初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或

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4.夫婦喧嘩勃発?

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「お前……料理長と使用人が訴えてきたぞ。『毎食手の込んだ料理を作っているのに、どれも一切手を付けず丸々残して、町の食堂まで食べに行っている』、とな。一体どういう事だ! 男遊びや散財だけでは飽き足らず、使用人達への苛めまで行うのか! 最低で卑劣な女だな、お前は……。本当に虫唾が走る……!」


 自分を睨みつけながら言葉を放つハイドに、オリービアは薄く微笑むと、優美に礼をした。


「……は?」


 あまりにそつが無く綺麗なお辞儀に、ハイドは思わず口をあんぐりと開け、その動作に魅入ってしまった。

 礼が終わると、そのままクルリと踵を返し立ち去ろうとするオリービアに、ハイドが我に返り慌てて言葉を投げる。


「ちょ――おい、待てっ! 俺の話を聞いていなかったのか!? 不快な行為に苛め、挙げ句の果ては無視だなんて、お前はどれだけ人でなしで無礼極まりないんだ! 王国一の悪女だな、お前は!!」


 そこまで言い放ったハイドに、我慢出来ず堪忍袋の尾が切れたニアナが、早口で抗議の声を飛ばした。


「お言葉ですけどね!? 無礼なのはどちらの方ですかっ!! 貴方、オリービア様との初夜の時にこう仰ったんですよね? 『お前と話しているだけでとてつもなく胸糞が悪い。今後自分に話し掛けるな。自分に一切関与するな。同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ』って!! その約束をちゃんと守って、オリービア様は何も喋らず、すぐにこの場を去ろうとしたんです! 不快な思いをさせないように! 貴方の為に!! 夫である貴方に対して、ちゃんと敬いのお辞儀までして!! それを何ですか!? いきなり意味不明な事を言ってきて、黙って耐えて聞いていればその言い草はっ!? オリービア様は約束事はきちんと守り通しますよ? すぐ簡単に約束を破った傲慢無礼な誰かさんとは違ってね!!」
「……っ!!」


 ハッと目を剥くハイドに向かってガルルと牙を剥くニアナに、オリービアは眉尻を下げ、優しく頭を撫でた。


「ありがとう、ニアナ。わたくしの為に怒ってくれて。けれど、お相手はランジニカ伯爵当主。口の利き方はホンのちょっぴり砂粒程度に気を付けましょうね?」
「……はい、ごめんなさい――って、ホンのちょっぴり砂粒程度でいいんですか」
「けれど、とても嬉しかったですわ。わたくしが旦那様の発言の所為で伝えられなかった事を伝えてくれて……。まるでわたくしの心を読んだかのような内容に感服しましたわ。大好きよ、ニアナ」
「オリービア様、私もです……っ」


 周りに色とりどりの小花達をパァッと飛ばし、見つめ合い自分達だけの世界に入っている二人と、胸に突き刺さる彼女達の言葉に居た堪れない気持ちもあって、ハイドはそれを誤魔化すように「ゴホン!」と大きく咳を飛ばした。


「その……そう、だったな。あの時は相当頭に血が昇って、我慢出来ずそんな事を言ってしまっていた……。すまなかった、オリービア。話が出来ないと不便だし、今後は普通に話しても構わない」


(あら、まぁ……? 上から目線の言い方はさて置き、意外にも素直に謝りましたわね? けれどいきなり名前を呼び捨て? 顔を合わせるのはこれでまだ二回目なのだし、いくらわたくしが四歳年下とはいえ、『さん』くらい付けて欲しいですわ)


 オリービアは内心眉を顰め、表向きはにこやかに微笑むと、ハイドに向き直った。


「……旦那様がそう仰るのなら、そうさせて頂きますわ。それで、旦那様はわたくしに何の御用事でしょうか?」
「だ、だから、料理長が腕に縒りを掛けて作った料理を毎回必ず残していると――」


 オリービアは、ハイドの言葉の途中でショルダーバッグから手帖を取り出し、それをペラリと開くと読み始めた。


「龍の年、四月二日、水の週、前の刻七時二十二分。提供者、シーダ・ダフニ。縁は青の白く丸い皿に、数日前の物と思われる、硬くなった拳程の丸い茶色のパン一つ。右下に黄色の花の絵柄が付いた四角い皿に、葉と茎を取り除いた、土汚れのある生の人参一本が、そのまま載せられている」
「…………は?」
「同じ日付の、後の刻十二時三十七分。提供者、シーダ・ダフニ。朝の品目と一緒。朝と同じお皿といいパンの状態といい人参の汚れ具合といい、朝の分をそのまま昼食に出したと推測される。同じ日付の、後の刻十九時四十二分。提供者、エルム・マートル。右下に黄色の花の絵柄が付いた四角い皿に、そのままのキュウリが一本載せられている。その他は昼食と同じ。人参をキュウリに変えただけ。どうやら自分は馬から東方の伝説の化け物『カッパ』に変化した模様。東方の化け物に関する文献によると、その『カッパ』はキュウリを好み、頭にお皿のようなものがあるらしい。変化したからには、これから頭の上にお皿を載せて生活していこうと思う。お皿が必要な時すぐに頭から取り出せるし、お皿を落とさないよう平衡感覚も養えるし一石二鳥だ。いつまでこの便利な『カッパ』でいられるだろうか」
「か、『カッパ』……? ま……待て。ちょっと待ってくれ、情報量が多過ぎ――」
「龍の年、四月三日、木の週、前の刻七時二十八分。提供者、シーダ・ダフニ。昨日とお皿は同じ。汚れ具合が昨日と同じなので、洗っているのか定かではない。硬くカチカチになった拳程の茶色の丸いパン一つに、今度は生の葉が付いたラディッシュがそのまま載せられている。『カッパ』の変化は一晩で解かれたようだ。少し残念に思う。『ラディッシュ』という名前に、丸く可愛い形で赤く色鮮やかな色合い。どうやらお洒落さを出してきたようだが、こびり付いている泥を落とせばもっと鮮やかに彩りを添えられただろう。落とすのが面倒だったのだろうが、美しく見せるには“面倒”がつきものだ。その面倒を乗り越えてこそ、喜びに勝る達成感と高揚感が――」
「も――もういいっ!! 分かった……分かったから、もう口を閉じてくれ……!!」


