ネガティブ・ドリーマー~街のゴミ掃除をしていたら審議官を名乗る優男に拐われました

八万岬 海

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1章-責任のある仕事

06話-初めてのお仕事です

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「ふぅ~この辺は終わりですね」

 本当に毎日毎日お掃除しているのに、このゴミは誰が捨てるのでしょうか。
 捨ててる人にも事情があるかもしれませんし、そのおかげでこうやってお仕事ができるから別に良いんですけどね。

 それでもゴミ掃除をするまでの間、散らかった様子を見てしまった人には申し訳ないなと思います。



「そろそろお腹すいたなぁ……」

 今日はお昼ご飯を頂いてくるのを忘れました。
 お昼はどこかで調達しなくてはいけません。

 この辺りはあまり掃除しに来ないので、その辺のお店に行っても門前払いされるかもしれません。



 結局いつもの公園の近くにある芋屋さんへ行くことにしました。
 芋屋さんというのは私が勝手に呼んでいるだけで、ジャガイモのようなものを蒸して売っているおじさんのお店です。

 半日分の稼ぎが無くなってしまいますが、仕方ないのです。
 私は裏路地を通りながら少し坂を登っていきます。



「おい、お前」
「…………はい、なんでしょうか」

 唐突に酒瓶を持った男の人が話しかけてきました。
 道を塞ぐように通せんぼしています。
 脅されてもゴミしか持っていないので時間の無駄なのですが。


「ほぉ……なかなか……へへっ、今日はお前で良いや。ちょっと酒の相手してくれよ」

 酒の匂いをさせ、顔を近づけてくる男。
 背中に入れたゴミの籠よりひどい臭いです。

「……お仕事があるのですいません」

 私は踵を返しますが、すぐに手首を掴まれ持ち上げられてしまいました。

「まぁそういうなって……ふぅーん、変わった獣人だな……へへ、まぁ顔は可愛いし、ヤルことはかわらねぇからなぁ! ほれ、こい!」

「――いやっ!! 離してください!」

 自分でもびっくりするほど大きな声が出ましたが、そんなことで諦めてくれる男なら最初からこんなことはしないでしょう。

 金では無く身体を狙われる。
 そんなことは初めての経験でした。
 足が震え、瞳から勝手に涙がこぼれ落ちます。

 私は手首を掴まれたまま男に引きずられ路地裏へと連れて行かれます。



「離して……っ! 『分別』っ!」

「なっ、なんだぁっ!? いっ、いでぇぇっっ!」



 私は地面へと落とされ、男の肩口から流れ出た液体が雨のように身体へ降りかかります。
 一枚しかない服をゴミの液体でドロドロにされてしまいました。

 腕を離してと考えていたせいで、男の腕が本体から『分別』されてしまいました。

 ――このゴミをどうやって処理しましょう。





「リエちゃんっ!」
「…………ナザックさん?」

 私がゴミに手をかざしたタイミングで、歩いてきた方向からナザックさんが走ってきました。
 なぜ私の場所が分かったのでしょうか。



「はぁっ、はぁっ、だっ、大丈夫……か?」
「はい、これ私の血じゃないですので……このゴミどうすれば良いですか?」

 先ほどの威勢はどこに行ったのでしょうか。
 男は痛い痛いと地面の上を転がっています。


「…………『審判ジャッジメント』」
「あ……私と同じ……?」

 風紀委員さんのような台詞でしたが、ナザックさんの使った魔法は私と同じものでした。

 男の体が真っ赤に光り、すぐに収まりました。
 濃い赤色は指名手配を受けている捕まったことのない重罪人です。

 どういう仕組みなのか知りませんが、そうらしいです。
 昔、衛兵の人に教えてもらいました。



「赤か……リエちゃん、今日は僕がやるよ――『断罪コンディメイション』」

 ナザックさんが続けて放った魔法を受けたゴミは身体をビクッと震えさせると、そのまま動かなくなりました。



「あとは連絡しておいた衛兵が駆けつけてくれるよ」
「…………」


「なんだか色々と理解していないという顔だけど、リエちゃん大丈夫かい?」


 ナザックさんが私の服についた汚れを魔法で綺麗にしてくれました。

 それからお昼を奢ってくれるということで、お店でパンを買っていただき公園のベンチに座ります。

 私なんかがベンチに座って良いのでしょうか。



「このバッジは今どこにいるのか調べることができるんだ」
「……男の人は大変ですね」

 思ったことがそのまま口から出てしまいました。

「……君は一体何歳なんだ?」

 ナザックさんが唐突になんとも言えない悲しい顔になってしまいました。
 反省です。

 しかしストーキング機能付きというのはどうなのでしょうか。
 プライバシーがゼロだと思うのですが。

 けれどそのおかげで、大変なことにならずに済んだので今は感謝します。


「さっきの魔法……」
「ん?」

「私と同じ魔法でした」


「そうだね。基本は同じだけどリエちゃんの魔法は発動に前提があるんだね」
「前提…………」


 確かに前提条件付きの魔法です。
 ゴミ掃除のように『分別』をしてからでないと、他の魔法が使えないのです。



「例えば『断罪コンディメイション』は、心と命を砕く魔法だけれど、前提が揃っていないと使えない。それが『審判ジャッジメントという魔法だね。これで重罪と判断されないと発動ができない」

