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08 タマとマロン ヨシオ目線
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マロンを美容院に預けてから、ずっとそわそわしていた。
店のガラス越しに見えるマロンは、知らない人に触られるのが少し苦手で、耳が後ろに寝ていた。
けれどトリマーさんの手が丁寧なのがわかっていたから、大丈夫だろうと自分に言い聞かせる。
いざ迎えに行くと、マロンはふわふわの栗色の毛並みで、どこか誇らしげだった。
「よし、リリ子さんのところに行くぞ」と言ったら、くりくりの目をしてこちらを見上げた。
何もわからないわけじゃない。たぶん、いつもの散歩とは違うってわかってるんだ。
玄関先で深呼吸を一つ。
ピンポン
「お邪魔します」と声をかけると、リリ子さんがぱっと明るい顔で迎えてくれた。
「まぁ、マロンちゃん。いい子ねぇ、きれいにしてもらったの?」
そして続きを言おうとしたリリ子さんが笑い出した。
「おつきの人・・・」
するとあの猫が玄関にやって来た。
あの忌々しい猫がやって来た。
二人は、いや二匹は見つめ合うと鼻を寄せ合った。
そしてお互い、ふんふんと匂いを嗅ぐ。
タマの方も、友好的に鼻先を突き出して、ふんふん。
何だ、この妙に平和な空気は。
あのヤクザ猫と仲良く出来るなんてマロンはわたしより大人だ。
「まぁまぁ、二人とも仲が良いのねぇ」
リリ子さんが嬉しそうに笑った。
わたしは苦笑するしかない。
リリ子さんは何を思ったか、キッチンからアルミホイルを持ってきて、くしゃくしゃと丸めた。
ほら、これで遊びなさい」と二人の前に転がす。
犬と猫が一緒にアルミホイルのボールを追いかけるなんて、動画でも見たことがない。
これはバズるかも?
二人はそんなこちらの気持ちも関係なく、転がるボールに夢中だ。
タマが先に追いかけると、マロンも負けじと走る。
居間から廊下へ、廊下からまた居間へ。
ドタバタと足音と爪の音が響いて、リリ子さんが「まあまあ」と手を叩いて笑っている。
ふとタンスの上に目が行った。
そこにあったはずの骨壷がない。
代わりに、きれいな布の上に、新しい写真立てがいくつも並んでいる。
子供のリリ子さん。若いリリ子さんが微笑んでいる。
先代タマもこちらを見ている。このタマもリリ子さんと並んでこちらを見ている。
きっと、リリ子さんにとっては前のタマも今のタマも、同じ一つの命なんだ。
二人のはしゃぐ姿は見ていて飽きなかった。
タマがうまく転がすと、マロンがすかさず追いかけて咥える。
でもすぐに口から離してタマに譲る。
普段はわたしにもそんなことしないくせに、こいつ、タマには妙に気を遣っている。
「マロンは優しい子ですねぇ」
リリ子さんが嬉しそうに声をかけると、マロンは得意げに尻尾を振る。
タマは相変わらずふん、と澄ました顔をしているが、追いかける後ろ姿が楽しそうだ。
しばらくして、二人はさすがに疲れたのか、廊下の真ん中でぺたんと座り込んだ。
マロンが前足を伸ばして、そこに顔を埋めてクタっとなった。
タマは寝椅子に戻るだろうと思って見ていたら、マロンの背中によじ登って、そこでクタッとなった。
あのヤクザ猫が、犬の背中で寝るなんて。
「まぁまぁ、かわいいわねぇ」
リリ子さんは小さなデジカメを構えて、二人をいろんな角度から撮っている。
タマは半分寝ているのか、目を細めているし、マロンも全く嫌がる素振りがない。
わたしはその後ろで小さく肩をすくめた。
嬉しいけど、なんか嫌だ。
「ヨシオさん、お茶淹れましょうね」
キッチンに立つリリ子さんの声が、前よりずっと張りがある。
タマが戻ってきて、骨壷がなくなった代わりに、新しい写真が増えている。
部屋の空気が少しだけ暖かい。
わたしは寝転んだままの二人を見ながら、小さくつぶやいた。
「お前はほんと、嫌なやつだ。マロンはお前と仲良くできるんだから、俺より大人だな」
マロンの背中でタマがしっぽを揺らす。
それがまるで、「当然だろう」と言っているように見えて、なんだか可笑しい。
湯気の立つ湯呑を受け取って、リリ子さんの隣に座った。
「タンスの上、きれいになりましたね」
「ふふ、新しい写真をね、いっぱい飾ろうと思って。タマが帰ってきてくれたから、もう前のタマにはゆっくりしてもらおうと思って」
わたしは湯呑を口に運びながら、部屋の中を見渡した。
遠くから、二人の寝息がかすかに聞こえる。
写真を撮るシャッターの音が、時々、穏やかに響いた。
店のガラス越しに見えるマロンは、知らない人に触られるのが少し苦手で、耳が後ろに寝ていた。
けれどトリマーさんの手が丁寧なのがわかっていたから、大丈夫だろうと自分に言い聞かせる。
いざ迎えに行くと、マロンはふわふわの栗色の毛並みで、どこか誇らしげだった。
「よし、リリ子さんのところに行くぞ」と言ったら、くりくりの目をしてこちらを見上げた。
何もわからないわけじゃない。たぶん、いつもの散歩とは違うってわかってるんだ。
玄関先で深呼吸を一つ。
ピンポン
「お邪魔します」と声をかけると、リリ子さんがぱっと明るい顔で迎えてくれた。
「まぁ、マロンちゃん。いい子ねぇ、きれいにしてもらったの?」
そして続きを言おうとしたリリ子さんが笑い出した。
「おつきの人・・・」
するとあの猫が玄関にやって来た。
あの忌々しい猫がやって来た。
二人は、いや二匹は見つめ合うと鼻を寄せ合った。
そしてお互い、ふんふんと匂いを嗅ぐ。
タマの方も、友好的に鼻先を突き出して、ふんふん。
何だ、この妙に平和な空気は。
あのヤクザ猫と仲良く出来るなんてマロンはわたしより大人だ。
「まぁまぁ、二人とも仲が良いのねぇ」
リリ子さんが嬉しそうに笑った。
わたしは苦笑するしかない。
リリ子さんは何を思ったか、キッチンからアルミホイルを持ってきて、くしゃくしゃと丸めた。
ほら、これで遊びなさい」と二人の前に転がす。
犬と猫が一緒にアルミホイルのボールを追いかけるなんて、動画でも見たことがない。
これはバズるかも?
二人はそんなこちらの気持ちも関係なく、転がるボールに夢中だ。
タマが先に追いかけると、マロンも負けじと走る。
居間から廊下へ、廊下からまた居間へ。
ドタバタと足音と爪の音が響いて、リリ子さんが「まあまあ」と手を叩いて笑っている。
ふとタンスの上に目が行った。
そこにあったはずの骨壷がない。
代わりに、きれいな布の上に、新しい写真立てがいくつも並んでいる。
子供のリリ子さん。若いリリ子さんが微笑んでいる。
先代タマもこちらを見ている。このタマもリリ子さんと並んでこちらを見ている。
きっと、リリ子さんにとっては前のタマも今のタマも、同じ一つの命なんだ。
二人のはしゃぐ姿は見ていて飽きなかった。
タマがうまく転がすと、マロンがすかさず追いかけて咥える。
でもすぐに口から離してタマに譲る。
普段はわたしにもそんなことしないくせに、こいつ、タマには妙に気を遣っている。
「マロンは優しい子ですねぇ」
リリ子さんが嬉しそうに声をかけると、マロンは得意げに尻尾を振る。
タマは相変わらずふん、と澄ました顔をしているが、追いかける後ろ姿が楽しそうだ。
しばらくして、二人はさすがに疲れたのか、廊下の真ん中でぺたんと座り込んだ。
マロンが前足を伸ばして、そこに顔を埋めてクタっとなった。
タマは寝椅子に戻るだろうと思って見ていたら、マロンの背中によじ登って、そこでクタッとなった。
あのヤクザ猫が、犬の背中で寝るなんて。
「まぁまぁ、かわいいわねぇ」
リリ子さんは小さなデジカメを構えて、二人をいろんな角度から撮っている。
タマは半分寝ているのか、目を細めているし、マロンも全く嫌がる素振りがない。
わたしはその後ろで小さく肩をすくめた。
嬉しいけど、なんか嫌だ。
「ヨシオさん、お茶淹れましょうね」
キッチンに立つリリ子さんの声が、前よりずっと張りがある。
タマが戻ってきて、骨壷がなくなった代わりに、新しい写真が増えている。
部屋の空気が少しだけ暖かい。
わたしは寝転んだままの二人を見ながら、小さくつぶやいた。
「お前はほんと、嫌なやつだ。マロンはお前と仲良くできるんだから、俺より大人だな」
マロンの背中でタマがしっぽを揺らす。
それがまるで、「当然だろう」と言っているように見えて、なんだか可笑しい。
湯気の立つ湯呑を受け取って、リリ子さんの隣に座った。
「タンスの上、きれいになりましたね」
「ふふ、新しい写真をね、いっぱい飾ろうと思って。タマが帰ってきてくれたから、もう前のタマにはゆっくりしてもらおうと思って」
わたしは湯呑を口に運びながら、部屋の中を見渡した。
遠くから、二人の寝息がかすかに聞こえる。
写真を撮るシャッターの音が、時々、穏やかに響いた。
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