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32.過去の真相
しおりを挟むアーシェルは、セライナの柔らかく温かな身体に抱かれながら、小刻みに震える唇を開いた。
「……お……お母……様……?」
「えぇ、そうよ……。貴女は私の娘。貴女と離れてからも、貴女の事を片時も忘れる事なんて無かった……。こんなに……こんなに大きくなって……。あぁ――」
セライナはボロボロと涙を流しながら、アーシェルを強く抱きしめる。
そのどこか懐かしく、安らぐ温もりに、アーシェルの瞳からも涙が溢れ出した。
「お……お母様、お母様……っ! 会いたかった……会いたかったです……っ! けど、何で――どうして私を置いていったんですか……? 私、私……ずっと……っ」
「ごめんなさい、アーシェル……ごめんなさい……!」
母子が抱き合いワンワンと泣いている姿を、ファウダーとレヴィンハルトは黙って見守る。
やがて落ち着いてきた二人は、ファウダーに促され、ハンカチで涙を拭い鼻を啜りながらソファに座った。
「本当に……本当にごめんなさい、アーシェル。貴方も一緒に連れて行きたかったのに、あの男が――」
「セライナ、それは俺が説明しよう。元は俺が君に一目惚れしたのが原因だからな」
ファウダーはそう言うと、セライナがウォードリッド王国の王妃になっている経緯の説明を始めた。
❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀
ファウダーは十六年前、王太子として視察で寄ったレイノルズ侯爵領で、丘の上で一人泣いていたセライナの儚げな印象と美しさに一瞬で一目惚れをしてしまった。
言い渋る彼女から、夫とその愛人の堂々と繰り返される不貞に悲しみ、日々心を痛めている事を聞き出すと、ファウダーは目を吊り上がらせ憤慨する。
『そんな最低最悪な奴と今すぐに離縁しろ。君の子は今何処に?』
『え? あ……えっと、私が唯一信頼の出来るメイドに預けています……』
『よし、じゃあその子と一緒に俺の国に行こう。君達は俺が幸せにする』
『えっ……?』
ファウダーはその場でセライナにプロポーズをし、すぐにレイノルズ侯爵家に行き、ゴルディーと話をした。
ゴルディーはそれに、ニヤリと不愉快な笑みを見せて口を開く。
『その女との離縁は構わないですが、そちらから言い出した事なので、示談金は払って頂きますぞ』
『は? 何馬鹿な事を言っているんだ? 貴公が不貞をしていたという証拠は揃っているんだ。あんなにも堂々と愛人と浮気をしていたんだからな。金を……慰謝料を払うのは貴公の方だぞ』
(えっ、そんなものはどこにも――)
セライナは驚いてファウダーを見たが、彼は彼女にそっと目配せをし、焦るゴルディーに視線を戻す。
『そっ、それは――』
『相応の慰謝料にしてやるから、さっさと離婚届に署名を書くんだな』
『……っ! 儂の娘は絶対に渡しませんよ。あの娘はいずれ高位の貴族と結婚するんです。王太子のあなたが、別の男との間に作った子を連れた女と結婚したら、国民の評判はどうなりますかねぇ? そちらで肩身の狭い思いをするよりも、こちらで育てた方が良案でしょう? 娘の幸せの為にも、ね』
予想外の言葉に、セライナは思わずゴルディーに反論をした。
『な……っ! 愛人に溺れて、あの子のお世話は勿論、一度もあの子を抱っこした事の無い貴方がちゃんと育てるとは到底思えません!』
『あぁ、そうだ。国民の評判が落ちようとも、俺は彼女とその子を生涯大切にする。国民は分かってくれる筈だからな。その子も一緒に連れて行く』
『ふん、なら離縁は出来ませんね。不貞の証拠もハッタリでしょう? 考えてみれば、突然現れたあなたに証拠を揃える時間なんてある訳がないですからねぇ。早々にお引き取り下さい』
ニヤニヤしながら言うゴルディーに、ファウダーは唇をギュッと強く噛み締める。
『……ファウダー様、もういいですよ。私の事は諦めて――』
『嫌だ、絶対に諦めない。セライナ、君の子は必ず取り戻すから、今すぐにその男と離縁してくれ。そうしなければ、近い内にその男の所為で君の心が壊れてしまう。俺はそれが絶対に耐えられない』
『……ファウダー様……』
『レイノルズ侯爵、セライナとこの場で離縁しろ。貴公が不貞をしていたというのは確かだ。調べれば必ず証拠はある。慰謝料をたんまりと請求して、徹底的に貴公を――』
『あぁ分かりましたよ、書きますよ! ですが娘は渡しませんよ。この国では、収入の多い方に親権がいきます。あの娘は儂のもんです』
『……ふざけやがって……。しかし、親権を貰う相手に“過ち”があったのなら話は別だ。今は我慢するが、近い内に必ずその子を渡して貰うからな』
『やれるものならやって御覧なさい。儂は“過ち”なんて何もしていませんしね。娘はちゃんと育てますし、この家の方が絶対にいいと言うと思いますよ? ククッ……』
そうしてゴルディーとセライナの離婚は成立した。
セライナは、まだ一歳のアーシェルを可愛がってくれているメイドに頼み、後ろ髪を強く引かれながらも隣国へと渡っていったのだった。
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