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来るべき世界 その3
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治美がいきなり金子の手を握りしめて叫んだ。
「金子さん!あなたもわたしたちと一緒にマンガ描きましょうよ!それがあなたの運命です!」
「えっ!?ええっ!?」
金子は狼狽して目を白黒している。
「こら!急ぎすぎだ!」
雅人はコツンと治美の頭をゲンコツで叩いた。
「すみませんね。俺、こいつの祖父なんですよ」
「えっ!?祖父!?どういうことですか?」
「俺の未来の息子がこいつの父親になるそうです」
「なるほどなるほど!治美さんは運良く自分のご先祖様に助けてもらったのですね」
「金子さんはこの時代にご自分の縁者がいないのですか?」
「両親が九州にいるはずですが、会いに行っていませんよ。こんな年寄りがいきなり現れて、私はあなた方の未来の子供ですと言っても警察に突き出されるのがオチでしょ」
「そりゃそうですよね」
横山がウンウンと頷いた。
「治美さんと会って、すぐに自分の孫だと認めた雅人くんの方が変わっていますよ」
雅人はコホンとひとつ咳払いをして話を続けた。
「それで金子さんはいつから昭和の世界に来たのですか?」
「先々月です。自宅で寝ていて、朝、目が覚めたら山の中でした」
「山の中?お宅は東京じゃないのですか?」
「多摩ニュータウン…、と言ってもまだこの時代には存在しませんね。東京の多摩市でした。会社も定年退職し、娘二人も嫁ぎ、孫も生まれ、女房と二人きりでほそぼそと暮らしていました」
「この時代に来てから今までどうされていたのですか?」
「自分が過去の世界に来たことは理解しました。誰も頼れる者もいませんし、食うために土木現場で働きました。東京はビル建設ブームですからね。仕事はいくらでもありました。そして、先日、飯場で誰かが置いていった『新寶島』を読んだのです」
金子がボロボロになった「新寶島」を取り出して見せた。
「そしたら作者名は確かに手塚治虫なのに作者の写真が金髪の少女でしょ。一体どういうことか混乱しましたよ。それであとがきを読んだら、平成と令和という懐かしい単語が書いてあるでしょ。これは偶然じゃない。手塚治虫は未来人だとピンときました。そこで一縷の望みをかけて神戸にやって来たのです」
治美が身を乗り出し、期待に瞳を輝かせて金子に尋ねた。
「それで、それで!金子さんのコミックグラスには誰のマンガが内蔵されていますか!?」
「藤子不二雄です」
「やったー!」
治美が両手を挙げてバンザイをしながら飛び跳ねた。
「よかった!よかった!ホントによかった!」
「藤子不二雄と言うと、以前治美が言ってた二人組の漫画家だな」
「相変わらず記憶力いいですね、雅人さん。その通りです。藤子不二雄のマンガがあれば鬼に金棒、ポパイにほうれん草ですよ」
治美が真っ赤に顔を上気させ、金子に尋ねた。
「それでFですか?Aですか?」
「なんだ、そりゃ?」
雅人が口を挟むと、治美はピシャッと制止した。
「昭和生まれは黙っていて下さい」
「あのう…、私も昭和生まれですが…?」
金子が申し訳なさそうに言った。
「金子さんはいいんですよ。それで藤子・F・不二雄ですか?藤子不二雄Aですか?」
「両方です。オバQ、ドラえもん、パーマン、怪物くん、忍者ハットリくん、喪黒福造…。みんな揃っています」
「素晴らしい!手塚治虫、横山光輝、そして藤子・F・不二雄と藤子不二雄Aが揃いました!日本の漫画の未来は明るいです!
