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2章 桐生葵 映画同好会の活動を率いる
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「はい、これ」
涼介が所属する映画同好会の部室に入ると、二、三人の部員がすでに座り毎週火曜日の定例ミーティングの始まりを待っていた。一年生ながら副部長の一人である桐生葵(きりゅうあおい)が机の上に置かれた議題をさし示した。
涼介は葵の側に座ると、議題に目を通していく。内容は
1)今月の鑑賞推奨映画
2)新入部員・退会部員
3)その他の連絡事項
4)現在構想中の映画制作
「まあ、もちろん一番重要なのは映画制作なんだよね。そろそろ内容はどちらかに決めないと。今のままでもスケジュールがキツキツなのよ」
葵が長い髪をかきあげながら言った。
この大学で、辻本隼人、吉野真由子とともに涼介のもう一人の古い知り合いが桐生葵だった。あの教育開発プログラムに葵も参加しており、涼介とは顔なじみだった。
涼介の目からは桐生葵はプログラムにふさわしい優秀な人物だった。子供の頃から映画やビデオに興味を持ち、中学校の時にはすでに家族の日常生活を元にビデオストーリーを作ったと言っていた。高校では友人たちを俳優やエキストラとして動員し、自分でビデオソフトを駆使して編集し、高校生のビデオコンテストに何度か入賞している。
そして今、まだ大学の講義を取り始めて間もない五月の中頃! 一年生として忙しいこの時期に葵は先輩たちにこまめに連絡を取り、それぞれが担当している役割のスケジュール調整をしながら全体の活動予定を立てている。葵はすでにこのサークルに欠かせない重要な幹部になっているのだ。
「ふう。どちらかの課題を選ぶと言うと…」
涼介は制作予定の映画の仮題を見る。一つは『俺たちの決断』、よくある悩める高校生たちの自分探しの物語だ。もう一つはSFアクション物の『うちの隣の超能力者』。ごく普通の隣近所に住む同い年の男子が実はエスパーで、そのために起こるドタバタアクション。どちらも三年生の先輩たちが会議中に考え出したものだ。
「俺はどっちでもいいけど、脚本に仕立てると結構マジで長くなっちゃうね」
「私に言わせると、まだ話にもなってないんだよ。アイデアを出しただけ! 脚本を書く方の身にもなって欲しい」
葵はむくれた。それもそうだと涼介は思った。
サークル活動の二年生、三年生部員が入室してきて、会議は10分遅れで始まった。議題1)の推奨映画のリストを見た三年生部員が言った。
「葵ちゃん。この『坂の上の道化師』っていう映画の情報はこれだけ? ウェッブのアドレスもないんだ」
毎月10本くらいの推奨映画がリストアップされるが、主に自主制作インディー映画である。自主制作映画とは言え、それなりにウェッブサイトを持ったり、どこかの雑誌やSNSで紹介されたり、協賛する会社があったりする。何もない方が珍しかった。
「はい、これは本当に偶然に見つけたんです。でも都内では口コミで結構人気があって、小さいホールで次々と上映していますよ」
「配信とかは?」
「まずは映画館でやってみるらしいんで」
葵が言うには、とある下町の町おこし系の会が小さな多目的ホールを持っていて、そこに飛び込みで持ってきた人々がいたらしい。今の時代に全くの飛び込みは珍しく、さすがに関係者も怪しんだ。しかもその人々の身なりや風貌もどこか奇妙だったからだ。もしかしたら不法移民? とまで考えたらしい。記録されたメディア素材もどこのメーカーのものか不明だった。
しかし実際にその映画を見た町おこし関係者はいい印象を持った。
「それから口コミで広まり、あちこちでバズったようで。ストーリーはよくある『ライ麦畑でつかまえて』をベースにしたものですけど」
「定番にして王道の青春映画か…。まあ、たまには青臭いのもいいかも」
会議は粛々と進み、映画制作の議論になった。どちら側にも言い分はあったが、現実的な可能性を主張する葵が議論をリードし、自分探しストーリーで行くことになった。その後作成計画の細部を詰め、それぞれの役割分担を再確認し、その日の全体活動は終了した。
部活の後、一年生の数人は学食に移動した。
「上映している映画館は大学から近いし、土曜日の午後だから行ってみようよ」
葵が言った。
『水々しい感性に溢れた青春映画! この春一番の掘り出し物。ぜひご家族お揃いで』
映画のパンフレットには気恥ずかしいうたい文句が書かれている。
「それに安いから」
葵が言うと、皆はうなずいた。自主制作映画と言ってもピンからキリで、結構な入場料を取るところもあるからだ。あくまで希望者だけと言うことで、待ち合わせの時間などを決め、土曜日に希望者で行くことになった。
