零れ落ちる想いの花

花霞

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言葉の代わりに、花を吐く

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――



――――



「友雪君、どうかしましたか?」



 黒木に呼ばれ友雪はハッと顔をあげた。隈の酷い青白い顔が黙り込んでいる少年を窺うように見つめている。友雪は力なく笑って返した。


「ここに初めて来た日の事を、思い出してたんです」


「あぁ、友雪君が初めて花を吐いた日のことですか」


 友雪が初めてここを訪れた時からほとんど変わらない診察室で、少しだけ歳をとった医師がペラペラとカルテをめくる音が耳へと届く。初めて来た日の記述を見ながら黒木は感慨深そうに目を細めた。


「もう、4年ですか。何か変化はありましたか?」


 ふるふると首を振った少年は膝の上でギュッと自分の手を握りしめる。


「気持ちに変化はなくて、彼女との関係も何も変わりません」


 そこで言葉を区切り、縋るような目を顔色の悪い医師へと向けた。


「……薬が、効きにくくなってきている気がします」


「そうですか。花吐き病に関して言えば、薬はあくまで補助的なものですから、薬に慣れてしまうと効果も薄れてしまう可能性はありますね」


 黒木はペンでこめかみを軽く掻き、泣きそうな顔をしている少年をじっと見た後、手ものとカルテに視線を滑らせ、小さく唸った。


「薬を変えてあげたい気持ちはあるのですが、今の友雪君に処方できる薬がありません。花吐き病は恋の病ですから、私達に出来ることと言えば、思考をぼんやりとさせる薬で、焦がれる相手の事を少しでも考えないようにする事くらいです。そして、現在出している薬は友雪君の年齢や副作用を考慮した上で出せる、ギリギリのものです」


「……そう、ですよね」


 見るからに肩を落とした少年に顔色の悪い男は、僅かな時間思案し、ずっと疑問に思いつつも聞けずにいた事を聞いてみることにした。


「彼女……美姫さんでしたか。とは幼馴染なんですよね」


「はい」


 突然の質問に戸惑いながらも友雪はそれに答えていく。コツ、コツ、コツ、と一定のリズムでペンが机の上でリズムを刻んでいる。


「仲も悪くない」


「多分……」


「気持ちは伝えないんですか?」


 少年がはっと息をのんだ。それから視線が不安げにふらふらと宙をさまよい、蚊の鳴くような小さな声が発せられた。


「……でき、ません」


「それは、断られることが怖いからですか?」


 コツ、コツ、コツ、コツ――耳に響いてくる同じリズムの音。泣きそうに歪む顔が少しでも隠れるようにと、少年は俯く。


「……それも、あります。でも、僕には……」


 声は震えているが、まだ目から雫は落ちていない。泣くのを堪えるためか、友雪はゆっくりと深呼吸をし、血を吐くように胸の内を明かした。


「……その資格がありません」


「資格ですか……」


 コツッとペンの音が止まる。黒木はカルテに視線を落とし、それから俯く少年に優しく声をかけた。


「友雪君、人を好きになる事に資格は必要ないと、私は思います。正直、このままでは君の命も危ないかもしれません」


「命、ですか?」


 顔をあげた少年に医師は頷きを返す。


「おそらく、ですが……薬が効きにくくなっているのなら、今後、吐く回数も、吐く量も増えると思います。そうなれば、食べ物は喉を通らなくなりますし、いつ、窒息してもおかしくない状態になります」


 友雪は朝の事を思い出し僅かに眉根を寄せた。


「気持ちを伝えても、治る訳じゃないんですよね」


「はい。ただ、気持ちを伝えることで相手が友雪君を意識して、両想いに繋がる事もあるかもしれません」


 泣きそうな顔をしている少年に医師は微笑む。


「花を吐くほどの想いを伝えることで変わることがあるかもしれません。少なくとも今よりは改善する可能性が高いと私は思っています」


「……考えて、みます」


 ぽつりと呟くように告げた少年に医師は今日はここまでにしましょうと言い、今日の診察は終了となった。



***********


 友雪は薬を受け取り帰路を辿る。病院から少し歩いたところで、視界に先ほどまで話題にのぼっていた少女を見つける。


 出会えた喜びと共にぎゅううっと胸が苦しくなり、胃から何かがせり上がってくる。少年は口を手で押さえ、道の端へとうずくまった。


「うっ、うぁ、ぐ……」


 おえっと道のわきに花が散らばる。ぼとぼとと落ちたのは赤いカーネションと薄紫の菊のような形をした花だった。一度吐いただけでは治まらず、更に数度吐き散らす。その中に桜の花が混じっていた。


「……友雪、先輩?」


 聞き覚えのあるその声に心臓が嫌な音を立て、ドクドクと脈打つ。身体が震えないように気を付けながら、声が聞こえた方を振り返ると、そこには友雪を心配そうに見つめる1人の少女が立っていた。

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