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最終話「この村では、手紙を書いた人が“はじまり”になる」
しおりを挟む小屋の扉を開けると、風がやさしく迎えてくれた。
朝の光は淡く、雲のない空に鳥がひとつ、静かに線を描いている。
郵便ポストの中は、空っぽだった。
けれど、私はもう、手紙が届かなくても寂しくなかった。
私は、あの日の駅で泣いていた。
声をかけてくれる人も、手を差し伸べてくれる人もいなかった。
でも――それでよかったのかもしれない。
あの瞬間、私が望んだのは「助け」じゃなくて、
たぶん「気持ちを出せる場所」だったから。
だから、この村に来た。
誰も名乗らず、誰にも名乗られず、
届かない言葉ばかりが行き交う、不思議な村。
けれど私は――ここで「自分自身に返事を書く方法」を知った。
そして、ちゃんと最後の一通をポストに入れた今。
もう私は、ここにいる理由を失った。
扉を閉め、小屋に鍵をかける。
誰に返すわけでもない鍵。それでも、なんとなくそうしたかった。
坂道を降りていくと、村の風景が少しずつ色褪せていくように見えた。
家々が、道が、樹々が、まるで霧の中に溶けていくように。
そして私は、最後に少女に会った。
「帰るんだね」
「うん。もう、書きたいことは書いたから」
「じゃあ、あとは――“届けたいこと”が生まれたら、また書けばいい」
私は笑った。
「それは、ここじゃなくてもできるよね?」
少女もうなずく。
その姿が、風にほどけるように透けていく。
「わたしも、もういなくなる。
だって、あなたの“いなくなれなかった気持ち”は、もう消えたから」
「ありがとう」と言う前に、彼女はいなくなった。
でも、あのラベンダーの香りだけは、空気にふわりと残っていた。
足元の土は、柔らかくて暖かい。
歩くたび、まるで“地面そのものが見送ってくれている”ようだった。
そして、私は気づいた。
――この村は、“終わりのため”にあったんじゃない。
――誰かの“はじまり”を待っていた場所なんだ、と。
小さな郵便小屋。
そこには、もう誰もいない。
けれど今日もきっと、
“まだ出していない手紙”を持つ誰かが、あのポストを開けるかもしれない。
この村では、手紙を書いた人が“はじまり”になる。
物語は、終わった。
けれど、私の人生は――きっと、いま、ようやく“始まった”のだ。
(終)
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