 オリービアの口から休む事なく次々と繰り出される言葉の羅列に、ハイドは堪らず叫びに近い声音を上げた。
 ピタリと、オリービアは形の良い唇の動きを止める。
 

「そ……それは……、それは一体何の事だ……?」
「あら? 分かったと仰ったのに分からなかったのですか? 嘘はよろしくなくてよ、旦那様?」
「ぐっ……!」
「旦那様が不在時の、わたくしの一週間の献立の記録ですわ。この品目が、料理長がでしたなら、小さなお子様でも作れそうですわね。皆様誰もが、わたくしでさえこの屋敷の料理長になれましてよ? 流石にパンを長時間放っておく事は致しませんが」



 オリービアが紡ぐ衝撃的な内容に、ハイドは愕然とした表情が崩れずにいた。


「ご希望とあらば、このまま一週間のわたくしの献立を読み上げますが? 途中で感想も書くようになりましたので、手帖丸々一冊使ってしまいましたわ。我ながら傑作ですのよ? 是非聞いて下さいな。では続けますわね――」
「……い、いやいいっ! 今度こそ本当に分かったから! そこまで詳細に書かれたら、嘘ではない事くらい分かる……。ランジニカ伯爵夫人に――いや、人に出すべき物では決して無いことも……」
「あら、そうですか? この傑作を最後まで読む気満々でしたので残念ですわ。読み上げた上で疑うようでしたら、今すぐ厨房に行かれて、わたくしに出されたお皿があるか確認して来て下さいと申し上げようとしたのですが……」
「い、いや、大丈夫だ……。確認しなくてもあるだろう。後で料理長と使用人には、嘘をついた事も含めてきつく言っておく……。――その、すまなかった……」


 眉根を寄せ、唇を噛みながら頭を下げるハイドに、オリービアは微かに眉尻を動かしたが、すぐにニコリと笑みを作って言った。


「それは、何に対しての謝罪でしょうか? 色々あり過ぎて、わたくしさっぱり分かりませんわ」
「…………!!」


 グッと言葉に詰まったハイドをチラリと一瞥し、オリービアは彼に背を向けた。


「わたくし、これからこの子と町に出掛けて夕食を戴きに参りますの。本日のここでの夕食は、古びて石のようにカッチカチに硬くなった、よくもここまで放っておけましたわねと感心せざるを得ないパンに、土の付いた生のアスパラガス一本でしたから。恐らく旦那様が本日お戻りになるのを御存知無かったのでしょうね。慌てて厨房のゴミ袋にそれらを捨て証拠隠滅したと思いますので、気になるようでしたら確認してみて下さいな。それでは失礼致します」
「…………っ!!」


 オリービアは先程と同じように優雅に礼をすると、ハイドを睨みつけているニアナの手を取り歩き出した。



「……お、オリービア! 夜、君の部屋に行く! は、話をさせて欲しい。その……待っていてくれないか……?」



(え、嫌ですわ。来ないで下さい。果てしなく迷惑です。さっさと愛人のもとに行くなり御自分の部屋で寝て下さい)


 背中に飛んできたハイドの言葉に、オリービアは喉から出掛かったその台詞を何とか呑み込んだ。
 夫であるハイドの言葉を無下には出来ない。

 オリービアは心の中で息をつくと、返事の代わりに微笑んでお辞儀をし、その場から離れた。
 廊下の角を曲がるまで、ハイドの視線がオリービアの背中にグサグサと突き刺さっていた。



「……一体何のつもりなんでしょうね? あんなに沢山オリービア様を貶す暴言を吐いていたのに、急に部屋に来るだなんて……。どういう風の吹き回しでしょうか?」


 屋敷から出ると、ニアナが怪訝な表情で疑問の言葉を出してきた。


「……さぁ、わたくしにもさっぱり……。もう一度初夜の時のように釘を刺されるんでしょうか。そんな戯れ言に付き合っている暇は無いのですが……」
「本当そうですよね! そんなことを言ってきたら、私が伯爵の首根っこを掴んで部屋の外にポイッと放り投げてあげますよ!」
「ふふっ、頼もしいですわ、ニアナ。よろしくお願いしますね」


 二人は和やかに話しながら、もう顔馴染みになっている食堂へ入り、店主とも楽しく話しながら夕食を終えた。



 ランジニカ伯爵邸に戻り、オリービアとニアナが湯浴みをして眠る準備をしていた時、扉からコンコン、とノックの音が聞こえた。



 オリービアが返事をすると扉が開かれ、先程の宣言通り、ハイドが斜め下を向きそこに立っていたのだった。




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