【完結】王甥殿下の幼な妻

花鶏

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第三章 幼な妻の里帰り

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 地下牢にリリアが放り込まれ、何やら水音が聞こえる。続いてマティアスも背中を押された。鉄の扉を潜ると床があるはずの位置からかなり下で水面が扉から漏れる光を反射している。

「―――待て、もしかして水牢か」
「今は使ってねぇから綺麗なもんだよ。立ってりゃ溺れることもねぇ」

 マティアスは背中を押す手に抵抗しようとしたが、折られた腕の痛みで出遅れ、扉を閉められた。扉の内側には足をかけるスペースもなく水面に落ちる。先に落とされていたリリアが頭までずぶ濡れでマティアスを待っていた。
 マティアスにとっては腰ほどの水深だか、リリアは胸元まで水に浸かってしまっている。

「………猿轡を取るから、ちょっと痛いかも知れないが、じっとしてて」

 マティアスはリリアの猿轡と両手を縛った布を解く。右手に力が入らず難儀した。

「怪我は?」
「ありません、…………申し訳、ありません……」
「何が」
「わたくし、ロケットが見当たらなくて、穴から出てしまって……」
「そうなのか。犬がいたからそれで見つかったのかと思った」
「………すみません」
「ロケットは見つかった?」
「はい、すみません」
「いいよ。犬がいたからどうせ見つかってた。
 俺も、あまり強いのがいると庇いながらでは無理だと思って貴女と離れたけど、あれくらいなら守りながら帰れた。失敗した」

 マティアスは牢の中を確認する。
 マティアスの自室程の広さの四角い部屋に腰まで水が湛えられ、右の鉄格子から左の鉄格子に向かって緩やかな流れがある。恐らく、外の川から水を引き、ここで死んだ者は鉄格子を開ければそのまま川へ捨てられるようになっている。三メートル近く上にある入口は鉄の扉が閉ざされ手をかける場所はない。
 壁には幾つか梯子を置くためらしき段差や道具を掛けるためらしき突起はあるが、水から上がれる場所は無さそうだった。

「出してもらえるまでに、どれくらいかかるかだな……」

 マティアスたちを放り込んだ男は、この牢は暫く使われていないと言っていた。水牢の怖さを―――このままではリリアは半日ほどで死ぬ可能性がある事を、ちゃんと承知してくれているだろうか。

「たぶん、アレクシスが助けてくれます」
「……彼を信じてるんだな」

 マティアスは梯子を架けるためらしき段差を確認しながら返事をする。

「誘拐されたのは、すぐ分かるでしょう。
 馬車が北の山道に入るくらいは誰かが見てると思いますし、国境の山道なら山の民か……そうでなければちょっと難しいので、とりあえずそれをあたると思います。
 あの人たち、確認されたら、隠さない気がするので」

 確かに彼らは何かに対して義憤から立ち上がり、ヴィリテの貴族に一矢報いることを恥じることではないと思っている。ヴィリテの国民に問われれば、思い知れと声高に主張するだろう。

「そうだな。彼が早く来てくれると良い」
「来るのは多分、別の人です」
「アレクシスは来ないのか?」
「場所さえ特定できれば、ここならトレビュシェットの射程内ですから」
「………なんでアルムベルクにそんなものが」

 トレビュシェットはブルムトとの国境にも配置している投擲武器だ。

学園アカデメイアで、以前、暇な人たちが工作してて」
「工作という単語の守備範囲がおかしい」

「ちょっと、射程距離が長過ぎて、アレクシスでないと調整出来ないんですよね。だからここに来てくれるのは………山間警備の人は居なくなってたし、山林業ギルドの人とか、かしら」

 そう言えばこの人は闇雲にヒーローを信じているような少女ではなかった。

「楽観的に考えれば、半日くらいで誰か来てくれると思います」
「そうか。半日くらいなら頑張るか」

 マティアスは上着を脱いで肩に掛け壁の段差に左腕の前腕を置いた。

「リリア、濡れた服を脱いで腕に座れ」

 リリアはきょとんとマティアスを見上げる。

「座ったら俺の上着を羽織れ。
 右腕が折れてるから抱き上げてはやれない。自力で登ってくれ」

「………そんな、ご迷惑おかけした上に」
「それは帰ったら聞く。身長の低い貴女は多分半日は保たない」
「でも、マティアス様の方がお怪我をなさっているのに」
「俺は鍛えてるから多少は平気だ。せっかく助けに来る人に貴女の遺体を持って帰らせるのか」

 少しの間、返す言葉を探していたリリアは、俯いて水の中で拳を握った。

「………そもそも、最初からわたくしなど捨て置くべきだったのではないですか。マティアス様を危険に晒して―――」
「リリア、早くしろ。聞き分けのないことを言うなら学園アカデメイアを取り潰すぞ」
「そ、それはずるいです!」
「ずるくない。貴女の身体は俺のものだった筈だ。先に不履行をしているのはどっちだ」
「え、わ、わたくし……?」
「分かったら登れ」
「はい……」


 リリアは殆ど下着のような姿になって身を軽くしたがそれでも三回登頂に失敗し、マティアスが折れた右腕で抱き上げた。

「だ、大丈夫ですか……」
「めちゃくちゃ痛い」

 腕に座らされてマティアスの上着を羽織る。濡れた身体に乾いた上着が暖かく、リリアは上着を濡らさないように慎重に髪を絞った。

「あの、マティアス様」
「なんだ」
「ぐらぐらして落ちちゃいそうなので、頭に捕まらせてもらえませんか」
「…………? ぐらぐら? なんでだ?」
「平衡感覚が弱いから……?」
「貴女は、ほんとに面白いくらい頭脳に全振りなんだな……」

 試行錯誤の結果、リリアが段差に腰掛けつつ肩車になった。マティアスも壁に凭れることができ、初めよりかなり楽な体勢になった。
 マティアスの後頭部にしがみついてリリアは残念そうに呟く。

「わたくしは妻なのに……どんどん妹みたいになっている気がする……」


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