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二
峡谷世界 魔力と寿命(1)
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この峡谷世界にはドラゴンの肉体がひしめいている。それが〝峡谷〟と呼ばれるゆえんだ。一羽の鳥が、喉を鳴らしながら朝焼けの空を駆け巡る。鳥の眼下にはツノやキバを剥き出しにしたドラゴンの肉体が鎮座している。〝倒れている〟と言ったほうが適切だろうか。ドラゴンは翼をもがれ、地に伏さざるを得ない姿で、もう何千年とそこで生きている。さながら岩山のようだ。ドラゴンは不死身なのだ。肉体が固まろうとも、生命が尽きることはない。
世界本来の大陸や海はこうしてドラゴンの肉体に占拠されている。ドラゴンの肉体が密集しているため、人間は狭い〝谷〟の合間や〝山〟の上で生活を築かねばならなかった。そうして世界は、峡谷世界と語られるようになった。そこに不自然さはない。人間は違和感を持ってなどいない。なぜなら人類が誕生したのは、ドラゴンがそうなったあとのことだったからである。ドラゴンが肉体を谷とし山とし、植物や砂岩を有し、海を埋め立てずに居さえすれば、人間にとって不自由はないのである。
いまエルストが立っている大地もまた誰かドラゴンの肉体なのである。エルストは、人間がいくら焦ろうが、遅く生きたいと願おうが、相変わらず思うままにゆったりと昇りくる日の光を浴びながら、今日を静かに始めようとしていた。エルストの背後には見上げるほどの大岩がぽつんと建っている。熊の頭のような形の大岩だ。周囲は平らな草原である。ここはドラゴンの肉体の頂上であるらしい。ベルが言うには額の上とのことだ。
あの晩のあと、エルストはベルに連れられてここへとやって来た。聞けばベルの〝隠れ家〟ということだった。隠すにはあまりにも目立っているが、そう進言するのは自重した。エルストとベル以外、人気はなかったのである。
エルストは真上の空を見た。紫がかった空の奥は暗闇だ。星はもう見えない。夜が明ける前、ここは安全なのか、とエルストはベルに尋ねた。安全ですよ、とベルは答えた。結界魔法とやらを使っているらしい。ベルいわく、エルストとサムが住んでいた山にも結界が張ってあったそうだ。ベルは、サムがサード・エンダーズから身を隠すために結界魔法を使っていたのではないかと推測した。エルストは、ベルの推測が間違っていないことを感じていた。サムはエルストの知らないところで、知らないうちに、エルストを守り続けていたのである。
エルストは隠れ家に入った。簡素なキッチンとダイニングテーブル、そして部屋じゅうに散乱した本の数々と何かの模型がエルストの目に映る。丸く縁取られた窓から朝日の光が射し込んでいる。壁際には天井まで届く本棚が一面に広がっている。しかし本棚は空っぽである。そこに収められていたであろう本が、このように、テーブルの上や床の上にすべて散らばっているに違いない。床を踏む隙間もないとエルストは思った。昨夜来たときからこうなのである。模型もおそらく本棚に置いてあったのだろう。
部屋の奥には二階に繋がるはしごがある。ちなみにベルとアギはいま二階で就寝中だ。
エルストは足もとに落ちていた一冊の本を手にとった。進路を確保するためにそうしたのであったが、偶然、エルストはその本の表紙に関心を向けた。そのためエルストは歩くことを忘れ、その場に立ち尽くす。
「魔法と魔力と寿命の関係……」
エルストが呟いたのは本のタイトルである。
「我々人間やドラゴンが魔法を使うとき、魔力と呼ばれるエネルギーを消費する。この魔力というものは、長年の歴史における研究の末、寿命と比例していることがわかった。つまり魔法を使うとき、人間やドラゴンは、己の寿命を消費しているのである」
エルストはさらに読み進める。
世界本来の大陸や海はこうしてドラゴンの肉体に占拠されている。ドラゴンの肉体が密集しているため、人間は狭い〝谷〟の合間や〝山〟の上で生活を築かねばならなかった。そうして世界は、峡谷世界と語られるようになった。そこに不自然さはない。人間は違和感を持ってなどいない。なぜなら人類が誕生したのは、ドラゴンがそうなったあとのことだったからである。ドラゴンが肉体を谷とし山とし、植物や砂岩を有し、海を埋め立てずに居さえすれば、人間にとって不自由はないのである。
いまエルストが立っている大地もまた誰かドラゴンの肉体なのである。エルストは、人間がいくら焦ろうが、遅く生きたいと願おうが、相変わらず思うままにゆったりと昇りくる日の光を浴びながら、今日を静かに始めようとしていた。エルストの背後には見上げるほどの大岩がぽつんと建っている。熊の頭のような形の大岩だ。周囲は平らな草原である。ここはドラゴンの肉体の頂上であるらしい。ベルが言うには額の上とのことだ。
あの晩のあと、エルストはベルに連れられてここへとやって来た。聞けばベルの〝隠れ家〟ということだった。隠すにはあまりにも目立っているが、そう進言するのは自重した。エルストとベル以外、人気はなかったのである。
エルストは真上の空を見た。紫がかった空の奥は暗闇だ。星はもう見えない。夜が明ける前、ここは安全なのか、とエルストはベルに尋ねた。安全ですよ、とベルは答えた。結界魔法とやらを使っているらしい。ベルいわく、エルストとサムが住んでいた山にも結界が張ってあったそうだ。ベルは、サムがサード・エンダーズから身を隠すために結界魔法を使っていたのではないかと推測した。エルストは、ベルの推測が間違っていないことを感じていた。サムはエルストの知らないところで、知らないうちに、エルストを守り続けていたのである。
エルストは隠れ家に入った。簡素なキッチンとダイニングテーブル、そして部屋じゅうに散乱した本の数々と何かの模型がエルストの目に映る。丸く縁取られた窓から朝日の光が射し込んでいる。壁際には天井まで届く本棚が一面に広がっている。しかし本棚は空っぽである。そこに収められていたであろう本が、このように、テーブルの上や床の上にすべて散らばっているに違いない。床を踏む隙間もないとエルストは思った。昨夜来たときからこうなのである。模型もおそらく本棚に置いてあったのだろう。
部屋の奥には二階に繋がるはしごがある。ちなみにベルとアギはいま二階で就寝中だ。
エルストは足もとに落ちていた一冊の本を手にとった。進路を確保するためにそうしたのであったが、偶然、エルストはその本の表紙に関心を向けた。そのためエルストは歩くことを忘れ、その場に立ち尽くす。
「魔法と魔力と寿命の関係……」
エルストが呟いたのは本のタイトルである。
「我々人間やドラゴンが魔法を使うとき、魔力と呼ばれるエネルギーを消費する。この魔力というものは、長年の歴史における研究の末、寿命と比例していることがわかった。つまり魔法を使うとき、人間やドラゴンは、己の寿命を消費しているのである」
エルストはさらに読み進める。
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