婚約解消しましょう、私達〜余命幾許もない虐遇された令嬢は、婚約者に反旗を翻す〜

望月 或

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39.執念深い男

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「……ん……?」


 アーシェルが目を覚ますと、一番最初に天井が視界に飛び込んできた。
 どうやら自分はベッドに寝かされていて、そこは何処かの一室のようだった。


「え……。ここ……は……?」
「やぁ、気が付いたかい? ここは城下町の宿屋だよ。よく眠っていたね? 寝顔も可愛いね、アーシェルは」
「っ!?」


 いきなり自分の横から男の声が飛んできて、アーシェルはビクリと肩を跳ねさせ飛び上がり、勢い良くそちらに顔を向ける。
 そこには、穏やかに微笑みを称えたエイリックが、ベッドの脇の椅子に足を組んで座り、アーシェルを見つめていた。


「……え、エイリック……様……? ど……どうしてここに……? ここは隣国なのに――」
「勿論、君を追い掛けて連れ戻しに来たに決まっているじゃないか。隣国直通の馬車に乗ってね。運良く君を見つけられて良かったよ。君は僕の婚約者なんだ。勝手に何処か行かれては困るんだよ。君は僕の傍にずっといないと、ね?」
「……え……?」


 その解せない言葉とエイリックの不気味な微笑みに、アーシェルの肌がゾワリと粟立つ。


「……何を……何を言っているのですか……? 貴方と私はもう婚約者ではありません。弁護士のもと、示談書に署名をして、正式に『婚約解消』がされたじゃないですか! 私達は正真正銘、れっきとした他人です!」
「そんな悲しい事を言わないでおくれよ、アーシェル。僕の事をあんなにも好きでいてくれたじゃないか」
「それは過去の話です。今はもう貴方の事は本当に何とも想っていません。ですので、パリッシュさんでも他の女性でも、ご自由にお付き合い下さって結構です。それと、これは誘拐です。薬を嗅がされ、無理矢理ここに連れて来られたのですから。警備兵を呼ばれたくなければ、早くここから出て行って下さい!」


 首を左右に振り、ハッキリと物申したアーシェルに、エイリックのこめかみがピクリと動く。


「婚約者の僕を置いて、勝手に隣国に行ったのは君じゃないか。あぁ……本当に君は、僕の婚約者という自覚が無いね。ちゃんと理解させなきゃね?」
「だから、私達はもう婚約者同士では――」


 話が全く通じないエイリックに、言いようのない恐怖を感じながらも言い立てようとしたアーシェルの言葉が途切れる。
 気付けばアーシェルは、ベッドの上でエイリックに組み敷かれていた。


「……えっ?」
「君の『純潔』を貰えば、君は僕と結婚せざるを得なくなるだろう? 純潔じゃない娘なんて、誰も貰ってくれないしね。――大丈夫、いずれする事が今に早まっただけの話さ。だから怖がる事はないよ? フフッ」


 エイリックのおぞましい話を聞くにつれ、真っ青になり身体が震え出したアーシェルの頬を、彼はそっと撫でる。
 その蛞蝓なめくじが這い回るような触感に、アーシェルの震えが止まらない。


「君にはもう時間が無いんだろう? 寿命が残り少ない……。だから、この後オルドリッジ王国に戻ったらすぐ結婚しよう。そして、君の愛する僕を――オルティス公爵家を幸せにしておくれ」
「え……」


 ドクリ、とアーシェルの心臓が大きく跳ねた。


(ど……どうして私の寿命の事を知ってるのっ!?)


「フフッ、大丈夫さ。僕は上手い方だと思うよ? 安心して僕に身を委ねておくれ」
「い、いやっ! 止めてっ!」
「静かにしないと、その唇を塞ぐよ?」


 ニヤリと嘲笑いながら言うエイリックに、アーシェルはビクリと肩を跳ねさせ口を閉ざす。


「まぁ、静かにしても君の唇を奪うんだけどね」
「………っ」


 不快な笑みを貼り付け近付いてくるエイリックの顔を見上げながら、アーシェルの両目から涙が溢れ出す。


 二人の唇が重なる瞬間、部屋の中に突如として人影が現れた。



 その人影は――レヴィンハルトだった。




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