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23.衝撃的な事実
しおりを挟む「ほう……。“罰”、のぅ……」
リンデンは白い顎髭を撫でながら呟くと、唐突にハイドに尋ねた。
「お主はこの一年で、孫娘を好いたか?」
「え?」
予想外の質問に、ハイドは普通に訊き返してしまった。
「も、申し訳ございません……!」
「よいよい、質問に答えなさい」
ハイドはほんのりと顔を赤く染めながら口を開く。
「はい。この世の誰よりも妻を愛しています」
「……ふむ、この世の誰よりも、か……」
リンデンがオリービアを盗み見ると、彼女は困ったような表情でハイドを見ていた。
「――なら、儂がお主にする“罰”は無いのう。これからお主は悲しみに暮れる事になるじゃろうからの」
「え……?」
「まぁ、これは頼み事になるが、前伯爵と夫人が立派に築き上げてきた伯爵領を、もうこれ以上崩さぬように。孫娘が立て直した以上に、この領地を繁栄させて欲しいのう。お主の両親が天の国でも安心出来るようにの」
「はっ、はい! しかと承りました! この命尽きるまで、伯爵領を守って参ります!」
「うむ、頼むぞ」
リンデンは頷くと、オリービアに向き直った。
「一年間、よく頑張ったな、オリービア。儂の我儘を聞いてくれてありがとうの」
「いいえ、お祖父様。これはわたくしがやりたかった事ですから、お礼なんていりませんわ」
眉尻を下げ、口元に薄く微笑みを浮かべながら、オリービアは首を横に振った。
「儂の代わりに国王がお主達に出した【王命】の期限は一年間。本日の二十四時でそれの効果は消え、お主達は婚姻が解消になる。【王命】自体が無かった事になるから、お主達が婚姻していた事実も消え、次に結婚する時は、それぞれ初婚となる。その方が世間的にもお主達にも都合が良いからの。伯爵よ、お主はもういい年じゃが、その容貌ならすぐに次々と縁談が来るじゃろうて。心配はいらないじゃろう」
「――え……?」
ハイドは、リンデンが言っている言葉が理解出来なかった。
ハイドの困惑した様子に、リンデンは溜め息をつく。
「やはりお主、【王命】をちゃんと読んでいなかったな? 一番最後に書いてあるぞ。『但し、この【王命】及び婚姻は一年間の有効とする』とな」
「……!!」
あの時は、突然の見知らぬ女性との婚姻が記載された【王命】を受け入れられず、あまり内容を読まなかった。
そのまま、【王命】は自分の部屋の執務机に仕舞ったままだった――
「え……。じゃ、じゃあ、今日でオリービアが『伯爵夫人』で無くなる……? 俺の“妻”じゃ無くなる……?」
「ま、そういう事じゃの」
「……い……嫌ですそんなの!! そんなのは……そんなのは絶対に……絶対に嫌だ……ッ!!」
絞り出すように声を出すハイドのもとへ、静かにオリービアが歩いてきた。
「……旦那様。今夜、お話しましょうか。二人で」
「…………」
力無く俯いたまま微かに頷いたハイドに、オリービアはそれ以上声を掛けず、リンデンに言った。
「お祖父様、大変申し訳ございませんが、寝転んでいるこの者達を護衛さんに運ばせて頂けますか?」
「おぉ、分かった、お安い御用じゃ。――おい、お主ら! 話は聞いておったじゃろう? 迅速に頼むぞ」
「はっ!」
リンデンの呼び掛けと共に、屈強の護衛三人が中に入ってきて、失神している三人を軽々と運んで行った。
「では、儂も戻ろうかの。――オリービア、お主に問うが、ここに来た時と今も気持ちは変わらないんじゃな?」
「はい、お祖父様」
「……そうか、分かった。では、お主の夫と腹を割って話しなさい。後悔の無いように」
「……えぇ、分かりましたわ。色々とありがとうございます、お祖父様」
「なぁに、そりゃこっちの台詞じゃわい。儂の命の恩人達の領地を立て直してくれてありがとの」
リンデンは目尻を下げて微笑むと、オリービアの頭を優しく撫でた。
リンデンが帰っていき、玄関ホールにはオリービアとニアナ、ローレル、そして蹲るハイドが残った。
「……旦那様、お疲れでしょう? 御自分の部屋でゆっくりと休んで下さいな。助けに来て下さり、本当にありがとうございました。夜、お部屋にお伺いしますわ」
オリービアが声を掛け、頭を下げて礼を言うと、ハイドは小さく頷き、俯いたまま立ち上がる。そしてゆっくりと足を進め、自分の部屋へと戻って行った。
オリービアはハイドの背中を見送ると、ローレルに目を向けた。
「……さて……。ローレルさんの事ですから、わたくしがここに来た理由、説明をしなくても大体は察しが付いているでしょう?」
「……えぇ。だから【王命】で“婚姻”だったのですね……」
「……オリービア様。伯爵は大丈夫でしょうか……」
ニアナが心配そうに、ハイドが歩いて行った方を見やる。
「そうね……。けれど、納得をして貰うしかありませんわ。【王命】をきちんと読まなかった旦那様も悪い部分がありますから」
「そうですね……」
「……オリービア。夜、僕も一緒についていましょうか?」
「大丈夫ですわ、これはわたくしと旦那様の問題……。お互いに納得して別れたいのです。ありがとう、ローレルさん」
「……円満に解決する事を祈っていますね」
「――えぇ、ありがとう」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――そして、その夜。
寝衣姿のオリービアは、ハイドの部屋をノックした。
小さく返事が聞こえたので、そっと扉を開ける。ハイドは、同じく寝衣姿でソファに座って俯いていた。
「旦那様、お隣宜しいですか?」
オリービアの呼び掛けに、ハイドが頷いたのを見て、少し離れた端の方に座る。
「旦那様。わたくしがここに来た理由を、包み隠さずお話致しますね。聞いて下さいますか?」
「……あぁ」
「二年と少し前、お祖父様は酷く嘆いておられました。『恩人の領地の評判が悪い。浮浪者も多数おり、領民も皆元気が無く、税金で苦しんでいるらしい。自分も心苦しい。どうにか出来ないものか』と」
「………俺が……何もせず、ユーカリさんに任せていたから……」
「えぇ、そうですね。その時わたくしは、魔法の研究の他に、子爵の当主を継ぐ為に日々勉強を続けておりました。お祖父様のお話を聞いて、わたくしは提案しました。『わたくしに任せて頂けませんか。一年間で、伯爵領を立て直してみせます』――と」
「――え? 君が子爵を継ぐ……?」
驚き、思わず自分の方を振り向いたハイドに、オリービアは小さく笑みを見せ頷く。
「えぇ。それが成人してからのわたくしの夢だったのです。わたくし、領民が皆仲良しな自分の故郷が大好きですの。一人娘で、跡を継ぐ者がわたくししかいませんでしたから、わたくしはその夢に向かって突き進んできました。魔法の研究や機器の発明で私財を貯めながら。言い方は悪いのですが、この伯爵領を立て直すのは、子爵領を営む為の“予行演習”だと考えたのです。気分を害してしまったら申し訳ありません」
「……いや……」
「わたくしの提案にお祖父様は乗って下さりました。結婚して伯爵夫人になった方が内部で動き易いだろうと、息子である国王陛下にお祖父様がお願いして【王命】を作って頂いたのです。――旦那様に事前に確認も取らず、勝手に【王命】を発令してしまい、大変申し訳ございませんでした。旦那様はこの結婚を十中八九拒否されるだろうと思っていましたから」
そう言って深々と謝罪をするオリービアに、ハイドはふるふると首を振る。
「いいんだ……。そんな事はもう、いいんだ……」
「……ありがとうございます。――旦那様の“愛人”の噂は、ここに来る前から耳に入っていました。それは丁度良いと思いました。一年間の期限ですし、万が一わたくしの事を好きになられてはいけなかったので。だから、旦那様に愛人がいらっしゃる事に安堵しました。一年の間、わたくしはお二人の邪魔をせずに伯爵領を立て直し、最後、旦那様に領地が危なかった事を、帳簿を見せながら懇々と説明して心からの危機感を持って貰い、やってきた事を全て引き継いで去ろうと思っていました」
「……君のもとに、最初から俺とユーカリさんの噂が流れていたんだな……」
「えぇ。でもまさか、ここに来るまでは、彼女が『元凶』だなんて思ってもみませんでしたが……。旦那様が、予算関係なく愛する彼女に金品を貢いでいると思ったのです」
オリービアの言葉に、ハイドは小さく苦笑した。
「あぁ……。そうだな、普通はそう思うよな……。だから君は、その『計画』を最初に俺に話す事はしなかったんだな……。俺が愛人に溺れて領地を蔑ろにしている愚か者だから、最初に領地の危機を説明しても聞く耳を持たないと判断したんだろう?」
「……仰る通りですわ。ですので、わたくしは旦那様と『夫婦』になる為にここに来たのではなく、わたくしの“目的”の為に【王命】を使ってまで来たのです。最初から旦那様を騙していた事になりますので、そこは責められても仕方ありませんわ……」
俯くオリービアに、ハイドは首を横に振って否定する。
「俺には、君を責める権利なんて無い……。結果、君はこの伯爵領を、両親の代の時のように元に戻してくれたのだから。本当に、感謝しかないんだ……」
「そう仰ってくれて嬉しいですわ。本来ですとわたくしは、旦那様とその愛人の幸せを願い、一年後に【王命】が取り消された後、ここを静かに去るつもりでしたの」
但しそれは、愛人が『良い人』である場合だ。
オリービアは、途中の段階でユーカリが『悪い人』だと判断した為、ハイドと彼女の両方から慰謝料を貰う方向に切り替えたのだった。
結局二人は“愛人”では無かった為、貰うのを諦めたが。
……これは言わなくてもいい内容なので、ハイドには黙っている事にする。
「……その、もう一つの誤算は……」
「……あぁ」
「旦那様が、その……わたくしを――」
オリービアがそこで言い淀むと、ハイドがそれに続けて言った。
「――あぁ、俺は君を愛している。どうしようもなく愛してるんだ。一時も離れたくない位に。……君と別れたくない……。別れたくないんだ、オリービア……っ!!」
ハイドは泣きそうな顔でそう叫ぶと、縋るようにオリービアの身体を強く抱きしめてきたのだった。
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