人形となった王妃に、王の後悔と懺悔は届かない

望月 或

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IFエンド:聞きたかった言葉 2

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「エウロペア様、少し中庭に散歩に行きましょうか。休憩無しにずっとお仕事をされていては、体調を崩してしまいますよ」


 執務机に向かって事務作業をしていたエウロペアに、補佐をしていたゼベクが声を掛ける。
 エウロペアは動かしていた手を止め、神秘的な紫の瞳で彼を見上げた。

 三十八歳になる彼女は、妙齢のように今も変わらず美しくて。三十前半だと言われても納得出来る容姿を維持していた。


「そうね……。そうしようかしら。少しは身体を動かさないとね。座ってばかりだと腰に負担がきちゃうわ」
「お手をどうぞ、エウロペア様」


 ゼベクが微笑み、自然とエウロペアの手を取ると執務椅子から立ち上がらせる。
 そのまま扉に向かって歩き出した。


「……ちょっと、ゼベク? 手を繋いだままなんだけど。もしかしてこのまま行くの……?」
「珍しいものを見て飛び出していかないように、繋ぎ止めですよ。貴女は少しでも目を離すと何処にでも行ってしまわれるから」
「まだそんな事言ってるの!? 私はもう子供じゃないわよ!? あの時も子供じゃなかったけど! 今はこの通り、立派なオバチャンよ! 悪かったわね、フンだっ!」
「ふはっ!」


 ゼベクはエウロペアの拗ねた怒りに吹き出しても、彼女の手をしっかりと握って離さなかった。
 エウロペアは諦めて、ゼベクに手を引かれながら廊下を歩く。

 彼の手は、昔と変わらずに大きくて温かくて。


(嫌じゃないのよね、彼と手を繋ぐ事が……。困っちゃうわ、もう……)


 ゼベクがチラリとエウロペアの方を見たけれど、何も言わずに足を進めた。

 中庭には、先客はいなかった。エウロペアはゼベクの手を静かに離すと、両手をグーッと天に向かって上げる。


「んーっ、やっぱり草花を見ると心が癒されるわね。見てるだけでも良い気分転換になるわ。――ゼベク、いつもありがとうね。貴方にはすごく感謝しているわ。……本当に、色々と……」


 最後、少し照れたように頬を赤らめるエウロペア。
 恐らく、リオーシュがいない寂しさで彼女が泣いてしまった時、ゼベクがいつも慰めている事を言っているのだろう。

 ゼベクはフッと微笑うと、エウロペアに尋ねた。


「それは、俺が貴女に忠誠を誓ったからの行動だと思っていますか?」
「え? え、えぇ……」


 ゼベクの質問に戸惑いながらエウロペアは頷くと、彼は彼女の前に跪き、その小さな手を取った。


「俺はただ忠誠を誓っただけで、貴女の身体を気遣ったり、慰めたりはしませんよ。ましてや王妃の貴女と手を繋ぐなんて、そんな大それた事を」
「え……?」


 ゼベクはエウロペアを見上げ、真剣な表情で言葉を紡ぐ。


「貴女をお慕いしています、エウロペア様。貴女の傍にずっといさせて下さい。陛下の代わりに、貴女を生涯護らせて下さい」
「……え……?」


 エウロペアの紫の瞳が、大きく見開く。


「え、慕ってる……? ゼベクが私を……? あ、ありがとう。すごく嬉しいわ。私も貴方を慕ってるわよ? 貴方から見習うべき事は沢山あるし……」
「――ったく、そっちの方に捉えたか。鈍感にも程があるな。ハッキリ言わねぇと分かんねぇか」
「え? な、何……? 何て言ったの……?」


 はぁと息を吐き、ボソリと小さく呟くゼベク。
 そして再び、困惑するエウロペアをしっかりと見上げて言った。


「貴女を愛しています、エウロペア様。狂おしい程に、貴女だけを想っています」

「……っ!!」


 見事にハッキリと愛の言葉を告げられ、エウロペアの顔が瞬時に真っ赤に染まる。


「え、え、ええぇ……っ? わ、わわ私を、あい……っ? そ、そんな……っ? い、い、いつから……っ?」
「貴女が“人形”になられた時からですから……、かれこれ十五年前からでしょうか」
「じゅっ、十五年前ぇっ!?」
「ちなみに、貴女への告白は正式に陛下の許可を得ています。それに、メレディア様とアムリウス様にも許可を戴き、応援までして頂けました」
「えっ、ええぇっ!? リオのっ!? あの子達にもっ!? 応援っ!?」


 エウロペアはさっきから驚きっ放しで、上手く言葉が出てこない。


「俺の貴女への想いは、周りに筒抜けだったようです。気付いていないのは貴女だけだったみたいですよ」
「えぇっ!? ――そっ、そんなの気付ける訳ないじゃない! 私はリオーシュの妻で、夫がいて! 貴方、いっつも私をからかってたじゃない! だ、だからそんな……っ」
「からかいたくなる程愛らしいんですよ、貴女の事が。ちなみに俺、女性には全く優しくないですよ。用が無い限りは話し掛けようとは思わないですし。好きじゃない女に優しくしても無駄という考えなので。優しくしたい、甘やかしたいと思ったのは貴女だけです」
「~~~っ」
「エウロペア様。陛下の代わりに、貴女を護らせてくれませんか?」


 ついに限界を超えたエウロペアは、熟したトマトのように真っ赤になりながらゼベクの手をバッと離すと、叫んだ。


「あの人の代わりなんていないわっ! 貴方も、貴方の代わりなんていないのよっ!!」


 そしてエウロペアは、ゼベクを残して脱兎の如く走り去ってしまった。

「…………」

 ゼベクがそこから動けずにいると、後ろから声が飛んできた。


「あーあ、お母様にフラれちゃった」


 メレディアだった。
 彼女は溜め息をつきながら、未だに跪き、落ち込んでいるであろうゼベクを覗き込み――ギョッと目を剥く。

 彼は、可笑しそうに笑っていたのだ。同時に嬉しそうにも見えて。


「ど、どうしたの? お母様にフラれて頭おかしくなっちゃった?」
「……あぁ、こんにちは、メレディア様。いや、ホント堪らないなと……。見ていらしたのですか」
「中庭であんなに騒いでたら目につくわよ。もしかして、それも計算の内?」
「さぁ……どうでしょうね?」


 ゼベクは笑いながら首を傾げる。

 彼は、エウロペアの手を取った時、心を読んだのだ。
 もし少しでも彼女の中に「嫌」という言葉が浮かんだら、彼女への想いを諦めて断ち切ろうと思ったからだ。

 彼女は優しいからキッパリと口に出して断れないと思うし、嫌がる彼女を無理矢理自分のものにしたくなかった。


 そして、幾つもの戸惑いや混乱の言葉の中に紛れ込んで小さく囁かれたを、ゼベクは聞き逃さなかった。



『嬉しい』



 その言葉を思い出す度、顔の緩みが抑えられない。
 ゼベクはスッと立ち上がると、メレディアに向かって宣言する。


「メレディア様、すみません。俺、貴女の母君を戴きますね」
「あら。お母様に逃げられたのに結構な自信ね?」
「照れが限界突破して、俺の顔が見れなくなって逃げたのですよ。本当可愛いですね、貴女の母君は。これだから堪らない」
「はぁ……。娘の前で惚気るのは止めてくれない?」
「ははっ、それは大変失礼致しました」
「またお母様を口説くの?」
「勿論ですよ」
「もう……。こうなったら、最後まで応援してあげるわ。あのお母様だし、一筋縄では行かないだろうけど、まぁ頑張りなさいよ」
「ありがとうございます」


 ニッとゼベクは笑うと、メレディアに一礼をしエウロペアが去っていった方角へ颯爽と歩き出した。
 メレディアは黙ってその背中を見送る。


「……アディオ叔父さんに聞いたけど、叔父さんも昔お母様の事が好きだったのよね? 今ではすっかりカトレーダ叔母さんにゾッコンだけど。すごいわね、お母様……。お父様も含めて美形三人組に愛されていたなんて……。もしかして“魔性の女”……? 我が母親ながら恐ろしいわ……」


 男達を侍らせ、扇子を口に当て「オーホッホッホ」と高笑いをしている母の姿を想像し、思わずブルリと身体を震わせたメレディアなのだった……。




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