零れ落ちる想いの花

花霞

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始まりは桜吹雪の中で

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 満開の桜。薄紅色の絨毯。少しだけ古びたベンチ。その傍らに立っている桜の木の横に、幼い少年が1人立っていた。

 茶色い髪の少年の手には一枚の桜の花びら。それを泣きそうな顔で握りしめる。


 手に持っている花びらは「ハートの形」で、それは「好き」を表すものだと、少年は母親に教えたかった。ただ、タイミング悪く、弟が砂を口に含み、母親の意識がそちらに向いてしまった。


 寂しさと、弟に対するほんの少しの嫉妬心。そんな気持ちを誤魔化すように、少年は桜の花びらを見つめ続けていた。


 タッタッタッと軽快な足音が響き、桜の下で俯く少年に近づく1つの影。しかし、落ち込んでいる少年の耳にその音は届いていなかった。


「ねぇ、なにしてるの?」


 灰色のパーカーに青色のジーンズを着た薄茶色の髪の子どもが、木の下にいた男児に声をかける。桜の花びらを握りしめていた少年は、突然のことにびくりと身体を揺らし、目の前に立っている子どもに目を向けた。にこにこと笑っている子どもは少年と変わらない年頃に見える。花を握りしめた男の子は陽だまりでキラキラと輝く薄茶色の髪に見惚れ、ぼうっとしていた。


 それにしびれを切らしたのか、もう一度灰色のパーカーを着た子どもが話しかける。


「ねぇ」


 ハッとした少年はわたわたと戸惑いながら、桜を握りしめている手を差し出し、その上に置かれている花びらが見えるようにそっと手を開いた。


「これ……」

「桜の花びら……可愛い。拾ったの?」


 嬉しそうな笑顔を見せる子どもに少年はどこか恥ずかしそうに、こくりと頷いてみせた。灰色のパーカーを着た子どもは辺りをきょろりと見渡し、桜の花びらがたくさん降り積もっている場所を見つけ、そこを指さした。


「あそこに沢山落ちてるよ。一緒に拾おう」


 薄茶色の髪の子どもは笑顔で手を差し出す。少年はおずおずと手を伸ばしギュッと握ると、そのままぐんっと引っ張られた。半ば引き摺られるように桜の絨毯の所に連れて行かれるが、その胸はドキドキと弾んでいた。


「あのね、美姫は、美姫っていうの」


 足元が薄紅色に染まる中、響いた言葉に少年は胸がひときわ大きく跳ねるのを感じた。


――みき、ちゃん。


 頭の中で名前を反芻していると、美姫が少年の目をじっと見つめ、無邪気に笑った。


「あなたは?」


 パッと繋がれていた手が離れ、少年は何とも言えない寂しさが胸の内に沸き上がるのを感じ、戸惑う。ただ、目の前の少女の質問に答えなければ……と口を開こうとした瞬間、突風が吹き、桜の花を空へと巻き上げた。


 視界一面が薄紅色に染まり、その中で薄茶色の髪をキラキラと輝かせて笑う少女。彼女の髪や肩にも沢山の「好き」の形が落ちていく。


「美姫ちゃん」


 初めて呼んだ名前はドキドキとした心臓の音に掻き消されたのではないかと思えるほどだった。


「なぁに?」

「あのね、ボクは、友雪だよ」



 笑顔の少年に少女も笑顔で返す。




 それが、彼と彼女の出会い。

 少年がその時少女に抱いたのは、淡い、淡い、桜の花にも似た恋心……。





 その気持ちを、10年以上経った今でも、抱えている――。

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