エミリーと精霊

朝山みどり

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08 掲示板の前で 生徒会長目線

 昨日、庭のトンネルが燃えた。
 祖母が生涯をかけて手入れした蔓バラの長いトンネル。
 父の南風の精霊がそよぎを与え、その香りを庭中に運ばせるのを何よりの楽しみにしていた。
 その下で祖母は誕生日ごとに家族写真を撮った。——そのアーチが、わたしの炎のクジャクの一振りで、灰の房となって垂れ下がった。
 父は何も言わなかった。何も言われないというのは、叱責より重い。
 わたしは夜更けまで、黒く縮れた蔓を思い出しては胸の奥を爪で引っかかれるような感覚に耐えた。
 クジャクは欄干に止まり、退屈そうに尾をひらひらさせている。元来、気まぐれな精霊だ。だが近ごろは、やたら羽をひろげ、熱を撒く。
 わたしが止めると一応は従うが、いつでも好きにできるんだぞと思っているのが伝わって来る。一体どうしたんだ?
 「今日はおとなしくしてくれ」
 学院へ向かう馬車の中、わたしは何度目かの命令を口の中で繰り返した。クジャクは首を傾げ、宝石のように光る冠羽を揺らしただけだった。

 月曜の朝はいつも騒がしい。掲示板に新しい連絡。注意事項と試験の予定が貼り出されるからだ。
 校舎前の石畳には丸く輪ができ、生徒たちの精霊が思い思いの影を落としている。生徒会の腕章をきちんと整える。
 わたしは「秩序」を纏うように、胸を張って輪の中心へ向かった。
 ルーシーが先に来ていた。青炎のフクロウを肩に止まらせ、取り巻きに軽口を飛ばしている。
 声をかける前に、冷たい気配が熱を帯びて視界を横切った。
 ふらふらと、青白い火の玉が風に乗って漂ってくる。鬼火の精霊。
 ざわめきがひとつ深くなった。「誰のだ?」「危ないぞ」
 わたしは片手を上げ、生徒たちに下がるように指示を出した。同時にクジャクの足に意識を送る。
 ——動くな。とどまれ!
 
 遅かった。鬼火が掲示板の端にぬっと寄り、紙の角を舐めるように燃やした瞬間、クジャクが歓喜の震えを見せた。尾をぱっと扇のように全開にし、胸を反らせる。
 「待て!」
 黄金の眼が細まり、火の斑点を散らした翼が空気を捉える。ひとあおぎ。
 熱が、風になった。
 灼けた風が、たなびく紙束をあおって、火の色を掲示板全体に走らせる。火花は鱗のように舞い、生徒たちの頬に散った。悲鳴。裾が熱に持ち上がる。髪の先が焦げる匂い。
 人垣の手前、ひとりだけ、輪から踏み出す影があった。淡い色の制服。エミリーだ。肩にちょこんと小さなトカゲが動いた。
 彼女のまわりに風が渦巻いた。風?
 渦巻いた風が火を吹き消した。
 クジャクの火を吹き消すほどの風とは?
 残った火が彼女の服の袖に燃え移ったが、どこからか現れた水がその火を消した。


 ——動くな、と言ったはずだ。
 クジャクに向けたはずの叱責が、なぜか彼女に向かいそうになる。歯を食いしばった。生徒会長として、私は混乱より先に秩序を置かなければならない。
 
 「大丈夫か」と誰かがエミリーに話しかけた。
 彼女は軽く首を横に振る。
 「保健室へ」と誰かが彼女を優しく連れて行こうとした。
 その瞬間、周囲の視線が揺れたのがわかった。

 わたしの喉の奥が熱くなった。黒く焼け焦げた庭のアーチ。父の沈黙。
 わたしは前に出て、声を張った。
 「エミリー・ブリーズ。注意しておく。火に向かって風を放つとは何事だ」

 空気が止まった。
 「いまの混乱は、彼女の軽率な魔法使用が引き金だ。鬼火の火に風を放った。苦し紛れにやったことだと思うが」
 と理解を示す言葉も付け加える。
 自分の言葉が、冷えた刃へと形を変えて自分に向かってくる。事実を並べているだけだ。自分をごまかす。
 わたしのクジャクは、確かに羽を広げた。そう、羽を広げた火の上位精霊として下位の鬼火を抑えようとしたのだ。
 
 生徒会長として秩序を守らねばならない。罪人が必要だ。誰かの責任。誰かのせいになれば、人は落ち着く。

 ルーシーが間を置かずにうなずいた。
 「会長のおっしゃる通りです。わたしも見ました。風が‥‥‥」
 取り巻きの賛同の声が、ためらいがちに続く。
 エミリーは何も言わなかった。彼女の肩のトカゲが、緑に金を散らした目でじっとこちらを見ていた。その眼差しが、なぜかクジャクが動揺した。
 「引き止めてすまなかった。保健室へどうぞ」
 わたしが言うと彼女は、さっさと歩いて行った。
 彼女が視界の端から消えるまで、クジャクがじっと見ていた。



 窓辺のクジャクが、唐突に尾を波打たせた。火のうねりがガラスに映り、わたしの輪郭を赤く縁取る。
 火の粉が散るが、すぐに消える。わたしは部屋に置かれたバケツの位置を確認する。四隅に二個ずつそれは置かれている。
 自分の力不足を如実に示すそれらを、わたしは自分が申し出て用意させている。

 忌々しさがつのるが、もうすぐクジャクも落ち着くはずだ。

 わたしは、自分にそう言い聞かせるのだった。
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