零れ落ちる想いの花

花霞

文字の大きさ
6 / 14

気付かない、フリをする

しおりを挟む


 葉山 美姫はその日、母親に頼まれた買い物をしに行きつけのスーパーへ出かけていた。近所のスーパーという事もあり、薄茶色の髪を1つにまとめ、Gパンに薄手の黒いパーカーを羽織ったラフな格好をしている。

美姫は渡されたメモを片手に、必要なものを次から次へとカゴの中へと入れていく。

「これで全部……かな」

 メモとカゴの中身を見比べて買い忘れがないかを確認し、満足そうに1つ頷いた。そのままレジに並ぼうとした所で、母親から何か1つ好きなものを買っていいと言われていた事を思い出し、レジ横に置いてあるサイダーを1本手に取り、カゴの中へと加えた。それから買い物を済ませ、店の外へと出る。

 今日は休みという事もあって、賑やかな通りを何とはなしに眺める。そんな中で、ふと美姫の視界に1人の男が引っかかった。

「あれは……」

 高い背と糸目が特徴的な彼は美姫の幼馴染の友雪だ。一瞬、目があったような気がしたが、青い顔をした幼馴染はフラフラと道の端の方へと歩いていく。

 美姫は少しだけ思案した後、友雪の元へと向かった。彼は道の端、電信柱の横に蹲っていた。

 具合が悪いのだと、美姫は慌てて友雪に駆け寄り、彼の足元に散らばる花を見てその足を、一瞬だけ止めた。

「……友雪、先輩?」

 そう声をかけると友雪は驚いたように振り返り、足元の花を隠すように立ち上がった。

「美姫、ちゃん、どうしたの?」

「大丈夫ですか? 具合が悪そうに見えたので……」

 ちらりと散らばる花を視界に映し、焦ったような表情の友雪の顔を見る。友雪は申し訳なさそうな顔を浮かべ、寂しそうに笑った。

「有難う、でも大丈夫」

「そう、ですか。えっと、よかったらこれ……」

 これ以上触れて欲しくなさそうな友雪を見て、花の事を聞くことをやめ、先程自分のためにと買ったサイダーを差し出す。友雪はブンブンと手を振って断るが、美姫はその手を掴み、サイダーを無理やり渡した。

「顔色、悪いです。少し水分と糖分でも取った方がいいです。だから、飲んで下さい」

「えっと、じゃぁ、有難う」

 有無を言わさない美姫に折れたのか友雪は大人しくサイダーを受け取り、ペットボトルのキャップをひねる。

 プシュッという小気味いい音がし、小さな水泡が昇っていく。友雪はそれを一口だけ飲むと、詰めてた息を吐き出した。

「友雪先輩は、今からどこかにいくんですか?」

 友雪がサイダーを飲んだことを確認して美姫が尋ねる。

「ううん。家に帰るところだよ」

「それなら、一緒に帰りませんか」

 顔色がまだ悪い友雪を心配しているのが伝わったのか、友雪は肯定の意を示した。それから友雪は、おずおずといった感じに言葉を紡ぐ。

「あのさ、美姫ちゃん」

「はい?」

「その、先輩っていうの、辞めない?」

 美姫はきょとんとした後、苦笑いを浮かべた。

「すいません。クセになっちゃってて。気を付けますね、友雪くん」

 その発言に友雪の目が切なげに揺れたことに気づかないまま、美姫は隣に立つ青年に笑いかける。

 友雪はその笑みに微笑みを返し、2人で帰路についた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

婚約者が記憶喪失になりました。

ねーさん
恋愛
 平凡な子爵令嬢のセシリアは、「氷の彫刻」と呼ばれる無愛想で冷徹な公爵家の嫡男シルベストと恋に落ちた。  二人が婚約してしばらく経ったある日、シルベストが馬車の事故に遭ってしまう。 「キミは誰だ?」  目を覚ましたシルベストは三年分の記憶を失っていた。  それはつまりセシリアとの出会いからの全てが無かった事になったという事だった─── 注:1、2話のエピソードは時系列順ではありません

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

なくなって気付く愛

戒月冷音
恋愛
生まれて死ぬまで…意味があるのかしら?

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

【完結】少年の懺悔、少女の願い

干野ワニ
恋愛
伯爵家の嫡男に生まれたフェルナンには、ロズリーヌという幼い頃からの『親友』がいた。「気取ったご令嬢なんかと結婚するくらいならロズがいい」というフェルナンの希望で、二人は一年後に婚約することになったのだが……伯爵夫人となるべく王都での行儀見習いを終えた『親友』は、すっかり別人の『ご令嬢』となっていた。 そんな彼女に置いて行かれたと感じたフェルナンは、思わず「奔放な義妹の方が良い」などと言ってしまい―― なぜあの時、本当の気持ちを伝えておかなかったのか。 後悔しても、もう遅いのだ。 ※本編が全7話で悲恋、後日談が全2話でハッピーエンド予定です。 ※長編のスピンオフですが、単体で読めます。

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

処理中です...