【完結】スキル「癒し」のみですがまだ生き残っています!

鏑木 うりこ

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新しい土地

34 婚約破棄

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 ダァン!アヴリーは自室の机を叩いた。

「くそっ!ジュールは何故戻って来ぬ!」

 自分の机に届けられたたくさんの手紙の中にも、赦しをこうジュール・セーブルからの手紙はなかった。

「あいつがいないせいで北方視察にアマリスが行った!」

 イライラと手紙をひっくり返す。あるのは名も知らぬ貴族からのパーティーの招待状と……買った商品の請求書だ。

「くそ!これは他へ回しておけと言ったろう!」

 近くに控えていたメイドに請求書を投げつける。メイドはひぃ!と小さな悲鳴を上げたが、手紙を拾い集めた。

「たかが出来損ないの息子1人笑い者にしたくらいで、私を蔑ろにした罪は重いぞ!ジュール!この国で生きていけなくしてやる!」

 アヴリーの鼻息は荒い。

「しかし、向こうから頭を下げて心を入れ替え元のように誠心誠意仕えるなら……許してやらんこともないな?いや!今まで、あいつはうるさすぎた。これからは私のやる事に一切意見はさせぬ!主人と臣下の差を教えてやらねばな!」

 誰に話しかけたのか、わからないがこそれに賛同するものはここには居ない。
 実際にジュールはそこまでうるさいことは言ってはいない。ジュールも剣の腕で護衛かつ友人だったので、難しいことを考えるのは得意ではない。
 そんなジュールでもおかしいな?と感じることに注意をしただけだ。最低限以下と言って良い。

 このアヴリー王子がいつまでも王子でいる理由、いつまでも結婚しない……結婚を許されない理由はそこにもある。
 
 王はこの王太子をいつまでも王にする事が出来なかったのである。

「まあ良い。ジュールが戻って来たら来年はまた私の番だ。今年だけはアマリスに譲ってやろう。大した手柄も立てられぬだろうしな」

 自分より6つも年若い弟の失敗を願う姿は浅ましい。アヴリーは気分を切り替えてサロンへ向かう。
 最近はうるさい宰相もいつの間にか勉学に打ち込めと言わなくなっている。好きな時にサロンへ出向いても誰も何も言わない。

「王子!」「王太子様」「今日も素敵!」

 サロンにはアヴリーを褒め称える声で溢れている。いつのまにかうるさい事をいう貴族は消えていた。自分に集まる者達は……どこの貴族が、わからぬが聞けば

「えーと、リン男爵家に出入りさせていただいております宝石商でございます」

 と、いう具合にきちんと返答がある。リン男爵という人物は昔覚えされられた貴族名鑑にはなかった気がするが、最近出てきた貴族なのだろう。男爵だというし。

「そんなことよりご覧下さい。帝国より取り寄せたこのスモークダイヤを!このけぶるような姿。今、帝国では大人気で入手が困難な品なのです」

「まぁ!素敵」

「ほう!これがあの有名な?」

「ほう!」

 宝石商の掌に乗る石に、人々の視線が集まる。

「スモークダイヤ?聞いた事もない。ただの質の悪い水晶ではないのか?」

 アヴリーはその石を覗き込む。そこにはアヴリーの記憶では確かに曇っていて、透明度に欠けるゴミのような水晶が乗っている。

「いいえ!いいえ!そんなことございません!良くご覧ください。この輝き、この色、この幻想的に煙る姿はどうみても一級品!王子様ならお分かりになりますよね!」

「うぬ?むむむ……そう言われてみれば……」

 商人の持つ石が光を反射する。



「あ、ああ。そうだな!これは素晴らしいスモークダイヤだ!」

 おお!流石はアヴリー王子、宝石の目利きも出来るとは!

「おやめください、アヴリー様」

 サロンにヒールの音が響いた。口元を扇で隠し、美しい所作でドレスの裾を捌きながらリアラ・カルセニィ公爵令嬢が現れた。

「おお、リアラ!我が麗しの婚約者殿!」

「アヴリー様、そのような紛い物をお手にしてはなりません!」

 リアラは淑女らしくなく、声を荒げた。

「リアラ!お前にはこのスモークダイヤの美しさが分からぬのか!」

「分かりません!ただのクズ石ではありませんか!殿下の目を疑います!」

 はっきりと言い切ったリアラに、カッと血が昇る。

「リアラ!今日という日はもう我慢ならん!お前のその私を敬わぬ態度!もう飽き飽きだ!今この場で婚約破棄を言い渡すっ!」

「!?」

 リアラ・カルセニィ公爵令嬢はきゅっと唇をかみしめた。

 さあ!泣いて私にすがるといい!それだけは勘弁してくださいと!もうアヴリー様に立て付く事は一切しませんと!
 
 アヴリーはリアラがそう言ってくると確信していた。なぜならリアラはもう26歳。貴族令嬢としては「売れ残り」の域に入っている。今、アヴリーから婚約を破棄されれば行き場なく、どこかの後家になるしかない。そんな打算もあった。

 しかし前を向き、アヴリーの顔を正面からみたリアラは

「婚約破棄、しかと承りました」

 リアラは凛と言い切った。

「詳しいお話は父を通して追ってお伝えいたします。それではご機嫌よう」

 美しくドレスを持ち、優雅に礼をするとリアラはくるりと踵を返した。

「え…?あ……?」

 アヴリーが呆気に取られる中、スタスタと歩き去って行った。



「お、お嬢様!宜しいのですか?!」

 リアラの後ろに控え、すべてを見ていた侍女はオロオロと主人に追いすがる。婚約破棄をされた令嬢の悲惨な人生と言ったら、侍女も青ざめるほどなのだから。

「エレン。良いのよ」

 リアラは勤めて無表情でそう言い、すぐに馬車に乗り込み城を退去した。そうしてカルセニィ公爵家に着くと、足早に父親の執務室に飛び込んだ。

「やりましたわ!お父様!やっと婚約破棄になりました!」

 公爵は椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がり

「でかした!リアラ!よくこの2年耐えた!さあ!領地へ帰る準備じゃ!」

「お父様、すべて整ってございましてよ?」

「ほほ、流石は次期公爵様じゃ」

「り、リアラ様……?」

 エレンは良くリアラに仕えているが、彼女は2年前のやり取りを知らなかった。

「ふふ、お祝いよ、エレン。あと、王都を離れるから、あなたも準備してね?」




 2年前、トレヌ公爵家の当主がリアラに頭を下げてお願いした事は、短期間でいいのでアヴリー殿下の婚約者になってくれと言う事だった。
 なぜトレヌ公爵が?と思うが

「アヴリー殿下がまた婚約を破棄されてな……かの御仁は……ほれ、アレであろう……誰も次の婚約者に名乗り出ぬのだ」

 王太子なのに、誰も婚約したがらない!

「それでな…娘のマリーの夫のジュール殿が大層困っておいででのう」

「まあ!剣聖セーブル様が?それはお気の毒ですわ」

 アヴリー殿下ははっきり言って令嬢に人気はない。もう30歳も近いと言うのに、結婚の許しが出ないのは王が彼を無能だと思っているから……まことしやかな噂だ。
 絶対に口に羽が生えている殿下には聞かせられない噂だが。
 しかし、アヴリー殿下の側に佇むジュールは既婚ながら、令嬢達の間では人気が高い。
 1番末の息子が生まれてからは、どことなくあった冷たさもなく、暖かく優しい。剣の腕はもちろん、令嬢や侍女にすら分け隔てなく接している。
 特に近頃は妻のマリー様を愛している事がバレバレなほど、態度に出ていて

「ありがとう。妻も喜びます」

とか

「こう言うものは妻も好きだろうか?」

 などと妻、妻、言っては指摘され顔を赤らめている。それが可愛らしい、あんな夫だったら、夫にするならセーブル卿のような方が良いなどと微笑ましくささやかれているのだ。


「それでの……申し訳ないのだが…短期間で良いので、殿下の婚約者を勤めてはくだされんか…?令嬢としての大切な時間を無駄にしてしまうのは分かっておるのじゃが、他に頼めるものがおらんのじゃ」

 無駄。トレヌ公爵は殿下との婚約をキッパリ言い切った。確かにリアラも無駄だとは思った。

「トレヌ公爵様は私がこのカルセニィ家を継ぐ事をご存知で、私にお話を持ってきたのですね?」

 トレヌ公爵は静かに頷く。リアラはカルセニィ家の一人娘で、公爵家は私が継ぐ事に内々に決まっていた。手腕という点でリアラはやり手の部類に入ったし、好きだった。
 
「すまない。もちろん、リアラ嬢が公爵家を継いだ暁には今以上、懇意にして行きたいと思っておる」

「そのお言葉、嬉しゅうございます。わかりました、他ならぬトレヌ公爵様のお願いでございます。私で宜しければ殿下の婚約者、勤めせていただきます」

 こうして結ばれた婚約だったのだ。


「あまりに嬉しくて笑い出しそうになるのを堪えるのが必死でしたわ!」

 あの口元を噛んでいたのは、悔しいからでも悲しいからでもなく、笑いを堪えていたのか!
 侍女のエレンはあんぐり口を開けた。

「私は輿入れはしないから、まあ、2年くらいどうってことなかったのよ。それより、王妃教育で色々と学べたし、外交の練習や、人脈も作れたわ。……考え様によっては良い経験をさせて貰ったのよ」

 リアラの父は 流石我が娘!次期女公爵じゃの!と嬉しそうだ。

「お父様、ささっと陛下にお手紙を書いて、我々も領地へ行きましょう。王都はキナ臭いですわ……

 リアラの言葉に公爵はごくり、と唾を飲み込んだ。

「王はアヴリー殿下を切りました。アマリス殿下が次期王として立つでしょう。……そのアマリス殿下は先日、北方へ視察と称して旅立ちました。……殿下は玉璽を持っておいでです」

「なに?!国王の証を既にお持ちであったか!」

「ええ、アマリス様は気づいておられませんが、彼の腹心が宰相様より賜っております。……王はアマリス様をですから、我々も早くこの地を離れねばなりません」

 公爵は事の重大さに気付いたようで、急いで手紙を書き始めた。

「アマリス様は良い王になるでしょう」

 アマリス様が王都に戻られたら、カルセニィ家も戻っても良いかもしれない、リアラは薄く微笑んだ。 


 あの方は私の事を一度もお義姉様と呼ばなかった。こうなる事は想定済みだったのでしょうね。

 リアラは優しげに微笑みながら、本心を隠して腹を探るアマリスを思い出していた。

「さあ、エレン。荷造りよ!全て持ち去るから頑張ってね!」 

「は!はい!リアラ様!」

 
 まったく、「ざまぁですわ!!」


 

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