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第07話-ネームカード
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私の前に立つ兵士が、目を吊り上げ他の兵士と女魔法使いに指示を出している。
どうやって私を監獄まで連れ帰るかの相談のようだが、私の気持ちはそれどころではない。逃げなきゃいけないのに何も考えられない。
(――このまま殺されるためだけに連れて行かれるなんて……)
「面倒だから引きずるか、エレンがクリスを魔法で持ち上げろ」
「やぁよ、めんどくさい」
「じゃあ、俺がそのまま引きずって帰るわ」
「――あっ、あのっ!」
「あぁん? うるせぇぞ、黙って引きずられろ!」
「クリスって……誰……ですかっ!」
私は咄嗟にそんな事を言っていた。
特に算段があったわけではないが、昨夜フレンダに言われた事を思い出したのだった。
『瞳の色が違うわ。クリスは金色。貴女は赤色。ただの勘だけど、貴女はクリスだけれどクリスじゃない気がする』
まともに鏡を見たことが無かったが、私はフレンダの言葉を信じることにした。
「あ? おまえのことだよ、頭ぶつけたか? 判らねえならもう一度言ってやる。脱獄犯のクリス・フォン・ガメイ! 金髪金眼のおまえだよ」
「私カリス……です! 人違いじゃないですか?」
「ああっ?」
後ろの兵士が声を上げ、前にいる兵士が私の髪を掴んで顔を覗き込んでくる。
私は口をハの字に結んだまま、その兵士の眼をじっと見つめ続けた。
「……おい、エレン、おまえクリスの魔法反応だって言ったよな?」
「何言ってるの? 私が間違えたとでも言うの?」
「ほら! こいつ『金眼』じゃねぇ、『緋眼』だ」
「そんなはずないわ、魔力の波長はクリスだもの」
私はこのチャンスを逃がさないとばかりに、ごり押しをする。
「まっ、魔法反応は似てる人は本当にそっくりだって言います。私もおばあちゃんとまるっきり同じだと言われたことがあります」
そんな話は私も聞いたことはない。
指紋と同じで一人一人魔法の波長は違うのだ。
けれど、私はなるべく声を平坦にして、目を逸らさず、さも当たり前のように兵士に伝えた。
魔法使いの女は「そんな事ってあるの?」とウンウン悩んでいる。
「……ほんとに別人か? おい、ちょっと手首、見せろ」
その兵士が私の背後に回り込み右手に顔を近づける。
「ちっ、汚れすぎててわかんねぇが、見たところ呪印がねぇ」
兵士に掴まれた右手の甲側の手首は、私が噛みちぎった発動防止の呪印があった痕だ。そこを噛みちぎって抉った傷は昨夜フレンダに治療してもらった。
しかし、両手を合わせて縛られているため、ちょうど隠れている手首側には、しっかりと呪印が残っていた。
それに左の手首にも魔法出力低下の呪印がまだ残っている。
両手首とも蛇の血と泥で真っ黒に汚れていたのも幸いした。
「おい、外してやれ! 服装も違ってるし、人違いだ。すまねぇな、嬢ちゃん」
「……いえ、わかってもらえてよかったです」
「でぇ? 嬢ちゃんはこんなところで何してやがる?」
兵士は「それとこれとは別」と言わんばかりに犯罪者を睨むような目つきで私を睨みつける。
「あっ、私この先の村から食料を狩に来たんですが迷ってしまい……魔力も尽きて一晩こうやって回復させてました」
私は咄嗟に蔦で編んだカゴと中に入っている蛇の肉を視線で示す。
兵士はカゴの中身を取り出し、しばらく眺めてからカゴに戻した。
「……一応筋は通っているか。ふむ……巨蛇か……。村の名前は?」
「村の……名前?」
(やばい……その返しは想定していなかった)
心臓がバクバクと音を立てるのがハッキリ聞こえるぐらい動揺してしまうが、なんとか表情に出さないよう演技を続ける。
「すいません、数家族の小さい集落なので村の名前は聞いたことが……」
男は私の背後に回り、手首の錠を外しはじめる。
手首の呪印が見つからないかと、頬を冷や汗がつたう。
「てぇことはずいぶんと山間から来たんだな。すまねぇな。蔦を靴がわりにしてるってことは西の方の部族か」
どうやら勝手に勘違いされているようなので、ここは触れずにあえて話を変えよう。
「……さっき脱獄がどうとか言ってましたが何かあったんですか?」
「あぁ、一人死刑囚が逃げ出してな。七日ばかし山狩りだ。おまえそれっぽいやつ見なかったか?」
「いえ……こんな深い森ですし、見つけたら声をかけているかと」
「それもそうだ。もし見つけたら城まで連絡してくれ。報奨金が出るからな」
「報奨金……?」
「あぁ、生捕りなら金貨二百枚、死んでいても金貨五十枚だ」
「そ、そ、そんなに?」
その額に思わず素で反応をしてしまった。
金貨二百枚。
首都で一人暮らしなら四、五年は暮らせる額だ。
「どこかの男爵家が出すそうだ。おかげでハンターどもも森へ入ってて煩わしい」
「そう…………ですか」
私は手首が見えないように気をつけながら蛇肉が入っているカゴを手に取る。
(また男爵家……そいつが私を……)
「じゃ、じゃあ私は魔力が回復したので……これで村に戻りますね」
なるべく目を合わせないようにして、この場から離れよう。
「おい!」
そう思って歩き始めたところで背後から再び声をかけられ、心臓がドキッと跳ね上がる。
「なっ、なんでしょうか」
「さっきも言ったがハンターも森へ入ってる。俺たちみたいな正規兵ならいいが、あいつらに捕まるなよ? 人違いと分かっていてもひでぇ目にあうかもしれん」
「おい、ドス、あんま脅かしてやるな」
それまで黙っていたもう一人の男の兵士が、ドスと呼んだ兵士の肩を叩く。
「あぁ。でもそんなドロドロじゃあ間違われるかもしれんぞ……あぁ、そうだこれを持っていけ」
そう言って羊皮紙を小さく切ったようなものを胸ポケットから取り出し、何かを書いて私の方へ差し出してくる。
「これは?」
「ネームカードだ。大した効力はないがな」
「それはあんたの立場をこのカードの持ち主個人に限り保証するってやつだ。本来、店の紹介とかに使うやつなんだがな」
名刺のようだなと思いながらそれを受け取る。
羊皮紙をロウのようなもので固めてあるようだった。
そこに「中央軍第三分隊隊長ドス・グレイス / カリス」と書かれていた。
「ありがとうございます。大事にします」
私はそれを大事にズボンのポケットへ入れようとして、既に何かが入っていることに気づいた。
後で確認しようと、ネームカードをそのままポケットへとしまう。
「蹴っちまった詫びだ。もし街の方で困ったことがあれば遠慮なく出してくれても構わない」
「ドス、こんな時にナンパするんじゃないぞ」
「あはは、ありがとうございました」
私は苦笑いを浮かべてペコリと礼をすると、奥に立っていた魔法使いの女が再び口を開いた。
「やっぱりおかしいわよその女」
「おい、エレンしつけえぞ」
「だって……!」
「あぁ、ほれ、こいつは黙らせておくから早く行け」
「はい、ありがとうございます、お騒がせしました」
「ちょっと!」
「大体あの超傲慢な令嬢がこんな丁寧な態度とるかよ」
私はそんなやりとりを背後に聞きつつ、一度だけ振り返り頭を下げる。
ドスが手振りで「早く行け」と言うので、平静を装ったまま獣道を山脈へ向かい歩き出した。
◇◇◇
空が見える場所まで到着して、背後を振り返る。
既に先ほどの兵士の姿は見えなくなっており、話声や気配も感じなくなっていた。
「はぁぁぁぁ~~……もうダメかと思った」
一日歩いていた昨日より今の方が疲れたような気がする。
シャツやズボンの下にはべっとりと冷や汗をかいており未だに足がガクガクと震えている。
私は木を背にして座り込み膝に頭を乗せ、忘れないうちにさっきの情報をまとめる。
七日間――
生死問わずで手配――
報奨金が何処かの男爵家から出てる――
ハンターもたくさん森に居る――
それにきっと魔法使いも……
魔法使いの天敵は魔法使いだ。
戦い方、逃げ方、隠れ方、全て理解されてる。
「それにしてもフレンダには足を向けて寝れないなぁ~……」
あの子が「瞳の色が違う」と言ってくれなかったら私は今頃、連行されていただろう。
「手の傷も……治してくれたおかげで……ぐすっ」
涙で滲んできた眼で、呪印が浮かび上がっている手首を見る。
(でも、もしこれに位置発信機能があったら……)
唐突にそんなことに思い当たり、水辺に着いたらもう片方の手首の処置をすることにした。
そしてふと、先ほどズボンのポケットに何かが入っていたのを思い出した。
少し腰を浮かして中のものを取り出す。
「あっ……」
そこから出てきたのはドスという兵士のネームカードの他に……。
「ぅぅっ……ぁりがとぉ……フレンダ……」
泣かないと決めていたのに、知らないところでの気遣いに涙は止まることなく溢れ続けた。
私の手には『フレンダ・フォン・オーガスト / 』と書かれた無記名のネームカードが握られていた。
どうやって私を監獄まで連れ帰るかの相談のようだが、私の気持ちはそれどころではない。逃げなきゃいけないのに何も考えられない。
(――このまま殺されるためだけに連れて行かれるなんて……)
「面倒だから引きずるか、エレンがクリスを魔法で持ち上げろ」
「やぁよ、めんどくさい」
「じゃあ、俺がそのまま引きずって帰るわ」
「――あっ、あのっ!」
「あぁん? うるせぇぞ、黙って引きずられろ!」
「クリスって……誰……ですかっ!」
私は咄嗟にそんな事を言っていた。
特に算段があったわけではないが、昨夜フレンダに言われた事を思い出したのだった。
『瞳の色が違うわ。クリスは金色。貴女は赤色。ただの勘だけど、貴女はクリスだけれどクリスじゃない気がする』
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「ああっ?」
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「……おい、エレン、おまえクリスの魔法反応だって言ったよな?」
「何言ってるの? 私が間違えたとでも言うの?」
「ほら! こいつ『金眼』じゃねぇ、『緋眼』だ」
「そんなはずないわ、魔力の波長はクリスだもの」
私はこのチャンスを逃がさないとばかりに、ごり押しをする。
「まっ、魔法反応は似てる人は本当にそっくりだって言います。私もおばあちゃんとまるっきり同じだと言われたことがあります」
そんな話は私も聞いたことはない。
指紋と同じで一人一人魔法の波長は違うのだ。
けれど、私はなるべく声を平坦にして、目を逸らさず、さも当たり前のように兵士に伝えた。
魔法使いの女は「そんな事ってあるの?」とウンウン悩んでいる。
「……ほんとに別人か? おい、ちょっと手首、見せろ」
その兵士が私の背後に回り込み右手に顔を近づける。
「ちっ、汚れすぎててわかんねぇが、見たところ呪印がねぇ」
兵士に掴まれた右手の甲側の手首は、私が噛みちぎった発動防止の呪印があった痕だ。そこを噛みちぎって抉った傷は昨夜フレンダに治療してもらった。
しかし、両手を合わせて縛られているため、ちょうど隠れている手首側には、しっかりと呪印が残っていた。
それに左の手首にも魔法出力低下の呪印がまだ残っている。
両手首とも蛇の血と泥で真っ黒に汚れていたのも幸いした。
「おい、外してやれ! 服装も違ってるし、人違いだ。すまねぇな、嬢ちゃん」
「……いえ、わかってもらえてよかったです」
「でぇ? 嬢ちゃんはこんなところで何してやがる?」
兵士は「それとこれとは別」と言わんばかりに犯罪者を睨むような目つきで私を睨みつける。
「あっ、私この先の村から食料を狩に来たんですが迷ってしまい……魔力も尽きて一晩こうやって回復させてました」
私は咄嗟に蔦で編んだカゴと中に入っている蛇の肉を視線で示す。
兵士はカゴの中身を取り出し、しばらく眺めてからカゴに戻した。
「……一応筋は通っているか。ふむ……巨蛇か……。村の名前は?」
「村の……名前?」
(やばい……その返しは想定していなかった)
心臓がバクバクと音を立てるのがハッキリ聞こえるぐらい動揺してしまうが、なんとか表情に出さないよう演技を続ける。
「すいません、数家族の小さい集落なので村の名前は聞いたことが……」
男は私の背後に回り、手首の錠を外しはじめる。
手首の呪印が見つからないかと、頬を冷や汗がつたう。
「てぇことはずいぶんと山間から来たんだな。すまねぇな。蔦を靴がわりにしてるってことは西の方の部族か」
どうやら勝手に勘違いされているようなので、ここは触れずにあえて話を変えよう。
「……さっき脱獄がどうとか言ってましたが何かあったんですか?」
「あぁ、一人死刑囚が逃げ出してな。七日ばかし山狩りだ。おまえそれっぽいやつ見なかったか?」
「いえ……こんな深い森ですし、見つけたら声をかけているかと」
「それもそうだ。もし見つけたら城まで連絡してくれ。報奨金が出るからな」
「報奨金……?」
「あぁ、生捕りなら金貨二百枚、死んでいても金貨五十枚だ」
「そ、そ、そんなに?」
