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ミルクティーはとびきり甘くして
わたしと店長さん 2
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ダメ元でシェ・ヴーの前を通ってみたけれど、やっぱりランチタイムは終わってしまったみたいで『準備中』の札が下がっていた。スマートフォンでミルクティーの淹れ方を調べながら駅前のスーパーに向かう。茶葉はあったはずだから、牛乳と角砂糖が手に入れば、自宅でも飲むことができるだろう。まあ、シェ・ヴーのミルクティーには敵わないだろうけど。
「あああっ」
最後の一本だった牛乳を手に取った途端、後ろから大きな声が聞こえた。驚いて振り返ると、大きくて熊みたいな強面のお兄さんがわたしのカゴの中の牛乳を恨めしそうに見つめていた。
「その牛乳どうするんですか?」
お兄さんはわたしに一歩近づいてきた。
なんなのこの人。でかいし、顔怖いし。牛乳どうするって、飲むか料理に使うかに決まってるじゃん。いいじゃん牛乳くらい。早い者勝ちでしょって言いたいのに、今にも飛びかかってきそうなお兄さんが怖くて、それが出来ずにただただ見上げてしまう。
「あの、わたしはどうしてもミルクティー飲みたいんです。だから、牛乳が必要なんです……」
かなりの低姿勢で反論してみると、お兄さんはこれまた大きな溜息をついた。恐怖に震えながら、わたしは牛乳を守るようにカゴを体の後ろに隠した。
「そんな理由なら俺に譲ってください」
そんな理由って。わたしの至福の時間をなんだと思ってるんだ、と睨みつけると、お兄さんは腕時計に目を落とした後、何かを呟いてわたしの手首を掴んだ。
「ミルクティーなら俺が淹れるから」
そう言ってレジにたどり着くと、お兄さんはさっさと支払いを終えてしまった。
この人勝手すぎない?
しかも、この顔でミルクティーって似合わないって。
言葉には出せないまま、目の前の男への文句が心の中でぐるぐると渦巻いていく。
お兄さんは左手に牛乳を、右手にわたしの手首を掴んだままずんずんと歩いていく。背の高いお兄さんの一歩はかなり大きくて、わたしは必死でついていくしかなかった。一体どこに向かっているのか。この人はわたしを家に連れ込もうとしているのだろうか。駅前の大通りから外れたら、もう逃げるチャンスはなくなってしまう。
「あの、ミルクティーは諦めますから放してください」
息を大きく吸って、立ち止まってそう言ってみた。そしたら、お兄さんの熊みたいな顔はみるみるうちに子犬のようになってしまった。
「俺が、あなたに飲んでほしいんですよ」
お兄さんはわたしの目線に合わせるように身を屈める。
「今日、店に来てくれなかったから、心配しました」
今日店に来てくれなかったから。この人は今そう言った。わたしが毎日行く店なんて、あのカフェだけだ。
「もしかして、シェ・ヴーの店長さんですか? ごめんなさい、わたし、お顔知らなくて」
わたしの問いかけに、お兄さんはああっと声を出し、右手で目元を覆った。
「すみません。俺はいつもあなたのことを見てたので。いつも来てくれて嬉しかったんです。本当に。突然話しかけて怖い思いさせましたよね」
店長さんは通りの真ん中でわたしに深々と頭を下げた。
「いえいえ、いつもおいしいご飯とミルクティーをありがとうございます」
つられてわたしも直角に体を折り曲げる。『いつもあなたのことを見てた』という言葉に、がりりと角砂糖を噛み砕いたような甘さが胸に広がる。けれど、あの店員の女の子が頭に浮かんで、一瞬でコーヒーみたいな苦さで塗り替えられてしまった。いつもって、そりゃ毎日通ってるんだし、常連の顔くらい覚えてて当然だ。
「ミルクティー淹れますから、今から店に来ませんか?」
いつの間にか顔を上げていた店長さんがわたしに笑いかける。彼が店長だとわかった今では、熊は熊でも絵本のなかの優しそうな『くまさん』に見えてきた。わたしが頷くと、店長さんは「よかった」と言って歩き始めた。その横顔が、すごく優しくて、この人が作るからあのオムライスは優しい味がするんだなって納得した。
