9 / 21
9章 マイクロチップだって? 何のために
しおりを挟む
ローサが「出られるか」と言ったのは、ただ単にどこかで会えるかという意味でないだろう。実際、ローサが指定したのは二駅先で、しかも駅からやや離れたコーヒー屋だった。彼女は車で来て、そのままどこかに行くつもりに違いない。
彼は薄手のジャケットを着た。財布や携帯は内ポケットに入れた。あのお守りの形のガジェットは…。迷った末に紺色のシャツの前立ての裏、第二ボタンの下あたりから袋ごと縫い込んだ。自分でやったのではなく、事情を話すことなく下宿のおばさんに縫ってもらったのだ。
「まあ、涼介ちゃん。張り込みにでも行くの?」
とおばさんはケラケラ笑った。危ないだの、怪我をしないようになどは全然言わない人だ。
土曜日の朝、下宿を出る前に山本調査員と桐生葵にテキストで出かけることを伝えておいた。
二つ目の駅で降りて歩くと、繁華街から次第に郊外らしき景色になった。コンビニが見え、それの並びにケーキ屋やクリーニング屋が見え、その先にコーヒー屋があった。前にある広い駐車場はこれら全ての店が共有しているものだ。
涼介が店に近づくと、駐車場の一番奥に止まっているワゴン車のドアのところで二人の男が話をしているのが見えた。涼介には見覚えがあった。あの映画のスタッフだ! ローサとよく一緒にいた二人。
涼介は足がふるえ、胸のお守りのあたりを手で抑えた。嫌なら逃げ帰るのもありだぞ。しかし何が起こっているのかを知りたい好奇心と、お守り(?)まで持たせてもらっているという使命感のようなものがあった。
ローサは窓側の長いテーブルの席に座っていた。今日は白のジャンパー、ブルージーンズ、短いブーツ、髪を一つにまとめたポニーテールという出で立ちだ。ローサは涼介に手を振り、側に座るよう促した。
「あなたの大叔父さんを見つけたわ。これから案内できるけど、来るよね」
涼介の頭の中では色々な言葉がぐるぐるとせわしく巡った。
「どうやって見つけたんです。大叔父さんの親戚は10年近く探していたはずです」
「私の知り合いの組織は強力なネットワークを持っているの」
「ローサさん」涼介は聞かねばならなかった。「ローサさんたちはあの映画を持って巡回しているんですね。それは何のために?」
「資金集めをして、さらにいい映画を作るため、それにネットワークを充実させるためね。不明人探しはその活動の一環よ」
「あの映画は『ライ麦畑で捕まえて』にインスピレーションを得ているんですね。若者をターゲットにしているんですか。人が子供から若者、大人になる過程でぶつかる困難や悩み事は誰もが経験することだから」
「大人になると辛いことをうまく避ける技術を身につけるけど、エンタテイメントの担い手は若者だから。若者にアピールするように制作するの。当然でしょ?」
「映画を見た僕のような者が、よそでもこうして映画のスタッフと話しているのですか」
「もちろん。何人かの人が興味を持ったわ」
「まるで新興宗教の勧誘みたいに…」
ローサは含み笑いをした。
「何だか誤解を招く言い方ね。別に強引に人々に言い寄っているわけじゃないの。対象となる人々にはマークがあって、私たちにはわかるの」
「マーク、印?」
ローサは、右側に座っている涼介の左の肩を掴んだ。涼介はびっくりした。顔が思わず赤くなる。
「あなたはここに傷があるよね」
「傷? いや別に…。そういえば何かの予防接種を受けました。ポンってハンコを押すみたいな。赤ちゃんにする予防接種みたいなやつでした」
「それはいつ」
「…小学校の5年か6年の時」
涼介の頭に記憶が蘇る。あれはプログラムに参加中の時だったが、もちろん言わない。
「何の予防接種だったか、知らないでしょ」
「…」
ローサは携帯を見た。
「さあ、そろそろ行きましょう。用意はいい」
「ええ」
「その前に、そのあなたの『マーク』が問題ね…」
ローサはしばらく真剣に携帯を何度かスワイプした。それから何か文字をタイプし、涼介をちらっと見た。
「痛っ!」
涼介は思わず悲鳴をあげた。肩の予防接種の跡に、まるで金属の網で素早くこすられたような感触を受けたのだ。
「あなたの肩のチップをテンポラリーにシャットダウンしたわ」
「えっ…」涼介は肩を抑え、首を傾げた。「チップって」
「あなたの肩にはマイクロチップが埋め込まれていたのよ。知らなかったでしょ。あなたの行動を追跡するためね。いつからそこにあったのかは知らないけど」
涼介は動揺した。
ローサは立ち上がった。
彼は薄手のジャケットを着た。財布や携帯は内ポケットに入れた。あのお守りの形のガジェットは…。迷った末に紺色のシャツの前立ての裏、第二ボタンの下あたりから袋ごと縫い込んだ。自分でやったのではなく、事情を話すことなく下宿のおばさんに縫ってもらったのだ。
「まあ、涼介ちゃん。張り込みにでも行くの?」
とおばさんはケラケラ笑った。危ないだの、怪我をしないようになどは全然言わない人だ。
土曜日の朝、下宿を出る前に山本調査員と桐生葵にテキストで出かけることを伝えておいた。
二つ目の駅で降りて歩くと、繁華街から次第に郊外らしき景色になった。コンビニが見え、それの並びにケーキ屋やクリーニング屋が見え、その先にコーヒー屋があった。前にある広い駐車場はこれら全ての店が共有しているものだ。
涼介が店に近づくと、駐車場の一番奥に止まっているワゴン車のドアのところで二人の男が話をしているのが見えた。涼介には見覚えがあった。あの映画のスタッフだ! ローサとよく一緒にいた二人。
涼介は足がふるえ、胸のお守りのあたりを手で抑えた。嫌なら逃げ帰るのもありだぞ。しかし何が起こっているのかを知りたい好奇心と、お守り(?)まで持たせてもらっているという使命感のようなものがあった。
ローサは窓側の長いテーブルの席に座っていた。今日は白のジャンパー、ブルージーンズ、短いブーツ、髪を一つにまとめたポニーテールという出で立ちだ。ローサは涼介に手を振り、側に座るよう促した。
「あなたの大叔父さんを見つけたわ。これから案内できるけど、来るよね」
涼介の頭の中では色々な言葉がぐるぐるとせわしく巡った。
「どうやって見つけたんです。大叔父さんの親戚は10年近く探していたはずです」
「私の知り合いの組織は強力なネットワークを持っているの」
「ローサさん」涼介は聞かねばならなかった。「ローサさんたちはあの映画を持って巡回しているんですね。それは何のために?」
「資金集めをして、さらにいい映画を作るため、それにネットワークを充実させるためね。不明人探しはその活動の一環よ」
「あの映画は『ライ麦畑で捕まえて』にインスピレーションを得ているんですね。若者をターゲットにしているんですか。人が子供から若者、大人になる過程でぶつかる困難や悩み事は誰もが経験することだから」
「大人になると辛いことをうまく避ける技術を身につけるけど、エンタテイメントの担い手は若者だから。若者にアピールするように制作するの。当然でしょ?」
「映画を見た僕のような者が、よそでもこうして映画のスタッフと話しているのですか」
「もちろん。何人かの人が興味を持ったわ」
「まるで新興宗教の勧誘みたいに…」
ローサは含み笑いをした。
「何だか誤解を招く言い方ね。別に強引に人々に言い寄っているわけじゃないの。対象となる人々にはマークがあって、私たちにはわかるの」
「マーク、印?」
ローサは、右側に座っている涼介の左の肩を掴んだ。涼介はびっくりした。顔が思わず赤くなる。
「あなたはここに傷があるよね」
「傷? いや別に…。そういえば何かの予防接種を受けました。ポンってハンコを押すみたいな。赤ちゃんにする予防接種みたいなやつでした」
「それはいつ」
「…小学校の5年か6年の時」
涼介の頭に記憶が蘇る。あれはプログラムに参加中の時だったが、もちろん言わない。
「何の予防接種だったか、知らないでしょ」
「…」
ローサは携帯を見た。
「さあ、そろそろ行きましょう。用意はいい」
「ええ」
「その前に、そのあなたの『マーク』が問題ね…」
ローサはしばらく真剣に携帯を何度かスワイプした。それから何か文字をタイプし、涼介をちらっと見た。
「痛っ!」
涼介は思わず悲鳴をあげた。肩の予防接種の跡に、まるで金属の網で素早くこすられたような感触を受けたのだ。
「あなたの肩のチップをテンポラリーにシャットダウンしたわ」
「えっ…」涼介は肩を抑え、首を傾げた。「チップって」
「あなたの肩にはマイクロチップが埋め込まれていたのよ。知らなかったでしょ。あなたの行動を追跡するためね。いつからそこにあったのかは知らないけど」
涼介は動揺した。
ローサは立ち上がった。
0
あなたにおすすめの小説
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~
bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
痩せたがりの姫言(ひめごと)
エフ=宝泉薫
青春
ヒロインは痩せ姫。
姫自身、あるいは周囲の人たちが密かな本音をつぶやきます。
だから「姫言」と書いてひめごと。
別サイト(カクヨム)で書いている「隠し部屋のシルフィーたち」もテイストが似ているので、混ぜることにしました。
語り手も、語られる対象も、作品ごとに異なります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる