心で呼ぶ名が飛び出る日

うたん

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心で呼ぶ名が飛び出る日

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僕「澪…!」

言ってしまった。
名前を呼ぶのは、これが初めてだった。

──────────────────

名前、それは親からの最初の贈り物で、一生添い遂げるもの、それ故に名前には苗字とは違った特別感がある。

だからこそ、僕はクラスで仲良くなった子でも、苗字で呼んでいた。

──数ヶ月前──

そんな僕が、初めて名前呼びすることになったのは、クラスメイトの水田  澪(みずた   みお)、席が近いこともあり、1番初めに仲良くなった子だ。
そして、いとも簡単に惚れてしまった。
惚れるのは簡単だった、でも、そこからが難しかった、話すことはできる、でも、それだけだった。
朝の挨拶や宿題の話、あとはお互いの好きな物を軽く話す程度、ほんとにただの友達という感じの関係だった。

そして、しだいに苗字で呼び合うようになり、数ヶ月がすぎる頃には、名前で呼びたいと思うようになっていた、初めてのことだった。
朝のふたりきりの教室で、たまたま帰る時間が被ってふたり一緒に帰る時、彼女の苗字を呼ぶ度、次は名前を言おう、澪って言おう、と心で思っていた。
でも、それを言うことはなかった。

そんなある日の事だった。
帰り道、僕はひとりで帰っていた、昼まで雨が降っていたので、いたる所に水たまりができていて、車が通ると水しぶきが飛ぶ。
ふと前を見ると、信号待ちをしている水田を見つけた。
僕は少し早歩きで彼女の元へ向かっていた、すると、このあたりでは滅多に通ることの無い大型トラックが僕の横を通り過ぎ、信号の方へ向かっていった、彼女の数メートル横にはやや大きめの水たまり、僕は足に力を入れた、少しでも彼女が濡れるのを防ぐために。
気づいて…澪…澪…!

僕「澪…!」

言ってしまった。
名前を呼ぶのは、これが初めてだった。
でも、心の叫びがそのまま口に出たことに、その時の僕は気づいていなかった。
トラックとほぼ同時に彼女の腕を掴み引き寄せる。
完全に濡らさないようにはできなかったが、彼女のスカートに少しかかった程度だった、僕もズボンと袖に少しかかった程度。

僕「よかった…あんまり濡れてない…」
澪「あ…ありがと…」

俯いている彼女、びっくりしたのだろうか。

僕「大丈夫?びっくりさせてごめんね…」
澪「あ…いや…その…そうじゃなくて…名前…」
僕「名前?」
澪「さっき、澪って…呼ばれて…」
僕「え?!呼んだ?!」

こくりと頷く澪、そこで僕は自分が心の声を口に出していたことに気づいた。
頬を赤らめる澪、きっと僕も赤くなっている、体全体が熱くなっているのがわかる。
澪も顔を上げ、こっちを見ているが、目が合いそうで、合わなかった、いや、合わせられなかったのかもしれない。

沈黙が続く、さっきの水しぶきで制服が濡れて、少し肌に張り付いていた。
でも、不思議と不快ではなかった、むしろ、熱くなってしまった体にとって、ひんやりと冷たい感触は心地いいもので、この沈黙も、何故か心地よかった。

これからの澪との関係が、何か変わる気がする…。
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