さっきまで掴まれていた手首が寂しい。あの大きくて優しい手は、あの女の子のためにあるんだと思うと苦しくなってくる。店長さんの歩幅はやっぱり広くて、どんどん先に行ってしまうのを数歩ごとに駆け足で追いかけた。
「あああっ」
最後の一本だった牛乳を手に取った途端、後ろから大きな声が聞こえた。驚いて振り返ると、大きくて熊みたいな強面のお兄さんがわたしのカゴの中の牛乳を恨めしそうに見つめていた。
「その牛乳どうするんですか?」
お兄さんはわたしに一歩近づいてきた。
なんなのこの人。でかいし、顔怖いし。牛乳どうするって、飲むか料理に使うかに決まってるじゃん。いいじゃん牛乳くらい。早い者勝ちでしょって言いたいのに、今にも飛びかかってきそうなお兄さんが怖くて、それが出来ずにただただ見上げてしまう。
「あの、わたしはどうしてもミルクティー飲みたいんです。だから、牛乳が必要なんです……」
かなりの低姿勢で反論してみると、お兄さんはこれまた大きな溜息をついた。恐怖に震えながら、わたしは牛乳を守るようにカゴを体の後ろに隠した。
「そんな理由なら俺に譲ってください」
そんな理由って。わたしの至福の時間をなんだと思ってるんだ、と睨みつけると、お兄さんは腕時計に目を落とした後、何かを呟いてわたしの手首を掴んだ。
「ミルクティーなら俺が淹れるから」
そう言ってレジにたどり着くと、お兄さんはさっさと支払いを終えてしまった。
この人勝手すぎない?
しかも、この顔でミルクティーって似合わないって。
言葉には出せないまま、目の前の男への文句が心の中でぐるぐると渦巻いていく。
お兄さんは左手に牛乳を、右手にわたしの手首を掴んだままずんずんと歩いていく。背の高いお兄さんの一歩はかなり大きくて、わたしは必死でついていくしかなかった。一体どこに向かっているのか。この人はわたしを家に連れ込もうとしているのだろうか。駅前の大通りから外れたら、もう逃げるチャンスはなくなってしまう。
「あの、ミルクティーは諦めますから放してください」
息を大きく吸って、立ち止まってそう言ってみた。そしたら、お兄さんの熊みたいな顔はみるみるうちに子犬のようになってしまった。
「俺が、あなたに飲んでほしいんですよ」
お兄さんはわたしの目線に合わせるように身を屈める。
「今日、店に来てくれなかったから、心配しました」
今日店に来てくれなかったから。この人は今そう言った。わたしが毎日行く店なんて、あのカフェだけだ。
「もしかして、シェ・ヴーの店長さんですか? ごめんなさい、わたし、お顔知らなくて」
わたしの問いかけに、お兄さんはああっと声を出し、右手で目元を覆った。
「すみません。俺はいつもあなたのことを見てたので。いつも来てくれて嬉しかったんです。本当に。突然話しかけて怖い思いさせましたよね」
店長さんは通りの真ん中でわたしに深々と頭を下げた。
「いえいえ、いつもおいしいご飯とミルクティーをありがとうございます」
つられてわたしも直角に体を折り曲げる。『いつもあなたのことを見てた』という言葉に、がりりと角砂糖を噛み砕いたような甘さが胸に広がる。けれど、あの店員の女の子が頭に浮かんで、一瞬でコーヒーみたいな苦さで塗り替えられてしまった。いつもって、そりゃ毎日通ってるんだし、常連の顔くらい覚えてて当然だ。
「ミルクティー淹れますから、今から店に来ませんか?」
いつの間にか顔を上げていた店長さんがわたしに笑いかける。彼が店長だとわかった今では、熊は熊でも絵本のなかの優しそうな『くまさん』に見えてきた。わたしが頷くと、店長さんは「よかった」と言って歩き始めた。その横顔が、すごく優しくて、この人が作るからあのオムライスは優しい味がするんだなって納得した。
さっきまで掴まれていた手首が寂しい。あの大きくて優しい手は、あの女の子のためにあるんだと思うと苦しくなってくる。店長さんの歩幅はやっぱり広くて、どんどん先に行ってしまうのを数歩ごとに駆け足で追いかけた。
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