11 / 29
いろんな人がいろんな所で
ぷんくん
どうして、そこまで嫌われているのかは、最後までよくわからなかった。
いまでもわからない。そもそも話をしたこともあまりない。雑談のグループにいたことがあるかも知れない。
その程度だ。
同じクラブの同級生。仮に「ぷんくん」としておく。沸点が低くてすぐ「ぷん」となるからぷんくんだ。
最初の違和感は、あの日だった。
おにぎりの入った大きな容器を運んでいたとき。
一人で持てる重さじゃない。横に長いプラスチックケースで、左右に持ち手がついている。わたしともう一人で、向かい合うようにしてそれぞれ持ち手を掴み、腕を伸ばしたまま、ぎこちなく歩いていた。
重い、というより、ずっと同じ姿勢で支え続けるのがきつい。
腕がじわじわと痺れてくる。指の感覚が少しずつ鈍くなっていく。
「一回、置こうか」
小さく声をかけて、すぐそばにあった水のケースの上に、二人でタイミングを合わせて、そっと乗せた。
ドン、と音を立てないように気をつけながら。
すぐにまた持ち上げるつもりだった。
あくまで仮置き。ほんの数秒、腕を休ませるためだけの。
そのときだった。
「そこに置いたら邪魔になるだろ!考えろ!」
空気を切るような声だった。
振り返るまでもなく、ぷんくんだとわかる。
声の大きさと語気の荒さが、場に対して明らかに過剰だった。
周りで談笑していた他のクラブのグループも、一斉に口を閉じてこちらを見る。
笑い声が、途中で切れたみたいに止まる。
誰も動かない。
わたしも、隣で持っていた子も、ケースに手をかけたまま固まった。
言い返す言葉なんて、出てこない。
「すみません」と言うほどのことかも、正直わからない。
でも、何か言わなければいけない気もして、口が半開きのまま止まる。
その沈黙を破ったのは、別の子だった。
「こっちに置いたらいいよ」
自然な声で、少し離れた別の水のケースを指した。
その子が軽くケースの端を持ち上げるのを合図に、わたしたちはまた二人で息を合わせて、おにぎりの容器を持ち上げ、移動させた。
腕に、さっきよりも重さが食い込む。
でもそれよりも、視線のほうが気になった。
ぷんくんは、動かない。
ただ、こちらを見ているが、おおげさにため息をついた。
正確には——わたしを見ている。
二人で運んでいたのに。
怒鳴りつけられたのも、視線を向けられたのも、わたしだ。
そのことに気づいた人は、たぶん何人もいた。
でも、誰も何も言わない。
「今の、ちょっとおかしくない?」
そう口に出す人は、いなかった。
空気が、そういう形に固まっていた。
なんとなく、全員が気づいている。
でも、それを言葉にした瞬間に、何か面倒なものが始まるのもわかっている。
だから、触れない。
そのまま、何事もなかったみたいに作業が再開される。
笑い声も、少し遅れて戻ってくる。
ただ、その音は、さっきよりもわずかに薄かった。
次に決定的だと思ったのは、文化祭の模擬店のとき。
綿菓子を買って、そのまま持って店に戻った。
中に入った瞬間、声が飛んできた。
「そんなもの持って店に入るな!」
店の中に、響き渡る声量だった。
一瞬で、空気が冷える。
場違いな怒鳴り声。たかが文化祭の模擬店だが、ぷんくんの言うことは正しいだろう。
だが、その言い方は正しいか?
お店にいた人もその時仕事していた人も、身内と言えば身内、ゆるい雰囲気だった。
正論でいえばぷんくんは仕事のシフトだった。なのに隅で喋っていた。
一気に店の雰囲気を凍らせて注意すること?
そのとき、入口のほうが少しざわついた。
下級生が四人、楽しそうに入ってくる。
手には、それぞれ大きな綿菓子。
ふわふわとした白やピンクが、店の中にふくらむ。
私は、反射的にぷんくんのほうを見た。
さっきと同じことを言うのか。
それとも——。
ぷんくんは、何も言わなかった。
一瞬、視線を向けただけで、すぐに逸らす。
注意する気配は、まるでない。
「先輩の後輩だからって、綿菓子おまけして貰いましたー」
下級生の一人が、弾んだ声で言う。
周りが「よかったね」と笑う。
その空気に、誰も違和感を口にしない。
でも、たぶん——
何人かは、同じことを思っていた。
さっきのは、何だったんだろう。
わたしにだけ、言ったのか。
それとも、たまたまなのか。
たまたま、が続くと、人は気づく。
でも、気づいても、確信にはしない。
確信にしてしまうと、扱いに困るから。
だから、みんな、少しだけ視線を泳がせて、
すぐに何もなかった顔に戻る。
わたしも、同じようにした。
綿菓子を持ったまま、立ち尽くしながら、
「まあ、いいか」と思うふりをした。
そうするしかない空気が、そこにあった。
彼は小さな会社の跡取りだと話していた。
わたしは、ときどき思っていた。わたしに権力があったら彼の会社をつぶしてやるって。
残念ながら彼の会社はわたしが潰す前に潰れてしまった。
あなたにおすすめの小説
十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。
あいみ
恋愛
碌に手入れもされていない赤毛の伯爵令嬢、スカーレット。
宝石のように澄んだ青い髪をした伯爵令嬢、ルビア。
対極のような二人は姉妹。母親の違う。
お世辞にも美しいと言えない前妻の子供であるスカーレットは誰からも愛されない。
そばかすだらけで、笑顔が苦手な醜い姉。
天使のように愛らしく、誰からも好かれる可愛い妹。
生まれつき体の弱いルビアは長くは生きられないと宣告されていた。
両親の必死に看病や、“婚約者の献身的なサポート”のおかげで、日常生活が送れるようになるまで回復した。
だが……。運命とは残酷である。
ルビアの元に死神から知らせが届く。
十六歳の誕生日、ルビアの魂は天に還る、と。
美しい愛しているルビア。
失いたくない。殺されてなるものか。
それぞれのルビアを大切に思う想いが、一つの選択をさせた。
生まれてくる価値のなかった、醜いスカーレットを代わりに殺そう、と。
これは彼女が死ぬ前と死んだ後の、少しの物語。
とある者たちの小さな復讐譚
かわもり かぐら(旧:かぐら)
恋愛
フレデリック・ブレグリン侯爵には、目に入れても痛くないほど可愛い娘がいる。
最近、その娘が酷く悲しい思いをして帰ってきた。
妻が寄り添い、悲しみに暮れる娘を励ましている間、フレデリックはどうにかして娘の悲しみの原因を取り除こうと日々動き回っていた。
そんなある日、フレデリックは優秀な使用人ふたりを王都の奥まった通りにある宿へ送り込む。
しかしふたりは、目的を果たす前に宿泊を取りやめて帰ってきた。
一歩間違えれば、フレデリックだけでなく侯爵家全体が咎められる状況に陥るところだったらしい。
それでもふたりが無事に戻れたのは、宿の受付をしていた帽子の男の助言があったからだという。
「あんたと俺の目的は同じ。俺の方は別な理由も混じってるけど、理由も似たようなもんだな」
これは、とある者に人生を狂わされた者たちの小さな復讐譚である。
※ 目指せ短編の目安2万字! を目標に書いています。
※ 話の区切りの都合上、全3話を想定。
※ カクヨム、なろう、pixiv にも投稿しています。
こうして私は悪魔の誘惑に手を伸ばした
綴つづか
恋愛
何もかも病弱な妹に奪われる。両親の愛も、私がもらった宝物もーー婚約者ですらも。
伯爵家の嫡女であるルリアナは、婚約者の侯爵家次男ゼファーから婚約破棄を告げられる。病弱で天使のような妹のカリスタを抱き寄せながら、真実の愛を貫きたいというのだ。
ルリアナは、それを粛々と受け入れるほかなかった。
ゼファーとカリスタは、侯爵家より譲り受けた子爵領へと移り住み、幸せに暮らしていたらしいのだが。2年後、『病弱』な妹は、出産の際に命を落とす。
……その訃報にルリアナはひっそりと笑みを溢した。
妹に奪われてきた姉が巻き込まれた企みのお話。
他サイトにも掲載しています。※ジャンルに悩んで恋愛にしていますが、主人公に恋愛要素はありません。
家族から苛められていた私が、大会の賞品に選ばれてしまった結果
しきど
恋愛
幼い頃、男爵家の養子となった私は、血の繋がらない家族から煙たがられる存在でした。
鬱屈とした日々を過ごしていたある日、資金難に苦しんでいた義父は領土内での剣術大会の開催を発案します。
「優勝者には、ルミーナを妻に与えよう」
──私が、賞品ですか?
家族からすればお金儲けが出来て、疎ましく思っている私を家から追い出す事も出来る、一石二鳥の作戦と言えるでしょう。
でも私は、ならず者のような腕自慢のお嫁さんになるなんて絶対嫌。
そうまでされるのであれば、私にも考えというものが御座います──。
お姉様のお誕生日を祝うのが、なぜ我儘なの?
月白ヤトヒコ
ファンタジー
健康で、元気なお姉様が羨ましかったの。
物心付いたときから、いつも体調が悪かった。いつもどこかが苦しかった。
お母様が側にいてくれて、ずっと看病してくれた。お父様は、わたしのお医者様の費用やお薬代を稼ぐのが大変なんだってお母様が言ってた。
わたし、知らなかったの。
自分が苦しかったから。お姉様のことを気にする余裕なんてなかったの。
今年こそは、お姉様のお誕生日をお祝いしたかった……んだけど、なぁ。
お姉様のお誕生日を祝うのが、なぜ我儘なの?
※『わたくしの誕生日を家族で祝いたい、ですか? そんな我儘仰らないでくださいな。』の、妹視点。多分、『わたくしの誕生日を~』を先に読んでないとわかり難いかもです。
設定はふわっと。
美人な姉と『じゃない方』の私
LIN
恋愛
私には美人な姉がいる。優しくて自慢の姉だ。
そんな姉の事は大好きなのに、偶に嫌になってしまう時がある。
みんな姉を好きになる…
どうして私は『じゃない方』って呼ばれるの…?
私なんか、姉には遠く及ばない…
ふたりの愛は「真実」らしいので、心の声が聞こえる魔道具をプレゼントしました
もるだ
恋愛
伯爵夫人になるために魔術の道を諦め厳しい教育を受けていたエリーゼに告げられたのは婚約破棄でした。「アシュリーと僕は真実の愛で結ばれてるんだ」というので、元婚約者たちには、心の声が聞こえる魔道具をプレゼントしてあげます。