婚約解消しましょう、私達〜余命幾許もない虐遇された令嬢は、婚約者に反旗を翻す〜

望月 或

文字の大きさ
38 / 51

37.君に会いたい ※セルジュside

しおりを挟む



「レヴィン」


 城の廊下を歩いていると後ろから名を呼ばれ、深紅色の長い髪を靡かせレヴィンハルトが振り向くと、そこにはセルジュが微笑みながら立っていた。


「セルジュ殿下。どうされました?」


 レヴィンハルトは、セルジュが幼い頃から彼に懐かれていた。
 そんな彼にレヴィンハルトも愛情を寄せて、弟のように可愛がっていたのだ。

 セルジュが“死の宣告”を受けたと知り、彼も懸命に解呪法を探している最中だった。


「うん。ちょっとぼくの部屋に来て欲しいんだ」
「はい、畏まりました」


 セルジュはレヴィンハルトを自分の部屋に招き入れると、扉をしっかりと閉める。
 そして、徐ろに口を開いた。


「レヴィン。ぼくはもうすぐ【呪い】で死ぬだろう。だからその瞬間、ぼくの“魂”をあなたの中に入れて欲しいんだ。――“魂移しの術”、使えるだろう? 最上級の魔術で、魔術士団長でさえ使えないけれど、あなたは使える事、ぼくは知ってるよ」
「………っ!」


 レヴィンハルトは深紅色の瞳を大きく見開き、口元に笑みを称えるセルジュを見つめる。


「そして、あの子を見つけて欲しいんだ。ぼくからあの子に会いに行こうとしたけど、両親が絶対に駄目だって。ぼくの身体をすごく心配している事が分かったから、ぼくも強くは言えなくて。だから、ぼくの“魂”をあの子の所まで連れて行って欲しいんだ。あの子に会いたいんだ」
「……っ! 殿下、まだ諦めては駄目です。陛下も王妃陛下も城の者達も、皆必死に【呪い】を掛けた呪術士と解呪法を探しています。勿論俺もです。ですから――」
「うん。皆の気持ちはすごくありがたいよ。けど、きっと見つからない。ぼくの直感はよく当たるから」


 言い募るレヴィンハルトに小さく首を左右に振ると、セルジュは彼を真っ直ぐに見つめた。


「ぼくの寿命は一週間後だ。それはぼくしか知らない。医師が最初にぼくの背中を見た日以降は、誰にも背中を見せていないからね。“魂移しの術”は、術者の身体に大きな負担が掛かる。それを分かっていて頼むのは心苦しいけれど、あなたしかいないんだ。……ぼくの最期のお願いだ、レヴィン。ぼくの“魂”を連れて、あの子を見つけて欲しい」
「……セルジュ殿下……」


 “魂移しの術”は、生き物の“魂”を自分の中に入れる事によって、その者が生前持っていた知識を得る事が出来る術だ。
 しかし、自分とは違う別の“魂”を体内に入れるので、身体に負荷が掛かってしまう。

 “魂”との相性が良ければ、髪の色や瞳の色が変わる程度で済むが、相性が悪ければ、身体だけでなく精神的にも損傷を受ける可能性がある、危険を伴う術なのだ。

 レヴィンハルトは唇を強く噛んだが、セルジュの切実な願いに、こうべを垂れる事しか出来なかった。



-・-・-・-・-・-・-・-



 そして、解呪法が見つからないまま、一週間が経ってしまった。

 セルジュの部屋では、レヴィンハルトが固く目を瞑り、奥歯を噛み締めながらセルジュの前に立っていた。


「……今日で、ぼくの最期の日だ。日付が変わる時、ぼくは【呪い】が発動され死ぬだろう。その瞬間に頼んだよ、レヴィン」
「セルジュ殿下……」
「お城の皆に、今までありがとうって伝えて。迷惑掛けてごめんなさいって。父上と母上と弟と妹には手紙を書いたんだ。あそこの机の上にあるから渡してくれる?」
「……はい、畏まりました」
「きっとあの子に会えば、ぼくの“魂”が反応すると思うから分かると思うよ。だから、あの子の名前は教えない。その名前は、あの子に会うまでぼくだけのものだから。あの子はぼくの三つ年上で、同じ七色に光る瞳を持っているんだ。そして、恐らく貴族だ。これだけの手掛かりがあれば、レヴィンなら大丈夫でしょ?」


 セルジュはふふっと悪戯っぽく笑うと、静かに目を閉じた。


「もうそろそろ時間だ。レヴィン、頼んだよ。――本当は生きてあの子に会いたかったけど……。どうしてぼくに【呪い】を掛けたのか……まぁ、大方権力争いだと思うけど。皆で弟と妹を守ってあげてね。あと、呪術士を見つけたら白状させて。ぼくはあなたの中で聞いてるから。色々とスッキリしたいしね。ついでにそいつを一発ぶん殴ってくれる?」
「セルジュ殿下、俺は――」


