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第三章 幼な妻の里帰り
01
しおりを挟む炙るような太陽の熱にもかかわらず、庭園の緑はその光を浴びて元気に輝いている。
その後ろに見える白い屋敷では、使用人たちが久しぶりの主人の帰還のため、いそいそと自分のテリトリーを整えていた。
ブルムト国境での軍の遠征演習を終えて、マティアスは二週間ぶりに自宅に帰宅した。
殆ど執務室になってしまっているマティアスの自室で、遠征から一緒に帰ってきたエルザは執事の出してくれた冷たい水を美味しそうに飲む。
風を通す為に開け放したままの扉から、執事に呼ばれたアーネストがひょいと顔を出した。
「おかえり。
何か急ぎの話?」
アーネストを認めた途端に真面目な顔になったエルザが席を立つ。
「大事な話があるの。扉を閉めてくれる?」
「えぇ……? この暑いのに?」
そう言いながらもアーネストは後ろ手で扉を閉め、内鍵を掛けた。
「マティアス、俺もちょっと話があるから、後で時間いいか?」
アーネストの言葉に、エルザは眉を顰める。
「何の話?」
「? 何怒ってんの」
「……もしかしたら、同じ話なんじゃないかしら」
「そんな深刻な顔する話じゃないよ」
「貴方は時々軽薄な顔で深刻な事言うからあてにならない」
「ほんとに何怒ってんの」
立ったままのエルザを素通りして、アーネストは断りもなくマティアスの前に座った。
言いにくそうにマティアスが口を開く。
「………演習地で、噂が立っていて」
「なんの」
マティアスはどう続けたものか決めあぐね、口を噤む。
エルザがソファの手摺に手をついて、真剣な顔でアーネストに躙り寄る。
「本当のことを答えて。
………貴方、リリア様に手を出した?」
「腰に手を回したり頬にキスしたり抱っこしたりするのは手を出したうちに入る?」
「ふざけないで! 真面目な話よ!
演習場で噂になってたのよ、
マティアス様の不在の隙にリリア様がアーネストの家に泊まって、以来、その………悪阻が酷いって!」
叫ぶエルザに、アーネストは驚いた顔をする。
マティアスにはそれがどういう驚きかは読み取れなかった。
「アーネストの、話って……もしかして、リリア様を下賜して欲しいって話じゃないの!?」
眉を顰めてエルザを見ていたアーネストが、マティアスに向き直る。
「………だとしたら、くれんの?」
「いや、その、即答はできないが、………考える」
「妻と従者の不義に腹は立たないのか?」
「…………俺とリリアは本当の夫婦ではない。時期は良くないが、恋愛は自由だ」
「なるほど」
アーネストは真面目な顔で立ち上がり、マティアスの肩に手を置く。
「心の広い主人を持って俺は果報者だ。
ちょっと、立ってくれ」
言われるままにマティアスが立ち上がる。アーネストはマティアスの肩に左手を置いたまま、
右の拳をマティアスの腹にめり込ませた。
マティアスはソファに崩れ、殴られた腹を押さえる。
「…………なに、するんだ、痛いじゃないか」
「ノーダメかよ、かわいくねぇ」
「そんな訳ないだろう、痛い」
「………デマなの?」
「先週泊まりに来たよ。マーリンが、社交界で噂の深窓の令嬢にまた会いたいって言うから来てもらった」
「悪阻の話は……」
「先週から悪阻なら、俺が手を出したのは先月だ」
「………そうなの?」
「……エルザ、一応君も女性なんだから、もう少し勉強して」
腹を押さえたままのマティアスの肩先でアーネストはソファの背もたれに右足をどんと突いた。
「で?
俺への信頼はその辺の噂より薄いわけ?」
「……すまん」
「不安なら、もうこの屋敷から出ていこうか」
「本当にすまない、初めは馬鹿馬鹿しいと思ったが、確認できないままだったから、段々あり得ないことでもない気がして」
「で、俺への信頼は消えた訳か」
「………リリアは可愛いし、お前のことをかっこいいって言ってたから……」
「本当だとして、何を考えるんだ馬鹿。今リリアちゃんと離縁なんかできないだろ」
「しかし、……お前は、合意なく手を出したりする男じゃないから、二人が望むなら考えないと、と思って……」
しょんぼりと床を見つめるマティアスに、アーネストは溜め息を吐きながら足を下ろした。
「赦しを乞うか」
「赦してほしい」
「アーネストお兄ちゃま、ごめんなさい、って言えたら赦してやる」
「…………………………………………
…………アーネストお兄ちゃま、ごめんなさい………」
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