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5.ヒロイン接触
一日の授業が終わった。
お昼はいつも通り、ユークリット様と食堂で食べたけれど、彼は終始どこか上の空で、問い掛けても空返事ばかりで。
教室でも、無意識にリルカを目で追う彼を見る度、私は悲しくなって目を伏せた。
あぁ……。ヒロインに、一目惚れ……したのね……。
やっぱり“強制力”には敵わないんだわ……。
分かっていたことだけど……。
………………。
やっぱり、愛している人の心が離れていくのが分かるのは、すごく……苦しいわね……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ユークリット様ぁ。先生がぁ、放課後ぉ、生徒会長のユークリット様に学園を案内して貰いなさいって仰ったのぉ。案内お願い出来ますかぁ?」
授業が終わって早々、リルカがユークリットのもとにやって来て、胸の前で手を組んで小首を傾げた。撫子色の瞳をキラキラとさせて。
この間延びした言い方と仕草は、可愛い声と可愛い女の子にしか出来ない限定モノだ。
例えば私なんかがそれをしたら、皆、度を超える恐怖でその場に白目剥いて泡吹いてバターンッ! と卒倒したでしょうね……。
リルカのこの間延びした喋り方は、[王子ルート]のみなのだ。他のルートの彼女は、普通に女の子の口調で話す。
恐らく、シナリオライターの好みが反映されているのだろうけれど……。
その喋り方が好きではない一部の女性プレイヤーの反感を買い、その点も低評価の原因の一つとなっていた。
色々と勉強し直してこい! と一喝したくなるシナリオライターだわ……。
ちなみに、彼女にはもう挨拶済みだ。
[王子ルート]では、彼女はこの国の宰相であるグリーダ・カストラル公爵の養子なのだ。
このゲームのヒロインは、ルートによって養子先や職業が変わる設定だ。
公爵家の娘となったリルカはうちより位が上なので、私から挨拶に行ってきた。
学園では『身分関係なく平等に』が規則なんだけど、学園外での貴族の上下関係は厳しいから、そこはちゃんとしておかないとね。
挨拶が済むと、彼女は真顔で一言、
「あ、はいぃ」
と言って、直ぐに席を立ってどこかに行ってしまった。
初日から嫌われたのだろうか……私何かしたっけ? と思いつつ、義務を果たしたからいいか、と気にせず自分の席に戻ったのだった。
「あぁ、先生から頼まれている。案内しよう。――セイフィーラ、すまないが今日はレムと帰って欲しい。ベラトリクス侯爵家には日中連絡してあるから、彼女は既にもう学園の玄関で待っている筈だ」
レムこと、レム・アルトリーは、ユークリット様が私の為に派遣してくれた、私の護衛兼専属侍女だ。
すごく腕が立つらしく、外出する時は常にレムが付いてきてくれる。
ゲームではほんの少ししか登場は無かったけれど。
学園からの帰りは、いつもユークリット様とウルスン様が馬車で家まで送ってくれたので、レムは屋敷で私の帰りを待っていてくれた。
「レムを呼んだのですか? 私一人でも帰れますのに……」
「駄目だ。最近、この王国で失踪事件が多発してるんだ。君に何かあったらと思うと、私の胸が張り裂けそうになって酷く苦しくなる。外にいる時は、必ずレムか私が傍に付いていること。分かったな?」
「……はい、分かりました。お心遣いありがとうございます」
ユークリット様は、公衆の場では一人称を『私』と言う。『俺』という砕けた言い方は、私とウルスン様の前でしか言わない。
それも近い内に、ヒロインの前で言うようになるのね……。
………………。
――あぁ……駄目よ、駄目だわ。
ユークリット様の幸せを一番に願うと決めたのに、初日からこんなウジウジしていたら私の身と心が持たない。
スッパリ、キッパリと!! ユークリット様への気持ちを諦めなくては……!!
「行ってらっしゃいませ、ユークリット様。また明日会えるのを楽しみにしていますわ」
ニコリと笑って、ユークリット様を見送る。
ゲームでもこのシーン、セイフィーラは笑顔で彼をお見送りしていたわ。
リルカと彼が寄り添いながら去っていく後ろ姿を、嫌な顔一つ見せずに眺めて。
裏では、やるせなさと彼を行かせたくない気持ちで一杯だっただろうに……。
――貴女の誇り、私も守ってみせるわ。
ユークリット様の“婚約者”として、最後まで恥じることのない振る舞いを。
「セイフィーラ……」
私の顔を、ユークリット様が真剣にジッと見つめる。
その視線は、いつもの熱い眼差しで。
(え……?)
私は戸惑った。
気持ちは確かにリルカに傾いている筈なのに、この変わらない熱視線は何……!?
少し狼狽えてしまった私に構わず、ユークリット様は視線を外さず至近距離で私を見つめ続ける。
周りに人がいなければ、いつものように口付けをしそうな雰囲気だ。
「ユークリット様ぁ? 何してるんですかぁ? 早く行きましょうよぉ」
その時、リルカの間延びした声がして、彼女の腕がユークリット様の腕に絡みついた。
すかさずウルスン様の低い声音が飛んでくる。
「カストラル公爵令嬢。殿下の許可なく殿下に触れないで貰いたい。王族への【不敬】と捉えますが」
「えぇ~? これくらいいいじゃないですかぁ。もう、お固いんですからぁ」
「ウルスンの言う通りだ。すまないが、私に勝手に触れないでくれないか。君を【不敬罪】として捕えたくないんだ。分かってくれると嬉しい」
「……はぁい、分かりましたぁ」
続けたユークリット様の言葉に、リルカは不服そうにプックリと頬を膨らませ、渋々と手を離した。
「じゃあ、行ってくるよセイフィーラ。私も明日、君に会えるのを楽しみにしている」
ユークリット様はそう言って美麗な顔に微笑みを乗せると、私の頬と額に口付けをした。
ヒロインのリルカの前で。
「っ!?」
驚く私に、ユークリット様はクスリと綺麗な瑠璃色の瞳を細めると、私の頭を優しく撫で、席を立った。
リルカの隣にはウルスン様がいて、ユークリット様に近付かないように警戒している風に見える。
リルカは少し不機嫌そうだった。
ゲームと違う光景の二人を、私は呆然としたまま見送った。
ゲームでは、私にあんな行動取らなかったわよね……?
本来は、ユークリット様の方からエスコートするようにリルカの手を取って、彼女は頬を赤らめながら彼の手をギュッと握り締め、彼は何も言わず彼女を見つめ微笑んでいた筈なのに――
「まだ……私への気持ちが残ってる、とか……? けど、ヒロインに一目惚れしたのは確かだから、期待はしちゃ駄目よ、セイフィーラ……。“強制力”は確かなんだから……。期待した分苦しくなるのは自分なんだから」
私は両頬を自分の掌でパンッと叩き気持ちを切り替えると、教室の入口に向かって歩き出したのだった。
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