【完結】王甥殿下の幼な妻

花鶏

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第三章 幼な妻の里帰り

06

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「ムクティ!」

 坂の上からリリアが駆け寄る。
 勢いよく飛び込んできたリリアをムクティが抱きとめ、抱き上げられたままリリアは強くムクティを抱きしめた。

「ムクティ、ムクティ、元気だった?
 どうしてマティアス様と一緒にいるの?
 あのね、マティアス様が、これから手紙書いても良いって!」

 聞いたこともないような明るい声にマティアスは驚く。

「元気だったよー。
 リリアも元気そう。
 殿下には、困ってるとこを助けてもらったんだ」

 坂の上から追いかけてきたエルザがリリアに咳払いする。

「リリア様。その、お友達なのでしょうが、男性に抱きつくのはいけません」

「あっ、そうだったわ、ごめんなさい。
 ムクティ、わたくしはもう御令嬢だから、こういうの、はしたないの。降ろしてくれる?」
「ははっ、リリアが御令嬢とかウケる。
 ハグがダメだなんて言ったら、アレクシス発狂するね」

 リリアを地面に降ろして、リリアの昔のままの普段着をみて不思議そうに尋ねる。

「今度会える時はドレス姿だと思ったのに、殿下はお姫様の服買ってくれないの?」
「ドレス、着てきたのよ? でもカミラとクララにあげて良いって言ってくださったのでそうしたの」
「着替えはないの?」
「全部あげて良いって。
 すごく喜んでたわ」

 嬉しそうに笑うリリア。ムクティはちらりとマティアスを見てリリアに言う。

「………優しい旦那さんじゃん?」
「そうなの」

「僕、今から学園アカデメイアに行くよ。多分アレクシスもいるけど、一緒に行く?」

 リリアはマティアスに目線で尋ねる。

「……俺も一度学園アカデメイアを見てみたい。寄付の件も学長に確認しておきたいし、俺も一緒でもいいか?」
「マティアス様は、学園アカデメイアも含めてアルムベルクの統治官ですもの、いつ行ってもいいんですよ」


 四人で通りすがりの荷馬車を拾い、農道を西へ進む。
 継接ぎを重ねたような建物群が遠目に見えてきた。

「マティアス様、あれです」
「へぇ……もっと、遺跡みたいな建物かと思ってたな」
「中央広場辺りは遺跡っぽいですよ」

「あれが……朝から晩まで勉強したい、変人の巣窟なんですね……」

 恐ろしい物を見るようにエルザが眉を寄せた。


 荷馬車を降りて門を潜る。
 学長に会うために事務室へ向かっていると、謎のがらくたが山積みになっている中庭にざわざわと人が集まってきた。

「リリア?」
「リリアじゃないか」
「え、なんだ、離婚されちゃったのか!?」
「なに!? 強引に連れ去っておいて、これだから王都の貴族なんて奴らは」
「いいじゃないか、リリアが帰ってこれたなら!」
「しかし、じゃあ学園アカデメイアはどうなってしまうんだ………!」

 マティアスはもみくちゃにされている妻を引っ張り上げて大きな声で言う。

「統治官のマティアスだ。
 離婚はしてない。
 学長に会いたい、道を空けてくれ」

 騒めいて距離をとる人々の後ろ、少し離れた人の群れの中で、ダークブラウンの髪の青年が目を丸くしてこちらを見ている。年の頃はマティアスと同じくらいに見えた。

「アレクシス!」

 リリアが一際嬉しそうな声をあげる。

 駆け寄るリリアを、アレクシスと呼ばれた青年は軽々と抱き上げた。

「リリア! どうした、なんでここに?」
「マティアス様の視察についてきたの。
 アレクシス、これから手紙書いて良いって!
 王都に戻ったらたくさん書くわね。お返事頂戴ね」
「マジか。めっちゃ書くわ」

 はっと気付いたようにリリアがアレクシスの肩を押す。

「アレクシス、わたくしもう御令嬢だから、抱っことかしてはだめなのよ」
「はぁ? 久しぶりに会ったんだぞ。抱っこもするしキスもするに決まってんだろ」

 アレクシスはそう言って逞しい手でリリアの首を引き寄せてキスをした。

「アレクシス、だめだって、ば……?」

 二人の間に白刃が割り込む。

「この下郎! リリア様を放しなさい!」

 エルザが鋭い目で剣を構えていた。

 アレクシスはリリアを降ろし、手近な鉄棒でエルザの剣を弾く。その切っ先が弧を描いて再び襲いかかる。アレクシスは小さな動きで的確にそれを避け、即座に戻ってくる刃をまた弾く。

 際どい応酬に立ち尽くすリリアの肩をマティアスが引いた。

「危ないから、離れて」

「マ、マティアス様、あの、」

 リリアはエルザとマティアスを何度も見比べる。

「わぉ。お姉さん、上手だね」

 ムクティが気の抜ける口調で感想を述べた。

「……リリア、彼は貴女の……友達?」

 恋人だったのか、と聞こうとして、その答えがイエスでもノーでも微妙なことになると思い、マティアスは言葉を選んだ。

「殿下。アレクシスはカレシじゃないから安心して」

 ムクティがマティアスの配慮をあっさり台無しにする。

「………わたくし、マティアス様に……浮気症だと思われている……?」

 眉を寄せるリリアにマティアスは返す言葉がない。
 そうこうしているうちに、エルザの剣がアレクシスの喉元に突きつけられ、勝負がついた。肩で息をするエルザが両手を上げるアレクシスから踵を返し、マティアスの元へ戻ってきて片膝をつく。

「申し訳ありません、下郎を圧倒出来ず、獲物の差で勝ってしまいました」
「そうだな」
「精進します」
「うん。力量差はあるに越したことはない」

 両手を上げたまま、同じように肩で息をするアレクシスは目を丸くしている。

「なんだ、この女、すげえな……」


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