涼介が所属する映画同好会の部室に入ると、二、三人の部員がすでに座り毎週火曜日の定例ミーティングの始まりを待っていた。一年生ながら副部長の一人である桐生葵(きりゅうあおい)が机の上に置かれた議題をさし示した。
涼介は葵の側に座ると、議題に目を通していく。内容は
1)今月の鑑賞推奨映画
2)新入部員・退会部員
3)その他の連絡事項
4)現在構想中の映画制作
「まあ、もちろん一番重要なのは映画制作なんだよね。そろそろ内容はどちらかに決めないと。今のままでもスケジュールがキツキツなのよ」
葵が長い髪をかきあげながら言った。
この大学で、辻本隼人、吉野真由子とともに涼介のもう一人の古い知り合いが桐生葵だった。あの教育開発プログラムに葵も参加しており、涼介とは顔なじみだった。
涼介の目からは桐生葵はプログラムにふさわしい優秀な人物だった。子供の頃から映画やビデオに興味を持ち、中学校の時にはすでに家族の日常生活を元にビデオストーリーを作ったと言っていた。高校では友人たちを俳優やエキストラとして動員し、自分でビデオソフトを駆使して編集し、高校生のビデオコンテストに何度か入賞している。
そして今、まだ大学の講義を取り始めて間もない五月の中頃! 一年生として忙しいこの時期に葵は先輩たちにこまめに連絡を取り、それぞれが担当している役割のスケジュール調整をしながら全体の活動予定を立てている。葵はすでにこのサークルに欠かせない重要な幹部になっているのだ。
「ふう。どちらかの課題を選ぶと言うと…」
涼介は制作予定の映画の仮題を見る。一つは『俺たちの決断』、よくある悩める高校生たちの自分探しの物語だ。もう一つはSFアクション物の『うちの隣の超能力者』。ごく普通の隣近所に住む同い年の男子が実はエスパーで、そのために起こるドタバタアクション。どちらも三年生の先輩たちが会議中に考え出したものだ。
「俺はどっちでもいいけど、脚本に仕立てると結構マジで長くなっちゃうね」
「私に言わせると、まだ話にもなってないんだよ。アイデアを出しただけ! 脚本を書く方の身にもなって欲しい」
葵はむくれた。それもそうだと涼介は思った。
サークル活動の二年生、三年生部員が入室してきて、会議は10分遅れで始まった。議題1)の推奨映画のリストを見た三年生部員が言った。
「葵ちゃん。この『坂の上の道化師』っていう映画の情報はこれだけ? ウェッブのアドレスもないんだ」
毎月10本くらいの推奨映画がリストアップされるが、主に自主制作インディー映画である。自主制作映画とは言え、それなりにウェッブサイトを持ったり、どこかの雑誌やSNSで紹介されたり、協賛する会社があったりする。何もない方が珍しかった。
「はい、これは本当に偶然に見つけたんです。でも都内では口コミで結構人気があって、小さいホールで次々と上映していますよ」
「配信とかは?」
「まずは映画館でやってみるらしいんで」
葵が言うには、とある下町の町おこし系の会が小さな多目的ホールを持っていて、そこに飛び込みで持ってきた人々がいたらしい。今の時代に全くの飛び込みは珍しく、さすがに関係者も怪しんだ。しかもその人々の身なりや風貌もどこか奇妙だったからだ。もしかしたら不法移民? とまで考えたらしい。記録されたメディア素材もどこのメーカーのものか不明だった。
しかし実際にその映画を見た町おこし関係者はいい印象を持った。
「それから口コミで広まり、あちこちでバズったようで。ストーリーはよくある『ライ麦畑でつかまえて』をベースにしたものですけど」
「定番にして王道の青春映画か…。まあ、たまには青臭いのもいいかも」
会議は粛々と進み、映画制作の議論になった。どちら側にも言い分はあったが、現実的な可能性を主張する葵が議論をリードし、自分探しストーリーで行くことになった。その後作成計画の細部を詰め、それぞれの役割分担を再確認し、その日の全体活動は終了した。
部活の後、一年生の数人は学食に移動した。
「上映している映画館は大学から近いし、土曜日の午後だから行ってみようよ」
葵が言った。
『水々しい感性に溢れた青春映画! この春一番の掘り出し物。ぜひご家族お揃いで』
映画のパンフレットには気恥ずかしいうたい文句が書かれている。
「それに安いから」
葵が言うと、皆はうなずいた。自主制作映画と言ってもピンからキリで、結構な入場料を取るところもあるからだ。あくまで希望者だけと言うことで、待ち合わせの時間などを決め、土曜日に希望者で行くことになった。
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