 『審判』で罪を調べ、重罪人なら『断罪』で命を刈り取る。
 『分別』で原材料を調べ、再利用できないなら『焼却』で消炭にする。

「なるほど、一緒ですね」
「君の魔法は……『分別』だっけ? その先も含めてどういう効果なのか教えてもらっても?」

「はい……」

 説明した気もしますが、ナザックさんのお脳が想像以上にアレな可能性もあるので、私はもう一度簡単に説明することにします。


 『分別』は使えるゴミと使えないゴミを分けます。

 『洗浄』はゴミを洗います。人に使うと数日分の記憶が綺麗サッパリなくなります。
 『拘束』はゴミを纏めます。白い魔力のひもで縛ります。

 『溶解』は鉄とかを溶かします。人に使うと人格がおかしくなります。
 『分解』はゴミの水分とかを分解します。人に使うと犯罪の記憶が罪悪感に変化します。

 『焼却』はゴミを塵にします。どんなゴミも塵になります。

 『審判』はゴミの状態とか原材料を調べます。
 人に使うと光ります。色が濃かったり混じったりすることもあります。
 青色に光れば軽犯罪者。
 黄色に光れば犯罪者。
 赤色に光れば殺人者。昔は衛兵さんへ引き渡してましたが、今は私が処分してもいいそうです。
 黒色に光れば重罪人。一般人でも処分可能です。


「んー……『洗浄』なんてもろ元素魔法の『洗浄ウォッシュ』だけど……人に使うと数日分の記憶がなくなる? どういうことだ?」

「そんなの私に解りません」

 気がつけば使えたのです。
 どうして使えるのか、そんなの私が教えてほしいです。

「魔法は普通一つの効果しか無い。それは人に使っても物に使っても同じなんだ」
「そういう魔法もあるんですね」
「いやいや、そっちが普通だから。リエちゃんのがおかしいんだよ」

 ナザックさんの話を聞いてもっと教えてほしいことが増えました。
 普通の魔法使いが使うときと私が使う時では効果が違う理由。
 しかも『審判』や『焼却』は神聖魔法だというのです。

 神聖魔法というのは、教会で神様の洗礼を受けて何年も修行しないと使えるようにならないそうです。

 私は毎日孤児院でお祈りしていたから使えるようになったのでしょうか?


「でも『分別』を使わないと他の魔法が発動しないんだよね?」
「はい、そうです」

 ナザックさんは「う~ん」と唸りだしました。
 考えることは偉い人に任せればいいと思うので、私はナザックさんが胸につけているバッジをみて、自分のポケットから取り出したバッジを眺めて見比べます。



「あ、そうそう、そのバッジだけどなるべくなら見えるところに付けておいたほうがいい」
「……どうしてでしょうか?」

「決まりというのもあるけれど、それ魔力を通すと強制的に審議所へ転移できるんだ。すごいだろ」

 ゲームだとセーブポイントに戻れるアイテムです。
 すごいなんてものじゃないです。

 転移をすることができる魔法があるという噂は聞いたことがありますが、それを封じた魔具の存在は初めて知りました。

「ちなみに無くすと禁固刑だから」
「ひっ……かっ、返します……っ」

 私はバッジをスカートのポケットから取り出しなザックさんへ差し出します。

「返してもいいけど、正当な理由が無いと王女陛下に罰されるよ?」
「ひゅっ――」

 突然の死刑宣告でした。
 どうしてでしょう。

 私は毎日毎日、皆が綺麗な街で生活できるようにゴミ拾いをしていただけの鼠獣人です。
 嘘もついたこと有りませんし、欲も持たないようにしています。
 なぜこんな恐ろしい、死と隣り合わせのアイテムを持たされているのでしょうか。

 もしかして、ダメならダメな時に考えようという甘ったれた考えを持ってしまった罰なのでしょうか。
 でも今がそのダメな時なのです。


「それはそうとリエちゃん」
「……なんでしょうか」
「お仕事。お願いするね」

 ナザックさんが鞄から封筒のようなものを取り出しました。
 茶色くなんの文字も書かれていない封筒です。

 まさかビンゴブックというやつでしょうか。
 この中に名前がびっしり書いてあって、それを順番に処分していくのでしょうか。

 こんなにたくさんのゴミがこの街に残っているんですね。
 私はゴミ掃除人です。
 ――ゴミがあるなら片付けなければいけません。



「リエちゃん、今、顔が怖かったよ?」

 いけません、つい表情に出てしまっていたようです。
 どうしてもゴミが落ちているのを見かけると処理しなくてはという気になってしまいます。


「残念ながらこれはお手紙です。今すぐに指定の方へ届けてください」
「お手紙?」

 掃除のお仕事かと思っていたのですが、郵便屋さんのお仕事のようです。

「大事な書類だから落とさないでね? 無くしたら……ね?」
「ひぅ――っ!?」

 この人の笑顔も、口から出る言葉も悪魔のものとしか思えなくなってきました。
 始終ニコニコしているのが逆に怖くて仕方がありません。

 この書類は私の命より重い。
 そう思って配達するしかありません。

 どんな山奥だろうと、谷底だろうと無事に届けなければ死にます。



「そ、それで何処に届ければ……」



「王女陛下へ届けてください」
「――ひゅっ」

 返事の代わりに短い空気が肺から抜け、目の前が真っ暗になりました。
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