【完結】王甥殿下の幼な妻

花鶏

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第三章 幼な妻の里帰り

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 宿にエルザを残し、三人は馬車で別邸へ向かう。
 アルムベルク公爵の別邸は麦畑の広がる畦道の先にあった。公爵家の別邸というよりは地主の屋敷のようで、住み込みの使用人もいないらしい。

「マティアス様、無理して召し上がらなくても大丈夫ですからね?」
「うん。でも俺はそんなに食べられないものはないよ」
「カール達は社交界の教育を受けていないので、失礼があるかもしれません」
「分かった。……貴女には弟妹がいたのか?」
「お父様の、側室の子です。爵位は継げません」
「………ああ、なるほど」

 三人で屋敷の扉を開けると、子どもたちがわっと飛び出してきた。

「早かったのねお父様!」
「おかえりなさい!」
「ただいま、リリアも一緒に帰ってきたよ。
 お客様もいるから、お母様の準備を手伝っておくれ」

 公爵の肩口から覗くと、リリアと変わらないくらいの女の子が二人と、六つ七つくらいの男の子が一人。その奥に優しそうな婦人が微笑んで立っていた。

「リリアお姉さま!?」
「お姉さま!」
「奥の人誰?」
「ばかね、お姉さまと一緒なんだから、マティアス殿下に決まってるでしょ」
「王子様だ!」
「王子様! かっこいい」

 ……王子、ではない。と思ったが、田舎の子どもにしてみれば同じようなものなのだろう。

「お前たち、殿下は偉い方なんだよ、ご挨拶なさい」
「はじめまして、カールです!」
「クララです!」
「カミラともうします」
「あっ、カミラ、自分だけ大人のあいさつ、ずるい!」

 きゃわきゃわと団子になる三人が可愛い。
 特に一番末らしきカールと名乗った男の子は、何故上下運動をしながら喋るのか、マティアスにとって子どもというのは謎多き生き物である。

「マティアスという。王都でリリアと暮らしている。
 よろしく」

 礼をとると、女の子二人が黄色い悲鳴をあげて逃げていった。
 唖然とするマティアスに、リリアがくすくすと笑った。

「わたくしの旦那様がかっこいいので逃げちゃいました」

 ラーラと名乗った夫人の用意してくれた食卓につき、一緒に食事をとる。未だ嘗てない賑やかな食卓に、マティアスは圧倒されるばかりだった。


 食後、リリアが弟妹たちの活動報告を静かに聞いてる隣の部屋で、大人三人は食後の紅茶で一息つく。

「お粗末さまでした。
 準備したものを召し上がっていただけて、カミラたちが喜んでおりました」
「ご馳走様でした、美味しかったし、賑やかで見ていて楽しかった。リリアは静かなので、こういう環境で育ったというのは意外だったな」

 そう言うマティアスに、公爵とラーラ夫人は顔を見合わせる。

「リリアは、………ここで育った訳ではありません」

 言いにくそうな公爵の説明に、マティアスは姿勢を正す。

「リリアの母は、優しい質でしたが、男の子が授からないのを気にしすぎ、心を病んでおりました。リリアが五つの歳にそれに気づいて、妻は療養に出し、リリアをラーラに任せたのですが、………その、リリアの癇癪が酷くて」
「癇癪? リリアが?」

 意外な単語にマティアスは眉を寄せる。

「母と離され、私たちと意思の疎通が難しいことが辛かったのだと思います。
 あの子のことは母親に任せっぱなしで……リリアの母親は、リリアを、故郷のザムール語で育てていました」
「………公爵は、リリアと話したことがなかった?」
「恥ずかしながら……男の子ではないリリアを見られたくないと泣かれ、遠目に覗くことしか……健康に見えたし、使用人の問題なく育っているとの言葉を鵜呑みにしておりました……」

 五歳のリリアは突然母親を失い、当時公爵邸には正妻の他にザムール語を話す者もいなかった。ラーラは夫の失態を償おうと奮闘したが、幼いカミラとクララを育てながらでは出来ることは限られていた。

 最終手段としてリリアは何人かのザムール語話者のいる学園アカデメイアに預けられた。

 研究者たちには分からなかったがリリアは平均的な子どもよりずば抜けて物覚えが良く、二年でヴィリテ語を習得して帰ってきた。ただ、何ヶ国かがちゃんぽんになっていたうえ、学園アカデメイアに染められたリリアと公爵たちとでは、普通の家庭のようなコミュニケーションは難しかった。
 以降リリアの、ラーラたちと食事をする以外は学園アカデメイアに入り浸る生活が始まる。
 公爵とラーラ夫人は可能な限り世話になった研究者を持て成し、病気と聞けば看病し、食事を差し入れたが、ではリリアを育てたと言えるかと問われると、その答えは否であった。

「あの子には、申し訳ないことをしました……
 学園アカデメイアが大好きで、存続の為にアルムベルク統治を手伝いたいと言ってくれたので、ゆくゆくはリリアに領地を継がせてやりたかった………それすら叶わず、私は、借金のかたにリリアを売るようなことを」
「……それを言われると、買ったこちらは立つ瀬がないな」
「そんな! 殿下には感謝しているのです、リリアの手紙には、殿下への感謝ばかりが綴られています」

「…………そう、なのか」

 マティアスはリリアを見遣る。
 そんな過去など感じさせない笑顔に、彼女の強さを感じる。
 マティアスの視線に気付いたリリアが、近づいてきて、遠慮がちに申し出た。

「あの、マティアス様、カミラとクララが……」
「どうした?」
「その、言わないけど、このドレス、羨ましいんだと思うんです。帰ったらわたくしの経費から補填するので、ドレス、あげても良いですか……?」
「………貴女が、他に着る物があるならかまわない。補填もいい。どうせアーネストが勝手に増やすだろう」

 ぱっと表情を明るくしてから、気後れしたようにはにかむ。

「わたくし、最近、マティアス様に甘えてばかりでだめですね。気をつけます」

 寧ろもっと甘えろと言いそうになったが、マティアスは何か違う気がして踏みとどまった。


 挨拶を終えて宿に戻る。
 ラーラが出してくれた以前の服に着替えているリリアを見て、エルザがはしゃいだ。

「えっ、かわ、リリア様可愛いー!
 どうしたんですか、その町娘スタイル!」
「妹たちが、ドレスが羨ましそうだったから、あげてきたの」
「昔着てた服ですか!?
 えー、可愛い! そのセンスの良さ、絶対リリア様が選んだんじゃないですよね?」

 エルザも第三者の目がなければ大概失礼になっていて、やりとりが面白い。

「………ずっと、服は、アレクシスが選んでたわ」
「……え……男……?」

 地雷を踏んだ顔でエルザがマティアスを覗き見る。

「何か言いたげだな」
「マティアス様………アーネストとかアレクシスとやらとか、他の男の選んだ服ばかり着せてて良いんですか」
「別に、服に罪はない。似合ってれば良い。もう遅いから寝る」

 そう言ってマティアスは、あからさまに夫婦用の寝台を見る。

「エルザ、ここに滞在する間、お前の寝台で寝るから、鍵を貸してくれ」

 マティアスの台詞にエルザが凍る。

「だっ、ダメです!
 マティアス様にはリリア様がいらっしゃるのに、私と浮気なんて! 大体、マティアス様のことは好きですけど男としては別に」

「なんでそうなる!
 エルザはこっちでリリアと寝ろ!」

 あ、なるほどぉ、と手を打つエルザにマティアスは深く溜め息を吐いた。


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