監獄スタートの悪役令嬢 脱獄記~令嬢とかどうでもいいから私は逃げる!

八万岬 海

文字の大きさ
33 / 48

第33話-ファウスト

しおりを挟む

――ガキィィ
金属同士がぶつかるような甲高い音が洞穴に響き渡った。

「……ぐぁぁぁっ」
「…………っ」

私の近くにいたリンとドルチェさんは、何が起こったのか理解できないという表情になっているのが視界の端に映る。
けれど、一番理解できなかったのは、私の首を切り落としたと確信していたシャドウだろう。

私の首の皮直前で、シャドウが握る二本の短剣がドス黒い壁のようなものによって止められている。
そしてその壁から突き出た何十本もの赤い槍のようなものがシャドウの顔面に突き刺さっていたのだった。

「――っ、はぁぁっ……はぁ……ヒ、【治癒ヒール】」

私は遠のく意識をなんとか堪え、自分の首筋へ回復魔法をかける。

私が通り、首から突如吹き出した血液。
それを魔力で硬化させた槍だった。
首筋から突き出している血液の槍は【治癒ヒール】で逆再生するように液体に戻り、首の裂け目から体内へと消えてゆく。
首の裂けた皮膚もみるみるうちに癒えた。

咄嗟のこととはいえ、怖い魔法を使ってしまったと今になって思う。

「カリスー!」

突然リンが飛びついてくるのを、両手を広げて受け止める。

「むぐっ――くるし……」
「死んじゃったかと思ったよ~」

「私も死んだかと思った」 
「すげぇカウンターだったな、あんな魔法見たことないぞ」

ドルチェさんが短剣をもったまま後頭部を搔きながら、地面に仰向けで倒れているシャドウを足先で突いた。

「ほんとほんと~血の槍? みたいなのが見えたけど~」
「首から血を出して槍にした……みたい。咄嗟のことだったんだけど出来てよかった」

「えっ、ほんとに血で作った槍なのっ!? そんなことして大丈夫なの?」
「うーん、たぶん?」

私は首元をさすりながら苦笑いをする。特に体調におかしなところはない。
治癒ヒール】で血液もきれいになって戻っているはずだ。

「もう~無理しないで~心配するから~」
「闇月のシャドウを倒すなんて……その前にあっちで爆発してたのはもしかして、イーグルか?」

「そうみたい……?」
「カリス……」

その時、再び剣と剣がぶつかる音が聞こえてきた。
振り向くと、一人生き残っている剣士の攻撃をエアハルトが受け止めている。

「くそっ――重すぎる……だろっ!」

エアハルトの巨大な両手剣で捌き切れないほどの重量とは思えない。

(もしかして……)

自分に【魔力透視クレアボヤンス】を使い、その剣を見るとうっすらと黄色い魔力が立ち上っているの目に映る。

「魔剣……」

その名の通り、魔法の力を封じ込めた剣。
魔力を流すと自在にその魔法を使うことができるものだ。

「……」

剣士が私を一瞥する。

「そんな小娘に二人が殺されるとはな……何者だ?」

剣士は後ろに飛び抜き、私を一瞥してから改めて剣を構える。
エアハルトも大剣を構え直し剣士に向き合った。

しかし……。

「嫁の友達だよ」
「ちょ、エアハルト!」

リンがエアハルトを怒鳴りつけるが、尻尾を見る限り「嫁」呼ばわりされたことに怒っている訳ではなさそうだった。

「……そうか、依頼にあったクリスとは、お前か」
「……」

男が剣を中段に構え直し、エアハルトが大剣を上段に構える。

「…………」
「――こねぇのか?」

「やめだ」
「はっ?」

「俺も冒険者だ。イーグルとシャドウを殺せるような奴に勝てるとは思わんーーどうだ?」
「どうだも何も、襲いかかってきたのはあんたらだろう」
「それもそうだな……」

剣士は鞘を取り、剣を仕舞い不敵に笑う。

「見逃してくれないのなら、俺も最後の足掻きをするまでだ」

私の目に映るのは鞘から膨れ上がり立ち上っていく黄色い魔力。
それはアメーバのように洞穴の通路を侵食していく。

ナルさんも青い顔をしているのを見ると、肌でこの異様な魔力を感じてしまっているようだ。

「あのっ!」
「なんだ」
「引き分けにして情報交換しません……か?」

エアハルトとドルチェさんが「何言ってんだこいつ」という目を私に向ける。
私も何を言っているかわからなかったが、とにかくあれはヤバい。あの魔剣の魔力は何かとてつもなく恐ろしいものを感じるのだ。

「ふっ……なるほど。お嬢様がこう言っているが?」
「……」

エアハルトが少し納得できないような顔で剣を背のホルダーへ収める。

「それで? クリス嬢はなんの情報をくれるのかな?」
「……ホド男爵は国王様に手配されました。国王様は私の無罪も認めてくれました」

「……それは」
「ほんとうか?」

剣士とエアハルトが揃って聞き返してくる。

「はい、先程使者の方が書類を持ってこられました」
「と、なると、ホド男爵に雇われている俺たちが悪ということだな」

「あの、お名前はもしかしてファウストさんですか?」
「そうだ」

その返事に私は「やっぱり」と思う。
剣士ファウストといえば、この国では一番有名な剣士の名だろう。

護国の英雄とまで呼ばれる事になった、首都を襲った魔獣の大討伐戦で一躍有名になった人物だ。
その後、城に召し上げられるのを断り冒険者を続けている剣士。

「……一つ……いや、三つ聞かせてくれないか」

ファウストは鞘を腰のベルトに装着し直し、私の方へと向き合った。

「イーグル……うちの魔法使いに何をした?」
「【魔力吸収ドレイン】されると倍の魔力を無理やり送り込んで発火させる魔法を自分に仕込みました」

「……それは……そんな魔法があるのか」
「いえ、私が思いついたものです……結界の魔法をちょっとアレンジして……」

ナルさんが【魔力吸収ドレイン】を使ってくると聞かなければ、そのうち私が魔力切れでやられていただろう。

「イーグルは?」
「咄嗟だったので、血で槍を作って……」
「……はっ…………はははははっ!!」

ファウストは顔を片手で覆い、突然笑い声を上げる。

「なるほど、おまえの魔法の才は素晴らしいな。うちのメンバーに欲しいところだよ」
「あの……怒ってないんですか?」

「怒る? 何に? あの二人はちゃんと戦って死んだのだ。冒険者たるもの自分の命に対する責任は自分にある」

キッパリと言い切るファウスト。
その言葉は冒険者の心得というやつでる。
魔獣と戦い、報酬を得るのを生業としている冒険者は死んだとしても自己責任なのだ。

エアハルトやファウストのように、その腕を買われてこういう依頼を受けるものも多い。
しかしやはりそれも殺すか殺されるかの世界で、目標に返り討ちにされても誰も保証はしてくれない。

逆にいえば依頼人にとって冒険者とは、成功報酬さえ払えば問題がない使い勝手の良い駒なのだ。

「……ただ、やはり信じられん。あの二人とは長いからな」

ファウストが突然声のトーンを落とし、そんなことをこぼした。

「――ごめんなさい」
「おまえが謝ることではない。それでそっちは何を聞きたいんだ?」

「護国の英雄が、どうしてエアハルトたちと戦いをしてたんですか?」
「単純だ。それがホド男爵から直接受けた依頼だからな。男爵には駆け出しの頃に世話になっていてな」

先に依頼したエアハルトが行方をくらませたことにより、裏切られたと感じたホド男爵が闇月へと直接依頼をしたらしい。
内容はエアハルトたちと近くにいるであろうクリスを倒して連れてくることだった。

「ティエラ教会は……?」
「……? どうして教会の名前が出るのだ?」

どうやらファウストは事件の全容は知らされていないらしい。
私はもしかしたら手伝ってくれるかもと淡い期待をもって目の前の金髪碧眼の剣士に事件の全容を伝えることにした。

私の話をどこまで信じてくれるのかは判らかったが、エアハルトとリンの口添えもあって、ファウストは最後まで話を聞いてくれた。

「その話が本当ならシャドウたちはホド男爵に殺されたようなものだ……つまらん借りを気にしてこの話を受けた俺が一番の元凶だな……」

しばらく地面にドカリと座り、立てた膝に頭をつけていたファウストだが、「俺は手を引く」と一言だけ残し天井に開いた穴から外へ飛び出した。
私は立ち去ろうとするファウストにどうしても聞きたいことを問いかけた。

「あのっ! ホド男爵は今どこに……?」
「……監獄棟」

それだけを告げ、金髪碧眼の剣士は姿を消したのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

乙女ゲームの悪役令嬢は前世の推しであるパパを幸せにしたい

藤原遊
ファンタジー
悪役令嬢×婚約者の策略ラブコメディ! 「アイリス・ルクレール、その波乱の乙女ゲーム人生――」 社交界の華として名を馳せた公爵令嬢アイリスは、気がつくと自分が“乙女ゲーム”の悪役令嬢に転生していることに気づく。しかし破滅フラグなんて大した問題ではない。なぜなら――彼女には全力で溺愛してくれる最強の味方、「お父様」がいるのだから! 婚約者である王太子レオナードとともに、盗賊団の陰謀や宮廷の策略を華麗に乗り越える一方で、かつて傲慢だと思われた行動が実は周囲を守るためだったことが明らかに……?その冷静さと知恵に、王太子も惹かれていき、次第にアイリスを「婚約者以上の存在」として意識し始める。 しかし、アイリスにはまだ知らない事実が。前世で推しだった“お父様”が、実は娘の危機に備えて影で私兵を動かしていた――なんて話、聞いていませんけど!? さらに、無邪気な辺境伯の従兄弟や王宮の騎士たちが彼女に振り回される日々が続く中、悪役令嬢としての名を返上し、「新たな人生」を掴むための物語が進んでいく。 「悪役令嬢の未来は破滅しかない」そんな言葉を真っ向から覆す、策略と愛の物語。痛快で心温まる新しい悪役令嬢ストーリーをお楽しみください。

悪役令嬢に転生したけど、破滅エンドは王子たちに押し付けました

タマ マコト
ファンタジー
27歳の社畜OL・藤咲真帆は、仕事でも恋でも“都合のいい人”として生きてきた。 ある夜、交通事故に遭った瞬間、心の底から叫んだーー「もう我慢なんてしたくない!」 目を覚ますと、乙女ゲームの“悪役令嬢レティシア”に転生していた。 破滅が約束された物語の中で、彼女は決意する。 今度こそ、泣くのは私じゃない。 破滅は“彼ら”に押し付けて、私の人生を取り戻してみせる。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

処理中です...