「えっ!?どういう意味ですか?」
「わたしたち3人がそれぞれのコミックグラスを使い、巨匠たちの漫画をトレースして発表してゆくのです!」
「ど、どうして漫画を描かないといけないのです!?」
「日本がマンガとアニメの大国にならないと、将来わたしが生まれてこないからです」
「それは手塚さん、個人の問題でしょ」
「ダメですか?」
「いや、ダメってわけでもありませんが、そんな大それたことをして本当に大丈夫なのですか?この世界の歴史に干渉したら元の世界に戻れなくなりませんか?」
「金子さんは元の世界に戻れると思っているの?」
「そりゃ、いきなりタイムスリップしたわけだから、またいきなり元に戻れるんじゃないですか?」
「ですよねぇ!金子さんもわたしと同じポジティブ・シンキングね。気が合うわけだわ」
と、横山が治美の耳元で小声で囁いた。
「金子さんが一人で二人分の作品を描くのですか?失礼ですが、金子さんはかなりのお歳ですよ…」
治美はじっと金子の疲れた顔を見つめた。
「確かに、ドラえもん描く前に死んじゃいそうね…」
と、治美は考えたことをそのまま口にしてしまった。
「―――聞こえてますよ」
金子がジロリと治美を睨み付けた。
「金子さん!あなたもわたしたちと一緒にマンガ描きましょうよ!それがあなたの運命です!」
「えっ!?ええっ!?」
金子は狼狽して目を白黒している。
「こら!急ぎすぎだ!」
雅人はコツンと治美の頭をゲンコツで叩いた。
「すみませんね。俺、こいつの祖父なんですよ」
「えっ!?祖父!?どういうことですか?」
「俺の未来の息子がこいつの父親になるそうです」
「なるほどなるほど!治美さんは運良く自分のご先祖様に助けてもらったのですね」
「金子さんはこの時代にご自分の縁者がいないのですか?」
「両親が九州にいるはずですが、会いに行っていませんよ。こんな年寄りがいきなり現れて、私はあなた方の未来の子供ですと言っても警察に突き出されるのがオチでしょ」
「そりゃそうですよね」
横山がウンウンと頷いた。
「治美さんと会って、すぐに自分の孫だと認めた雅人くんの方が変わっていますよ」
雅人はコホンとひとつ咳払いをして話を続けた。
「それで金子さんはいつから昭和の世界に来たのですか?」
「先々月です。自宅で寝ていて、朝、目が覚めたら山の中でした」
「山の中?お宅は東京じゃないのですか?」
「多摩ニュータウン…、と言ってもまだこの時代には存在しませんね。東京の多摩市でした。会社も定年退職し、娘二人も嫁ぎ、孫も生まれ、女房と二人きりでほそぼそと暮らしていました」
「この時代に来てから今までどうされていたのですか?」
「自分が過去の世界に来たことは理解しました。誰も頼れる者もいませんし、食うために土木現場で働きました。東京はビル建設ブームですからね。仕事はいくらでもありました。そして、先日、飯場で誰かが置いていった『新寶島』を読んだのです」
金子がボロボロになった「新寶島」を取り出して見せた。
「そしたら作者名は確かに手塚治虫なのに作者の写真が金髪の少女でしょ。一体どういうことか混乱しましたよ。それであとがきを読んだら、平成と令和という懐かしい単語が書いてあるでしょ。これは偶然じゃない。手塚治虫は未来人だとピンときました。そこで一縷の望みをかけて神戸にやって来たのです」
治美が身を乗り出し、期待に瞳を輝かせて金子に尋ねた。
「それで、それで!金子さんのコミックグラスには誰のマンガが内蔵されていますか!?」
「藤子不二雄です」
「やったー!」
治美が両手を挙げてバンザイをしながら飛び跳ねた。
「よかった!よかった!ホントによかった!」
「藤子不二雄と言うと、以前治美が言ってた二人組の漫画家だな」
「相変わらず記憶力いいですね、雅人さん。その通りです。藤子不二雄のマンガがあれば鬼に金棒、ポパイにほうれん草ですよ」
治美が真っ赤に顔を上気させ、金子に尋ねた。
「それでFですか?Aですか?」
「なんだ、そりゃ?」
雅人が口を挟むと、治美はピシャッと制止した。
「昭和生まれは黙っていて下さい」
「あのう…、私も昭和生まれですが…?」
金子が申し訳なさそうに言った。
「金子さんはいいんですよ。それで藤子・F・不二雄ですか?藤子不二雄Aですか?」
「両方です。オバQ、ドラえもん、パーマン、怪物くん、忍者ハットリくん、喪黒福造…。みんな揃っています」
「素晴らしい!手塚治虫、横山光輝、そして藤子・F・不二雄と藤子不二雄Aが揃いました!日本の漫画の未来は明るいです!
「えっ!?どういう意味ですか?」
「わたしたち3人がそれぞれのコミックグラスを使い、巨匠たちの漫画をトレースして発表してゆくのです!」
「ど、どうして漫画を描かないといけないのです!?」
「日本がマンガとアニメの大国にならないと、将来わたしが生まれてこないからです」
「それは手塚さん、個人の問題でしょ」
「ダメですか?」
「いや、ダメってわけでもありませんが、そんな大それたことをして本当に大丈夫なのですか?この世界の歴史に干渉したら元の世界に戻れなくなりませんか?」
「金子さんは元の世界に戻れると思っているの?」
「そりゃ、いきなりタイムスリップしたわけだから、またいきなり元に戻れるんじゃないですか?」
「ですよねぇ!金子さんもわたしと同じポジティブ・シンキングね。気が合うわけだわ」
と、横山が治美の耳元で小声で囁いた。
「金子さんが一人で二人分の作品を描くのですか?失礼ですが、金子さんはかなりのお歳ですよ…」
治美はじっと金子の疲れた顔を見つめた。
「確かに、ドラえもん描く前に死んじゃいそうね…」
と、治美は考えたことをそのまま口にしてしまった。
「―――聞こえてますよ」
金子がジロリと治美を睨み付けた。
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