脱走プリンセス 番外編 小さな花壇の大きな問題

宇佐川ゆかり

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小さな花壇の大きな問題 (2)

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 着々と花壇を整備する計画を進めていたルーチェだったが、翌週になって問題が発生した。

 ルーチェとの謁見を申し込んでいたネメディス子爵家が、都に到着していないというのだ。

 王族との謁見時には、遠方からの客人はどこに宿泊するのかを事前に届けた上で、半日前に王宮に入って謁見のための準備をするのが基本なのだが、到着が遅れているために届け出のあった宿に使用人が確認に向かったところ、宿に到着していなかったのだという。

 子爵一家が謁見のために都に来ることなんて、宿の方では把握しているはずもないから、「到着が遅れているのだろう」とのんびり構えていたのだそうだ。到着の遅れはそれほど珍しいことでもない。

「ええと、とりあえず都の警備隊に捜してもらって――ああ、それはもう手配してくれているのね? それなら、私はどうしたらいいの?」

 おろおろしながら、問いかけてみるが、ルーチェにできることはさほど多くなかった。実家で暮らしていた頃、領民の子が迷子になったのを探す手伝いくらいはしたことがあるが、さすがに今回は事情が違いすぎる。

 連絡がいったのか、慌てた様子のランドルフがルーチェのいる部屋へとやってきた。他国との使者との会談を一時中断してくれたようだ。

「遅くなってごめん、話は聞いた」
「使者の方とのお話は大丈夫なの?」
「一度、お互いの提案を検討してからもう一度会議をしようってことになって、一度解散。僕はすぐにそちらに戻らないといけないけど……ルーチェは、大丈夫?」

 身代金目当ての誘拐なのだとしたら、一家全員を誘拐するというのもおかしな話だ。令嬢なり、当主なり一人だけを誘拐して、そこから残された家族に身代金を要求した方がよほど早い。理由がわからないだけに不安が膨れ上がってしまう。

「……とりあえず、三人の乗った馬車を見つけるのが一番早いかな。そこから一家の足取りをたどることができるだろうし」
 てきぱきと命令を下したランドルフは、ルーチェを励ますように肩を抱いてくれたのだった。
 
 ‡ ‡ ‡

  ネメディス子爵一家が行方不明になってから五日後。ルーチェのもとに、信じられないような手紙が届けられた。

「……どういうことなのかしら、これは」

 王妃から任された花壇の一角、そこの手入れを返上しろという要求だった。さもなければ、一家を殺すと書かれている。

(信じられない。せっかく何を植えるのかを決めたところだったのに――でも、一家の命がかかっているなんて言われてしまったら)

 ルーチェには他に選択肢なんてなかった。会ったこともない相手ではあるが、ルーチェの侍女になるために王宮に向かっていた令嬢とその家族だ。このまま、何もせずにいることはできなかった。

「……ランドルフ様、ちょっと……今、いい?」

 ランドルフが、書類に向かっている時を狙って、彼の仕事部屋へと顔を出す。

「どうかした?」
「……これ」

 ルーチェが彼の前に差し出したのは、届けられた手紙だった。
 さっと手紙の文面に目を走らせたランドルフは、眉間に皺を寄せて厳しい表情になった。

「――ラベンダーはネメディス子爵領から取り寄せるって言ってなかった?」
「そうよ。今までより、少し香りの強いラベンダーがあるって庭師が教えてくれたから」

 そのラベンダーは、今王宮のハーブ園に植えられている花より少し紫色が強い。そのため、二種類をいい具合に配置して、二色の競演を楽しめるようにするつもりでいた。

「ごめんなさい、まさか、こんなことになると思わなかったの」

 自分の行動がこの結果を招いたのだと思うと、申し訳なくてつい、うつむいてしまう。だが、そんなルーチェの肩を抱いてランドルフは励ましてくれた。

「ルーチェが悪いんじゃないよ。自分の目的のために、人を誘拐すればいい――そういう風に思う方がよほど間違っている」
「……でも、私」

 ひょっとしたら、ルーチェの一存で、種や苗を購入する先を変えてしまうのはよくないことだったのかもしれない。

 元々は、王宮に出入りするような身分ではなかったルーチェだからこそ、身分の高い人達に自分達の生産物が認められた時の喜びも、その栄光が他の人の手に渡った時の悔しさもわかっているのだから。

 ――それを、忘れたつもりはなかったのだけれど。

「ルーチェは悪くない。でも……庭の件は一度母上に話してもらっていいかな。今後のことは、僕の方でも動いてみるから」
「……ええ」

 初めて庭を任されたというのに、大きな失敗をしてしまった。それを申し訳なく思う――ランドルフの妃ならば、このくらいのことはきちんと乗り越えていかなければならないのに。

 だが、ランドルフはルーチェの髪を優しい手つきで撫でただけだった。その手に安堵してしまい、すべてを任せてしまいそうになるのもまた、ルーチェにとっては悔しいことだったけれど、今ルーチェにできることは何もない。

「大丈夫、僕に任せて。全部うまく片付けるからね」

 彼がそう言ってくれたのなら――すべてがうまくいくような気がした。
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