 言い掛けたレヴィンハルトの言葉を、セルジュは首を振って止める。


「分かってるよ。ごめんね、レヴィン。辛い思いをさせて。でも、どうしてもあの子に会いたいんだ。それがぼくの唯一の心残りなんだ。どうかあなたの中にいさせて欲しい」
「……分かりました。俺の中が居心地が良い事を願っています。解呪法を見つけられず……本当に申し訳ございませんでした」
「あなたが謝る事はないよ。一生懸命探してくれた事はちゃんと知ってるから。本当に感謝してるんだ。ありがとう、レヴィン」


 微笑むセルジュにレヴィンハルトは決意し、引き締めた顔を上げると、詠唱を開始した。
 セルジュの身体が淡く光り始め、それは徐々に眩くなっていく。



「本当にありがとう、レヴィン。あなたを実の兄のように想っていたよ。大好きだ」



 セルジュの柔らかな声と同時に、時計の二つの針が十二の位置で重なった。
 刹那、セルジュが顔を顰めて左胸を押さえると、力を失った身体がゆっくりと床に崩れ落ちていく。


 次の瞬間、セルジュを包んでいた光が部屋全体に放たれ――


 それが消えた時、セルジュは床に倒れていた。
 その身体は、ピクリとも動かない。


「……セルジュ殿下……」


 掠れた声で呟くレヴィンハルトの髪と瞳の色が、深紅色から白に近い銀色に変わっていて。
 レヴィンハルトは、自分の中に別の“魂”が存在している事を、確かに感じた。

 “彼”が生前取得していた知識がレヴィンハルトの脳に入ってきたが、“彼”の会いたい少女の情報だけは制止されたかのように一切入ってこなくて。



 レヴィンハルトは自分の胸にそっと手を当てた後、目を閉じ穏やかな顔を浮かべるセルジュを強く抱き締め、声を押し殺して嗚咽したのだった――




しおりを挟む
感想 113

あなたにおすすめの小説

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめる事にしました 〜once again〜

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【アゼリア亡き後、残された人々のその後の物語】 白血病で僅か20歳でこの世を去った前作のヒロイン、アゼリア。彼女を大切に思っていた人々のその後の物語 ※他サイトでも投稿中

転生先がヒロインに恋する悪役令息のモブ婚約者だったので、推しの為に身を引こうと思います

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【だって、私はただのモブですから】 10歳になったある日のこと。「婚約者」として現れた少年を見て思い出した。彼はヒロインに恋するも報われない悪役令息で、私の推しだった。そして私は名も無いモブ婚約者。ゲームのストーリー通りに進めば、彼と共に私も破滅まっしぐら。それを防ぐにはヒロインと彼が結ばれるしか無い。そこで私はゲームの知識を利用して、彼とヒロインとの仲を取り持つことにした―― ※他サイトでも投稿中

孤独な公女~私は死んだことにしてください

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【私のことは、もう忘れて下さい】 メイドから生まれた公女、サフィニア・エストマン。 冷遇され続けた彼女に、突然婚約の命が下る。 相手は伯爵家の三男――それは、家から追い出すための婚約だった。 それでも彼に恋をした。 侍女であり幼馴染のヘスティアを連れて交流を重ねるうち、サフィニアは気づいてしまう。 婚約者の瞳が向いていたのは、自分では無かった。 自分さえ、いなくなれば2人は結ばれる。 だから彼女は、消えることを選んだ。 偽装死を遂げ、名も身分も捨てて旅に出た。 そしてサフィニアの新しい人生が幕を開ける―― ※他サイトでも投稿中

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

邪魔者は消えますので、どうぞお幸せに 婚約者は私の死をお望みです

ごろごろみかん。
恋愛
旧題:ゼラニウムの花束をあなたに リリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日に死んだ。死んだこととされたのだ。リリネリアであった彼女はあの絶望を忘れはしない。 じわじわと壊れていったリリネリアはある日、自身の元婚約者だった王太子レジナルド・リームヴと再会した。 レジナルドは少し前に隣国の王女を娶ったと聞く。だけどもうリリネリアには何も関係の無い話だ。何もかもがどうでもいい。リリネリアは何も期待していない。誰にも、何にも。 二人は知らない。 国王夫妻と公爵夫妻が、良かれと思ってしたことがリリネリアを追い詰めたことに。レジナルドを絶望させたことを、彼らは知らない。 彼らが偶然再会したのは運命のいたずらなのか、ただ単純に偶然なのか。だけどリリネリアは何一つ望んでいなかったし、レジナルドは何一つ知らなかった。ただそれだけなのである。 ※タイトル変更しました

お言葉を返すようですが、私それ程暇人ではありませんので

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<あなた方を相手にするだけ、時間の無駄です> 【私に濡れ衣を着せるなんて、皆さん本当に暇人ですね】 今日も私は許婚に身に覚えの無い嫌がらせを彼の幼馴染に働いたと言われて叱責される。そして彼の腕の中には怯えたふりをする彼女の姿。しかも2人を取り巻く人々までもがこぞって私を悪者よばわりしてくる有様。私がいつどこで嫌がらせを?あなた方が思う程、私暇人ではありませんけど?

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...