その額に思わず素で反応をしてしまった。
金貨二百枚。
首都で一人暮らしなら四、五年は暮らせる額だ。
「どこかの男爵家が出すそうだ。おかげでハンターどもも森へ入ってて煩わしい」
「そう…………ですか」
私は手首が見えないように気をつけながら蛇肉が入っているカゴを手に取る。
(また男爵家……そいつが私を……)
「じゃ、じゃあ私は魔力が回復したので……これで村に戻りますね」
なるべく目を合わせないようにして、この場から離れよう。
「おい!」
そう思って歩き始めたところで背後から再び声をかけられ、心臓がドキッと跳ね上がる。
「なっ、なんでしょうか」
「さっきも言ったがハンターも森へ入ってる。俺たちみたいな正規兵ならいいが、あいつらに捕まるなよ? 人違いと分かっていてもひでぇ目にあうかもしれん」
「おい、ドス、あんま脅かしてやるな」
それまで黙っていたもう一人の男の兵士が、ドスと呼んだ兵士の肩を叩く。
「あぁ。でもそんなドロドロじゃあ間違われるかもしれんぞ……あぁ、そうだこれを持っていけ」
そう言って羊皮紙を小さく切ったようなものを胸ポケットから取り出し、何かを書いて私の方へ差し出してくる。
「これは?」
「ネームカードだ。大した効力はないがな」
「それはあんたの立場をこのカードの持ち主個人に限り保証するってやつだ。本来、店の紹介とかに使うやつなんだがな」
名刺のようだなと思いながらそれを受け取る。
羊皮紙をロウのようなもので固めてあるようだった。
そこに「中央軍第三分隊隊長ドス・グレイス / カリス」と書かれていた。
「ありがとうございます。大事にします」
私はそれを大事にズボンのポケットへ入れようとして、既に何かが入っていることに気づいた。
後で確認しようと、ネームカードをそのままポケットへとしまう。
「蹴っちまった詫びだ。もし街の方で困ったことがあれば遠慮なく出してくれても構わない」
「ドス、こんな時にナンパするんじゃないぞ」
「あはは、ありがとうございました」
私は苦笑いを浮かべてペコリと礼をすると、奥に立っていた魔法使いの女が再び口を開いた。
「やっぱりおかしいわよその女」
「おい、エレンしつけえぞ」
「だって……!」
「あぁ、ほれ、こいつは黙らせておくから早く行け」
「はい、ありがとうございます、お騒がせしました」
「ちょっと!」
「大体あの超傲慢な令嬢がこんな丁寧な態度とるかよ」
私はそんなやりとりを背後に聞きつつ、一度だけ振り返り頭を下げる。
ドスが手振りで「早く行け」と言うので、平静を装ったまま獣道を山脈へ向かい歩き出した。
◇◇◇
空が見える場所まで到着して、背後を振り返る。
既に先ほどの兵士の姿は見えなくなっており、話声や気配も感じなくなっていた。
「はぁぁぁぁ~~……もうダメかと思った」
一日歩いていた昨日より今の方が疲れたような気がする。
シャツやズボンの下にはべっとりと冷や汗をかいており未だに足がガクガクと震えている。
私は木を背にして座り込み膝に頭を乗せ、忘れないうちにさっきの情報をまとめる。
七日間――
生死問わずで手配――
報奨金が何処かの男爵家から出てる――
ハンターもたくさん森に居る――
それにきっと魔法使いも……
魔法使いの天敵は魔法使いだ。
戦い方、逃げ方、隠れ方、全て理解されてる。
「それにしてもフレンダには足を向けて寝れないなぁ~……」
あの子が「瞳の色が違う」と言ってくれなかったら私は今頃、連行されていただろう。
「手の傷も……治してくれたおかげで……ぐすっ」
涙で滲んできた眼で、呪印が浮かび上がっている手首を見る。
(でも、もしこれに位置発信機能があったら……)
唐突にそんなことに思い当たり、水辺に着いたらもう片方の手首の処置をすることにした。
そしてふと、先ほどズボンのポケットに何かが入っていたのを思い出した。
少し腰を浮かして中のものを取り出す。
「あっ……」
そこから出てきたのはドスという兵士のネームカードの他に……。
「ぅぅっ……ぁりがとぉ……フレンダ……」
泣かないと決めていたのに、知らないところでの気遣いに涙は止まることなく溢れ続けた。
私の手には『フレンダ・フォン・オーガスト / 』と書かれた無記名のネームカードが握られていた。
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