【完結】その少年は硝子の魔術士

鏑木 うりこ

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打倒!元実家!

98 ディライト家の没落 終

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「シェルブール侯爵!?」

「ええ、でもあまり社交界はお得意ではないらしく、ほとんどお出にならないんですって」

「ははは!出ればあちこちから、商品を寄越せと言われてしまうからではないのか?」

「そんな我々もギアナ殿を見たら思わず声をかけてしまいそうですな!あっと、今はシェルブール侯爵ですな!」

 ドフレ侯爵は久しぶりに顔を出した夜会で嫌な汗を書いた。

「でも貴族にあまり興味が無さそうでしたけど?」

「後継がなく困っていたシェルブール侯爵夫妻に声をかけたとか。今夫妻は王都で観光三昧らしいですな」

「ははは!リリー商会の後ろ盾であればなんでも出来そうですね」

「ルシリア翁の音楽会にも毎回出席されているとか。羨ましいですな」

 まずい、まずいぞ。ジュディウス殿!何をやっておられるのだ。本当に、本当にディライト領を干上がらせるつもりなのか!ラギオ・ドフレの顔色は悪い。

「良い夜、とは言えませんかな?ドフレ殿」

「ルシリア殿……」

 誰も声をかけようとしなかったラギオに挨拶をしたのはサマル・ルシリアだった。

「ドフレ殿、どうなさるおつもりで?」

 単刀直入にきいてきた。

「どう、とは」

「共に干上がるのなら何も言わん。私も虎殿を止められぬし、止めようとも思わぬ。私も甥たちは可愛く思っておる」

「そう、ですな」

 辺りをそれと無しに見れば皆、訳知り顔だ。知っているのだ、ディライト家とリリー商会の因縁を。

「孤立無援、と言ったところですね」

「今更言っても詮無きこと。しかしながら、何故ここまで手を打たぬのか理解できぬ」

 もっと早く。ここまで追い詰められる前に出来ることが山のようにあった。

「虎殿は自力で爵位を取られた」

「まだ、価値を残してくれている。急ぎたまえドフレ殿」

「そうですね、恩に来ます、ルシリア殿、失礼します」

 ラギオは夜会を後にした。こうしてはおれぬ。一刻も早くジュディウス・ディライトに会わねばならん。夜中だろうが朝だろうが関係ない。

我が家まで巻き込まれる訳には行かないのだ。


 御者に無理をいい、夜道を飛ばした。

 ディライトの屋敷についたのは夜更けだったが、直ちに呼びつけた。

「いくらドフレ侯爵とはいえ、こんな時間は非常識ではないか?」
 
「ふざけるな!いい加減に現実をみろ!何をしているんだ!あれから何日立っている思ってるんだ!何度も言ったよな?!ドフレ家を巻き込むなと!そして虎に爵位を売って許しを乞えと!お主は爵位以外売れる物を持っていないのだぞ!」

「ど、ドフレ殿、落ち着いて」

「虎殿が最後の慈悲をくれている時間は短いぞ!価値があれば良いが無価値な物に対しての商人の目は厳しいぞ!」

「無価値な物……私は無価値では」

「無価値ですよ!虎殿にすれば。ただ一つ価値があったかもしれない公爵位すら、もう無価値になりつつあるのに!」

 ラギオは苛立ちを爆発させた。何故これほどまでに悠長なのか!自らの領の衰退も、自分の屋敷の荒れようもすべて現実の事なのに、何故対処しようとしないのか?

「うるさいな、今何時だと思うておられるのだ、ドフレ侯爵。突然先ぶれも無しに訪れ、このような時間に騒ぎ立てるとは」

「ディライト翁こそ何を言っておられるのです!自分たちの境遇に気がついておられないのですか!このままでは我が家でも貴方達を受け入れる訳には行きませんし、ミレイやシュマリエを追い出さねばならないのですよ!」

「ミレイやシュマリエを?!何を言っておられるのだ!ラギオ殿!」

「当たり前ではないですか!2人の命と領民を比べたら私は領民を取らざるをえない!そして貴族は誰一人としてディライト家を助けないでしょう!あなた方がのんびりしている間に、全て知り渡っています!皆、虎殿の味方ですよ!」

 愕然としてももう遅いのだ。


 次の日、ラギオに連れられてジュディウスはリリー商会に来ていた。忙しいはずのギアナ・シェルブール侯爵は時間を取ってくれた。

「爵位をリトに譲りたい……」

「ジュディウス殿!まだそのような事を!ギアナ殿!お気を悪くしませぬように!」

 猛虎侯爵は椅子から立ち上がる。

「ラギオ・ドフレ侯爵の顔をたてて時間を取りましたが、無駄でしたね。おい、誰か侯爵のおかえりだ、送って差し上げろ」

 無視される。それは商人に取って無価値だと言うこと。ジュディウスはギアナにとってもはや無価値な人間なのだ。

「わ、我が公爵位を、ギアナ殿に!」

 最後まで守りたかった物、しかし背に腹は変えられない。身を切ってジュディウスは差し出した。
 少しだけ虎の目が、落ちぶれて痩せこけた男を見る。

「要りませんよ、なんの価値もないディライト領と爵位なんて。爵位なんていくらでも王家から買えますからね。向こうも売りたくてしょうがないようだし」

 ジュディウスの最後まで守りたかった地位も、今のギアナにとっては無価値なものだ。もっと他の貴族に取り入る前なら、ここまで王家に取り入る前になら価値はあったのに。

「そこをなんとか!この男にはそれしか残っていないのだ!」

 ギアナはため息をつく。それしか残らないようにしたのは自分だけれども、ここまで追い詰められるつもりはなかった。
 勝手にこうなったんだ。そう言いたい。

「はぁ、そう言われましても。商人は売れない物は買いませんよ、商売の基本ですし」

 しかし、ラギオは食い下がる。こういうやり取りがプライドだけは高いディライト家には出来なかったのだ。

「ではどうだ!貴族として!貴族として、没落したディライトの人の命だけは救ってやってはくれまいか!」

 ギアナは目を細める。ラギオ・ドフレは機転もきくし、危機管理や行動力もある。愚鈍なジュディウスとは違うと。頭の良い人間は嫌いじゃない。

「貴族として、か。やはり爵位なんて手に入れなきゃ良かったな」

「恩に着る!私が責任を持って管理する。もうそちらに迷惑はかけぬ」

 ギアナは紙とペンを取り出す。

「書面でいただきましょうか。私は商人ですので」

「そうだな」

「わ、私は助かるのか?!我が家は、我が領は!」

 それまで2人に気圧されて一言も喋らなかったジュディウスが、がたりと立ち上がる。しかし、一瞬で辺りの空気が凍り、オロオロとラギオの顔をみた。

「すまぬ、ギアナ・シェルブール侯爵!まだ分かっておらぬものがいたようだ。ドフレ家の名において、必ず!そちらに迷惑をかけぬようにする」

「信じよう、ラギオ・ドフレ侯爵」

 2人の侯爵は頷き、ラギオはジュディウスに向き合った。

「ディライト領はギアナ殿に売ったんです。もう貴方のものではありません。あなたの価値は既に、ミレイがまだ貴方に心があること。シュマリエの父親である事。その2つだけだと言う事をお忘れなく」

「な、な、なん、だ、と」

「さあ、書面にサインを。後は心穏やかに余生を過ごされよ」

 余生、と呼ぶにはジュディウスはまだ若すぎるが、もうそれしか残されていなかった。


 こうしてディライト家は幕を閉じ、ギアナの復讐は完成した。

 
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