11 / 30
怖い話
蒼い石
しおりを挟む
占い師が口にした言葉は、彼の運命を変えた。王の寵愛深かった母が、命と引き換えに生んだ子だった。
「この子は国を滅ぼす星のもとに生まれた」
玄星(げんせい)と名づけられたその皇子は、王宮の華やかな場から遠ざけられ、荒れ果てた離宮で一人育った。
誰ひとり彼に寄り添わず、食事すら戸口に置かれる始末。彼が幼子の声で泣いても、誰も答えなかった。
時が流れ、玄星が十六になったある日。騎馬の音とともに軍靴の響きが離宮に近づいた。やがて門が開かれ、兵士たちが無言で彼を取り囲んだ。
「王の命だ」とだけ言われ、玄星は王宮へと連れ出された。
謁見の間では、王と貴族、そして歳老いた占い師が待ち受けていた。誰一人、彼を名で呼ぶことはなかった。王の口から語られたのは、再びの予言だった。
「災いが近い。皇子の一人を生贄とせねば、国は滅びる。届天山(とどけてんざん)の頂にて、その首を刎ねよ」
その言葉に、誰も異を唱えなかった。選ばれたのが玄星であったことも、予め決められていたかのようだった。
予言が正しいかどうか、確かめる者などいなかった。占い師と王妃が一瞬目を合わせたことに気づいたものもいなかった。
◇◇◇
届天山(とどけてんざん)への道は険しく、玄星の薄い靴はすぐに破け、足は石に裂かれ血を滲ませた。だが兵士たちは歩みを緩めることなく彼を引きずり上げた。言葉もかけず、目も合わせず。ただ任務を果たすためだけに。
やがて、山の頂にたどり着いた。雪が混じる冷たい風が吹きすさび、空は低く重く垂れこめていた。
「ここだ」と隊長が言った。
玄星は黙って空を見上げた。何も恐れていない顔だった。言葉はなかったが、その目には諦めと、どこか透明な静けさが宿っていた。
彼は王城の伽藍、教会の尖塔を眺めていた。
彼が生まれたとき、口に含んでいたという青い石。水を封じ込めたかのようなその石は、今も彼の喉元に下げられていた。
処刑の前、隊長がそれに気づいた。
「死人には勿体ないな」と、兵士に命じて石をもぎ取る。
石はその瞬間、青く光った。
◇◇◇
刃が振り下ろされ、玄星の首が地に落ちると、大地が鳴った。
石が兵士の手を離れ、宙に舞った。
山が揺れた。いや、山だけではない。遥か下、王宮も、街も、広がる畑も、すべてが揺れた。誰もが立っていられず、建物は傾き、壁は崩れ、地面にひびが走った。
やがて、地下深くから水が噴き出した。
河があふれ、運河が裂け、田畑を覆い、庭園を呑み込んだ。人々の悲鳴も、鐘の音も、水の咆哮にかき消された。
兵士たちは急ぎ山を下ろうとしたが、途中から水が追いかけてきた。誰かが叫んだ。
「戻れ! 水だ、水が来る!」
だが遅かった。細い山道はすぐに濁流に変わり、兵士たちは一人、また一人と呑み込まれた。逃げのびた者も、水面に映る光景を見て声を失った。
伽藍の尖塔が、波間に沈む。かつて祈りの場だった聖堂も、王が座す玉座の間も、今はただ水の底に消えていく。
*
玄星の首が落ちたその地には、石がひとつ残された。兵士が手放した瞬間、石は地に触れ、そのまま動かなくなっていた。
青い光を内に封じたその石は、まるで涙のように静かに震えていた。
◇◇◇
やがて、届天山の裾野には巨大な湖が現れた。かつて国があった場所はすべて水に沈み、その周囲に新たな草が芽吹いた。だが、かの国の名を口にする者は、いつしかいなくなった。
石は今も、山頂に残る。
誰にも拾われることなく。
青く、静かに。
まるで、亡き皇子の魂を封じたように。
「この子は国を滅ぼす星のもとに生まれた」
玄星(げんせい)と名づけられたその皇子は、王宮の華やかな場から遠ざけられ、荒れ果てた離宮で一人育った。
誰ひとり彼に寄り添わず、食事すら戸口に置かれる始末。彼が幼子の声で泣いても、誰も答えなかった。
時が流れ、玄星が十六になったある日。騎馬の音とともに軍靴の響きが離宮に近づいた。やがて門が開かれ、兵士たちが無言で彼を取り囲んだ。
「王の命だ」とだけ言われ、玄星は王宮へと連れ出された。
謁見の間では、王と貴族、そして歳老いた占い師が待ち受けていた。誰一人、彼を名で呼ぶことはなかった。王の口から語られたのは、再びの予言だった。
「災いが近い。皇子の一人を生贄とせねば、国は滅びる。届天山(とどけてんざん)の頂にて、その首を刎ねよ」
その言葉に、誰も異を唱えなかった。選ばれたのが玄星であったことも、予め決められていたかのようだった。
予言が正しいかどうか、確かめる者などいなかった。占い師と王妃が一瞬目を合わせたことに気づいたものもいなかった。
◇◇◇
届天山(とどけてんざん)への道は険しく、玄星の薄い靴はすぐに破け、足は石に裂かれ血を滲ませた。だが兵士たちは歩みを緩めることなく彼を引きずり上げた。言葉もかけず、目も合わせず。ただ任務を果たすためだけに。
やがて、山の頂にたどり着いた。雪が混じる冷たい風が吹きすさび、空は低く重く垂れこめていた。
「ここだ」と隊長が言った。
玄星は黙って空を見上げた。何も恐れていない顔だった。言葉はなかったが、その目には諦めと、どこか透明な静けさが宿っていた。
