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34.ルバロ子爵邸にて
しおりを挟む黒龍になったレクサールさんの背に乗り、ルバロ子爵邸に向かう中、私は大きな溜め息を吐いた。
「はぁ、あの人に会いたくない……。でも離縁のことをもう一度キッパリ言わなきゃだし、仕事の引き継ぎの為にも行かなきゃ……。子爵邸の皆――サイノさんやデニオス様達に迷惑を掛けたくないから……」
『真面目だな。俺も奴と君を会わせたくない。嫌な思いがぶり返さないか心配だ』
「ふふっ、レクサールさんが傍にいてくれるから大丈夫ですよ」
『……フッ、そうか。もっと俺を頼っていいぞ』
「ありがとう、レクサールさん……」
レクサールさんの言葉で、私の気持ちが少し軽くなった。
「あの人、日中は大抵どこかへ出掛けていますから、その間にサイノさん達に引き継ぎをしようと思います。あの人が帰ってきたら、離縁のことをもう一度伝えようかと」
『奴がいなかったら、引き継ぎだけしてそのまま会わなくていいんじゃないか? もう離婚しているのだし、赤の他人になったのだから』
「そうしたいところなんですが……、あの人がもう私に拘らないでちゃんと前に進む為にも、ハッキリさせようと思います」
『……そうか。分かった、君の意思を尊重しよう』
子爵邸に着くと、人の姿に戻ったレクサールさんと共に玄関の鈴を鳴らした。
すぐにサイノさんが玄関から出てくる。
「奥様……! ――いえ、フィンリー様とお呼びした方がよろしいでしょうか」
「サイノさん……! 離婚届のこと、本当にありがとうございました。サイノさんのお蔭で、心が楽になることが出来ました」
「いえ、いいのですよ。全ては旦那様の自業自得なのですから……」
「フィンリー!!」
私達の声を聞きつけて、デニオス様も急ぎ足で駆けてきた。
「サイノから聞いたよ。本当に……兄が申し訳ないことを……」
「デニオス様は何も悪くないのですから、謝らないで下さい。勝手に離婚届を出してしまい、申し訳ございません……。今までお手伝いしてくれたこと、深く感謝致します」
「フィンリー……。いや、こちらこそありがとう……」
そして、デニオス様は私のすぐ隣にいるレクサールさんの方を見た。
「フィンリー、この方は……?」
「休暇の途中で出会い、私を色々と助けて下さったのです。私の……『大事な人』です」
「そうか……」
デニオスさんは少し寂しそうに微笑むと、レクサールさんに頭を下げた。
「フィンリーをどうかよろしくお願いします。彼女は僕の……“妹”のような大切な子ですから……」
「問題ない。言われなくても、彼女は俺が必ず護る」
……うぅっ、目の前でそんな会話されると気恥ずかしい……!
私は顔を熱くさせつつ、首をキョロキョロさせた。
「今、あの人はどちらに……?」
「いつもの如く出掛けてるよ。全く……相変わらずどこをほっつき歩いてんだか」
「……では、お二人に業務の引き継ぎをしてもよろしいでしょうか? 引き継ぎの内容を紙にまとめてきましたが、細かい内容は口頭でお伝えしますね。取引先や得意先の皆様の好みや、会話で気を付けて欲しいこと等ありますから」
「ありがとう、それはすごく助かるよ! あんな最低野郎な兄に会いたくないよね? 今すぐに執務室に行こう」
私達は執務室に入ると、早速引き継ぎを始めた。
「すごい……こんなに分かり易くまとめてくれて助かるよ! 取引先の注意事項や取引品の詳しい資料まで……。本当に頭が下がる思いだよ……」
「デニオス様のお父様とお母様が残してくれた書物や資料のお蔭です。とてもご立派なお二人だったのですね」
「うん、父と母は僕の誇りだよ。ありがとう、フィンリー……。――そうそう、先日珍しく兄が取引先に顔を出しちゃって、全てコテンパンにやられて帰ってきたよ。相手の情報も取引品も詳しく知らないで行ったんだから当たり前だよね? 勝手に向かっちゃったから止める暇も無かったんだ。取引先を失わなかったのが本当に幸いだったよ……」
その話に、私は心底驚いてしまった。
「いつもはそんなことしないのに……。どういう風の吹き回しでしょうか?」
「さぁ? やる気が出たのならいいことだけど、詰めが全っ然甘いんだよね……」
「……では、この引き継ぎの内容をあの人にも伝えて頂けますか?」
「うん、分かった。あんなんでもこの家の当主だからね……はぁ……。自分の行いの所為でフィンリーを失って、沢山泣いて後悔すればいいんだ」
「デニオス様ったら……」
憤るデニオス様に私が苦笑していると、部屋の外からドタドタと走ってくる音が聞こえた。
もしかして……と、私はレクサールさんと顔を見合わせる。
「フィンリーッ! 戻ってきたんだな! 待ちくたびれたぞっ!!」
ノックもせずいきなり扉をバンッと開けて入ってきたのは、案の定、今話題に上っていたルバロ子爵だった……。
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