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ミルクティーはとびきり甘くして
俺と園子さん
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店の前に着いて振り返ると、彼女はうつむきながら歩いていた。顔を上げ、俺と目が合うと、申し訳なさそうにあわてて駆け寄ってくる。まるいシルエットがふわふわと浮かびながら近寄ってくるのが愛らしい。あらためて見た彼女は想像以上に小さくて、いつものペースで歩いていた自分をぶん殴ってやりたくなった。
「すみません、走らせちゃって。ディナータイムまではまだ時間あるので、中でゆっくりしてください」
ドアを開けてスペースを作ると、彼女は小さくお辞儀をしてその隙間から店内に入っていった。
「あ、店長! と園子さんだ! 今日来ないなぁって心配してたんですよ。ね、店長」
店内のソファ席に寝そべっていた鏑木が起き上がりながら大声を出す。俺、園子さんって名前初耳なんだけど。知ってたなら教えろよ、と鏑木を睨みつけるが、鏑木には当然そんな攻撃は通用しない。
「優香ちゃん、ごめんね。おやすみの時間に」
鏑木と園子さんは手を振り合って、随分と仲が良さそうだ。いつのまにそんなに親しくなったんだ。
「あ、ミルクティーすぐ用意するんで、座って待っててください」
そう言って厨房に駆け込むと、鏑木がニヤニヤしながらついてくる。
「店長、園子さん拾ってきたんですね。意外とやりますね」
園子さんに聞こえないようにか、俺の耳元で囁く鏑木を「うるさい、あっち行け」と追っ払う。手鍋に水を注いで火にかけてから、ふと店内を覗くと、珍しく厨房に一番近いカウンター席に座った園子さんと目が合ったが、すぐに逸らされてしまった。
ぐつぐつと沸騰した鍋の中に茶葉を入れてから火を止め、蓋をして少し蒸らす。その間に、小皿に角砂糖を三個用意する。園子さんはうつむいてしまって、顔が見えなかった。鍋に牛乳を注いで軽く混ぜ、再び火にかける。今度は沸騰させないように、慎重に様子を見ながら待つ。鍋の縁からふつふつとしてきたところで火を止めて、茶漉しを使って丁寧にカップに注ぐ。そのタイミングで近寄ってきた鏑木を片手で制した。
「今日は俺が」
トレーにミルクティーを入れたカップと角砂糖の小皿、金色のスプーンを乗せて、園子さんの席まで持っていく。俺はなんとなく園子さんの隣に腰掛けた。園子さんは少し戸惑った顔をしながら、角砂糖を一つずつ指でつまんで、カップに落としていった。聞いていた通り、園子さんは角砂糖を三個すべて、ミルクティーに溶かした。
「そんなに甘くして、気持ち悪くならない?」
「すみません、せっかくの味をダメにしてますよね。でも、これが好きなんです」
園子さんはそう言って一口飲むと、ふにゃっと緩んだ顔をした。俺はミルクティーを飲んでいないのに、ぶわっと口の中が甘くなった気がした。
「はぁ、おいし……しあわせ」
園子さんは目を閉じて小さな声でそう呟いた。無意識に園子さんの頭に手を伸ばそうとしている自分に気づいて、あわてて立ち上がる。
「ごゆっくりどうぞ」
俺はそれからおかしくなった。店内の椅子に足をやたらとぶつけたり、じゃがいもの皮を延々と剥いてしまったり。それに、ずっと口の中が甘くて。コーヒーを飲んでみても治まらない。いつまでも喉の奥に甘いのがひっかかって取れない。
「すみません、走らせちゃって。ディナータイムまではまだ時間あるので、中でゆっくりしてください」
ドアを開けてスペースを作ると、彼女は小さくお辞儀をしてその隙間から店内に入っていった。
「あ、店長! と園子さんだ! 今日来ないなぁって心配してたんですよ。ね、店長」
店内のソファ席に寝そべっていた鏑木が起き上がりながら大声を出す。俺、園子さんって名前初耳なんだけど。知ってたなら教えろよ、と鏑木を睨みつけるが、鏑木には当然そんな攻撃は通用しない。
「優香ちゃん、ごめんね。おやすみの時間に」
鏑木と園子さんは手を振り合って、随分と仲が良さそうだ。いつのまにそんなに親しくなったんだ。
「あ、ミルクティーすぐ用意するんで、座って待っててください」
そう言って厨房に駆け込むと、鏑木がニヤニヤしながらついてくる。
「店長、園子さん拾ってきたんですね。意外とやりますね」
園子さんに聞こえないようにか、俺の耳元で囁く鏑木を「うるさい、あっち行け」と追っ払う。手鍋に水を注いで火にかけてから、ふと店内を覗くと、珍しく厨房に一番近いカウンター席に座った園子さんと目が合ったが、すぐに逸らされてしまった。
ぐつぐつと沸騰した鍋の中に茶葉を入れてから火を止め、蓋をして少し蒸らす。その間に、小皿に角砂糖を三個用意する。園子さんはうつむいてしまって、顔が見えなかった。鍋に牛乳を注いで軽く混ぜ、再び火にかける。今度は沸騰させないように、慎重に様子を見ながら待つ。鍋の縁からふつふつとしてきたところで火を止めて、茶漉しを使って丁寧にカップに注ぐ。そのタイミングで近寄ってきた鏑木を片手で制した。
「今日は俺が」
トレーにミルクティーを入れたカップと角砂糖の小皿、金色のスプーンを乗せて、園子さんの席まで持っていく。俺はなんとなく園子さんの隣に腰掛けた。園子さんは少し戸惑った顔をしながら、角砂糖を一つずつ指でつまんで、カップに落としていった。聞いていた通り、園子さんは角砂糖を三個すべて、ミルクティーに溶かした。
「そんなに甘くして、気持ち悪くならない?」
「すみません、せっかくの味をダメにしてますよね。でも、これが好きなんです」
園子さんはそう言って一口飲むと、ふにゃっと緩んだ顔をした。俺はミルクティーを飲んでいないのに、ぶわっと口の中が甘くなった気がした。
「はぁ、おいし……しあわせ」
園子さんは目を閉じて小さな声でそう呟いた。無意識に園子さんの頭に手を伸ばそうとしている自分に気づいて、あわてて立ち上がる。
「ごゆっくりどうぞ」
俺はそれからおかしくなった。店内の椅子に足をやたらとぶつけたり、じゃがいもの皮を延々と剥いてしまったり。それに、ずっと口の中が甘くて。コーヒーを飲んでみても治まらない。いつまでも喉の奥に甘いのがひっかかって取れない。
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