3 / 4
小さな花壇の大きな問題 (3)
しおりを挟む
与えられた役を王妃に返上すると告げた翌日。ルーチェはランドルフに連れられて、城の外へと出かけることになった。
「一つ聞いてもいい? ずいぶん護衛の人が多いような気がするんだけど、私の気のせいかしら」
黙って彼に導かれるままに馬車に乗り込んだルーチェだったけれど、首を傾げてしまった。
ルーチェとランドルフが出かける時には護衛がつくのは当然のことなのだが、今日のそれはいつもの倍くらいの人数がいるように思えた。
乗り込んだ馬車も、二人で使うにはずいぶん大きくて他に何人も乗ることができそうだ。
「いや、これはいいんだ。今日、これから起こることをルーチェにも見てもらいたいから」
「……何を見せるつもりなの?」
「それは、内緒。ただ、これからは僕が呼ぶまでは絶対に馬車から出ないでもらえるかな」
「え、ええ……わかったわ。ランドルフ様の言うとおりにする」
これから何が控えているのかわからないけれど、彼の言うことには間違いないのはわかっている。下手に自分の判断で動くよりは、彼に任せておいた方が安心だということを知っていたから逆らう気もなかった。
二人が乗り込むのを待っていたように、馬車は動き始めた。
馬車の窓に顔を押しつけるようにして、ルーチェは外の様子をうかがう。いつの間にか都を出ていたらしく、馬車の外に広がっているのはのどかな田園風景だった。
やがて、馬車は森の中へと入っていき、少しいったところで停められた。
「ルーチェはここで待ってて」
ルーチェを馬車に残し、ランドルフは外に出て行ってしまう。
彼の後ろ姿を追うと、だいぶ傾いた西の日がルーチェの目を眩しく突き刺す。目を細めながら、ルーチェはランドルフが歩いていった方向へと視線を向ける。
彼が護衛として連れてきた兵士達のうち一人に話しかけるのが見えた。あたりの空気が緊張に満ちたのをルーチェは敏感に感じ取った。これから、何が起こるというのだろう――。
ランドルフの向かう先には、一軒の家があった。荒れている様子はないから誰か住んでいるのかもしれない。
嫌な予感がして、スカートをぎゅっと掴む。ルーチェが息をつめて見守る中、兵士達がその家の中に乗り込んでいくのが見えた。
家の中には入らず、ルーチェから見える位置に身を置いているランドルフは、次から次へと兵士達に命令を下しているようだ。ルーチェに対するのとはまるで違う、鋭い彼の声がここまで聞こえてきた。
やがて、家の内側から鈍い物音が響いてくる。そこで何があったのかを想像し、ルーチェはますます胸のあたりが痛くなってくるのを感じた。
もっと側まで行って様子を見たい――だが、ランドルフからは、馬車から出ないようにと厳命されている。じりじりとしたルーチェは中腰になって、ますます窓に顔を貼り付けるようにした。
「よくやった!」
兵士達をほめるランドルフの声に、事態が動いたらしいということを知る。そして、兵士達に抱えられるようにして誰がルーチェのいる馬車まで連れられてきた。
「ルーチェ、彼らを頼むよ!」
自ら扉を開き、彼らを馬車の中に押し込んだランドルフはそう言うと、再び命令を下すために戻っていってしまった。
兵士達に連れて来られたのは三人の男女だった。一人はルーチェと同じか、少々年下と思われる少女。彼女とよく似た面差しの女性。そして、女性と同じくらいの年齢の男性だ。
馬車の床の上に座り込んだままの男性は、両脇に女性と少女を抱きしめるようにしていた。
「……ひょっとして……ネメディス子爵?」
ルーチェの言葉に、彼はまじまじとルーチェの顔を見た。しばらくの間、黙っていた彼だったが、やがて何事かに思い当たったかのようにルーチェの顔を見た。
「……王太子妃殿下……!」
「え、ええ……そうね、私は、ルーチェよ」
正直に言ってしまえば、王太子妃と呼ばれるのにはまだ慣れない。ランドルフと結婚してから、そう呼ばれる機会は何度もあったはずだけれど。
「こ――これは、大変な失礼を! ほら、お前達、頭を下げなさい」
「それはいいから……座席に座ったらどうかしら。ランドルフ様も、そのおつもりでここにあなた達を連れてきたんだと思うの」
ルーチェは、馬車の床にへたりこんでいる彼らを、座席へと座らせる。二人きりで出かけるにしては、やけに大きな馬車を選んだと思っていたのだが、子爵一家を乗せるためのものだと思えば納得もいく。
