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第二章 幼な妻のデビュタント
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しおりを挟む「アーネストは、いい詐欺師になれますね」
お披露目の後、二人は皆の前でファーストダンスを踊った。
大きすぎる身長差のせいで親子のダンスのように見え、初めは揶揄うような笑いも聞こえてきたが、リリアが難しい顔で十回ほどマティアスの足を踏み、我慢できずに笑いだしたマティアスに抱きかかえられて退場した時には、悔し涙の小柄な百合の精を、周囲も可愛い生き物を愛でる目で見守っていた。
未だ性的な匂いのしない、歳の離れたこのカップルは、きっとこれからゆっくり家族としての情を育んでいくのだろうと思われた。
その後の怒涛の挨拶巡りをこなして、マティアスとリリアは人気の無い中庭で一息ついていた。
吹き抜ける風が気持ち良く、満天の星空の下、月明かりだけが足元を照らす。
「アーネストが事前に母上にも話を通してくれていた。
お陰で半殺しにされなくて済んだ」
クラウディアの宝石類を借り、マティアスの屋敷から花を運ばせ、加工する資材を調達し、花の加工をマティアスに指導してから、居なくなったと思っていたらヴォルフに付き添って国王陛下にエスコートの許可を取りに行き、イリッカに事情を説明していたらしい。
普段からヴォルフの奔放さに気を揉んでいる国王は、マティアスと懇意であることを示すのに丁度良いと快諾をくれ、自分が嫁のために作らせた百合、というエピソードはそこそこイリッカのお気に召したようで、髪飾りについての二人の失態は不問となった。
「普段事務仕事をしないからまるで俺の腰巾着みたいに言われてるが、あいつはすごいんだよ」
「……ああ、側から見ると、仕事もせずにマティアス様にくっついてるだけの昼行灯ですね」
昼行灯、という単語が妙にはまって、マティアスは笑う。
「そう。護衛なのに俺より弱いし。
―――でも、あいつがいないと俺は多分失敗ばかりしていると思う」
「わたくしがクラウディア様と親しくお話できたのも、アーネストのおかげです。
クラウディア様、素敵な方ですね。ヴォルフ様よりマティアス様の方がお似合いなのに」
「……言っとくが、今はただの幼馴染みだからな」
本当のことなのに言い訳の様に響く自分の台詞にマティアスは顔を顰める。
「時々、アーネストが、マティアス様にだけ意地悪なのはどうしてなんですか?」
「分かるか?」
「いつもの戯れてる感じと違って、ケルビーの百合を勝手に折ったり、マティアス様に意地悪を言ったり、らしくないな、って思うことが時々あります」
「うん……もしかしたら無意識なのかもしれないが、多分俺を試してるんだろうな。
ずっと俺の周りに目を配って、人目のある時には俺に謙って、言いにくいことを指摘する、侍従なんて難しいし評価されないし失敗した時だけ目立つ損な仕事だ。
あいつなら伯爵家で適当にやっていれば安泰なのに、そんな仕事を引き受けるだけの価値が、俺にあるのかどうか」
マティアスにとっては、いつもマティアスの気付かないことを拾い上げ、頭を小突きながら教えてくれる得難い存在だった。
「………今日は、嫌な思いをさせてしまってすまなかった」
「嫌な思い?」
「アーネストが、貴女がヴォルフのことで傷ついているのではないかと心配していた」
月明かりに照らされた花々の間を歩いていたリリアが、きょとんとした顔で首を傾いで、立ち止まる。
「………ふふ。アーネスト、かっこいい」
リリアは花壇に腰掛けるマティアスに向き直る。花の中でふわりと笑う少女は本当に妖精のようで、月光に溶けてしまいそうだった。
「……マティアス様。
わたくしは、目的あって、王族に股を開きにきた女ですよ」
忘れつつあった己の暴言を引用されて、マティアスは眉を下げる。
「わたくしは、わたくしの目的のために、この身体はマティアス様に差し上げました。そして、マティアス様はわたくしの望み通りの対価をくださった。
マティアス様は、だからこれをどう使ってもいいし、これがどうなろうとわたくしに詫びる必要などないのです」
年端も行かない少女ににこやかにそんな事を言われて、マティアスは薄ら寒いものを感じる。
だが、王弟家にそれを咎めるような筋合がないことくらいは承知していた。
「………俺のものか」
「はい」
「じゃあ、大切にするよう努める。
貴女も、それを承知しておいてくれ」
マティアスには、リリアは自分の身体に無頓着すぎるようにみえる。それはもしかしたら、彼女にとってマティアス達はまだ、対価なしに助けてくれる相手ではないからかもしれない。
返せない借金をしてしまったリリアの父親や、北部への足掛かりが欲しいイリッカや、ヴォルフと争いたくないマティアス。そんな大人たちの後始末をするように、大切なものは全て北の大地に置いて、マティアスのところへ嫁いできた少女。
出会った頃よりは仲良くなった今も、殆ど我儘を聞くことがないのは、性格によるものだけではないと思う。
リリアが自分を大事にせず将来後悔して泣くことになったら、それはマティアスにとっても辛いことだ。
いつかここを去るその時までは、せめて身近な大人として彼女を守りたい。マティアスも、きっとアーネストやカロリーナも、もう条件なくリリアの味方なのだと、いつか伝われば良いと思った。
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