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第05話-森へ
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「はっ……はっ……はぁぁ……」
私は息をなるべく殺しながら暗闇の中を身をかがめながら走った。
監獄の建物の周りには見上げるような高さの金網がぐるっと建物を取り囲んでおり、その外側には石壁がそそり立っていた。
中から外へ出さない為と、街の住人の目に触れさせないようにするためだ。
フェンスと石壁の上には強力な侵入防止の結界があると昔習った記憶がある。
私は森側のフェンス沿いに移動し、出入り口へと続く門へと向かった。
時々すれ違う兵士は壁に張り付いて息を殺し通り過ぎるのをじっと待つ。
魔法使いと思わしき人たちとすれ違ったときは行きた心地がしなかった。
彼らは魔法で存在を消している人間を看破することが可能なのだ。看破というより人が持っている魔力の流れを感じやすい。
もちろん私もそれは当てはまり、魔法使いだということがすぐに分かる程、強力な魔力の流れが近寄ってきたため気づくことが出来た。
進んでは身を伏せるを繰り返し、十五分ほど歩き続けたところでやっとフェンスが途切れ、門が見えてきた。
しかも幸運なことに、森の方から次々と帰ってくる兵士のためか、監獄と外をつなぐ扉が開かれたままだった。
「よし……もう一度、【存在希釈】――いたいっ」
魔法を唱えた途端襲ってくる頭痛。それは魔力が不足しているときの特徴だった。
私は周囲の空間からも何とか魔力を集め「三分でいいから!」と祈るように魔法の詠唱を完了させた。
◇◇◇
私は列をなして門から入ってくる兵士に触れることが無いように慎重に門へ向かって移動する。
門のすぐ横の石柱の影で身を潜め、魔法使いが向かってこないのを確認するとタイミングを見計らって一気に駆けぬけた。
(このまま……森まで……走り続けなきゃ……はっ……はぁっ……はぁっ)
【浮遊】が使えれば、少しは楽だったが少しでも見つかる可能性を避けるため無駄な魔力は使えなかった。
何度も足がもつれ、転けそうになるのを手をついて支えながら森を目指す。
(はぁっ……はぁっ……はぁっ……うぐっ……はぁっ……)
脇腹の痛みをこらえ、歯を噛み締めながら走る――。
今までの記憶でこんなに走ったのは初めてかもしれない。
足は靴下しか履いていないため、折角回復魔法を掛けてもらったのに既に布に血が滲んでいた。
目の前に広がる鬱蒼と木が生い茂る森は、この街の背後にそびえ立つナーストレンド山脈の麓に広がっている。
街に近いところは小動物しかいないが、奥まで入ると魔獣や野生の獣が数多く存在しており兵士たちの戦闘訓練で使われている場所だと記憶にはあった。
でも、もし森に逃げ込んで見つかったら……?
そう考えだすと、本当にこのルートを選択するのが正解なのか判らなくなる。
もし、街中に逃げた場合はクリスだとバレなくても「そう言う人物がいる」という目撃者が多くなるのはわかり切っている。
逆に人が多いと言うことは、それだけ紛れ込むことも可能になる。
森で見つかれば、他人の目がない場所だ。
どんな目に合わせるかわかったものじゃない。甚振られ、陵辱され、死ぬ寸前まで殴られても何もおかしくない。
今ならぐるっと大回りをして街に向かうことが出来る。
服も貰ったばかりで汚れていない。
(はぁっ……はぁっ……)
走りながらそんな事を考えては止め、悩んでは止めを繰り返した。
(やめよう……はぁっ……はやっ……どっちも死ぬときは死ぬ……ならばまずは近い可能性に手を伸ばそう!)
私は森の入り口にたどり着くと獣道のようなところから、なるべく音を立てないように奥に向かって移動していく。
樹齢数百年はあるんじゃないかと思えるほど大きな幹がそびえ立っている。
足元は落ちて積もった枯れ葉のせいで、数分に一度は滑って転びそうになる。
――ガサガサ
月を厚い雲が覆い隠し、真っ暗闇の森の中、明かりもつけずに手の感触と少しだけ見える眼を頼りに藪をかき分ける。
一時間ぐらい進んだだろうか。
空が少し白んできた頃、唐突に視界がひらけ目の前に少し大きな広場が見えた。
あたりを見回し誰もいないことを確認し、広場に出る。
足元にはいくつかの焚き火の跡があり既に火は消えているが、まだ炭が赤く燻っていた。
他の黒くなっている地面も触ってみるとまだ少し暖かい。
すぐ先程まで兵士たちがここにいたのだろう。
「――っ!!」
その時、薄明るくなってきた森の奥から松明がいくつか近づいてくるのが見えた。
私は咄嗟に身をかがめ、近くの大きな木の根本にしゃがみ息を殺す。
魔法の効果は既に切れている。
周りは藪に覆われているが、木を回り込まれたら直ぐに見つかってしまう位置だった。しかし今から移動しようにも足音はすぐそこまで迫っており、藪を揺らしてしまうわけにはいかない。
(――――お願い……! 気づかずに通り過ぎて!!)
私は祈るように目をつむり、手をぎゅっと握りしめた。
――ザッザッザッ
「なぁ、招集の笛が聞こえたってことはもう見つかったのか?」
「さぁなぁ……畜生、俺達が見つけるつもりだったのに」
「あぁ。森で見つけられればたっぷり楽しめたのになぁ」
「ほんとだぜ! 犯罪者つっても伯爵令嬢だろ? くそっ……折角のチャンスだったのに」
(はっ……はっ……)
自然と息が荒くなって来るのを、私は口元を隠しなんとかこらえる。
足音が広場に差し掛かり、三人程の声がすぐ木の後ろまでやってきた気配がする。
私は声を出さないよう、奥歯を噛みしめる。
(早く行って……!!)
「はぁ、ちょっと休憩すっか」
「おい、早いところ戻らないとまた隊長にどやされるぞ」
――ドサっという音が聞こえ、恐らく兵士の一人が地面に座り込んだのだろう音が聞こえた。
(――すぐ後ろに!!)
「俺、もう何日も女なんて抱いてないんだからよ!」
「そりゃおめぇ、仕方ねぇって、早いもん勝ちなんだから。エリックあたりが捕まえて一晩中、甚振ってから連れて帰ったんだろうよ」
「はぁぁ……羨ましいねぇ――焚き火つけ直すか?」
「やめとけって――しっかしクリスってあれだろ? 第二王女をエゲツないやり方で殺したっていう」
「あ? そんなの嵌められたに決まってるじゃねぇか。たかだか十何歳のガキにあんな殺し方できっかよ」
(――っ!!??)
「おっ……なんだそれ面白そうな話じゃねぇか」
「噂じゃ男爵家の、なんつったかな。あの娘さんがクリスに追い詰められて引っ越したっていう」
「知らねぇよ。何人も退学に追い込んだって隊長が言ってたぞ?」
「まぁどっちにしろ俺たちにゃ関係ない話だぜ――ほれ、早いとこ戻らんとまた報酬減られっぞ」
少し休憩したら兵士たちは落ちついたのか、立ち上がり周りを見回すと私が来た道のほうへと歩いていった。
私はそのまま足音が聞こえなくなるまで屈みつづけていた。
(嵌められた……? 男爵家? 引っ越した子?)
早く立ち上がって移動しなきゃならないのに、足が動かない。
まるで自分のものじゃないように足がガクガクと震えている。
「……元はと言えばクリスが悪いんじゃない……他人を恨むなんてお門違いだわ……」
そう、結局は自分が……クリスが撒いた種なのだ。
それに今更無実を証明したところで脱獄したという重い罪が私には課せられる。
「ぅぅっ……"私"が悪いんじゃないのに……どうして……うっ――ぉぇぇぇっ」
突然襲ってきた吐き気に、慌てて四つん這いになってビチャビチャと地面に胃液を吐き出す。
「はぁはぁ……でも今はっ……そんなことより……少しでも奥に逃げなきゃ!」
私は口を袖で拭い、酸っぱい味がする口の中を涎を吐き出し紛らわせる。
周りで音がしないのを確かめて、兵士たちが向かってきた方向とは少しずらした方角にある藪へと向かって進んで行った。
私は息をなるべく殺しながら暗闇の中を身をかがめながら走った。
監獄の建物の周りには見上げるような高さの金網がぐるっと建物を取り囲んでおり、その外側には石壁がそそり立っていた。
中から外へ出さない為と、街の住人の目に触れさせないようにするためだ。
フェンスと石壁の上には強力な侵入防止の結界があると昔習った記憶がある。
私は森側のフェンス沿いに移動し、出入り口へと続く門へと向かった。
時々すれ違う兵士は壁に張り付いて息を殺し通り過ぎるのをじっと待つ。
魔法使いと思わしき人たちとすれ違ったときは行きた心地がしなかった。
彼らは魔法で存在を消している人間を看破することが可能なのだ。看破というより人が持っている魔力の流れを感じやすい。
もちろん私もそれは当てはまり、魔法使いだということがすぐに分かる程、強力な魔力の流れが近寄ってきたため気づくことが出来た。
進んでは身を伏せるを繰り返し、十五分ほど歩き続けたところでやっとフェンスが途切れ、門が見えてきた。
しかも幸運なことに、森の方から次々と帰ってくる兵士のためか、監獄と外をつなぐ扉が開かれたままだった。
「よし……もう一度、【存在希釈】――いたいっ」
魔法を唱えた途端襲ってくる頭痛。それは魔力が不足しているときの特徴だった。
私は周囲の空間からも何とか魔力を集め「三分でいいから!」と祈るように魔法の詠唱を完了させた。
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私は列をなして門から入ってくる兵士に触れることが無いように慎重に門へ向かって移動する。
門のすぐ横の石柱の影で身を潜め、魔法使いが向かってこないのを確認するとタイミングを見計らって一気に駆けぬけた。
(このまま……森まで……走り続けなきゃ……はっ……はぁっ……はぁっ)
【浮遊】が使えれば、少しは楽だったが少しでも見つかる可能性を避けるため無駄な魔力は使えなかった。
何度も足がもつれ、転けそうになるのを手をついて支えながら森を目指す。
(はぁっ……はぁっ……はぁっ……うぐっ……はぁっ……)
脇腹の痛みをこらえ、歯を噛み締めながら走る――。
今までの記憶でこんなに走ったのは初めてかもしれない。
足は靴下しか履いていないため、折角回復魔法を掛けてもらったのに既に布に血が滲んでいた。
目の前に広がる鬱蒼と木が生い茂る森は、この街の背後にそびえ立つナーストレンド山脈の麓に広がっている。
街に近いところは小動物しかいないが、奥まで入ると魔獣や野生の獣が数多く存在しており兵士たちの戦闘訓練で使われている場所だと記憶にはあった。
でも、もし森に逃げ込んで見つかったら……?
そう考えだすと、本当にこのルートを選択するのが正解なのか判らなくなる。
もし、街中に逃げた場合はクリスだとバレなくても「そう言う人物がいる」という目撃者が多くなるのはわかり切っている。
逆に人が多いと言うことは、それだけ紛れ込むことも可能になる。
森で見つかれば、他人の目がない場所だ。
どんな目に合わせるかわかったものじゃない。甚振られ、陵辱され、死ぬ寸前まで殴られても何もおかしくない。
今ならぐるっと大回りをして街に向かうことが出来る。
服も貰ったばかりで汚れていない。
(はぁっ……はぁっ……)
走りながらそんな事を考えては止め、悩んでは止めを繰り返した。
(やめよう……はぁっ……はやっ……どっちも死ぬときは死ぬ……ならばまずは近い可能性に手を伸ばそう!)
