一度の跳躍で、龍の肩を駆け上がり、短剣を交差させて斬り裂く。

 シュッと舞ったその姿は、美しく、そして──強い。

(……ラショウ、すごいよ……!)

 レイラも再び剣を構えた。

「じゃあ私も、全力で行かなきゃ!!」

 この戦場に、“女の子だけ”という言葉は、既に意味を成していなかった。
 それぞれが、最前線で“戦士”として刃を振るっている。

「だぁああっ!!」

 レイラとラショウは、息を合わせるように斬撃を重ねていた。

「レイラちゃん! 左からいくよ!」

「わかった、私が右!」

 ふたりの斬撃が交差する。

「──ギギッ……!!」

 龍は一度は怯むが、即座に姿勢を戻した。

 その俊敏さに、レイラは眉をひそめる。

(……あれ? なんか、変だ……)

 ラショウも次の瞬間、異変を感じ取っていた。

「レイラちゃん……今の、見た?」

「うん……。あれ、避けたよね……?」

 ただ反射的に逃げるのではない。
 一度目の斬撃を、二度目を避けた。

 まるで、動きを見てかのように。

「龍って……こんな戦い方、してたっけ?」

 その疑問は、すぐに確信へと変わった。

 ──龍の動きが、変わったのだ。

 突進ではなく、カーブを描くようにレイラたちの間を駆け抜け、片方に背を向けながら、もう片方へ爪を振り抜いてくる。

「ぐっ……!」

 レイラの腕に爪がかすめる。
 一瞬で血が滲んだ。

「レイラちゃん!!」

 ラショウが割り込むように間に入り、龍を押し返す。

 レイラは歯を食いしばった。

(完全に“狙ってる”……!)

 ただの本能的な攻撃ではない。

 動きを見て、間合いを取り、追撃を防ぎ、ふたりの連携を断つように動いている。

(……まるで、戦ってる……)

 ラショウも息を呑んでいた。

「レイラちゃん、これ……ただの龍じゃないかも……!」

 鋭くなるレイラの瞳。
 これは、明らかに──を持った龍だった。

「…………!」

 レイラは改めて刃を構える。

「ラショウ……手を抜かないよ」

「もちろん……!」

 互いの背を預けるように、呼吸を合わせる。

 戦いは、まだ始まったばかり。
 もうこの任務は、ただの調査ではない。

 “何か”が、蠢いている。

「レイラちゃん、左!」

「……っ、わかってる!」

 龍の尻尾が地面を叩きつけ、砕けた瓦礫が飛び散った。

 レイラとラショウは互いに動きを読み合い、絶妙な間合いでそれをすり抜けていく。

 だが──レイラは感じていた。

(この動き……やっぱり“本能”じゃない)

 避けるんじゃない。
 計るように動いている。
 自分たちを試しているようにすら感じる。

 ──バキィッ!

 再び爪がレイラの剣をかすめ、火花が散った。

 その瞬間──。

「……!」

 レイラの視界の隅に、“何か”が映った。

 龍の顔。

 鋭い爬虫類の目の奥に、ほんの、ほんの一瞬──。

 瞳孔が揺れていた。

 そこに、恐怖のような、迷いのような──人間の目に似た“情緒”があった。

(……今、私を見て……)

……?)

 レイラの心臓がドクンと高鳴る。

「ラショウ!! この龍……!」

「な、なにっ?」

 レイラの声に、ラショウも思わず動きを止めかけた。

 その一瞬をついて、龍が吠える。

「ギャあああああッ!!」

 声。

 その声が、変だった。

 ただの咆哮じゃない。

 人の喉から漏れる叫びに似た──苦しみを詰め込んだような、悲鳴のような音だった。

 レイラが立ち止まりかけたその時。

(──だれか)

「!?」

 風の中に、誰かの声が混ざった気がした。

(──助けて……)

 瞬間、目の奥がズキリと痛む。

「──ッ、ぅあ……!」

 レイラが左目を押さえて蹲った。

「レイラちゃん!? どうしたの!?」

「……今、……誰かの声が……っ!」

 龍の動きが止まる。

 風の中に、焦げた匂い。
 その中心で、龍がじっとこちらを見つめている。

 まるで、“人間”のように。

「レイラちゃんッ、大丈夫っ!?」

 ラショウがレイラの肩を支える。
 左目を押さえたまま、レイラは息を荒げていた。

「……今……声が……聞こえた……」

「声……!? 誰の……?」

「わからない……でも、男の人の声だった……」

 レイラの震える指先が、ゆっくりと眼帯の隙間を探る。
 その奥で、龍因子の瘴気が蠢いている気がした。

(『助けて』って……)

「レイラちゃんっ、こっち来て!!」

 ラショウが急いでレイラを引き戻す。

 その瞬間──。

 龍の瞳が、レイラとぴたりと重なった。
 ズンと心臓を握られたような衝撃。

「……っあ、ぐ……!」

 視界が歪む。
 廃村の背景が崩れていくような錯覚に襲われた。

 そしてまた、聞こえる。

(──……誰か……誰か……)

(──助けてくれ……!)

