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1章 涼介、大学のキャンパスで辻本と遭遇
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ガシャーン。
鈍く大きな音がした。
蓮見涼介が歩いていた道のすぐ右側の鉄製の網でできたフェンスにサッカーボールが当たり、跳ね返って転がって行った。涼介は危うく飛びのいた。
「すまねえー」
涼介が振り向くと背の高いサッカー選手が駆け寄ってくるところだった。
「辻本、お前…」
「おっ、蓮見か。すまんな、大丈夫だったか」ボールを拾って蓮見のそばに来た辻本隼人が日焼けした顔で笑いながら言った。「うまくよけたな」
蓮見はムッとした。サッカーボールはものすごい勢いで飛んで来た。悪くすれば背中か頭を直撃していただろう。
「気をつけろ。あそこに見えるラインがグラウンドとの境界線だ。ここはキャンパス内の通路だろ。それに、これは初めてじゃない。前も同じことがあった、中学1年か2年の時に」
涼介は辻本をにらむ。
「おや、そうだったか」
辻本は頭をかく仕草をした。涼介には彼が本気で謝っているようには見えなかった。
「悪い悪い。実はお前だけじゃないんだ。小学校の時、コーチにもぶつけたことがあったぜ。怒られたけど、コーチなのによけられないってのはねえ」
「何を言ってる」
「すまん、すまん」
涼介は呆れた顔をした。
彼らは同じ小中学校の同級生だ。高校は別のところに行ったが、大学で再会した。辻本はサッカーで小学生の頃から名を知られていて、高校はサッカーで有名な学校に招待された。大学も実質的にサッカー入学だった。
涼介は一般入試で入学していた。理工系の学部でいくつかの小さな奨学金を申請し、なんとかやっていけている。しかし金銭面や将来のことでは辻本などとは全く違う立場だ。辻本は卒業と同時にJリーグのどこかのクラブに入るだろう。
「ついでだから聞いておくよ。…蓮見、あれはどうなった」
辻本がちょっと真顔になって尋ねる。
「あれとは?」
「お前らの奨学金制度だよ。俺たちは運動の方、お前らは頭の方で取ってたじゃないか」
「ああ…『教育開発プログラム』のことか」
涼介は辻本が言ってることがわかったが、なぜ尋ねるのか不思議だった。
「ああ、それそれ」
「おい、あれは頭じゃない。頭の良い連中には他の普通の奨学金制度がいくらでもある。俺たちのは…頭も関係あるか知らないが、ユニークとか、独特な発想とか、妙な条件をつけていた。あれが何だったのか、未だに俺にもわからない」
「と言うことは、もう無くなったのか」
「ああ。あの二年ほどで奨学金は打ち切りだ。それからは年に一回か二回、追跡調査のアンケート用紙が来るだけだ」
「ふうん、そうか」
「小学六年で選抜で、中一、中二だろ。ガキの頃にはそりゃ選ばれたらうれしかったけどな。多分どこかのお偉いさん達が何か子供向けのプログラムを考えだして、その補助金をかすめ取ってたんじゃないか」
「ありそうなこった」
「お前らは違うよ…。運動能力なら誰にでも納得が行く。走るのが早い、ボールを投げるのが早い、格闘技に強い、なんてね。お前はサッカーで頭抜けてるからな」
ふん、と辻本は軽く鼻を鳴らし、視線をそらしてニヤリとした。そのドヤ顔に涼介は何も言えなかった。辻本は追い討ちをかけるように涼介に言った。
「やっぱり昔の人の言うことは一理あるな。十で神童、十五で才子、ハタチ過ぎればただの人、ってさ」
「は?」
「おお、待て待て。俺たちはまだ十九だったな、ははは」
学生が行き交う中、一人の女子学生がこちらに向かって来る。白いセーター、白のショール、薄茶のスカート、揃いの薄茶のハーフブーツで決めている。辻本の彼女、吉野真由子だ。涼介、辻本の小学時代からの同期生…。化粧は薄めだが、肌は透き通るように白く、目鼻立ちはくっきりしてそれは小学時代から変わらない。
真由子は辻本の側に来ると、彼を促すように首を傾けた。辻本は小さく首を縦に振った。
「そんじゃ、蓮見。本当に悪かったな。次は気をつけるから」
辻本は真由子の肩に手を回し、二人は涼介に背を向け、グラウンドの方向へと去って行く。
涼介はその後ろ姿を一瞥すると、キャンパスへ戻る道を歩き出した。グラウンドを眺めるとサッカーボールを追う選手たちの姿が見える。さらに遠くでは陸上部員がトラック競技の準備をしている。
涼介はフッと小さく息を吐く。人は人、スポーツで芽を出す奴がいれば別の奴もいる。僕はどうなるのか知らないが。
辻本が言った言葉がチラッと頭をかすめた。小学六年の時の奇妙な出来事だ —
教育開発プログラム。何か知らないが参加するように言われ、セミナーがあり、訓練を受けた。君たちは選ばれた子供だみたいなことを言われたので、涼介も内心「僕は何か特殊能力を持っているのかな」などと思った…思わされたものだ。
ただの笑い話さ! 涼介は思い出のかけらを切って捨てるようにつぶやき、足早に歩いた。
鈍く大きな音がした。
蓮見涼介が歩いていた道のすぐ右側の鉄製の網でできたフェンスにサッカーボールが当たり、跳ね返って転がって行った。涼介は危うく飛びのいた。
「すまねえー」
涼介が振り向くと背の高いサッカー選手が駆け寄ってくるところだった。
「辻本、お前…」
「おっ、蓮見か。すまんな、大丈夫だったか」ボールを拾って蓮見のそばに来た辻本隼人が日焼けした顔で笑いながら言った。「うまくよけたな」
蓮見はムッとした。サッカーボールはものすごい勢いで飛んで来た。悪くすれば背中か頭を直撃していただろう。
「気をつけろ。あそこに見えるラインがグラウンドとの境界線だ。ここはキャンパス内の通路だろ。それに、これは初めてじゃない。前も同じことがあった、中学1年か2年の時に」
涼介は辻本をにらむ。
「おや、そうだったか」
辻本は頭をかく仕草をした。涼介には彼が本気で謝っているようには見えなかった。
「悪い悪い。実はお前だけじゃないんだ。小学校の時、コーチにもぶつけたことがあったぜ。怒られたけど、コーチなのによけられないってのはねえ」
「何を言ってる」
「すまん、すまん」
涼介は呆れた顔をした。
彼らは同じ小中学校の同級生だ。高校は別のところに行ったが、大学で再会した。辻本はサッカーで小学生の頃から名を知られていて、高校はサッカーで有名な学校に招待された。大学も実質的にサッカー入学だった。
涼介は一般入試で入学していた。理工系の学部でいくつかの小さな奨学金を申請し、なんとかやっていけている。しかし金銭面や将来のことでは辻本などとは全く違う立場だ。辻本は卒業と同時にJリーグのどこかのクラブに入るだろう。
「ついでだから聞いておくよ。…蓮見、あれはどうなった」
辻本がちょっと真顔になって尋ねる。
「あれとは?」
「お前らの奨学金制度だよ。俺たちは運動の方、お前らは頭の方で取ってたじゃないか」
「ああ…『教育開発プログラム』のことか」
涼介は辻本が言ってることがわかったが、なぜ尋ねるのか不思議だった。
「ああ、それそれ」
「おい、あれは頭じゃない。頭の良い連中には他の普通の奨学金制度がいくらでもある。俺たちのは…頭も関係あるか知らないが、ユニークとか、独特な発想とか、妙な条件をつけていた。あれが何だったのか、未だに俺にもわからない」
「と言うことは、もう無くなったのか」
「ああ。あの二年ほどで奨学金は打ち切りだ。それからは年に一回か二回、追跡調査のアンケート用紙が来るだけだ」
「ふうん、そうか」
「小学六年で選抜で、中一、中二だろ。ガキの頃にはそりゃ選ばれたらうれしかったけどな。多分どこかのお偉いさん達が何か子供向けのプログラムを考えだして、その補助金をかすめ取ってたんじゃないか」
「ありそうなこった」
「お前らは違うよ…。運動能力なら誰にでも納得が行く。走るのが早い、ボールを投げるのが早い、格闘技に強い、なんてね。お前はサッカーで頭抜けてるからな」
ふん、と辻本は軽く鼻を鳴らし、視線をそらしてニヤリとした。そのドヤ顔に涼介は何も言えなかった。辻本は追い討ちをかけるように涼介に言った。
「やっぱり昔の人の言うことは一理あるな。十で神童、十五で才子、ハタチ過ぎればただの人、ってさ」
「は?」
「おお、待て待て。俺たちはまだ十九だったな、ははは」
学生が行き交う中、一人の女子学生がこちらに向かって来る。白いセーター、白のショール、薄茶のスカート、揃いの薄茶のハーフブーツで決めている。辻本の彼女、吉野真由子だ。涼介、辻本の小学時代からの同期生…。化粧は薄めだが、肌は透き通るように白く、目鼻立ちはくっきりしてそれは小学時代から変わらない。
真由子は辻本の側に来ると、彼を促すように首を傾けた。辻本は小さく首を縦に振った。
「そんじゃ、蓮見。本当に悪かったな。次は気をつけるから」
辻本は真由子の肩に手を回し、二人は涼介に背を向け、グラウンドの方向へと去って行く。
涼介はその後ろ姿を一瞥すると、キャンパスへ戻る道を歩き出した。グラウンドを眺めるとサッカーボールを追う選手たちの姿が見える。さらに遠くでは陸上部員がトラック競技の準備をしている。
涼介はフッと小さく息を吐く。人は人、スポーツで芽を出す奴がいれば別の奴もいる。僕はどうなるのか知らないが。
辻本が言った言葉がチラッと頭をかすめた。小学六年の時の奇妙な出来事だ —
教育開発プログラム。何か知らないが参加するように言われ、セミナーがあり、訓練を受けた。君たちは選ばれた子供だみたいなことを言われたので、涼介も内心「僕は何か特殊能力を持っているのかな」などと思った…思わされたものだ。
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