私は森の入り口にたどり着くと獣道のようなところから、なるべく音を立てないように奥に向かって移動していく。
樹齢数百年はあるんじゃないかと思えるほど大きな幹がそびえ立っている。
足元は落ちて積もった枯れ葉のせいで、数分に一度は滑って転びそうになる。
――ガサガサ
月を厚い雲が覆い隠し、真っ暗闇の森の中、明かりもつけずに手の感触と少しだけ見える眼を頼りに藪をかき分ける。
一時間ぐらい進んだだろうか。
空が少し白んできた頃、唐突に視界がひらけ目の前に少し大きな広場が見えた。
あたりを見回し誰もいないことを確認し、広場に出る。
足元にはいくつかの焚き火の跡があり既に火は消えているが、まだ炭が赤く燻っていた。
他の黒くなっている地面も触ってみるとまだ少し暖かい。
すぐ先程まで兵士たちがここにいたのだろう。
「――っ!!」
その時、薄明るくなってきた森の奥から松明がいくつか近づいてくるのが見えた。
私は咄嗟に身をかがめ、近くの大きな木の根本にしゃがみ息を殺す。
魔法の効果は既に切れている。
周りは藪に覆われているが、木を回り込まれたら直ぐに見つかってしまう位置だった。しかし今から移動しようにも足音はすぐそこまで迫っており、藪を揺らしてしまうわけにはいかない。
(――――お願い……! 気づかずに通り過ぎて!!)
私は祈るように目をつむり、手をぎゅっと握りしめた。
――ザッザッザッ
「なぁ、招集の笛が聞こえたってことはもう見つかったのか?」
「さぁなぁ……畜生、俺達が見つけるつもりだったのに」
「あぁ。森で見つけられればたっぷり楽しめたのになぁ」
「ほんとだぜ! 犯罪者つっても伯爵令嬢だろ? くそっ……折角のチャンスだったのに」
(はっ……はっ……)
自然と息が荒くなって来るのを、私は口元を隠しなんとかこらえる。
足音が広場に差し掛かり、三人程の声がすぐ木の後ろまでやってきた気配がする。
私は声を出さないよう、奥歯を噛みしめる。
(早く行って……!!)
「はぁ、ちょっと休憩すっか」
「おい、早いところ戻らないとまた隊長にどやされるぞ」
――ドサっという音が聞こえ、恐らく兵士の一人が地面に座り込んだのだろう音が聞こえた。
(――すぐ後ろに!!)
「俺、もう何日も女なんて抱いてないんだからよ!」
「そりゃおめぇ、仕方ねぇって、早いもん勝ちなんだから。エリックあたりが捕まえて一晩中、甚振ってから連れて帰ったんだろうよ」
「はぁぁ……羨ましいねぇ――焚き火つけ直すか?」
「やめとけって――しっかしクリスってあれだろ? 第二王女をエゲツないやり方で殺したっていう」
「あ? そんなの嵌められたに決まってるじゃねぇか。たかだか十何歳のガキにあんな殺し方できっかよ」
(――っ!!??)
「おっ……なんだそれ面白そうな話じゃねぇか」
「噂じゃ男爵家の、なんつったかな。あの娘さんがクリスに追い詰められて引っ越したっていう」
「知らねぇよ。何人も退学に追い込んだって隊長が言ってたぞ?」
「まぁどっちにしろ俺たちにゃ関係ない話だぜ――ほれ、早いとこ戻らんとまた報酬減られっぞ」
少し休憩したら兵士たちは落ちついたのか、立ち上がり周りを見回すと私が来た道のほうへと歩いていった。
私はそのまま足音が聞こえなくなるまで屈みつづけていた。
(嵌められた……? 男爵家? 引っ越した子?)
早く立ち上がって移動しなきゃならないのに、足が動かない。
まるで自分のものじゃないように足がガクガクと震えている。
「……元はと言えばクリスが悪いんじゃない……他人を恨むなんてお門違いだわ……」
そう、結局は自分が……クリスが撒いた種なのだ。
それに今更無実を証明したところで脱獄したという重い罪が私には課せられる。
「ぅぅっ……"私"が悪いんじゃないのに……どうして……うっ――ぉぇぇぇっ」
突然襲ってきた吐き気に、慌てて四つん這いになってビチャビチャと地面に胃液を吐き出す。
「はぁはぁ……でも今はっ……そんなことより……少しでも奥に逃げなきゃ!」
私は口を袖で拭い、酸っぱい味がする口の中を涎を吐き出し紛らわせる。
周りで音がしないのを確かめて、兵士たちが向かってきた方向とは少しずらした方角にある藪へと向かって進んで行った。
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