彼は王城の伽藍、教会の尖塔を眺めていた。
彼が生まれたとき、口に含んでいたという青い石。水を封じ込めたかのようなその石は、今も彼の喉元に下げられていた。
処刑の前、隊長がそれに気づいた。
「死人には勿体ないな」と、兵士に命じて石をもぎ取る。
石はその瞬間、青く光った。
◇◇◇
刃が振り下ろされ、玄星の首が地に落ちると、大地が鳴った。
石が兵士の手を離れ、宙に舞った。
山が揺れた。いや、山だけではない。遥か下、王宮も、街も、広がる畑も、すべてが揺れた。誰もが立っていられず、建物は傾き、壁は崩れ、地面にひびが走った。
やがて、地下深くから水が噴き出した。
河があふれ、運河が裂け、田畑を覆い、庭園を呑み込んだ。人々の悲鳴も、鐘の音も、水の咆哮にかき消された。
兵士たちは急ぎ山を下ろうとしたが、途中から水が追いかけてきた。誰かが叫んだ。
「戻れ! 水だ、水が来る!」
だが遅かった。細い山道はすぐに濁流に変わり、兵士たちは一人、また一人と呑み込まれた。逃げのびた者も、水面に映る光景を見て声を失った。
伽藍の尖塔が、波間に沈む。かつて祈りの場だった聖堂も、王が座す玉座の間も、今はただ水の底に消えていく。
*
玄星の首が落ちたその地には、石がひとつ残された。兵士が手放した瞬間、石は地に触れ、そのまま動かなくなっていた。
青い光を内に封じたその石は、まるで涙のように静かに震えていた。
◇◇◇
やがて、届天山の裾野には巨大な湖が現れた。かつて国があった場所はすべて水に沈み、その周囲に新たな草が芽吹いた。だが、かの国の名を口にする者は、いつしかいなくなった。
石は今も、山頂に残る。
誰にも拾われることなく。
青く、静かに。
まるで、亡き皇子の魂を封じたように。
70
あなたにおすすめの小説
隣の芝生は青いのか
夕鈴
恋愛
王子が妻を迎える日、ある貴婦人が花嫁を見て、絶望した。
「どうして、なんのために」
「子供は無知だから気付いていないなんて思い上がりですよ」
絶望する貴婦人に義息子が冷たく囁いた。
「自由な選択の権利を与えたいなら、公爵令嬢として迎えいれなければよかった。妹はずっと正当な待遇を望んでいた。自分の傍で育てたかった?復讐をしたかった?」
「なんで、どうして」
手に入らないものに憧れた貴婦人が仕掛けたパンドラの箱。
パンドラの箱として育てられた公爵令嬢の物語。
王家も我が家を馬鹿にしてますわよね
章槻雅希
ファンタジー
よくある婚約者が護衛対象の王女を優先して婚約破棄になるパターンのお話。あの手の話を読んで、『なんで王家は王女の醜聞になりかねない噂を放置してるんだろう』『てか、これ、王家が婚約者の家蔑ろにしてるよね?』と思った結果できた話。ひそかなサブタイは『うちも王家を馬鹿にしてますけど』かもしれません。
『小説家になろう』『アルファポリス』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。
結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。
佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。
結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。
アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。
アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。
【完結】その約束は果たされる事はなく
かずきりり
恋愛
貴方を愛していました。
森の中で倒れていた青年を献身的に看病をした。
私は貴方を愛してしまいました。
貴方は迎えに来ると言っていたのに…叶わないだろうと思いながらも期待してしまって…
貴方を諦めることは出来そうもありません。
…さようなら…
-------
※ハッピーエンドではありません
※3話完結となります
※こちらの作品はカクヨムにも掲載しています
【完結】遅いのですなにもかも
砂礫レキ
恋愛
昔森の奥でやさしい魔女は一人の王子さまを助けました。
王子さまは魔女に恋をして自分の城につれかえりました。
数年後、王子さまは隣国のお姫さまを好きになってしまいました。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】
星森 永羽
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
これからもあなたが幸せでありますように。
石河 翠
恋愛
愛する男から、別の女と結婚することを告げられた主人公。彼の後ろには、黙って頭を下げる可憐な女性の姿があった。主人公は愛した男へひとつ口づけを落とし、彼の幸福を密やかに祈る。婚約破棄風の台詞から始まる、よくある悲しい恋の結末。
小説家になろうにも投稿しております。
扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる