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桜を見ると君を想う
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彼がこの病を発症したのは、中学2年生に上がる直前、今から約4年前の事だ。
それは突然起こった。
いつものように朝から起き、朝食を済ませ、残り僅かな春休みをどう過ごそうかと、リビングのソファに腰を下ろして、のんびりと考えていた。
朝食の後から何となく胸に何かがつっかえているような違和感があったものの、それ以外に体の不調はなく、強いて言うなら花粉症で鼻が詰まって気持ち悪いな、くらいのものだった。
テレビを何となく眺めていると、まだ間に合うお花見特集なるものが流れ、まだまだ綺麗に咲いている桜の花の映像を見たとき、昔の記憶がちらりと脳裏を掠めた。
――瞬間。
胸から胃にかけてムカムカとした感覚が広がり、何かがせり上がってきた。あまりに強い吐き気に戸惑いながらも慌ててトイレへと駆け込み、便器の中へと上がってきたものを吐き出した。
パチャパチャと水に何かが落ちる音が耳へと届く。苦しさに思わず瞑っていた眼を開きその顔が驚きに染まった。
――白い陶磁器の中に浮かぶのは、先ほどテレビに映し出されていたのとそっくりな、ほんのりとピンクがかった桜の花だった。
「……え?」
目の前の不可思議な状態に呆然とする。もしも友雪が朝から桜の塩漬けのお菓子を食べていたのなら、こんなに驚くこともなかっただろう。しかし、友雪が朝から食べたのはトーストと目玉焼き、コーンスープにコーヒーといった内容だった。にもかかわらず、それらは少しも混ざらず、綺麗な花だけがプカプカと友雪の眼前に浮いていた。
「桜の花……」
呟いた途端、再び襲ってきた吐き気に、そのまま便器へと吐く。先ほどよりも吐きにくく、自分で胃の辺りをぐっと押して吐き出した。今度は赤い花びらが幾重にもついたものが水の上に浮かんだ。友雪はぐったりとしながらそれを眺め、何となく見覚えがあるような……と考え、それが母の日に贈る花だと気付いた。
「……カーネーション?」
茎はなく、ガクから上の部分だけが桜の横に浮いている。明らかに自分の体内から吐き出されたその花達を、何かの幻覚や夢でも見ているのかと頬をつねる。
「……いたい」
ギュッと指を押し当てた箇所が痛み、これが夢ではないことを示していた。その時、トイレの扉をコンコンとノックする音が響いた。
「友ちゃーん。大丈夫? お腹痛いの?」
条件反射で思わず便器のレバーを動かし、中に浮いていた花を流す。ゴボゴボと音を立てて吸い込まれていった花を見て、花なんかを流しても大丈夫なのかと動揺し、詰まったらどうしようと顔を青褪めさせた。
「友ちゃん? 本当に大丈夫?」
「あ、大丈夫。ちょっと吐いただけ……」
そこまで言って慌てて口を塞ぐも、時すでに遅しである。
「え、吐いたの? 平気? 病院行く?」
動揺してポロッと言ってしまった言葉は取り消せず、少しの間悩み、取り敢えずトイレのドアを開けた。トイレのドアの前には、Tシャツとスウェット姿のこげ茶の髪を1つにまとめた眼鏡をかけた女が立っていた。
「友ちゃん、顔真っ青だよ。歩ける?」
顔面蒼白の少年に眼鏡の女が心配そうに声をかけ、冷たくなった手を握り、リビングへと一緒に歩いていく。女よりも頭一つは大きい少年は手を引かれるままソファへと連れて行かれ、そのまま座らされた。
「水飲む? 吐いたなら水分補給した方がいいけど、水も吐きそう?」
友雪は首を横に振り、ポロリと涙を1つ零した。
「お姉ちゃん……」
ぽろぽろと涙を零す弟に、泣くほど具合が悪いのだと姉は判断し、近くの病院が開いているかをスウェットのポケットにしまっていたスマートフォンを取り出し検索をかける。検索結果が画面に表示されるか……といったタイミングで、弱々しい弟の声が姉の耳に届いた。
「僕、死んじゃうのかなぁ」
「え!?」
手に持っていたスマホを落としそうになりながら、涙を零す弟を思わず抱きしめた。落ち着くように背中をトントンと一定のリズムで叩く。
「どうしたの? 血でも吐いた?」
吐いて死ぬかもと感じるなら吐血でもしたのかと思い問いかけるが、友雪は首を横に振ってそれを否定した。
「友ちゃん、病院行こう。死ぬかもって思うくらい不安なら、しっかり診て貰おう」
その言葉に頷いたのを確認し、友雪から離れて頭を撫でる。
「用意するから少しだけ待っててね。洗面器いる?」
「うん。大丈夫」
それから姉は友雪の診察券や保険証を用意し、どこかへと電話をかけ、1度二階へと上がって行き、手早く身支度を済ませ、その後二人は家から少し離れた場所にある総合病院へと向かった。
それは突然起こった。
いつものように朝から起き、朝食を済ませ、残り僅かな春休みをどう過ごそうかと、リビングのソファに腰を下ろして、のんびりと考えていた。
朝食の後から何となく胸に何かがつっかえているような違和感があったものの、それ以外に体の不調はなく、強いて言うなら花粉症で鼻が詰まって気持ち悪いな、くらいのものだった。
テレビを何となく眺めていると、まだ間に合うお花見特集なるものが流れ、まだまだ綺麗に咲いている桜の花の映像を見たとき、昔の記憶がちらりと脳裏を掠めた。
――瞬間。
胸から胃にかけてムカムカとした感覚が広がり、何かがせり上がってきた。あまりに強い吐き気に戸惑いながらも慌ててトイレへと駆け込み、便器の中へと上がってきたものを吐き出した。
パチャパチャと水に何かが落ちる音が耳へと届く。苦しさに思わず瞑っていた眼を開きその顔が驚きに染まった。
――白い陶磁器の中に浮かぶのは、先ほどテレビに映し出されていたのとそっくりな、ほんのりとピンクがかった桜の花だった。
「……え?」
目の前の不可思議な状態に呆然とする。もしも友雪が朝から桜の塩漬けのお菓子を食べていたのなら、こんなに驚くこともなかっただろう。しかし、友雪が朝から食べたのはトーストと目玉焼き、コーンスープにコーヒーといった内容だった。にもかかわらず、それらは少しも混ざらず、綺麗な花だけがプカプカと友雪の眼前に浮いていた。
「桜の花……」
呟いた途端、再び襲ってきた吐き気に、そのまま便器へと吐く。先ほどよりも吐きにくく、自分で胃の辺りをぐっと押して吐き出した。今度は赤い花びらが幾重にもついたものが水の上に浮かんだ。友雪はぐったりとしながらそれを眺め、何となく見覚えがあるような……と考え、それが母の日に贈る花だと気付いた。
「……カーネーション?」
茎はなく、ガクから上の部分だけが桜の横に浮いている。明らかに自分の体内から吐き出されたその花達を、何かの幻覚や夢でも見ているのかと頬をつねる。
「……いたい」
ギュッと指を押し当てた箇所が痛み、これが夢ではないことを示していた。その時、トイレの扉をコンコンとノックする音が響いた。
「友ちゃーん。大丈夫? お腹痛いの?」
条件反射で思わず便器のレバーを動かし、中に浮いていた花を流す。ゴボゴボと音を立てて吸い込まれていった花を見て、花なんかを流しても大丈夫なのかと動揺し、詰まったらどうしようと顔を青褪めさせた。
「友ちゃん? 本当に大丈夫?」
「あ、大丈夫。ちょっと吐いただけ……」
そこまで言って慌てて口を塞ぐも、時すでに遅しである。
「え、吐いたの? 平気? 病院行く?」
動揺してポロッと言ってしまった言葉は取り消せず、少しの間悩み、取り敢えずトイレのドアを開けた。トイレのドアの前には、Tシャツとスウェット姿のこげ茶の髪を1つにまとめた眼鏡をかけた女が立っていた。
「友ちゃん、顔真っ青だよ。歩ける?」
顔面蒼白の少年に眼鏡の女が心配そうに声をかけ、冷たくなった手を握り、リビングへと一緒に歩いていく。女よりも頭一つは大きい少年は手を引かれるままソファへと連れて行かれ、そのまま座らされた。
「水飲む? 吐いたなら水分補給した方がいいけど、水も吐きそう?」
友雪は首を横に振り、ポロリと涙を1つ零した。
「お姉ちゃん……」
ぽろぽろと涙を零す弟に、泣くほど具合が悪いのだと姉は判断し、近くの病院が開いているかをスウェットのポケットにしまっていたスマートフォンを取り出し検索をかける。検索結果が画面に表示されるか……といったタイミングで、弱々しい弟の声が姉の耳に届いた。
「僕、死んじゃうのかなぁ」
「え!?」
手に持っていたスマホを落としそうになりながら、涙を零す弟を思わず抱きしめた。落ち着くように背中をトントンと一定のリズムで叩く。
「どうしたの? 血でも吐いた?」
吐いて死ぬかもと感じるなら吐血でもしたのかと思い問いかけるが、友雪は首を横に振ってそれを否定した。
「友ちゃん、病院行こう。死ぬかもって思うくらい不安なら、しっかり診て貰おう」
その言葉に頷いたのを確認し、友雪から離れて頭を撫でる。
「用意するから少しだけ待っててね。洗面器いる?」
「うん。大丈夫」
それから姉は友雪の診察券や保険証を用意し、どこかへと電話をかけ、1度二階へと上がって行き、手早く身支度を済ませ、その後二人は家から少し離れた場所にある総合病院へと向かった。
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