REMAKE~わたしはマンガの神様~

櫃間 武士

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リボンの騎士 その3

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 治美は泣きながら桜並木の花のトンネルを走り抜けた。

 のんびりと歩いていた花見客が、走り抜けて行った治美の後姿を驚いて見つめている。

「あっ!?」

 宝塚大劇場の前を通り抜けようとした時、治美がかぶっていた赤いベレー帽が歩道に落ちた。

 歩道に降り積もった桜の花びらが、春風に乱れるように美しく舞う。

 彼女の長い金色の髪が風になびいた。

 治美は立ち止り、背後から追いかけていた雅人の方を振り返った。

「好きな漫画家が死んでいて、ショックなのはわかるけど………」

 ようやく追いついた雅人はベレー帽を拾いあげると、埃を払ってから治美に差し出した。

「ほら。落し物………」

「――わたしの生まれた世界では………」

「えっ………?」

「この道の先に、宝塚市立の手塚治虫記念館が建っていました」

「市立記念館………!?」

(たかが漫画家のために市が記念館を建てるのか!?)

 喉元にまで出かけた言葉を雅人は飲み込んだ。

「その記念館前の広場には、翼を広げた火の鳥の銅像が建っていました。でも、この世界には未来永劫、火の鳥は羽ばたかない!」

 まるで明日から世界が消えるような悲痛な顔をして治美が泣き崩れた。

「わたしのパパとママは、手塚先生がいたから知り合い、結ばれたのよ!
 でも、手塚先生がいないこの世界では、けっしてパパとママは出会わない!
 この世界にはわたしは生まれて来ないのよ!!」

 雅人は愕然とし 言葉も出なかった。

 その時だった。

 一陣の風が吹き、桜の花びらが乱れ散った。

 治美の全身が、その花びらの中に溶け込んでゆく。

 雅人にはまるで治美の身体が桜の花びらに変わり、かき消されてゆくように見えた。

 目の迷いだ!

 雅人は眼をこすって、もう一度治美を見た。

「――手塚先生のいないこの世界では、わたし、消えちゃうのかなあ……」

「治美!?」

「さようなら、雅人さん!短い間でしたが、優しくしてくれてありがとう……」

「待ってくれッ!!」

 治美が消えてしまう!

 雅人は不安で心臓が痛くなった。

「治美!お前の両親がいつ、どこで出会った!?」

「――1991年8月16日。コミックマーケット40、晴海の東京国際見本市会場です」

「なんだ、まだ37年も先の話じゃないか。たとえ手塚治虫がいなくても、その頃にはこの世界でも漫画とアニメーションが発展しているさ!」

「無理ですよ!わたし、調べてみたんです。本当なら昭和29年には空前の漫画雑誌ブームが起きていたんです。それなのにこの世界では絵物語ばっかりで、漫画雑誌なんてどこにもないじゃありませんか!」

「………………」

「それにただマンガが流行ればいいわけじゃないんです。手塚先生のマンガとアニメでなきゃダメなんです。わたしのパパとママは手塚作品が引き合わせてくれたんですから」

「――――わかった!」

「はい……?」

「この世界に手塚治虫の漫画とアニメーションができたらいいんだな………」

「はあ………?」

「治美!お前がやれ!お前がこの世界で漫画とアニメーションを発展させるんだよ!」

「えええええっ!?」

「そうとも!お前自身が手塚治虫になるんだ!!お前が手塚治虫に代わって漫画を描いて、この国を世界一の漫画大国にするんだ!!」

「ムリ!ムリ!ムリ!絶対ムリッ!!」

 治美は必死に首を横に振った。

 雅人は自分でも無茶苦茶なことを言ってるのは分かっていた。

 だが、彼は自分の不安をおくびにも出さず、無理に明るい笑顔を浮かべて治美の顔を指差した。

「できるさ!そのコミックグラスを使えば!!」

「!!」

 治美はハッとして両手でメガネに触れた。

「そのメガネを使えば、手塚治虫の全作品が読めるんだろ?昨日、俺の家で鉄腕アトムを描いたように、手塚治虫の漫画を模写して描くんだよ」

「そんなのうまくいくわけない!」

「おふくろが赤本屋にツテがあるから、漫画が描けたら俺が売り込んでやる!」

 雅人は必死に治美を説得した。

「でも………わたしにマンガなんて描けるかな?」

「大丈夫さ!丸写しするだけだ。治美でもできるさ!」

「でも………」

「いいから俺に任せろ!!」

 雅人は昂奮した声で治美を怒鳴りつけた。

 風が凪ぎ、桜の花びらがヒラヒラと歩道に舞い落ちてきた。

 花びらにかき消されていた治美の全身が、再びくっきりと姿を現した。

 治美はそのまま前のめりに倒れかけ、雅人は慌てて彼女を抱きしめた。

 治美は泣きじゃくりながら雅人にすがりついた。

「雅人さん!!わたし、消えたくないよお…………!!」

「大丈夫だ!大丈夫…………!!俺が何とかしてやるから!!」

 雅人は泣きじゃくる治美を抱きしめて、落ち着かせようと背中をゆっくりとさすった。

「さっきの和歌……」

「えっ?」

「何って言ったっけ?」

「――天津風あまつかぜ 雲の通ひ路かよひじ 吹き閉ぢよ」

「をとめの姿 しばしとどめむ――」

 雅人は天上に消えかけようとした天女を、何とか地上に留めることに成功したのだった。



「――――――あんたら、天下の往来で何しとるんや!?」

 いきなり、エリザが雅人の後頭部をポカッと殴った。

「いやらしい!おばちゃんに言いつけたる!」

「そ、そんなんじゃないぞ!」

「まあ、ええわ!治美もなに泣いとるねん?せっかくここまで来たんや。歌劇観ていかへん?」

 乙女餅の菓子折りを持ったエリザは、宝塚歌劇の劇場を指差して呑気に言った。

 雅人と治美は互いの顔を見つめ合い、それからプッと吹き出して笑った。
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