まだ怯えている様子の一家を座らせると、ルーチェは窓の外に目をやった。剣を打ち合う音と怒声が響いてくるが、この馬車の中にいる限り安全なのだとそう思えるから不思議なものだ。
やがて、周囲を囲む敵を一掃してしまうと、ランドルフは颯爽と馬車に戻ってきた。彼は怪我一つしていないのだが、敵を切った時の返り血が彼の頬を汚している。
「見つけるのが遅くなってすまなかった。犯人の身元については、もうわかっている。彼らについては、厳罰に処するから安心してほしい」
ランドルフの言葉に、子爵一家は馬車の座席から床の上に転げ落ちるようにして頭を下げた。鷹揚な仕草で、彼は一家をもう一度座席へと座らせる。
そんな彼の様子を見ていたら、こんな時だというのにルーチェは胸のあたりがきゅうっとなるのを感じずにはいられなかった。
結局、ルーチェは何度だってランドルフに恋をするのだろう。今だって、こんなにも胸がどきどきしているのだ。
「一つ聞いてもいい? ずいぶん護衛の人が多いような気がするんだけど、私の気のせいかしら」
黙って彼に導かれるままに馬車に乗り込んだルーチェだったけれど、首を傾げてしまった。
ルーチェとランドルフが出かける時には護衛がつくのは当然のことなのだが、今日のそれはいつもの倍くらいの人数がいるように思えた。
乗り込んだ馬車も、二人で使うにはずいぶん大きくて他に何人も乗ることができそうだ。
「いや、これはいいんだ。今日、これから起こることをルーチェにも見てもらいたいから」
「……何を見せるつもりなの?」
「それは、内緒。ただ、これからは僕が呼ぶまでは絶対に馬車から出ないでもらえるかな」
「え、ええ……わかったわ。ランドルフ様の言うとおりにする」
これから何が控えているのかわからないけれど、彼の言うことには間違いないのはわかっている。下手に自分の判断で動くよりは、彼に任せておいた方が安心だということを知っていたから逆らう気もなかった。
二人が乗り込むのを待っていたように、馬車は動き始めた。
馬車の窓に顔を押しつけるようにして、ルーチェは外の様子をうかがう。いつの間にか都を出ていたらしく、馬車の外に広がっているのはのどかな田園風景だった。
やがて、馬車は森の中へと入っていき、少しいったところで停められた。
「ルーチェはここで待ってて」
ルーチェを馬車に残し、ランドルフは外に出て行ってしまう。
彼の後ろ姿を追うと、だいぶ傾いた西の日がルーチェの目を眩しく突き刺す。目を細めながら、ルーチェはランドルフが歩いていった方向へと視線を向ける。
彼が護衛として連れてきた兵士達のうち一人に話しかけるのが見えた。あたりの空気が緊張に満ちたのをルーチェは敏感に感じ取った。これから、何が起こるというのだろう――。
ランドルフの向かう先には、一軒の家があった。荒れている様子はないから誰か住んでいるのかもしれない。
嫌な予感がして、スカートをぎゅっと掴む。ルーチェが息をつめて見守る中、兵士達がその家の中に乗り込んでいくのが見えた。
家の中には入らず、ルーチェから見える位置に身を置いているランドルフは、次から次へと兵士達に命令を下しているようだ。ルーチェに対するのとはまるで違う、鋭い彼の声がここまで聞こえてきた。
やがて、家の内側から鈍い物音が響いてくる。そこで何があったのかを想像し、ルーチェはますます胸のあたりが痛くなってくるのを感じた。
もっと側まで行って様子を見たい――だが、ランドルフからは、馬車から出ないようにと厳命されている。じりじりとしたルーチェは中腰になって、ますます窓に顔を貼り付けるようにした。
「よくやった!」
兵士達をほめるランドルフの声に、事態が動いたらしいということを知る。そして、兵士達に抱えられるようにして誰がルーチェのいる馬車まで連れられてきた。
「ルーチェ、彼らを頼むよ!」
自ら扉を開き、彼らを馬車の中に押し込んだランドルフはそう言うと、再び命令を下すために戻っていってしまった。
兵士達に連れて来られたのは三人の男女だった。一人はルーチェと同じか、少々年下と思われる少女。彼女とよく似た面差しの女性。そして、女性と同じくらいの年齢の男性だ。
馬車の床の上に座り込んだままの男性は、両脇に女性と少女を抱きしめるようにしていた。
「……ひょっとして……ネメディス子爵?」