(──僕は人間だ……! こんな姿にされるはずじゃなかった……!)

「やっぱり……!!」

 レイラが叫んだ。

「この龍……元……人間だ……ッ!!」

「……え?」

 震え出すラショウの声。

 その言葉を聞いた瞬間、龍の体が小さく、しかし確かにした。

 怒ったのでも、攻撃態勢でもない。

 それは──恐怖。

「……まさか……記憶が、残ってる……?」

 ラショウも、その目の奥に動揺の色を滲ませた。

「だったら……」

 レイラはゆっくりと、剣を下ろす。

「ねえ……あなたは、誰……?」

 呼びかけたその声に──。

 龍の口が、僅かに開いた。

「……ヒ……ト……」

 ──グシャッ……

 その“言葉”を呟きかけた直後、龍の体が痙攣する。

「レイラちゃん!!」

「ダメ、離れて……何か来る!!」

 まるで喉を潰されたような苦鳴を上げながら、龍の全身が膨れ上がる。

 筋肉が裂け、背中から異様な棘が飛び出し、皮膚の一部が剥がれ変質していく──。

『──第二形態、変異開始!!』

 モニター室の解析班からの通信が飛び込んだ。

「なっ……第二形態ッ!?」

「ただの個体じゃない……っ、レイラちゃん、構えて!!」

「……うん!!」

 レイラはブレードを、ラショウは双剣を握りしめる。

 元・人間だったかもしれない龍。
 その本性が、今、暴かれようとしていた。

 変異の音が響く。
 骨が砕け、肉が引き裂かれるような、耳障りな咆哮。

「……ギ、ぃいい……ィイアアアアアアアアアッ!!」

 背には棘のような突起、爪よりも鋭い翼の骨。
 そして、口元から滴るのは──赤黒い液体。

「……これ、もう龍っていうか……」

「壊された人間の成れの果て……かも」

 口元を震わせながら呟くレイラ。

 目の奥が疼く。

(あの時みたいに、また私──)

「レイラちゃん、来るよ!」

「──っ!」

 龍が跳び上がる。
 巨大な翼を広げ、空から急降下。

 ラショウが横に跳び、レイラが受けに入った。

「はあああッ!!」

 剣を振るう。

 だが、重い。

 爪が刃に喰い込み、腕に痺れが走る。

「くッ……!」

 バッと跳び下がるレイラ。

(力が足りない……!)

 目の奥が熱い。

(……頼るしか……ない)

 レイラは左目に手をかけると、ギュッと眼帯を握る。

 そして──。

「……もう……躊躇っていられない……!」

 眼帯を外した。

「ッ!!」

 その瞬間、空気が震える。

 レイラの左目から放たれる蒼い瘴気オーラ
 吹き出す霧のような蒼白が、腕へ、脚へ、全身へと広がっていく。

「ッ、ア゙ア゙アアアアッ!!」

 体が軽くなる。

 筋力が跳ね上がる。

 神経が研ぎ澄まされる。

(これが……私の……!!)

 ──龍の力。

「レイラちゃん!? だ、大丈夫なの!?」

 ラショウの声が聞こえる。
 しかしレイラの瞳は、獲物を見据えていた。

「いける……今なら、この力で!!」

 ──バッ!!

 レイラが跳んだ。

 風すら裂く速さで、龍の腹に斬撃を叩き込む。

「らあぁあッッ!!」

 それを返す爪。
 ラショウがすかさず回り込み、双剣で受け止める。

「ッ! ……おも……っ……!!」

「ラショウ! 離れて!」

 叫ぶレイラ。

「私、こいつを止める──!!」

 ──今のところ、は無い。

 しかし。

 セセラの言葉が、脳裏によぎる。

 ──『機関としては見逃せない』。

「……ッ」

 レイラの目が一瞬揺れるが、そのまま龍へと突っ込んでいく。

「アアアアアアアッッ!!」

 咆哮が、空を割る。

 龍は、肢を広げ、瘴気のような黒い息を吐きながら突進してきた。

 その瞬間、レイラは跳躍する。

「ッ──うお゙お゙おおおッッ!!」

 蒼白のオーラが、体を包んだ。

 剣を持つ腕が、一瞬で膨張するように筋肉を張らせ、足元に雷光のような風圧を巻き起こす。

 レイラの速度がになった。

 ──見えない。

 ラショウは思わず目を見開く。

「っ……すご……」

 一閃。

 レイラの剣が、龍の胸部を深く斬った。

 すかさず返される爪──だが、読めている。

「そこッ!!」

 刀身の背で弾く。

 反動を利用して空中で一回転し、龍の背後に回った。

「まだだッ!!」

 渾身の斬撃。

 ──ゴッ!!

「ギアアアアアアアアアッ!!!」

 龍が大きくよろめいた。

 一撃、二撃。
 だが、止まらない。

 まだ生きている。
 それどころか、怒りに満ちた目でレイラを睨んだ。

「はあッ、はあッ……!」

 荒くなっていくレイラの呼吸。

 そして──龍の視線が逸れた。

 狙いは……ラショウ。



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