時空間を駆ける者たち

桐原真保

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7章、奇妙な黒服の男、涼介に接触

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 次の日、涼介は電車で一駅先の指定された珈琲店に向かった。そこはビジネス街で、珈琲屋はビルの一階にあった。昨夜の電話で相手は、窓際の席で待っている、黒の背広にメガネの男だと言った。その珈琲店に近づくと、やや黒いスモークのかかった窓際に男が座っているのが見えた。昨日の追跡者と同じように芝居がかった格好だ、と涼介は思った。
 その珈琲店は座席数が多く、広々としていた。テーブルとテーブルの間隔が広い。黒服の座っている窓際の席は隣のテーブルとの間に観葉植物の大きな鉢が置かれ、会話もほぼ遮られるようにしてあった。客たちは皆スーツ姿のビジネスマンで、テーブル越しに顔を寄せて話をしている。
 涼介が近づくと黒服の男は立ち上がり、胸ポケットから名刺を差し出した。
「蓮見涼介さんですね。私は山本と申します。よろしくお願いします」

「教育開発プログラム調査・実行委員会
主任調査員 山本和宏」

 ウソくさい名前だと涼介は思った。しかし名前などはどうでもいい。
 二人分のコーヒーを山本が注文し、ウェイターが立ち去ると涼介は少しリラックスした。あたりを見回し、山本の名刺を見、彼のメガネをちらっと見た。真っ黒で目が見えないほどでもないが、やはり色つきのメガネだった。
「よく来てくれました。大学での生活はどうですか。変わったことはありませんか」
 涼介の予想に反して、調査員山本の物腰は丁寧で、そつのないものだった。地方公務員の父親と通じるものがある、と涼介は思う。
「特に何もないです」
「そうですか。…さて、委員会からの手紙にもありますように、かつて受けていただいたプログラムは終了したわけではないのです。一時的な中断です。いつか皆さんの才能技能を必要とする時が来るだろう。もしかしたらそれほど先でもないかもしれません。ご存知のようにプログラム実施中には返還不要の奨学金がわずかながら支給されました。今回も同様です」
 涼介は顔をあげた。へえ、それは助かる。
「しかし今回のプログラム延長はもはや児童生徒向けではなく、簡単でないかもしれません。委員会も実は試行錯誤しています。実行するにあたって皆様が戸惑いを感じられる場面も出て来るかと思います。そのため私たちはできるだけ皆様を手助けするように派遣されております」
 コーヒーが運ばれて来た。いい香りがした。これはきっと高級なやつなんだろう。返還不要の補助金のことを聞いたせいもあり、涼介は気持ちが落ちついてきた。
「山本調査員さん。今になって聞くのもどうかと思いますが、結局僕らはどんな才能があるんでしょう。あなた方は僕らに何を期待していたのですか」
 コーヒーを一口すすってから山本は手元のハンドブックを開いた。
「プログラムのマニフェストにありますように、学業のみならず、ユニークな感性を持ち、個性豊かで様々な範囲に独自の発想を発揮できるような子供たちを見出し、伸び伸びと育てる、と言うことでしょうか」
「表向きはそうだったけど…。でも訓練と称して、様々なことをやらせられましたね。運動部門では走ったり、ボールを投げたり、石ころだらけの山道を走ったりしました。子供ですから言われるままにやったけど、僕は心の中ではずっと疑問を感じてたんです」
 返事がないので涼介が山本を見ると、その目の奥が光ったように感じられた。
「では、思い出してください。どんな山登りでしたか」
「ええ。急なところで、岩がゴツゴツしてました。指導の先生方はなぜかヘルメットをして、ごついジャケットを着ていました」
「危ない、と思ったことはなかったですか」
「ええっと、足を踏み外して、斜面から転げそうになった時とか…。なんとかうまく、すぐ下に飛び降りました。ある時には大きいのはサッカーボールくらいの岩がバラバラ落ちて来て、みんな慌てて逃げました」
「でも誰も怪我はしなかった」
「ええ…」
 涼介は心の中でヒヤリとしたものを感じた。
「記録は残しませんでしたか? ビデオとか」
 涼介は思い出そうとした。
「ビデオ係の先生が何か撮ってました。今思うと色んな角度から…。でもあとで見せて、見せてと言っても、見せてくれませんでした」
 山本は表情を変えずに言う。
「では、そんな危険な状況で、なぜあなた方は大丈夫だったんでしょう」
 それは、それは…。
 何かが胸の中をすーっと降りていき、涼介は寒気を感じた。涼介は答えを見つけた、驚愕の答えを。
 いや、以前から薄々感づいていて、心の中で否定し続けていたではないか。

「…僕らはうまく岩をよけたんじゃなくて、岩をはねのけたんですか!」
「手や足ではねのけるんじゃなくて、他の力でね。電磁気的なものか、あるいは重力を操ったのか、それは謎なのです」

 涼介は椅子にもたれた。
「僕らはやっぱり、化け物なんですね」
 山本はあわてたように手を振った。
「そんなことを言っては身も蓋もありません。普通の人には望んでも手に入らない特殊な能力ですよ」
「だとすると、僕らが役に立つ状況と言ったら…。何なんですか。何かヤバイ状況ですね」
「まだ誰にもはっきりわからないのです。委員会はあなたや桐生さん、その他のプログラム受講生の能力の全貌を把握していない。手探りなのです。最近の変わったことといえば、あなたや桐生さんが接触した某自主制作映画の団体です」
「えっ」
 映画の団体と葵の名前が出て涼介は驚いた。涼介は先日の商店街の黒服の男を思い出す。
「だから見張りをつけているんですか!」
「申し訳ないですが」
「僕らの力は把握しきれていない。でも怪しい連中に接触して欲しい、ということですか。報酬が少しもらえるので、まるで二流、三流のスパイですね」
 山本は背広の胸の内ポケットを探り、小さな紙の箱を取り出した。箱を開けると、黒いフェイク皮革で出来た袋が出てきた。ちょっと見には分厚めのお守りに見える。その中からUSBメモリーより小さい電子機器らしきものを引き出した。
「これを身につけてください。委員会からの要求です。鎖も同封してありますが、クリップで服の内部にがっちりとつけることもできます」
「何をするガジェットですか」
「使い方を説明します。これは普段は何もしません。ドーマント、つまり冬眠状態です。何も電磁波を発生しないので、いかなるネットワークにも引っかかりません」
「…」
「ここにボタンがあります。ボタンを押すと20秒後に電磁波を発生し始めます。これを委員会がGPS追跡することができます」
「こんな小さなシロモノにそんな働きが? 何のために」
「あなたに危険が発生したとして、周辺に味方がいるとは限らないですから。最初から何らかの信号を発生していてはいけないのです」
「最初は何もしない…。てことは、もしかして危なくなったら、その時はじめて助けてくれるってことですか?」
 涼介は眉をひそめた。山本が言ったことを心の中で反芻した。
 山本は冷めたコーヒーを飲み干し、背広の別の内ポケットを探し、財布を取り出した。
「どうか覚えておいてください。我々はあなたや他のプログラム参加者を守る役目があります。そのための連絡先であり、ガジェットです」

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