ルーチェの言葉に、彼はまじまじとルーチェの顔を見た。しばらくの間、黙っていた彼だったが、やがて何事かに思い当たったかのようにルーチェの顔を見た。
「……王太子妃殿下……!」
「え、ええ……そうね、私は、ルーチェよ」
正直に言ってしまえば、王太子妃と呼ばれるのにはまだ慣れない。ランドルフと結婚してから、そう呼ばれる機会は何度もあったはずだけれど。
「こ――これは、大変な失礼を! ほら、お前達、頭を下げなさい」
「それはいいから……座席に座ったらどうかしら。ランドルフ様も、そのおつもりでここにあなた達を連れてきたんだと思うの」
ルーチェは、馬車の床にへたりこんでいる彼らを、座席へと座らせる。二人きりで出かけるにしては、やけに大きな馬車を選んだと思っていたのだが、子爵一家を乗せるためのものだと思えば納得もいく。
まだ怯えている様子の一家を座らせると、ルーチェは窓の外に目をやった。剣を打ち合う音と怒声が響いてくるが、この馬車の中にいる限り安全なのだとそう思えるから不思議なものだ。
やがて、周囲を囲む敵を一掃してしまうと、ランドルフは颯爽と馬車に戻ってきた。彼は怪我一つしていないのだが、敵を切った時の返り血が彼の頬を汚している。
「見つけるのが遅くなってすまなかった。犯人の身元については、もうわかっている。彼らについては、厳罰に処するから安心してほしい」
ランドルフの言葉に、子爵一家は馬車の座席から床の上に転げ落ちるようにして頭を下げた。鷹揚な仕草で、彼は一家をもう一度座席へと座らせる。
そんな彼の様子を見ていたら、こんな時だというのにルーチェは胸のあたりがきゅうっとなるのを感じずにはいられなかった。
結局、ルーチェは何度だってランドルフに恋をするのだろう。今だって、こんなにも胸がどきどきしているのだ。
0
あなたにおすすめの小説
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
うわさの行方
下沢翠花(しもざわすいか)
恋愛
まだ十歳で結婚したセシリア。
すぐに戦場へ行ってしまった夫のニールスは優しい人だった。
戦場から帰るまでは。
三年ぶりにあったニールスは、なぜかセシリアを遠ざける。
ニールスの素っ気ない態度に傷つき疲弊していくセシリアは謂れのない酷い噂に追い詰められて行く。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
女の子がほとんど産まれない国に転生しました。
さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。
100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳
そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。
当面は2日に1話更新予定!
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜
日々埋没。
ファンタジー
「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」
かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。
その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。
レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。
地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。
「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」
新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。
一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。
やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。
レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる