42 / 44
IFエンド:聞きたかった言葉 2
しおりを挟む「エウロペア様、少し中庭に散歩に行きましょうか。休憩無しにずっとお仕事をされていては、体調を崩してしまいますよ」
執務机に向かって事務作業をしていたエウロペアに、補佐をしていたゼベクが声を掛ける。
エウロペアは動かしていた手を止め、神秘的な紫の瞳で彼を見上げた。
三十八歳になる彼女は、妙齢のように今も変わらず美しくて。三十前半だと言われても納得出来る容姿を維持していた。
「そうね……。そうしようかしら。少しは身体を動かさないとね。座ってばかりだと腰に負担がきちゃうわ」
「お手をどうぞ、エウロペア様」
ゼベクが微笑み、自然とエウロペアの手を取ると執務椅子から立ち上がらせる。
そのまま扉に向かって歩き出した。
「……ちょっと、ゼベク? 手を繋いだままなんだけど。もしかしてこのまま行くの……?」
「珍しいものを見て飛び出していかないように、繋ぎ止めですよ。貴女は少しでも目を離すと何処にでも行ってしまわれるから」
「まだそんな事言ってるの!? 私はもう子供じゃないわよ!? あの時も子供じゃなかったけど! 今はこの通り、立派なオバチャンよ! 悪かったわね、フンだっ!」
「ふはっ!」
ゼベクはエウロペアの拗ねた怒りに吹き出しても、彼女の手をしっかりと握って離さなかった。
エウロペアは諦めて、ゼベクに手を引かれながら廊下を歩く。
彼の手は、昔と変わらずに大きくて温かくて。
(嫌じゃないのよね、彼と手を繋ぐ事が……。困っちゃうわ、もう……)
ゼベクがチラリとエウロペアの方を見たけれど、何も言わずに足を進めた。
中庭には、先客はいなかった。エウロペアはゼベクの手を静かに離すと、両手をグーッと天に向かって上げる。
「んーっ、やっぱり草花を見ると心が癒されるわね。見てるだけでも良い気分転換になるわ。――ゼベク、いつもありがとうね。貴方にはすごく感謝しているわ。……本当に、色々と……」
最後、少し照れたように頬を赤らめるエウロペア。
恐らく、リオーシュがいない寂しさで彼女が泣いてしまった時、ゼベクがいつも慰めている事を言っているのだろう。
ゼベクはフッと微笑うと、エウロペアに尋ねた。
「それは、俺が貴女に忠誠を誓ったからの行動だと思っていますか?」
「え? え、えぇ……」
ゼベクの質問に戸惑いながらエウロペアは頷くと、彼は彼女の前に跪き、その小さな手を取った。
「俺はただ忠誠を誓っただけで、貴女の身体を気遣ったり、慰めたりはしませんよ。ましてや王妃の貴女と手を繋ぐなんて、そんな大それた事を」
「え……?」
ゼベクはエウロペアを見上げ、真剣な表情で言葉を紡ぐ。
「貴女をお慕いしています、エウロペア様。貴女の傍にずっといさせて下さい。陛下の代わりに、貴女を生涯護らせて下さい」
「……え……?」
エウロペアの紫の瞳が、大きく見開く。
「え、慕ってる……? ゼベクが私を……? あ、ありがとう。すごく嬉しいわ。私も貴方を慕ってるわよ? 貴方から見習うべき事は沢山あるし……」
「――ったく、そっちの方に捉えたか。鈍感にも程があるな。ハッキリ言わねぇと分かんねぇか」
「え? な、何……? 何て言ったの……?」
はぁと息を吐き、ボソリと小さく呟くゼベク。
そして再び、困惑するエウロペアをしっかりと見上げて言った。
「貴女を愛しています、エウロペア様。狂おしい程に、貴女だけを想っています」
「……っ!!」
見事にハッキリと愛の言葉を告げられ、エウロペアの顔が瞬時に真っ赤に染まる。
「え、え、ええぇ……っ? わ、わわ私を、あい……っ? そ、そんな……っ? い、い、いつから……っ?」
「貴女が“人形”になられた時からですから……、かれこれ十五年前からでしょうか」
「じゅっ、十五年前ぇっ!?」
「ちなみに、貴女への告白は正式に陛下の許可を得ています。それに、メレディア様とアムリウス様にも許可を戴き、応援までして頂けました」
「えっ、ええぇっ!? リオのっ!? あの子達にもっ!? 応援っ!?」
エウロペアはさっきから驚きっ放しで、上手く言葉が出てこない。
「俺の貴女への想いは、周りに筒抜けだったようです。気付いていないのは貴女だけだったみたいですよ」
「えぇっ!? ――そっ、そんなの気付ける訳ないじゃない! 私はリオーシュの妻で、夫がいて! 貴方、いっつも私をからかってたじゃない! だ、だからそんな……っ」
「からかいたくなる程愛らしいんですよ、貴女の事が。ちなみに俺、女性には全く優しくないですよ。用が無い限りは話し掛けようとは思わないですし。好きじゃない女に優しくしても無駄という考えなので。優しくしたい、甘やかしたいと思ったのは貴女だけです」
「~~~っ」
「エウロペア様。陛下の代わりに、貴女を護らせてくれませんか?」
ついに限界を超えたエウロペアは、熟したトマトのように真っ赤になりながらゼベクの手をバッと離すと、叫んだ。
「あの人の代わりなんていないわっ! 貴方も、貴方の代わりなんていないのよっ!!」
そしてエウロペアは、ゼベクを残して脱兎の如く走り去ってしまった。
「…………」
ゼベクがそこから動けずにいると、後ろから声が飛んできた。
「あーあ、お母様にフラれちゃった」
メレディアだった。
彼女は溜め息をつきながら、未だに跪き、落ち込んでいるであろうゼベクを覗き込み――ギョッと目を剥く。
彼は、可笑しそうに笑っていたのだ。同時に嬉しそうにも見えて。
「ど、どうしたの? お母様にフラれて頭おかしくなっちゃった?」
「……あぁ、こんにちは、メレディア様。いや、ホント堪らないなと……。見ていらしたのですか」
「中庭であんなに騒いでたら目につくわよ。もしかして、それも計算の内?」
「さぁ……どうでしょうね?」
ゼベクは笑いながら首を傾げる。
彼は、エウロペアの手を取った時、心を読んだのだ。
もし少しでも彼女の中に「嫌」という言葉が浮かんだら、彼女への想いを諦めて断ち切ろうと思ったからだ。
彼女は優しいからキッパリと口に出して断れないと思うし、嫌がる彼女を無理矢理自分のものにしたくなかった。
そして、幾つもの戸惑いや混乱の言葉の中に紛れ込んで小さく囁かれたそれを、ゼベクは聞き逃さなかった。
『嬉しい』
その言葉を思い出す度、顔の緩みが抑えられない。
ゼベクはスッと立ち上がると、メレディアに向かって宣言する。
「メレディア様、すみません。俺、貴女の母君を戴きますね」
「あら。お母様に逃げられたのに結構な自信ね?」
「照れが限界突破して、俺の顔が見れなくなって逃げたのですよ。本当可愛いですね、貴女の母君は。これだから堪らない」
「はぁ……。娘の前で惚気るのは止めてくれない?」
「ははっ、それは大変失礼致しました」
「またお母様を口説くの?」
「勿論ですよ」
「もう……。こうなったら、最後まで応援してあげるわ。あのお母様だし、一筋縄では行かないだろうけど、まぁ頑張りなさいよ」
「ありがとうございます」
ニッとゼベクは笑うと、メレディアに一礼をしエウロペアが去っていった方角へ颯爽と歩き出した。
メレディアは黙ってその背中を見送る。
「……アディオ叔父さんに聞いたけど、叔父さんも昔お母様の事が好きだったのよね? 今ではすっかりカトレーダ叔母さんにゾッコンだけど。すごいわね、お母様……。お父様も含めて美形三人組に愛されていたなんて……。もしかして“魔性の女”……? 我が母親ながら恐ろしいわ……」
男達を侍らせ、扇子を口に当て「オーホッホッホ」と高笑いをしている母の姿を想像し、思わずブルリと身体を震わせたメレディアなのだった……。
686
あなたにおすすめの小説
冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
白い結婚を終えて自由に生きてまいります
なか
恋愛
––アロルド、私は貴方が結婚初日に告げた言葉を今でも覚えている。
忘れもしない、あの時貴方は確かにこう言った。
「初めに言っておく、俺達の婚姻関係は白い結婚として……この関係は三年間のみとする」
「白い結婚ですか?」
「実は俺には……他に愛する女性がいる」
それは「公爵家の令嬢との問題」を理由に、三年間だけの白い結婚を強いるもの。
私の意思を無視して三家が取り決めたものであったが、私は冷静に合意を決めた
――それは自由を得るため、そして『私自身の秘密を隠すため』の計算でもあった。
ところが、三年の終わりが近づいたとき、アロルドは突然告白する。「この三年間で君しか見えなくなった。白い結婚の約束をなかったことにしてくれ」と。
「セシーリア、頼む……どうか、どうか白い結婚の合意を無かった事にしてくれ」
アロルド、貴方は何を言い出すの?
なにを言っているか、分かっているの?
「俺には君しかいないと、この三年間で分かったんだ」
私の答えは決まっていた。
受け入れられるはずがない。
自由のため、私の秘密を守るため、貴方の戯言に付き合う気はなかった。
◇◇◇
設定はゆるめです。
とても強い主人公が自由に暮らすお話となります。
もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!
白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』
鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」
公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。
だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。
――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの?
何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。
しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。
それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。
そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。
温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。
そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。
「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」
「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」
離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。
そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。
結婚後、訳もわからないまま閉じ込められていました。
しゃーりん
恋愛
結婚して二年、別邸に閉じ込められていたハリエット。
友人の助けにより外に出ることができ、久しぶりに見た夫アルバートは騎士に連行されるところだった。
『お前のせいだ!』と言われても訳がわからなかった。
取り調べにより判明したのは、ハリエットには恋人がいるのだとアルバートが信じていたこと。
彼にその嘘を吹き込んだのは、二人いたというお話です。
【完結】捨てたものに用なんかないでしょう?
風見ゆうみ
恋愛
血の繋がらない姉の代わりに嫁がされたリミアリアは、伯爵の爵位を持つ夫とは一度しか顔を合わせたことがない。
戦地に赴いている彼に代わって仕事をし、使用人や領民から信頼を得た頃、夫のエマオが愛人を連れて帰ってきた。
愛人はリミアリアの姉のフラワ。
フラワは昔から妹のリミアリアに嫌がらせをして楽しんでいた。
「俺にはフラワがいる。お前などいらん」
フラワに騙されたエマオは、リミアリアの話など一切聞かず、彼女を捨てフラワとの生活を始める。
捨てられる形となったリミアリアだが、こうなることは予想しており――。
白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』
鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる