銀の髭、黄金の眼

遠影此方

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一族の呪い

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その部屋の色は異様なほどに統一された緋色だった。

その絨毯も、壁の張り紙も、天井さえも、赤い。

瞬間遅れて、鼻空におぞましい臭いが充満する。

錆にまみれ、時の経た、血の臭い。

視線を這わすと、小屋の隅の端に力なく倒れる人の姿が見える。

両目の視界の奥。

左目には女の姿。

金色の髪はまだらに汚れ、その衣に以前の面影はない。

女の胸は肩口から裂かれ、そこから赤くどす黒いものが漏れ出している。

右目には男の姿。

その青い目は白く濁り、もはや生気を感じさせない。

首元に穿たれた傷は、赤黒く変色し、流れた血は肩口を染める。

その二人には見覚えがあった。

今は、塔に幽閉された少女のその両親だ。

一体誰が、彼らの罪のない命を殺めたのだろう。

そのとき、その部屋の新たな主が、絨毯に杖を突き立てる。

重い音に向き直ると、白髪の老人が口元をゆがめた。

その顔は赤く汚れ、その頬には爪で引っ掻かれたのであろう、生々しく穿たれた傷が見える。

皮肉にも、いや、あってはならない事だが、その老人こそがこの村を統べるはずの村長なのだ。

名をゲントと言う。

「いや、驚かせてすまない。」

何でもないように、老人は私を見て微笑む。

「これは、何だ。」

呆然と返す私に、老人は表情を崩さない。

張り付いたような笑み。

仮面のようだ。

いや、左手に持つ短剣のように、それはただ私の驚愕を映しているのかもしれない。

「ゲント、あなたは、人の命を奪った。それも、子供の両親をだ。そのことを、何でもないことだと、言い張るのか。」

答えろと、何とか唇を震わせた言葉に、老人はなおも動じない。

そして、血にぬれた口は微細に開かれる。

「そうだ。なぜならば、彼らは時の満ちた供物だからな。高次の者に差上げられるのは、当然の事だろう。羊を屠ることと変わらない。滅びに刃向かう為には、彼女の目覚めが必要なのだ。」

何を言っているのか、理解が及ばない。

だが、ゲントのその目は、狂気に濁っているわけではない。

それまでの彼と同じような、これまで子供のころから私が見てきたその目と寸分も変わらない。

黒い眼、暗黒さえ思わせるそれは、静かに佇んでいる。

いや、始めから、この男は狂っていたのかもしれない。

この男から告げられえてきたその伝承も、すべてはうわ言に過ぎなかったのかもしれない。

しかし、どうして他の村人たちはそれに一片の疑問を持つ事もなく、その発言に耳を傾けていたのか。

「分からないだろう。だが、君も、知る必要はない。」

ふと、老人はその杖を手から離す。

支えられるすべを失ったその杖は、自重で落ちてゆく。

しかし、それによって支えられていたはずのゲントの体は落ちることなくそこにある。

杖など、必要としていなかったのか。

杖は地に落ち、鈴の音が、静かに響く。

右手はゆっくりと掲げられてゆく。

力なく、私へと向けられたその手には、無数の皴が刻まれている。

その薬指には、金色の指輪がはめられている。

光の薄い部屋の中、それは一瞬、宝石のように輝いた。

軽い音が響く。

小さな青い火花が、軌跡を描いて私の胸を打ったのだ。

それは幻想のように思えた。

しかし、私の胸を穿つ痛みが、それが現実のものである事を伝える。

老人は驚いた私に向かい、その三歩とない間隔を至近まで狭める。

左手に番えた短剣が煌く。

老人の目は身近で見ると、その漆黒の中で青い輪が揺らいでいる。

鉄の刃は火花に焼かれた胸に突き立てられる。

肉が裂かれ、骨を砕き、心臓の鼓動を貫く。

「魔術を視たことは、初めてだったか。よい経験になっただろう。」

剣は引き抜かれ、口にこみ上げるのは行き場を失った血の濁流。

吐き出すと、それと共に、急速に意識が薄れてゆく。

激痛に胸を押さえようにも、深く穿たれたそこには両手で押さえるにはもはや、遅すぎる。

腕まで血の巡りが届かない。

ゲントの手に押され、後ろから、仰向けに倒れこむ。

地面に脳が、衝突する。

意識がかすれる、その直前に。

乱れた視界。

右に倒れた私の顔。

その右目。

視界の隅。

男が倒れている。

あれは、羊飼い。

そこで、先ほど落とされたあの杖は、彼のものだったことが、思い出される。

視界は、灰に閉ざされる。

冷えた体は、もう動かない。

痛みさえ、もう遠くに行ってしまった。

ああ、すべてが、遠い。

あの少年に、いえなかったことがあった。

彼を息子と呼んだ嘘のことだ。

この村で、身寄りのない子供は誰かの庇護の下に生きなければならない。

それが、親と子という契約のなされる意味なのだ。

それがなければ、彼は、その願いの一つすら、叶えることは出来ず、村の中で孤立していただろう。

この私の、忌まわしき一族のつながりが、どれだけ彼に機能したかは分からない。

だが、あの短剣が在りし日のように輝くまでには、役に立ったのだろう。

いや、私は寂しかったのだ。

妻を失ったその代償を、あの子に求めていたのかもしれない。

そして、われわれは、この村と共に滅ぶ。

そのような定めなのだろうか。

もはや涙すら流れぬその眼に、灯っていた光は、次第に薄らぐ。

一つ、震えるとついに、動かなくなった。
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